想定外の想定外
地獄絵図だった。
作戦の成功から一転、緑竜により凄惨な光景は生みだされた。
「ぎゃああああああああああああ!」
「に、逃げろ、逃げろおおぉっ!」
「痛ぇ、いてぇよぉ、腕が、俺の腕がぁ」
「熱い熱い熱い熱い、熱ぃいィぃっギィィイっ!!」
鋭い牙に串刺しにされ、逃げ惑い、爪で四肢を引き裂かれ、炎の息で身を焦がされていた。
百近くの傭兵達は一瞬にして蹴散らされ、風に切り裂かれる。
戦うとかの次元じゃない。
勝てるとか考えるのもおこがましい。
あれは災害だ。
自然に勝とうとすること自体、愚昧に他ならない。
「な、なぜ!? 竜燈草で、ドラゴンは追い払えるはずじゃ」
わなわなとロルフが震え、その場でへたり込む。
恐怖の象徴を前に戦意どころか、生存欲求さえ、かなぐり捨てている。
俺は縄を強引に引きちぎって、立ち上がる。
「ディッツ! 目を覚ませ! こいつ抱えろ!」
「ひっ!? な、な? え?」
ハゲのディッツは現実逃避していたのか、ぽかんと口を開けていた。
俺の一喝に我を取り戻し、顔面蒼白になる。
「しっかりしろ、死ぬぞ!」
「ど、どうして、な、なんで戻って?」
「今は逃げることを考えろ! 早く、そいつ抱えろ!」
「あ、ああ。か、抱える、抱えるぞ」
状況を飲み込めていない。
俺はディッツの腰に縄を括りつけた。
「二人とも捕まって!」
「は、はい!」
「え、あ、う、うん」
俺は莉依ちゃんと結城さんを抱え、ドラゴンから逃げるため地を蹴った。
「うおおお!? こ、怖ぇぇっ!」
「うるさい! 死にたくなかったら、黙ってろ!」
俺は感情的になりながら叫ぶ。
後方では緑竜が怒りのままに傭兵達を食い殺している。
そう『怒って』いるのだ。
これは、もしかしてあの草のせいか?
俺の直感が当たってしまったのか。
あれは竜燈草ではなく、竜の発奮効果がある植物だったのでは?
くそ、今はそんなことを考えている暇はない。
シュルテンは、見た感じいない。
どこだ。
どこにいる。
あいつが関わっているのは間違いない。
俺は宙を飛び、ドラゴンから距離をとりながらも、周囲に視線を移していた。
やはりシュルテンの姿はなかった。
逃げた、のか?
とにかく、俺達も逃げないと。
「き、来てます! こっち来てます!」
「く、口開けた! 口開けたよ! 日下部君!」
莉依ちゃんと結城さんの言葉を受け、俺は地上に向け加速した。
「こえぇぇぇぇぇっ!!」
ディッツの絶叫は無視して、地面すれすれまで降下する。
寸前に緑火が頭上を通った。
熱波が背中に触れる。
縄の長さも考慮し、ギリギリまで加速したので全員に傷はなかった。
減速しながら山道に沿って跳躍する。
斜面を壁にしながら、なんとか逃れようとするが上手くいかない。
多段ジャンプによる、揺れと四人分の体重で身体が軋む。
痛みはいい。
だが、このまま魔力と身体が持つかどうか。
他の傭兵を助けることはできなかった。
もっと早く気づいていれば!
後悔しても、もう遅い。
肩口に振り返ると、ドラゴンが俺達に向けて大口を開けている。
また、ブレスが来る!
活火山が背後から迫っているようだ。
一度でも受ければ死ぬのは間違いない。
俺は生き返るが、他の四人は死んだらそれまでだ。
自分が死ぬことより、他人の命を背負っていることの方が重圧が凄まじい。
「飛ぶ! 全員、捕まってろ!」
「へ?」
ディッツの間の抜けた声と、莉依ちゃんと結城さんが俺にぎゅっとしがみつくのは同時だった。
俺は最小限の魔力を用いて、体勢を逆さにして直滑降。
山から飛び降り、地上に向けて重力と僅かなブーストにより加速する。
「し、しぬぅぅぅうぅうぅっ!」
「ひぃいぃいああああああっ!?」
ディッツと結城さんが叫んだ。
風が顔に張り付く。
シルフィードがなければ、ただの飛び降り自殺だ。
しばらくの間を経て、俺達の身体は地上近くに辿り着く。
俺は距離を見計らって、地上付近で角度を調整する。
飛行機の着地時のように、道に並行し速度を緩めた。
そのままさらに加速し、ドラゴンとの距離を広げようとするが、機動力は相手の方が上手だ。
振りきれない!
「しつこい!」
平原のおかげで見晴らしが良すぎる。
隠れるのはまず無理。
街に行けばどうなるか想像に難くない。
だから俺は街の反対方向へ移動していた。
それに、まずシルフィードの魔力が持たない。
単純な飛び降りからの調整だったからまだ魔力は残っているが、登頂はシルフィードでは無理だっただろう。
それと同じで、このまま走ってもまず魔力が枯渇するのは間違いない。
途中で止まればどうなるか。
ブレスで焼き殺されるか。
牙で噛み殺されるか。
爪で切り裂かれるか。
その違いしかない。
どうする?
