お久しぶりですね
リーンガムにはギルド総合会館という施設がある。
それは商人ギルド、情報ギルド、クエストギルドや街の住民との交流を目的とし、建設された場所だ。
その施設の会議室を一室借り、俺はみんなに事情と経緯を話した。
街を出て、オーガス勇国軍に、沼田と共に戦いを挑んだこと。
敵兵を数百殺したこと。
長府を殺したこと。
一度、死んで幽界に留まったこと。
リーシュが邪神であること。
そしてリーシュとの契約でどういうことになったか。
時を止めていた間に鍛練をしていたこと。
リーンガムからエシュトに向かった人達は、魔兵隊に変えられるだろうこと。
逃げ場はどこにもない、ということ。
そのどれもが現実的ではない。
だが、莉依ちゃんも朱夏も結城さんもニースも剣崎さんも真剣に聞いてくれていた。
ディッツやアーガイルさんは現地人で、俺達に深くは関わっていない。
だからこの場にはいない。
俺が話し終えると沈黙が部屋を包む。
信じられないという顔をしているのが数名。
一つ一つを理解し、飲み込もうとしているのも数名。
俺にできることは事実を話すだけ。
信じる信じないは彼女達に任せるしかない。
証拠はないんだ。
だったら、俺が何を言ってもしょうがない。
重苦しい雰囲気なのは、俺が一人で敵兵を葬ったからだろう。
あの情景を見て、冷静で居られる人間はそう多くはないはずだ。
そんな中、莉依ちゃんがスッと手を上げる。
「あの、皇国はこの街をどうする気なんでしょう?」
「見捨てるつもりだろう。
現時点ではオーガス軍の攻撃を回避したわけだから、もしかしたらのこのこ戻って来るかもしれないけど、それはなさそうかな。
恐らくは、単なる時間稼ぎのために放置した、という感じだろうね。
本来ならそんなことはあり得ない。けど現皇帝のリーンベルはそれを良しとしている。
なぜなら魔兵隊の台頭で『戦えない人間も魔物化させて戦えるように』させるから。
正規軍のほとんどを魔兵で補えた時点で、かなりの額を節約できる。
魔物には金は必要ない。せいぜいが食事だけ。
それでも死ぬまで戦う忠実な下僕だからね。街を守る必要がないと考えているんだろう。
放棄して時間稼ぎをさせる程度で、魔兵隊の態勢を整えられると踏んでいるらしい」
「……もう、整備は済んでいるということですか?」
「俺もリーシュに聞いただけだから確信はない。
一度、調査のために誰かを皇都に派遣した方がいいだろうね。
けど、多分間違いないと思う」
「そんな……」
一国のやることではない。
だが実際、歴史を見れば非人道的な統治者の存在は少なくない。
彼等には彼等の矜持があるのかもしれない。
だが、皇帝リーンベルの行動は異常だ。
自国民を魔物化させ戦わせるという悪魔の所業を平気で行っている。
それほどまでに、エシュト皇国を勝たせたいのか。
「ね、ねえ、どうするの? オーガス軍はまた戻って来るんじゃない?
今度は、もっと数を引き連れて来るんじゃ……。
それに、エシュト皇国もあたし達を狙っている。
その上、街の人達も魔兵化される可能性があるんでしょ?
戦争が各地で始まってるっていうのが本当なら、あたし達はどうすれば」
「……仮に、僕達だけ逃亡しても街の人達は結局殺される。
自国には魔兵にされ、他国には一方的に殺戮される。
結局、戦い以前と変わっていないよ。見捨てるか一緒に戦うか……」
結城さんと朱夏は神妙な面持ちだった。
二人の言葉は正しい。
状況は一切変わっていない。
単に、一時的に平穏が訪れているだけで、即座に瓦解するものだ。
もし、俺達だけで逃げても、いずれは捕まるだろう。
……俺だけなら生き抜けるくらいには強くなったとは思う。
でも、自分だけが生き残るために強くなったわけじゃない。
俺は、守るために強くなったんだ。
「一応、考えていることがあるんだ。従わなくてもいいし、別に希望があるならいいんだけど」
「考えていることってなんですか?」
莉依ちゃんが期待を含んだ口調で俺に問いかける。
俺は一呼吸置いた。
荒唐無稽だとわかっている。
けれどそれしか俺には思い浮かばなかった。
リーシュにもなんて考えだなんて言われてしまったが。
決めたんだ。
守るって。
だったらもう迷いは必要ない。
そう思い俺は口を開いた。
瞬間、ニースが突然椅子から立ちあがった。
「にゃ!」
全員が一斉にニースを見る。
「な、なんだよ」
「臭うにゃ!」
「ま、またか?」
この猫、いつも空気を読まず本能に従ってしまう。
おかげで驚かされてしまうのだが、今回は様子が違った。
何となく真剣な顔をしている。
いつもはちょっとどことなく馬鹿っぽいのにね。
と、ニースはいきなり席を立ち、外に駈け出して行った。
「お、おい! どこ行くんだよ!」
俺達は慌てて、ニースの後を追う。
街路に出ると、猫のごとく走るニースの後ろ姿が見えた。
入口に向かっている?
