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幕間 殺し合い


 ――私達は、虎次さんのおかげでドラゴンから逃れていた。

 私達は完全に足手まとい。

 何か、できることはないかと必死で考えていた時、虎次さんが叫んだ。


「全員、降ろす! 莉依ちゃん頼む!」

「え? は、はい! はい?」


 一瞬、何を言っているのかわからなかったけど、私は反射的に答えた。

 降ろす?

 え、ここで!?

 地上から百メートルはある。

 こんな高さから落ちたら即死してしまう。

 けれど虎次さんは縄を解き、ディッツさんとロルフさんを降ろした。


「ま、まてええええええええええぇっ!」


 強面のディッツさんが泣きながら叫ぶ。

 心情的には私も同じだった。

 けれど虎次さんの真剣な眼差しを正面に受けて、私は一瞬にして覚悟を決める。


「何とかしてくれ!」

「日下部くぅぅぅん、しぬうううぅっ!」


 結城さんが叫ぶ。

 私と結城さんは虎次さんに放られて地面へ真っ逆さま。

 このままだと死ぬのは確実だった。


「結城さん! アクセルを! 二人を抱えてください!」

「わ、わわ、わかったよぉ」


 恐怖の真っただ中でも、結城さんはなんとか答えてくれた。

 私達なら何とかできる!


「アクセル・ツー!」


 結城さんが叫ぶと彩度の高い朱色が彼女の身体を包む。


「もうどうにでもなれ!」


 結城さんは両手を畳みながら叫び、直角に落下した。

 そしてそのままディッツさん達まで追いつき、両脇で抱えた。

 体格差があるため、腕が回らない様子だったけど、何とか肩に担いだ。

 傍目からは小柄な女性に縋っている男性の図になる。


「し、死ぬ、しぬぅ、しぬ! こえぇよぉおぉぉ!」

「ちょ、ちょっと黙って!」


 風音で声はあまり聞こえないけど、言い争っているのはわかった。

 地面が近い。


「プロテクション!」


 私は、私以外の三人に防御スキルを発動させる。

 これで多少は衝撃を吸収できるはず。

 急ぎ、結城さんの背後に回って、ディッツさんとロルフさんの足を抱えた。

 一気に地面が迫る。


「リフレクション!」


 地面を対象にリフレクションを発動。

 即座にファーストエイドで全員を癒やし続ける。

 着地。

 轟音。

 私の身体は地面に触れることなく、僅かな隙間を保ったまま浮いた。

 しかし肩に痛みが走る。

 重力で二人の体重が全身にかかる。

 オートリフレクションで緩和しているのにこのダメージ。

 だけど痛みは一瞬で、急激な再生能力の向上で傷は癒える。

 全身に伝わる様々な刺激。

 それが完全になくなると、私はリフレクションを解除した。


「な、何とかなった」


 結城さんはアクセル・ツーで身体能力を向上、その上プロテクションで防御力も上げた。

 何とかスキルで補えたようだった。


「し、し、死ぬかと、お、思った」


 安堵に胸をなでおろしているディッツさんに比べ、ロルフさんは無言のままだった。

 シュルテンさんの姿は見えず、状況は判然としない。

 けれど作戦が失敗した責任は団長であるシュルテンさんにある。

 それに、状況からいって、恐らくはシュルテンさんが何かしたと考えられた。

 直前で虎次さんは止めようとしていた。

 それに私達は応えなかった。

 私は虎次さんの考えを理解しようとしたけど、無理だった。

 だから戸惑うことしかできずにいた。

 けれど彼に同意するべきだったのだ。


 なぜ疑ったのか。

 理解できずとも信じることはできたのに。

 私は安堵から一転、即座に空を見上げる。

 虎次さんとドラゴンはその場から離れて行った。

 かなりの速度だったので、すぐに米粒ほどになって、見えなくなる。

 大丈夫、かな。

 いつも無理して、いつも矢面に立って、守ってくれる。

 けれどそれは私達が役に立っていないということでもある。

 私はあの人を支えたいと思っているのに、何も出来ていない。

 私は悔しさから唇を噛んだ。

 何も考えず、ただ彼を信じればよかった。

 なのに大した考えもなく、動けなくなって、結局何もできなかった。

 虎次さんはいつも私達を助けてくれているのに。

 私は信じることさえできてない。


「み、見えた」


 そう呟いたのはロルフさんだった。


「あ? な、何がだよ」

「見えたんだ。ドラゴンの背中に、だ、団長が立っていた」


 その言葉に、私は思わずロルフさんに近づく。

 やはりシュルテンが、ドラゴンに何かをしたのだ。


「……それって虎次さんの言う通り、作戦をやめるべきだったってことじゃないですか?

