ただいま
俺の位置はオーガス勇国軍先頭部隊近く。
前方からの攻撃を軽く考えていたらしい将軍は自ら先陣を切ったのだ。
本来ならあり得ない。
だが、将軍という地位を軽視する構造の軍隊では可能なのか。
この時代、もしかしたら大した戦略を練らない傾向があるのかもしれない。
そういえば地球でもそういう時代があったと聞く。
孔子以前だったか。
冷戦が長く続き、戦に疎いグリュシュナでは軍事戦略の技術は発展していないのかもしれない。
それはさておき、俺はその場から跳躍し、兵達から逃れた。
もちろん飛ぶ前に兵装を軽く使い、足甲を顕現させ力を借りている。
リーシュとの修行で兵装を部位ごとに出現させ力を発動することができるようになっている。
当然、元も能力もかなり向上している。
俺の現在の能力はこれくらいだ。
・称号:壮絶なる死を乗り越えし邪神の弟子
・LV:*99,999
・HP:*9,999,999/*9,999,999
・MP:0/0
・ST:*9,999,999/*9,999,999
New・SP:*500/*500
・STR:*999,999
・VIT:*666,666
・DEX:*666,666
・AGI:*666,666
・MND:*999,999
・INT:*666,666
・LUC:*666
●アクティブスキル
・アナライズ
…対象のステータスが見える。
・リスポーンセーブ
…リスポーン地点を新たに記憶させる。
・耐える
…強靭な精神力でダメージを抑える。著しくVITが上昇する。
・羅刹・狂鬼兵装
…限界に到達する憤怒の情動が発現した鎧型の兵装。
発動すれば、憤怒の感情が尽きるまで止まらない。
バーサーク状態になる。STRとVITが突出して向上する。
使用条件:レベル、ステータスの数値が一定に達している。
使用後 :レベル、ステータスの数値が著しく下がる。
New・羅刹・狂鬼兵装・閃光
兵装の一部を一時的に使用することができる。
発動のタイミングが難しく、かなりの鍛練が必要。
使用条件:レベル、ステータスの数値が一定に達している。
使用後 :レベル、ステータスの数値が僅かに下がる。
New・時空転移
…限定的に時空を転移できる。ただし条件は多い。
精神の転移しかできないため、肉体はそのまま。
さらに転移時間は精々が数十分。
使用条件:邪神リーシュとの契約期間が三ヶ月以上。
邪神リーシュが転移を承諾する。
魂が幽界か現世に留まっている。
●パッシブスキル
・リスポーン
…戦闘不能に陥った際に、記憶地点に新たに出現する。
New五百の命がある。それを超えると真の死が訪れる。新たにSPで表示される。
・セーブ追加
…リスポーン地点の設定をどこでも可能になる。
・ガッツ
…即死攻撃に対して、ギリギリで耐える。
・フルデバフレジスト
…あらゆる状態異常に耐性を持つ。
・フルダメージレジスト
…あらゆるダメージと痛みを軽減する。
・死と隣り合う者
…死を熟知した者の証。危機感知能力が向上する。いわば虫の知らせ。
・死を熟知した者
…幾つもの死を超えた者の証。少し死に難くなる。
・アイアンイデア
…肉体による攻撃力が少々上がるが、道具を用いた攻撃が一切できない。
ただし兵装は別。
・超越者の記憶
…一度、到達したレベルやステータスまで数値が上昇しやすくなる。
また、到達数値によってレベルやステータスの最下限がプラスに上昇する。
New・極大感知
…研ぎ澄まされた意識によって、五感が敏感になっている。
範囲は広く、数百メートル内であれば集中によって知覚できる。
New・邪神の契約者
…邪神と契約せし者。巨大な器を持つ者にしか得られない力。
全体的にステータスが上がる。
また邪神の意思によって一時的に力を借りられる。
聖神に背きし者の証でもある。
●バッドステータス
・最悪の災厄
…禍に愛された者。何をしても不幸になる。
・死神の抱擁
…死に愛された者。何をしても死に向かう。
