演説
会議から三日後。
中央広場に俺達は集まっていた。
急場で作り上げた壇上には俺が立っている。
その後方には各ギルドマスター達と莉依ちゃん達が並んでいる。
すでに先日の話し合いで住民に話は通っているはずだ。
万が一、話を聞いていないという人間がいた場合のため、何度か広場で呼びかけて説明しておいた。
そして今日、この場所で、今後の方針を話をする予定だ。
つまり、現在残っている人間は都市国家設立に関して賛成し、今後リーンガムに住み続ける人達である。
俺は目の前に広がる情景を眺め、呟いた。
「これだけか……」
ハミルさんから詳細は聞いている。
この三日間で住民の多くは街を去った。
老人は300人から50人ほどに減った。
亜人はネコネ族を含めて80になる。
子供と大人も200人程度まで減少したのだ。
現在の人口は330。
街はまるでゴーストタウンの様相を呈している。
建築物に対し、人口が著しく少ない。
元々5000の人達が住んでいた町は十分の一以下の人口に減少してしまったのだから、当然の結果だ。
俺を見上げる住民達は、俺達の戦いを見て、ついて行こうと思ってくれた人達。
他に行き場所がない人達。
街から離れられない人達だ。
全員が広場に集まっているわけじゃない。
住民全員が俺達を支持しているわけじゃないし、病人のように動けない人もいる。
オーガス軍の戦い前、街を脱出しなかった人達が、戦い後、立ち去ったのは、恐らく様々な理由が絡んでいる。
ただ漫然と死を享受しようとしていたが、体制が変わり、外部に死に場所を求めた人。
聖神教を信仰している手前、無神教を掲げる予定のリーンガムに留まれないと考えた人。
オーガス軍との戦闘を間近に見て、ようやく現実を理解し、死を恐れた人。
逃げるならば最後の機会だ、と選択を迫られ、さほど考えずに逃げた人。
色々いるだろう。
俺は嘆息する。
結局、俺の言葉は彼等には届かなかったのだ。
エシュト皇国が行っている非道な手段は、言葉だけで伝えられるものではなかったのだろう。
自分が住んでいる国が国民を殺す、いやそれ以上に残酷な行いをしている、そう聞いて信じられる人は少ない。
ロルフも、結局は俺の言葉を聞きはしても、信じられなかったのだ。
「クサカベ殿。どうかなさいましたか?」
いつの間にか、隣に立っていたハミルさんに声をかけられ、俺は我に返った。
そうだ。
後悔しても意味はない。
残ってくれた人達に報いるしかない。
彼等と共に、この街を、この国を繁栄させ、生きなくては。
それが俺の使命なのだと、今の俺は信じ始めていた。
住民達は不安そうだ。
これからどうなるか。
これからどうするか。
不安でしょうがないが、それでも残るという選択をしてくれた。
ならば、俺も全力で彼等の期待に応えるしかない。
俺はみんなを守るためにここにいるのだから。
俺は深呼吸し、ゆっくりと口を開き、声を発する。
大声ではなく、通る声を意識した。
「俺は異世界人の日下部虎次だ。
暫定的に俺が今回の独立建国政策と都市運営の指揮を執っている。
後ろには俺の仲間達もいるけど詳しい紹介は別の機会にしよう。
今、みんなが聞きたいのは俺達のことじゃないだろうからな。
まず、街に残ってくれてありがとう。
すでに聞き及んでいるはずだけど、改めて言おう。
この街では異世界人も亜人も人間も関係ない。差別がない国にする。
最初は難しいかもしれないが、亜人も人間も、共にこの国に必要な存在だ。
互いに助け合い、互いに信頼し合う。それがこの街のやり方だ。
さて、リーンガムははっきり言ってかなり危険な立場にある。
だから他国、ケセルの力を借りることになる。
それに先日の戦いでも見せたと思うが、俺や仲間達は相当な力を持っている。
オーガス軍やエシュト皇国軍、それ以外の脅威が襲って来ても、俺達が全力で君達を守る。