門まで辿り着くと、そこには土嚢や家具がまだ残っている。
オーガス軍が侵入しないように用意したものだ。
「あっちにゃ! あっち側にゃ!」
「あっちって、外か?」
「にゃ!」
よくわからず、莉依ちゃんと顔を見合わせた。
ふとキスした場面がフラッシュバックする。
お互いに顔を赤くし、咄嗟に視線を逸らした。
これ以上ない程に心臓がうるさい。
俺の感覚的には半年前のこと。
けれど莉依ちゃんにとってはさっきのこと。
ちらちらと俺を見る莉依ちゃんが愛らしかった。
頬を染めて、もじもじとしている。
小動物的な可愛さと異性の可愛さとなんやかんやの色んな可愛さが混ざっている。
破壊力が凄まじい。
俺としては半年ぶりに会った感じだから余計に。
ま、まさか。
やっぱり俺は。
ロ、ロリ……ッ!
ロリコン!
違う!
俺はロリコンじゃ……いや、もう認めよう。
俺はロリコンなんだ!
自分では気づかなかったけど、どうやらそうらしい。
いや、幼ければいいとかいう人達とは違うよ?
幼くてもいい、っていう感じだよ?
それに莉依ちゃんは年下だけど大人っぽいし妙に色気があるんだ。
そう、つまり俺がこんな気持ちになってもおかしくはない。
だって、俺は。
莉依ちゃんのことを……。
と、とにかく。
不純なことはするつもりはない。
そう純粋。
ピュアなのさ。
え? 倫理に反する?
道徳心を持てって?
何が悪いの?
別にいいじゃない!
だってここは異世界なんだからね!
日本じゃないんだからね!
法律とかガバガバなんだからね!
もちろん、きちんとするよ、色々と!
なんて考えていたら、袖を莉依ちゃんに引っ張られて、我に返った。
「あ、あの虎次さん?」
「あ、な、何?」
「えと、ニースさんが扉をガリガリ引っ掻き始めたんですけど」
気づけば、ニースは、にゃ! にゃんだかにゃ! とか言いながら扉を爪で掻いている。
なるほど、やっぱりお馬鹿さんだね。
「ちょっと見てくる」
「は、はい」
莉依ちゃんに一言残し、俺は門を超えて反対側に飛んだ。
一体何があるって言うんだ。
怪訝に思いながら、外に出ると。
「にゃじゃ! こっちにゃじゃ! クーサカーベにゃーん!」
そこにいたのはネコネ族のババ様、そして集落の人達だった。
みんな大荷物を抱え、家畜さえも連れてきている。
降り立つと、俺は戸惑いながらネコネ族の人達に近づく。
「ど、どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもないにゃじゃ。
エシュト皇国軍が動き出して、集落に危険が迫っているという占い結果が出て、ここまで逃げて来たにゃじゃ?」
エシュト皇国軍がオーガスに進軍するならば、まずリーンガムを目指すだろう。
その道中、ネコネ族の集落がある森を経由する可能性は十分ある。
その際に、集落が発見されてしまう可能性もまたあるだろう。
占いの結果自体はあながち的外れでもなさそうだ。
当たる確率は六割だけど。
しかしみんな姿は亜人のままだ。
変装はしなかったんだろうか。
俺はみんなの姿を見て驚いていることに気づいたのか、ババ様は得意げに言った。
「ちなみに変装はする必要はないと占い結果が」
「あ、そっすか」
もうなんでも占いと答えられる気がした、俺は疑問を飲み込んだ。
「とにかくにゃじゃ、集落は捨てて来たにゃ。
近場で逃げる場所はここにしかないし、匿って欲しいにゃじゃ?
クサカベにゃんはどうやら、侵攻してきたオーガス軍を撃退したらしいにゃじゃ?」
「見てたんですか」
「にゃじゃ。お主にはそれだけの力があるとババにはわかっていたにゃ。
…………ほんとにゃじゃ?」
う、嘘くせぇ……。
「でも、リーンガムはまた襲われるでしょうし、皇帝は自国民を手ごまとして見てない。
街は危険ですよ……?」
「構わんにゃじゃ。ぶっちゃけ、もうどうしようもないのでリーンガムに来たにゃじゃ。
他の街に行くのは危険だしにゃじゃ。やっぱり無理かにゃじゃ?」
「いえ、今街に残っているのは比較的亜人に偏見が少ない人達だと思いますし。
大丈夫。とにかく中に。通用口を開けるんでちょっと待っててください」
「助かるにゃじゃ。儂らも色々手伝うからにゃじゃ」
俺は大きく頷くと、再び門を飛び越えた。
都合がいい。
俺の計画の始まりとしては満点だ。
そう思い、俺は小さくほくそ笑んだ。