・因果の解放
…あらゆる効果を限界以上に増幅させる。
・邪神の寵愛
…邪神と契約した者の証。効力は何もない。ただ逃れられないだけのこと。
New・契約の大鎖
…契約の鎖によって、幽界に留まることもできる。ただし効果は一度だけ。
この鎖を用いてしまった人間は、死後、必ず地獄へ堕ちる。
・殺人の衝動
…初めて人を殺した者の証。殺しに対して抵抗感が薄れてしまう。
・赫怒の律動
…怒りのままに理性を失う。ただし、バーサーク状態でのみ。
・羅刹の欠片
…羅刹に堕ちた者の証。強大な力の代償として、生物としての力を一時的に失う。
New・冥府の呪手
…幽界を彷徨い現世に戻りし異質な存在の証。
死を恐れず、死に魅入られたがゆえに、冥府の王に気に入られてしまう。
New・不幸の連鎖
…様々な不幸を抱えた者の証。神でさえこれほどの苦難は知らない。
カンストしちゃったんだよな……。
邪神の弟子だからか、数字が不吉だし。
むしろ最初の時に目をつけられていたから、不幸な環境になっていたのかも。
……考えても仕方ないけど。
恐らく、地上の生物ならほとんど勝てるくらいには強くなった。
跳躍していた俺はリーンガム近くに降り立った。
街の防壁を背にしている格好だ。
後方、五十メートル。
この距離だと互いに矢は届くが、防壁があるためリーンガム内の人達はある程度、安全だろう。
ここがギリギリの地点。
これ以上、行かせると莉依ちゃん達が危ない。
「と、虎次さん!」
「大丈夫、みんなは動かないでくれ。攻撃目標が移るかもしれないから」
戸惑いながら莉依ちゃん達は首肯した。
俺が一度リーンガムに戻ってから、将軍の位置に移動したため、隊列は乱れている。
進軍は一旦止まり、後方へ移動してしまったのだ。
それはリーンガム侵攻よりも俺を優先したということだろう。
ドラゴンと共に、数百人以上を殺したからな、恨みは強いはずだ。
作戦が伝播しないオーガスのやり方では指示系統が弱い。
そのため、感情的に動く場合も多くなるわけだ。
戦では生死を懸け戦うため、どうしても冷静さを失うというデメリットがある。
今回のような、戦力が一方的の上、短時間で作戦を遂行する場合しか使えない戦略だ。
ただ、敵の誤算は俺と沼田がいたことだろうが。
そう言えば、沼田はどうしたのかと思ったが、遥か上空でことを見守っている。
見ると、ドラゴンはかなり疲弊している様子だった。
自分が手を出さないで済むならそれに越したことはないといったところか。
まあいい、俺一人で十分なのだから。
待つこと僅かに数秒。
ほんの少し後退していた、敵軍が一斉にリーンガムに向かって来ていた。
楔形の隊列になっている。
これなら移動は然程しなくて済むな。
とりあえず。
敵の数を減らすしかない。
俺はリーンガムを守る最後の砦だ。
一人もここは通さない。
さあ、来い!
四千の軍勢が俺を殺そうと迫っていた。
そしてその時はすぐに訪れる。
先頭の兵が怒りの形相で俺へと剣を振るった。
「うおおぉっ!」
近場にいた兵が俺を襲う。
俺は手を軽く払うだけで、兵の頭を吹き飛ばした。
一人くらいならば純粋な攻撃だけで即座に殺せてしまう。
剣筋は読めている。
避ける必要もないが、少しは痛いので敢えて躱し攻撃した。
「シィィィッ!」
間隔は微塵もなく、俺は動き続け腕や足を振る。
力は抑えているが、ギリギリ即死する程度には出している。
できれば、あまり殺したくないが……。
数秒で二十の死体ができてしまう。
俺はその場からほとんど動いていない。
傷もない。
それほどに力量の差がある。
数でどうにかならないのだ。
当初、数千の兵を相手に戦えるくらいに強くなる予定だった。
しかし、俺はその上をいってしまう。
今、俺を殺せる存在はここにいない。
戦いは俺の優勢で揺るがない。
近づく人間は即座に命を奪った。
相手からすれば、何が起こったかわからないはずだ。
俺は軽く手刀を放っただけだ。