そしてこれからこの街で様々な取り組みを始めようと思う。
色々と変化があるし、戸惑うだろう。苦労もする。
けど、決して無駄にはしない。
今日からこの港街リーンガムは生まれ変わる。
聖神から自立し、世界を改革することになる。
俺達は決して、誰も虐げない。誰も蔑まない。
この場所を守り、みんなを助けたいと思っている。
長い戦いになるだろう。辛いだろうし逃げたくもなるかもしれない。
輝かしい未来があるなんて、おためごかしな言葉は出さない。
だけど、この世界で理不尽な環境で生きることを強いられるなんて受け入れられない。受け入れる必要もない。
俺達はこの都市を国とし、新たに誰もが『普通の幸せ』を掴める場所を作る。
まずはそれぞれ作業を担当することになる。
大変だろうが、誰もが何かの仕事をしてもらうことになる。
動けない人達も、できることはしてもらう。
だけど、動けない、病気だからと追い出したりはしない。
きちんと保障はするつもりだ。
そして、エシュト皇国の領地、リーンガム地方から、この地と都市は名を変える。
聖神からの脱却、更に新たな国家としての名を冠するということ。
各国家では国名に『各聖神の名前を引用している』ことを考慮し、この国では『聖神の名は扱わない』。
和を以って尊しと成す。
本日を以って、港街リーンガム、並びにリーンガム地方は『都市国家ハイアス、或いはハイアス和国、そして地域をハイアス地方』と改名する!」
リーシュ・ラルベル・ハイアス。
その名から貰った。
聖神に反旗を翻す邪神の名を冠する国家。
悪くないじゃないか。
俺達にぴったりの名前だ。
住民達の表情が変わり始めている。
強い不安があったのだろう。
だが、期待を持って残っている人間は多いはずだった。
過去にしがみつきたいならば街を出ればよかったのだ。
それでもその選択を蹴り、残留を決定したのは、きっと未来に希望を抱いていたからだ。
だから、みんなの表情は僅かながらも期待に満ちていたのだ。
それが、俺の言葉を聞き、少しずつ心を開いていた。
間違いなく言える。
彼らは強い。
死を目前とし、様々な選択の末、最も困難である未来を選んだのだ。
そうするしかなかったと言い訳をする人間はここにはほとんどいない。
そんな人はすでにこの街には残っていないのだ。
心の強さ。
それが俺が彼らに望む、唯一の条件だった。
不安そうな顔は少しずつ薄れ、そして、彼等は強い羨望をこれからの世界に向けている。
「今後は聖神に従わない。
神託も関係ない。
俺達が俺達の意思で行動決める。
未来は、聖神に決められるものじゃない。
俺は諦めないし、みんなを守り、進み続ける。
一つだけ誓う。
俺は何があっても何が起こっても、俺は皆を見捨てたりしないと誓う。
誓う相手は聖神じゃない。俺自身に、だ。
だから、皆も国を良くするため、自分達のために努力して欲しい。
国は人だ。人がいなければ国は成り立たない。
異世界人も、亜人も、人間も、年齢も、性別も、生まれも、肌の色も、人種も、何もかも、誰も何も関係ない。
皆が必要だ。皆の支えが必要だ。
どうか、俺と共にこの国を栄えさせて欲しい。
そして、必ず、グリュシュナにはびこる、腐った聖神教の考えを払拭する!
この建国はその第一歩だ!
これから数年、十数年先、子々孫々に語り継がれる。
俺達が、グリュシュナの歴史を変えたのだ、と。
今から、時間はいくらあっても足りなくなる。
必死で働き、必死で発展させるぞ!
身勝手で不条理を強いる奴らに、オーガスやエシュトや、俺達を見下す、虐げる奴らに一泡吹かせ、そして、俺達の存在を認めさせる!
媚びるな、責めるな、俯くな!
ここが、この都市が俺達の国だと、声高に叫び、鼓舞しろ!
俺達はここから始める。そして世界中の奴らと相対する!
恐れるな、逃げるな、立ち止まるな!
