沼田力
呆気にとられて言葉を失っていた俺を見て、沼田はイヤらしく笑う。
「その反応を待っていた。いいリアクションしてくれるな」
「い、一体どういう……その姿、いや、な、なんでお前がここに」
「変装はネコネ族の専売特許じゃないってことだ。俺だって色々調べてるからな。
ちなみにおまえ達と出会う前からシュルテンとして生活していた。
団の連中は馬鹿だからさ、気づかなかったな。
おまえ等、目立ちすぎなんだよ。
短期間でランクを上げる若い連中がいるって聞いてピンと来たぞ。
そして敢えて、おまえ達がランクCになるのを待ってやった。
それ以下のランクだと人数が多すぎるし足手まといだからな。
ドラゴンの噂を流したのは俺だ。そして商人ギルドにバルバトスが討伐隊を取り仕切ると自薦したのも俺だ。
ああ、シュルテン本人はとっくに死んでるぞ。俺が殺した」
日常会話の一幕のように簡単に言い放った。
人を殺したという事実を些事であるかのように。
こいつは、真っ当な人間ではない。
「……なぜこんなことを?」
「俺はケセル王国を『選んだ』んだ。んで、今はそこの勇者だ。
『神託に沿って行動している』ってわけなんだわ。
おまえらはエシュト皇国を選んだのかと思ったんだが、違ったみたいだな」
「選んだ? 神託に沿って動いている? 勇者……?」
こいつは何を言っている?
神託は、異世界人が世界を震撼させる、という内容だったはずだ。
それに勇者だって?
一体、どういう意味だ?
俺の反応を見て、沼田は訝しがっていた。
「知らないのか。どういうことだ?
……ま、いいか。別に話してやる必要はないしな」
俺が知らないことがあるらしい。
追及してもこいつは話さないだろう。
ならばできるだけ情報を聞き出す方向で考えた方がいい。
「ケセル王国の人間がエシュト皇国の領地内でドラゴンを放つ理由は……まさか戦争か?」
「まあな。ただ別にこんな方法で難癖をつけようって腹じゃない。
切っ掛けなんて必要ないからな。戦争の大義名分なんて不必要なんだよ、ここじゃぁな。
本当は、皇都にドラゴンをけしかけるつもりだったんだが、飼育係の馬鹿がこのドラゴンを放逐した。
運よくリーンガム近くのララノア山に住み着いたってんで、こうしてわざわざ出向いて発奮剤を嗅がせて、攻撃的にさせたってわけだ。
さすがに一人じゃ骨が折れるからな、馬鹿な奴らを使った」
発奮剤を嗅がせる理由がわからない。
そう思った瞬間、俺は反射的に沼田をアナライズした。
・名前:沼田力
・LV:13,665
・HP:2,410,088/2,410,088
・MP:1,008,027/1,990,554
・ST:1,778,011/1,970,011
・STR:398,021
・VIT:102,998
・DEX:331,002
・AGI:381,515
・MND:115,088
・INT:150,398
・LUC:196,674
●アクティブスキル
New・操る
…魔物を操ることができる。成功率はレベル差、相手の状態によって変わる。
対象の理性が失われている方がより成功率は高い。
一定時間経過すると解ける。
New・意思の疎通
…操った対象を操作する。対象ができることしかできない。
New・激昂
…対象を怒り状態にする。攻撃力が上がり、防御力が下がる。
New・同化
…操っている魔物と一時的に同化する。一定時間経過すると解除される。
レベル差があればあるだけ、時間は短い。
New・盗む
…あらゆるモノを盗む。ただし、対象によって失うモノも大きくなる。
例えば物体以外の経験、知識、現象自体も盗める。
成功率は対象の精神力や意志力、価値など様々な要素によって変わる。
明確に自身を認識している相手だと困難になる。
New・返却
…盗んだモノを返す。返すことで多少、支払ったモノを取り戻せる。
ただし返したモノの状態にもよる。
●パッシブスキル
New・コンビネーション
…操っている魔物と同時に攻撃することで威力が増す。
New・恩恵
…操っている魔物によって様々な効果を得られる。
★グリーンドラゴン…攻撃力上昇、回避率上昇、器用さ上昇
New・魔物の知識・上級
…魔物に対する深い知識を得る。
●バッドステータス
・未来の喪失
…未来が奪われる。スキルの使用度によって失う内容も変わる。
ただし、それが本人にわかるとは限らない。
・相応の代償
…相応のモノが奪われる。盗むの使用によって代償を支払う。
盗んだモノとまったく同じモノが失われるとは限らない。
他のバッドステータスとは別のもの。
こいつ、俺と同じように『複数のスキル』を持っている。
魔物を使役するスキルと盗むスキルだ。
内容を読むと奴の意図が少しだけわかった。
魔物を操る成功率を上げるため、か。
確かに、あれだけの量の植物を運ぶのも一人だと厳しい。
それに同時に燃やさなければ、嗅がずにさっさとドラゴンが逃げる可能性がある。
以前シュルテンにアナライズした時、確かにシュルテン本人だった。
ということは盗むというスキルでシュルテンの性格や技術、見た目を盗んだのか。
「じゃあ、なんで俺達をわざわざ逃さないようにした?