狂気に動かされていた兵達はやがて異常に気付き始める。
俺の前方には数メートルの空間ができていた。
近づけば殺される、と思ったのだろう。
兵達は徐々に怖気づき始めている。
俺はゆっくりと歩き兵達に近づく。
奴らは蜘蛛の子を散らすように距離をとった。
俺は気にせず、軽く腕を振る。
生まれた真空の刃が数十メートルの直線を引く。
「ここから入った人間は殺す。逃げるなら今の内だ」
挑発ともとれる言葉は、俺なりの忠告だった。
今まで幾度も見せつけたのは、単なるパフォーマンスだ。
圧倒的に俺の方が強いのだと教えている。
そうすれば逃げる兵も出るかと思ったのだ。
今確実に死ぬより、逃げ帰り生きる道を探して欲しかった。
だが、そんなのは無理だともわかっていた。
天涯孤独ならばまだしも、家族や友人、恋人がいる者も少なくない。
国に残った人達のために戦っている連中もいるだろう。
だから、こうなることはわかっていたんだ。
「退けるかああああああああああああああああっ!」
気勢と共に兵が俺へと迫り、横に広がりつつ、街の防壁に向かう。
更に、個々に動き出したさながら蛮族の軍隊は、西門と東門へ分かれて移動し始める。
俺一人ならば、散開すれば対処できないと考えたらしい。
常套手段というよりは当然の方法だ。
俺の甘さから、彼等に猶予を与えたことで、冷静な行動をとらせてしまったらしい。
仕方がない。
俺は腰を低く落とし、右足と右手だけを兵装に変える。
そして深く踏み込み、拳を振るった。
地面が捲れ、虚空に舞う。
衝撃波が正面を走り、軍隊の中央を抉った。
幅二十メートル程度の衝撃波が前方百メートルを破壊したのだ。
轟音と共に、肉体を破裂させた兵達が地面に転がる。
俺は流れるように両足甲を生みだし、宙へ飛んだ。
左右、西門前、東門前を見下ろし標的を確認すると、脚を振り上げる。
台風域内で生まれるような暴風と風の圧力が門へと向かう兵達を巻き込んだ。
舞い上がり、押し潰され、時として地面に挟まり絶命していく。
「うわあっ!!」
「た、たすけてくれぇ!」
悲鳴が上がる中、俺は冷静に状況を確認した。
ここまでで兵装攻撃は四発。多少強めの攻撃をした。
ステータスを見ると消費分は賄えているようで、カンストしている。
奴らと俺ではかなりのレベル差がある。
その分経験値は少ない。
つまり、それだけ人が死んだということ。
惨状だった。
数えるのは難しいが、今の攻撃で五百は死んだ。
たった三度の攻撃で。
俺は自分の力を理解していた。
けれど、やはり人の命を奪っているという事実は強く心に残る。
俺は……まともな死を迎えることはないだろう。
それはステータスでも出ている。
地面に着地すると、兵達は慄いていた。
最初に引いた線は健在だ。
俺は線を指差して言う。
「もう一度言う。ここから入ったら殺す。線を引けてない場所も同じ。
この線を延長させた領域に入ったら殺す」
俺は淡々と言い放つ。
もう何度も諭している。
気づいてほしい。
『おまえたちでは絶対に俺には勝てない』ということに。
質より数。そういう言葉がある。
だが質が数を凌駕することもある。
驕りは捨てろ。
逃げてくれ。
これ以上、無駄に殺したくはない。
俺は、戦闘狂じゃないんだ。
ただ、この街を守りたいだけ。
そのためならば殺すが、殺したいわけじゃない。
気づけ。
俺は最大限の殺意を持って、威嚇した。
兵達の俺を見る目はすでに人間を見るそれではない。
化け物以上、生物ではなく天災。
抗うことができない。
ならば逃げるしかない。
そういう存在だと目が言っている。
「ひっ」
「に、逃げ」
敵前逃亡はどこの国でも厳罰に処される。
オーガスならば処刑されるかもしれない。
しかし、兵達は一斉に退却を始めた。
俺に背を向け、一目散に逃げる。
一人が逃げると、二人が逃げ、衝動的に数十人が逃げる。
やがてその輪は広がる。
「逃げろおおおっ!」
地面を埋めていた人の波が、街から離れていく。