ディッツとロルフには悪いが戦力として換算していない。
ここまでの戦いぶりを何度か見たが、俺達よりは弱い。
俺と莉依ちゃん、結城さんの能力を鑑みて、どうにか対処するしかない。
くっそ、いつもの手しか浮かばない!
「全員、降ろす! 莉依ちゃん頼む!」
「え? は、はい! はい?」
俺は再び空中に飛びあがる。
俺へ追いつこうとドラゴンが上昇した瞬間を狙い、急速に下降する。
そして即座に縄を解いてディッツとロルフを降ろした。
「ま、まてええええええええええぇっ!」
同時に、莉依ちゃんと結城さんを下方に投げる。
「何とかしてくれ!」
「日下部くぅぅぅん、しぬうううぅっ!」
結城さんは慟哭を残しつつ、地上へ落ちて行った。
さすがにこの高さだと落下死するだろう。
きっと二人ならどうにかしてくれる。
ドラゴンは、俺から目を離さない。
よかった、奴の目標は俺らしい。
横目で莉依ちゃん達の姿を見ると、結城さんのアクセル、莉依ちゃんのプロテクションとリフレクションによって無事に着地したようだった。
俺は安堵と共に、後方のドラゴンに意識を集中する。
少しでもこの場と街から離れなければ。
だが。
四人を離すため、僅かに隙ができていたのだろう。
一瞬にしてドラゴンは俺との距離を詰め、口を限界まで開いていた。
深い赤。
それが目の前に広がった。
咄嗟に左手を突き出し、ブーストする。
腕を基点に身体が後方へ押し出されたが、二の腕付近まで上下の歯が突き刺さる。
勢いは殺され、俺の腕は牙に埋もれたままだった。
「く、離せ!」
さすがに腕を引きちぎるのは抵抗があった。
激痛に耐えながら、俺はドラゴンの牙を殴打する。
シルフィードの攻撃にも微動だにしない。
強固な牙を前に、俺は牢屋に監禁された囚人のように、格子を握ることしかできない。
ドラゴンが疾る。
ガッチリと俺の腕を固定したまま、飛翔した。
グルグルと空中を舞い、喉の奥から呻き声を上げた。
この野郎、遊んでやがる。
怒りが生まれるが、狂鬼兵装になる気配はない。
今まで幾度も試したが、やはり簡単に発動するスキルではないらしい。
発動してもレベルがマイナスに戻ってしまう手前、抵抗はあったが。
対応できる手段は他にあるのか。
だが、こんな状態では対抗するにも何もできない。
手段を選んではいられない。
「そんなに食いたいならくれてやる!」
俺は左腕に右手を添えて、カマイタチを生みだし、寸断する。
一瞬、視界が白光する。
強烈な刺激に意識が薄れたが、何とか奥歯を噛みしめ耐えた。
死ぬほど痛い。
慣れても痛いものは痛い。
ぐぅ、と唸り声が俺の喉から込み上がる。
俺の腕をドラゴンが飲んだ。
拘束は解かれ、左手を失った俺は地上へ真っ逆さま。
空中で体勢を整え、脚部風圧で浮遊する。
この腕、生き返ったら治るんだろうな……。
左腕の切断面からはドクドクと血液が滴り、地面に向けて落ちる。
出血多量になる前に、打開策を考えなければ。
「頑張るな」
場違いな程に軽妙な口調だった。
声の聞こえた方向に俺の眼は固定される。
竜の背中。
そこにいたのはシュルテンだった。
気づかなかった。
長い首と巨躯、それに隠れて背中まで気が回らなかった。
「……やっぱりおまえが」
睥睨するが、シュルテンはどこ吹く風といった感じで、涼しい顔をしている。
「なんだ、気づいてたのか」
つまらないとばかりに、嘆息した。
男は俺の知っている団長とは違った。
誠実で理知的な空気はなく、どこか空々しい。
実直さはない。
どこか薄ら寒く、どこか浮世離れした雰囲気しかなかった。
こいつは本当にシュルテンなのか。
出会って数日しか経っていないが、まるで別人のように感じた。
「あの草は竜燈草じゃなかったんだな?」
「その通り、あれはドラゴンの発奮剤だ。極一部の人間しか知らない植物だけどな。
それこそ魔物に精通している人間くらいだ」
「なぜ、そんなことをしたんだ。何が目的だ?」
「時間稼ぎにしても、もっと上手くして欲しいもんだな、おい」
考えを読み取られたらしい。
時間をかければ、少なくとも莉依ちゃん達は逃げられる。
安易な目論見だったが、シュルテンは応じる様子だった。
「まあいい。何から何までおまえはわからないだろうから説明してやる。
俺はな……『傭兵団バルバトスの団長シュルテン』じゃない」
「……なんだと?」
言葉の意味が解らず、オウム返しした。
俺の反応が滑稽だったのか、シュルテンは嬉しそうに笑う。
そして変化に気づいた。
シュルテンの見た目が少しずつ変わっていったのだ。
髪の長さ、色、顔立ち、体躯の大きさ、すべてが変貌している。
やがて変化は停止する。
その姿に、俺は目を見開く。
「日本人……ッ!?」
どう見ても日本人だった。
手足が長く、爬虫類のように三白眼でどこからねっとりとした気持ち悪さがある男。
俺は転移時、死んでいたので知らないが、莉依ちゃん達と一緒にいた人間だろう。
「始めまして。俺は沼田力だ」
男はそう言って、慇懃に一礼した。