 どういう意図かは知りませんけど、シュルテンさんが私達を騙してたってことですよね?」

「そ、それは、でも、僕達は何も知らなかった。

 それに、だ、団長がそんなことするなんて、誰も思わないだろ!」

「あなたが止めなければ、もしかしたらこんなことにはならなかったかもしれないのに!」

「き、君だって止めなかったじゃないか!

 他の、き、君たちだって同じだ。僕だけのせいにしないでくれ!」


 あの場、あの状況で誰も虎次さんを信用していなかった。

 自分さえも。

 その苛立ちから、私はロルフさんを責めている。

 私だって何か言う資格なんてないのに。

 泣きそうになった。

 自らを省みず、ボロボロになってまで助けてくれて、いつも優しくしてくれる人を信じられなかった自分に腹が立ってしょうがない。

 あの状況ではしょうがない。

 そう言い訳する自分に余計に苛立ちを覚えた。

 こんなに感情的になったのは短い人生で数えるほどにしかない。

 でも私は、虎次さんに関わることだと平静を保てなくなる。

 自分の弱さや汚さを見せつけられる気がしてしまう。


「もうやめよう、ね?」


 結城さんが優しく私を諭した。

 わかってる。

 こんなのは不毛だってことくらい。

 私は気まずくなって地面に視線を落とした。

 ロルフさんも視線を逸らす。


「と、とにかくよ、トーラを追った方がいいんじゃねぇのか?

 あいつ一人で戦ってるんだろ?」

「ま、待ちたまえ! 僕達だけじゃ、彼の足手まといにしかならない。

 むしろ街へ向かうべきだろ」

「そ、そんな日下部君はみんなのために一人で逃げてるのに。放っておけないよ!」


 三人の意見はもっともだった。

 本心では私のすべきことは決まっていた。

 けれどそれは感情的になっているだけ。

 虎次さんなら、私達にどうして欲しいか。

 そしてどうすべきなのか。

 三人は互いの意見を通そうと感情的になっている。

 それは当然だ。

 死にかけたのだから。

 そしてさらに死地へ戻るかの決断をしようとしているのだから。

 けれど私達を助けるために虎次さんは戦っている。

 一人で。

 辛くても痛くても弱音を吐かずに戦っている。

 だったらすることは決まってる。


「街に、戻りましょう」


 私の言葉に、全員が驚愕の表情を浮かべる。


「り、莉依ちゃん、それじゃ日下部君を見捨てるって言うの!?」

「おい、嬢ちゃん。確かに、俺達じゃ大して力になれないかもしれないけどよ。

 放っておくのは無情ってもんじゃねぇのか?

 俺は……あんた達と付き合いは浅いし、心証もよくねぇだろう。

 だけどよ、自分のために戦ってくれてる奴を見捨てる事なんてしたくねぇ」

「ぼ、僕は……彼女の意見に賛成だ」


 ロルフさんの声は震えていた。

 顔を見れば、明らかに怯え、そして自分の浅ましさを自覚していることがわかった。


「あ、あなた、助けて貰ってそれ!? 自分がそんなに大事なの!?

 それに、あなた達の団長が関わってるかもしれないんだよ! 

 それなのに、放棄するって言うの!?」

「し、仕方ないじゃないか! 僕達だけじゃどうしようもない!

 邪魔でしかないし、僕達が行けば、彼も戦いにくいだろ!」


 明らかに自分の身が可愛いだけの発言だった。


「莉依ちゃん、こんな奴の言う通りにするっていうの!」

「結城さん。確かにロルフさんの意見は受け入れがたいです。

 だって、自分のことしか考えていないんですから」


 私はロルフさんを睨みつける。

 すると、これみよがしに視線を逸らした。


「でも……私達が行っても邪魔にしかならないと思います。

 それに虎次さんが私達をここで降ろした理由は、やはり逃げて欲しいという思いがあると思うんです。

 そして多分『街に行って危険を知らせて欲しい』という考えがあったのではないか、と」

「で、でも」


 結城さんはまだ何か言いたげだった。

 その反応に、私は思わず感情的になってしまう。


「私だって! わ、私だって虎次さんの隣で戦いたい。あの人を支えたい。

 でも、でも! 私は弱いから……虎次さんをサポートするくらいしかできないから。

 だから戻りましょう、みなさん。

 リーンガムに戻って、ドラゴンが来るかもしれないと伝えましょう。

 それが私達ができる、私達がすべきことです」

「……わかったよ。莉依ちゃんがそこまで言うのなら」

「ちっ、子供に諭されるとはな……わかったぜ」


 反応は三者三様ながら、全員が了承してくれた。

 私は虎次さんが消えて行った方向を一瞥して、背を向けた。


   ●□●□


 それから数時間。

 ララノア山とリーンガムの丁度中間辺りまで来た。

 虎次さんと違って、私達には移動手段が徒歩しかない。

 結城さんのアクセルは身体能力が向上するけど、持続時間は短いからだ。

 多分、あと数時間で街に到着する。

 時刻は昼辺り。

 ディッツさんが途中で狩猟で猪の子供を狩ってくれたので、空腹は満たせた。

 傭兵は色んな技術が必要らしい。

 そうして、私達は目的へ向かっていた。

 そんな中、全員に緊張が走る。


「何か聞こえない?」


 結城さんの言葉に、全員が歩を止める。

 後方から確かに聞こえる。

 私達は振り返り、正体を確かめるために目を凝らした。

 影が見える。

 一つ、いや三つ?