全員が逃げた。
そう、急造の軍隊には圧倒的に統率力がないのだ。
将軍を失い、簡単な命令をする別の将軍が任に就いてもそれはただの暫定的なものでしかない。
結局、長たる人間が何を言おうと、トップが何度も代わるような部隊は脆い。
三千近く残っていた兵達は逃げて行った。
国に帰ることより、俺を恐れた。
戦場を離脱して行ったのだ。
これでオーガス勇国に伝わるだろう。
リーンガムには数千の兵よりも強い、一人の異世界人がいるということを。
そしてもしかしたら噂に尾ひれがつき、数万に変わるかもしれない。
それでいい。
それが俺の目的なのだから。
リーンガムには化け物のような異世界人がいる、と伝聞されればしばらくは時間を稼げるだろう。
俺は長くため息を漏らし、一つの山を乗り越えたことを実感した。
「やったぞ、リーシュ。見てるか?」
この半年、辛い日々だった。
死んで、限界まで鍛え、ふらふらしながらも戦った。
それでもそんなことは大したことじゃないのだ。
強くなれたのだから。
俺が望んだ力を手に入れたのだから。
この過ぎた能力が俺を破滅させるかもしれない。
苦難が待ち受けているのは間違いない。
でも、それでも俺は強く感謝した。
戦えるという幸福を噛みしめていた。
「と、虎次さん」
後方から莉依ちゃんの声が聞こえた。
いつの間にか、そこにはみんながいた。
莉依ちゃん、朱夏、結城さん、剣崎さん、ニース、アーガイルさん、ディッツ、リアラちゃん、ロルフ、ハミルさん、そして恐らくは戦いに参加してくれていた傭兵団や民兵、荒くれ者や、色々な人達。
百以上の人達が並び、転がっている死体を見て恐怖している。
驚き、そして俺を見て、更に怖気に駆られていた。
それは朱夏達も一緒だった。
数人ならば受け入れられたかもしれない。
だけど、数百の人間を一瞬で殺したのだ。
そんな人間を素直に賞賛できる人間はいないだろう。
人殺しを忌避していた結城さんは当然、朱夏もニースも剣崎さんも俺を見る目が変わっていた。
間違いなく恐れている。
わかっている。
傍から見れば、オーガス勇国人よりも俺の方を怖がるだろうことは。
だが、それでいい。
俺は守れれば、それでいいんだ。
体裁なんて知らない。
好かれたいわけでもない。
持てはやされたいなんて思わないんだ。
ただ守りたい。
失いたくない。
その思いで、俺はここに立っているんだから。
それは莉依ちゃん達も同じことだ。
もしも嫌われるならそれでいい。
これだけの人を殺した俺を蔑んでもいい。
その時はこう言おう。
勝手に守るから、気にしないでくれ、と。
そう思い、口を開こうとした時。
莉依ちゃんが俺へ駆け寄って、そして抱きついてきた。
俺は驚きながらも反射的に支える。
「虎次さん、虎次さん!」
「莉依ちゃん……」
「よかった、よかった、無事で、本当によかった……よかったよぉ」
莉依ちゃんは力強く俺を抱きしめた。
こんなに力があったのかと思うほどに。
その所作が彼女の感情を表していた。
そんなに心配してくれていたのか。
俺はあらゆることを覚悟していたつもりだった。
けれど、これほどに純粋に想ってくれていた人を前に。
どうしても我慢できなくなった。
俺は莉依ちゃんを抱きしめ返す。
「あ」
莉依ちゃんが小さく声を漏らす。
俺は自分の心境がわからなかった。
半年の合間を経て、再び会えた。
彼女達の死を見て、俺はどれほど大切か知った。
一度は守れなかったという事実、今度は守れたと言う事実。
複雑な感情が絡み合っている。
俺は歯を食いしばりよくわからない感情を抑制する。
そして震える声で言った。
「ただいま」
莉依ちゃんは先ほどとは打って変わり、優しく俺の背中を撫でてくれた。
これではどちらが年上がわからない。
彼女は時として、強い包容力を見せてくれる。
俺はその温かさに身を委ねた。
そして。
「おかえりなさい、虎次さん」
そう言ってくれた。