ここまで連れて来たのはわざとなんだろ?」
「へぇ、割と頭が回るんだな。
その通り、団に入れたりしたのはおまえ達をここまで連れてくるためだ。
まあ、別に必要じゃなかった。ただ、その方が都合がよかっただけだ。
結局、おまえが予想以上に機動力があって、ここまで戻ってしまったけどな。
それでも、大分余力がないんじゃないのか?」
見透かされている。
シルフィードの魔力はあまり残っていない。
ここから逃れるのはまず不可能だろう。
左腕もない。
血を流し続けて体力も奪われている。
だが、死ぬことは別に構わない。
むしろ望むところだ。
「都合が良かった、ってのは……何に対してだ」
「わかってるんだろ?」
再びドラゴンはガパッと口腔を開く。
「異世界人であるおまえ等を殺すためだ」
瞬時に、上昇する。
ドラゴンの喉奥で炎が灯り、爆炎が吐かれた。
足を僅かに焦がされた。
何とか回避し、俺は再び宙を舞う。
理由はわからないが、沼田が俺達を殺そうとしていることはわかった。
俺達をここまで連れて来たのは、逃げ場をなくすためだったのだろうと。
「他の奴から殺してもいいんだけどな、一番厄介そうなおまえから殺した方が後が楽そうだからな!」
「そりゃ、光栄だな!」
軽口を叩いても内心では余裕がない。
俺はドラゴンから逃げるように、宙を疾走する。
機動力はあっちの方が上なのに、なぶり殺すようにわざと速度を落としている。
それに左腕がない分、バランスがとりにくい。
「おらおらおら、ちんたらしてると食い殺すぞ!」
遊んでいる。
奴は、俺をいつでも殺せると思っている。
幻肢がする。
失ってなお、疼きは止まらない。
だが、待てよ。
左手がまだあるような感覚に俺は歯噛みしつつ、ある考えに至った。
俺は急激に速度を減少させる。
「おっと」
余裕のある口調の沼田は、俺が止まったのを見て、竜をゆっくりと停止させた。
「観念したのか?」
「まさか」
「ふん、ならなんだ?」
「ちょっとした実験をな」
「実験?」
奴には余裕があり過ぎた。
だからこんな会話にも対応してしまう。
賭けだ。
だが、負けても俺にはリスクは対してない。
俺は『左手』を伸ばして、沼田に向けた。
「何の冗談だ? なくなった手を伸ばして、返して欲しいってか?