 わからない。


「しつこいっ!」

「止まれや、ボケ!」


 追われているのは――辺見さんだ。


「どういうこと!?」


 結城さんが叫びながら、武器を手にとる。

 私も倣って銃を両手に携えた。


「なんだあれ」


 辺見さんはキューブを変形させて、ボードと手のような形を作っていた。

 手にはニースさんと、あれは剣崎さん?

 後方、金髪で強面の男性は剣に乗り、宙を飛翔している。

 知っている。確か、長府さんだ。

 なぜ辺見さんが追われているのか、長府さんが追っているのか。

 事情を掴めない。

 けれどやることは決まっていた。


「助けましょう!」

「了解!」

「ど、どうなってやがるんだ、ったく!」


 悪態を吐きながらもディッツさんは斧を手にした。

 ロルフさんは後方に下がり動向を見守っている。

 参戦するつもりはないらしい。


「辺見さん!」

「り、莉依……ちゃん」


 辺見さんは疲弊しているのが見て取れた。 

 私達の顔を見て、気が緩んだのが伝わる。

 辺見さん達の速度が緩まり、後方の長府さんが腰から剣を抜くと振り払った。

 剣先から白刃が生まれ、離れた場所にいる辺見さんに届く。


「っ!」


 地面に埋もれた剣閃は、岩と土を弾き飛ばした。

 砂煙が生まれる中、辺見さん達、三人は衝撃で吹き飛ばされる。

 私は咄嗟に近くに飛んできた辺見さんを抱えた。

 地面にリフレクション。そしてオートリフレクション。

 痛みの中、回復スキルで癒やす。

 体格差はあるけれど、スキルで補助し、なんとか支えることができる。

 他の二人も結城さんとディッツさんが助けてくれたみたいだった。

 腕の中の辺見さんは、疲労困憊という状況だった。

 息切れして、立ち上がる力も残っていない。


「やぁっと止まったか。ったく、丸一日近く逃げ回りやがって」


 嘆息しながら剣から飛び降りた長府さんは、頭上に向けて手を掲げた。

 手のひらから、光の弾が放たれて、かなりの高度まで上ると弾け飛んだ。

 ……もしかして居場所を仲間に知らせた?

 辺見さんは、長府さん相手では、一対一では敵わないと踏んだんだ。

 だから逃げてきた。

 状況は把握できていないけれど、戦わなければ辺見さんが危ないことはわかる。

 私と結城さん、ディッツさんは同時に武器を構え、長府さんを注視する。


「やれやれ、まさか居残り組が揃うとはな。計画が色々おかしくなっちまった。

 まあ、別にいいけどよ、大した力はなさそうだし」

「何で、辺見さんを狙うんですか? 私達はあなた達を探していたのに。

 みんなで協力しようとしていたのに」

「なんだぁ? みんな? おいおい各国に所属できるのは五人までだぜ?

 神託は受けて……ねぇのか? なんだよおい、じゃあまだ事情を知らねぇのか?」

「どういうこと、ですか?」


 私達が知らないことがあるみたい。

 長府さんは得意げに笑った。

 かなり不快だったけど、私は表情を変えないように努める。


「そいつに聞けばいい。全部知ってるぜ。ああ、知っていて、教えてなかったのか。

 なんせ、そいつはオーガスの諜報員だからな。

 おまえ達に近づいたのも、利用するためだったんだ。

 つっても、事情がわからないから、どんな反応をしていいかわからねぇか?」


 辺見さんを指差し、長府さんは嫌味な言葉を並べる。

 諜報? 所属? 一体何を言っているの?

 私は戸惑いながらも脇に倒れている辺見さんを横目で見る。

 瞳は揺れていた。


「さぁて、とりあえず、朱夏と円花はこっちに渡して貰うぜ。

 その後……おまえ達は殺さないとな」


 殺意が急激に膨らんだ。

 殺す。

 その言葉には明確な意思を含んでいる

 どうして日本人同士て殺し合わなければならないの?

 疑念は膨らむけど、状況は待ってはくれない。

 長府さんが地を蹴る。

 私と結城さんは同時に武器を掲げた。

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『マジック・メイカー -異世界魔法の作り方-』

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