幾度もの困難を乗り越えた俺達なら、戦えるはずだ!」
皆の顔が俺を見上げる。
俯く人間は少ない。
全員が希望を持っているとは言えないが、それでも確かに気力は満ち始めている。
空気が変わった。
重苦しい雰囲気は弛緩し、そして新たに強い意思が漂う。
そこにあったのは活気だった。
彼等の多くがこれからのことを考え、奮起している。
それが俺にも伝播する。
俺の言葉が彼等を触発し、彼等の生み出す空気が俺を活気立たせる。
その相乗効果で、場は異常な程に熱気が漂っていた。
やがて。
「日下部様! 俺はあんたに従うぞ!」
そんな若者の一言で場は一転する。
いや、違う。
加速した。
場に内包していた空気は、溜まりに溜まり破裂寸前だったのだ。
その声音で、一気に喧噪が広がる。
それは気勢だった。
「俺もだ! 俺も従う! あんたに付いて行くぞ!」
「そうだ! あんなに強い人なら、きっと、なんとかしてくれる!」
「それだけじゃない、俺達のために身体を張って闘ってくれたんだ!
ロールハイム卿や市長はさっさと逃げたのによ!」
「わ、私達のために、あんな絶望的な状況を覆してくれた! 日下部様!
私達も、頑張るから、だから、お願い、この世界を変えて!」
「くっそおおおおお、俺もやってやる! もう、逃げるのはうんざりだ!」
「あ、あたしも、大したことはできないけど、が、頑張りたい」
「僕も! なんだかよくわからないけど、やる!」
「日下部様! 日下部様!」
「日下部様! 日下部様!」
合唱だった。
俺はここまでの状況は想定しておらず、僅かに戸惑う。
ちらっとハミルさんを見ると、緩慢に頷いた。
これでいいのだと、そう言っているようだった。
俺は改めて正面を見る。
少しばかりの場の盛り上がりを寛容に受け止める、ように見せた。
そして、スッと手を上げると、歓声は止んだ。
「ありがとう、みんな。俺からの挨拶は以上だ。
今後の方針は各ギルドマスター、各担当部署代表を選定の上、連絡する。
まずはそれぞれの身辺の整理と『家族ごとの人数と続柄を調べておいて』くれ。
じゃあ、解散!」
言い切ると、日下部様、と合唱が再び生まれた。
俺がその場から立ち去った後も、しばらくその歓声は続いていた。
俺は表情を厳しくしたまま、歩く。
そして胸中で思った。
えぇ……なんなの……様って、嘘だろ……。
俺は内心、ここまでの状況になるとは思っておらず、かなり動揺していた。
莉依ちゃん達と共に、広場から離れた。
早足だった。
その場から離れたくてしょうがなかったからだ。
莉依ちゃんは羨望の眼差しを俺に送っていた。
やめて、その目、恥ずかしい!
なぜか、急激に走り出したい衝動に駆られた。
もう、ほんといたたまれない。
そして、ハミルさんが俺の隣に並び、こう言った。
「指揮の立場は暫定、ではなく決定ですな。
今後はハイアス和国の当主。王と御呼びしましょう」
「……勘弁してください」
俺は脱力し、ハミルさんにジト目を送る。
確かにかなり調子に乗ってしまったことは認める。
だけど、王とかちょっと……。
冗談かと思ったらハミルさんは笑顔を浮かべながらも、目は笑っていない。
「残念ながら、能力、立場、実績、行動の結果を鑑みれば、逃れられませんな。
諦めてください。とはいえ、あの挨拶の後では、無理でしょうが」
「ですよね……」
あー、確かに挨拶とかちょっと自分で考えたりしたけど。
……まあ、ここまで色々先導してきて別の人に任せるってのはさすがに都合が良すぎるよな。
仕方がない。
やれやれ……やれやれ、仕方がないな。
だめだな、言ってみたけど、まったくやれやれ感が出ない。
はあ、こういう流れはわかってたんだけどな、あんまり心が弾まないな。
やれやれ系主人公だったらよかったのに、俺。
ま、でも、覚悟はある。
俺がやらなければならないということもわかっている。
自負はない。
けれど想定はしていた。
ならば逃げる必要も、謙虚でいる必要もないだろう。
皆を守るため。
そのためならばどんな犠牲も払うつもりだ。
それは俺の労力や立場や努力も入っている。
だったらもう悩むことはない。
後は突き進むだけだ。
逃げ道は自ら捨てたのだから。