残念だが、こいつの腹ん中だ。欲しいなら食われて胃袋中から探すんだな」
「例えば自分の意思で動く機械があったとして、意思ってのはどこまで届くもんだと思う?」
「なんだそりゃ、なぞなぞか?」
「俺は接していなくても意思の強さで届くんじゃないかって思う。
その実験を今からしようって思ってるわけだ」
「……おまえ、まさか」
俺は目を閉じて集中した。
風よ舞え。風よ舞え。風よ舞え。風よ舞え。風よ舞え。風よ舞え。風よ舞え。風よ舞え。
大気を圧縮しろ。大気を圧縮しろ。大気を圧縮しろ。大気を圧縮しろ。大気を圧縮しろ。
切り刻め。切り刻め。切り刻め。切り刻め。切り刻め。切り刻め。切り刻め。切り刻め。
「ふん、馬鹿らしい。さっさと死ねよ」
風が顔を撫ぜる。
どうやらドラゴンが口を開き、今にも炎熱を吐こうとしているらしい。
だが、俺は無視して頭の中で呟き続けた。
意思を届かせようと。
何度も何度も祈る。
風。
風よ。
離れていても、俺の腕の感触がある。
そこにいる。
そこにある。
伝われ。
硬い外皮に覆われた外側からではなく、内側から。
砕け。
弾け。
切り裂け。
「シルフィーーードォォ!!」
叫びと共に、ドラゴンの身体がブレた。
「グギャァァァァッ!」
ビクンと痙攣し、巨躯が空中で横倒しになる。
「なっ!? 嘘だろ、おい!?」
沼田は驚愕する。
三白眼がより強調され、異様さを演出している。
俺は何度も『左手』から風を発生させる。
胃袋をカマイタチで切り裂き、風圧で破裂させる。
都度、ドラゴンの体躯は弾かれる。
見えない手に上下左右から殴られているように、竜は宙で惑った。
吐血し、どろっと濁った血が飛び散る。
「無茶苦茶だろ、おまえ! 食わせた手から攻撃するなんて!」
悪態を吐く沼田だったが、俺は息も絶え絶えだった。
魔力も尽き、俺はそのまま地上へ落ちる。
同時にドラゴンも気を失ったようで落下していた。
「起きろォォ! おい、起きろよッッ!!」
沼田はドラゴンに声をかけていたが、反応しない。
互いに地上に向けて落ちるだけ。
もう間もなく死が訪れる。
「クソォォォォォォォッッ!」
沼田が絶叫した。
俺はその場で生き返るようにリスポーンポイントを設定する。
次の瞬間、俺達は地面に到達した。
そして俺は死んだ。
――生き返った。
懐で何かがチカチカと光っている。
俺は思わず『左手』を内ポケットに突っ込んだ。
「……テレホスフィア」
明滅している。
どういうことだ。
これは、開発中アーガイルさんと連絡するために貰ったものだ。
しかし、確かに光っている。
つまり彼の身に何かがあり俺に連絡した、ということか?
早く戻った方がいいかもしれない。
まずは合流しなくては。
みんなは無事だろうか。
ドラゴンがここにいるのだから、大丈夫だろうけど。
俺は立ち上がり左手を見下ろした。
元通りになっているが小手はない。
生き返り、傷は完治するが、服や装備は完全に元には戻らないということだ。
ドラゴンの胃袋の中に入ったままなのか。
近くにドラゴンが倒れていた。
動く気配はない。
デロンと長い舌を地面に垂らしている。
念のためアナライズしようとした時、ピクリと痙攣した。
生きている?
分析するとHPはまだ半分近く残っていた。
しかし魔力が枯渇しているため、もうシルフィードは動かない。
どうするか思案していたら、ドラゴンは口から小手を吐き出した。
胃液で溶けてはいないが、どろっとした液体が纏わりついている。
「最悪だ……」
俺はすぐさま小手を拾い、地面に転がして土で液体を拭った。
臭いやら妙な感触やら不快感が込み上がるが、我慢する。
魔力がない状態ではドラゴンを倒すのは難しい。
それに体内からの攻撃以外では有効打はなかった。
別の手段を考えた方がいいかもしれない。
まだ気絶しているとは言っても、ダメージを与える手段はない。
そう思っていたら、ドラゴンが唸り声を上げ始める。
そろそろ起きるかもしれない。
沼田の姿が見えない。
どこに行った?
俺は疑念を抱きつつも、その場から離れることにした。
広がっているのは荒れ地だ。
岩と枯れ木が散見するだけの光景だった。
四人を落とした場所からはかなり離れてしまった。
徒歩だと時間がかかりそうだ。
方向はある程度把握している。
俺は小走りで、その場を立ち去った。




