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デジャブ


 夜半時。

 宿に戻った俺達は、部屋の中で車座になっていた。

 ベッドは二つ。

 俺と朱夏の部屋だ。

 変装魔術は解除されて、全員が元の姿に戻っている。

 神妙な顔をした莉依ちゃんが窺うように話し始める。


「それで、どうしますか?」

「そうだな……まずは全員の意見を聞こうと思う。俺からでいいか?」


 全員の顔を見回すと、肯定が返ってきた。


「俺は参加すべきだと思う。

 今のところ、リーンガムが拠点だし、ここが危険になるのは困る。

 幸い、俺達はレベルアップをしてきたし、かなりの助力になると思うからな。

 それにこの街にも愛着はあるし……顔見知りも増えてる。放っては置けない」

「僕もそれでいいと思う。近場に小村は幾つもあるけど、リーンガム程の規模の街はないしね。

 リーンガム以外だと、近いのは皇都エシュトになる。

 けれどさすがに敵陣の真っただ中は危険だ。

 それに、ババ様の占いを無視はできないと思う。

 この街に地球の人が現れる可能性があるからね」

「あたしも同意見かなー。

 ある程度戦えるようにはなってるし、他の人の足手まといにはならないと思う」

「にゃにゃ。わたしも反対意見はないにゃ。というか危険は覚悟の上で旅に同行したにゃ。

 リーダーのクサカベに従うにゃ」


 朱夏、結城さん、ニースの賛同を得られたようだ。

 というかいつの間に、俺がリーダーになっていたんだ?


「……俺は別にリーダーになった覚えはないけど」

「何言ってるにゃ。誰が見てもクサカベ以外に適任者はいないにゃ?」

「うん、そうだね。虎次君が適任だ。というより、今までそうしてきたじゃない。

 今更って感じだよね」

「だよねー。日下部君なら信頼できるし」

「そ、そうか。じゃあ、頑張るよ」


 言われてみれば、常にまとめ役という立ち位置にいた気がする。

 別に苦でもないし、辞退する必要もないが、少し背中がむず痒い。

 ふと莉依ちゃんの様子が気になった。

 彼女は黙して、何かを考えているようだった。


「莉依ちゃん? どうかした?」

「あ、す、すみません。もちろん、虎次さんがリーダーで大丈夫です。

 むしろお願いしたいというか、暗黙の了解だったという感じですね」

「そ、そう? それならやるよ……それで、何か気になるところが?」

「ええ……あの、他の人達のレベルってどれくらいなんです?」

「レベル? 確か、2000から4000レベルくらい。

 団長だけは15000くらいだったかな。

 多分、あそこにいた連中は高レベルの傭兵だったと思う」

「なるほど」


 莉依ちゃんは思考を巡らせている。

 気になる点があるらしい。

 確かに、俺も参加人数やレベル、士気が気になっていた。

 及び腰の連中も少なくなかったし、当日は人数が減るかもしれない。

 そうなれば参加者の危険度は更に上がる。


「それと、参加するにしても変装はどうします?

 ニースさんの魔術だと半日しか持ちませんけど」

「何か理由をつけて顔を隠すしかない、かな……。

 俺も考えはしたんだけど、それくらいしか浮かばなかった。

 けど正体がバレる可能性と不参加した場合の結果を天秤にかけて……参加すべきと思った」

「そう、ですよね」


 俺達が参加するかしないかで、討伐隊の戦力は大きく変わるはずだ。

 結局、保身をとるか、街の安全をとるかということだ。

 俺は後者を選んだ。それだけのこと。


「にゃふふふっ、にゃーーーはっはっははは」


 突然ニースが高笑いを始めた。

 いつもおかしいが、今日は特におかしい。

 今は変装魔術がとけ、猫姿だ。

 マタタビでも食べたのだろうか。

 ニースならあり得る。

 この世界にマタタビがあるかは知らないけど。


「ニース、なにか悪いものでも食べちゃったのかな?」


 朱夏の冷静なツッコミを受けて、ニースはキッと睨みを返した。


「失敬にゃ! わたしが食いしん坊みたいな言い草はやめるにゃ!」


 ビシッと指を指すニースだったが、他の面々は冷めた視線を送るだけだ。

 俺は話が進まないのを嫌い、ニースに問いかける。


「で、なんで笑ったんだ?」

「ふふふ、にゃふ! こんなこともあろうかと……魔術を改良しておいたにゃ!」

「つまり?」

「七日ほど効果が持続する変装魔術を編み出したということにゃ。

 その代わり、丸一日、間を空けないと再びかけられないけどにゃ!」


 俺は目を見開きニースを見た。

 ちらちらとこちらに意味ありげな視線を送ってきている。

 これは……褒めろと言っているのか。

 僅かな空白を経て、俺は拍手する。


「す、すごいじゃないか、ニース。いつの間に」

「ふふふ、みんにゃが魔物討伐している間、わたしも鍛えていたのにゃ。

 わたしだけ何もしないわけにはいかないからにゃ」


 ということは、最初から俺達について来るつもりだったのか。

 その心遣いに、俺は素直に感謝した。


「ありがとう助かるよ」

「にゃはは! ということでにゃ、七日以内の遠征なら問題ないにゃ!

 もちろん、今まで使っていた変装魔術も使えるから、半日だけで事足りるならかけるにゃ」

「よかった、これで変装の件は解決ですね!

 じゃあ、今度は『日本の誰かがこの街にを訪れる』かもしれないことへの対策、ですか」

「……俺達が討伐に出かけている最中にリーンガムに来るかもしれない、ってことか」

「そうですね。となると」

「二手に別れるほうがいいだろうね」


 戦力を割くことになるが、一人はここに残した方がいい。

 能力を鑑みて人選をしなければ。


「先に聞きたいんだけど、変装魔術は一度かけたら七日はそのままなんだな?」

「そうにゃ。七日間持続するから、わたしがいなくても問題はないにゃ」


 となると、ニースは討伐隊に同行させない方がよさそうだ。

 彼女のレベルは1200程度。

 戦いには向いていない。

 それでもメイガス並には強いんだけどな……。

 しかしニース一人だと日本人を探せても、事情を聞いて信じて貰えるかはわからない。

 あと一人、異世界人である四人の内の誰かを残さないといけない。


 ――よし。


「じゃあ、朱夏とニースは街に残って、転移者を探してくれ。

 俺と莉依ちゃん、結城さんは討伐隊に参加する」

「わかりました」

「あたしもそれでオッケ!」

「まあ、そうなるか……わかった、仕方ないね」

「にゃー、わたしの力だと討伐には足手まといにゃ……すまんにゃ」

「気にしないでくれ。別に戦いだけがすべてじゃない。

 ニースにはニースの役割があるからな」

「にゃにゃ、とびっきりの変装魔術をかけてあげるにゃ!」

「ああ、頼む。それじゃ各自明日に備えてしっかり休むように! 解散!」


 話し合いが終わると女性陣は部屋を出て行った。

 莉依ちゃんと結城さん、ニースは同室だ。


 ――つまり。


「なんだか、すごいことになってきたね」

「あ、ああ。そうだな」


 朱夏と俺も同室。

 ええ、わかってます。

 毎回のことなんです。

 リーンガムを訪問すると一泊しなければならない。

 なので朱夏と一緒の時は、同室になってしまう。

 女性陣には、朱夏は男だと明言しているからだ。

 俺は誰にも朱夏のことは言っていない。

 だから同室だ。

 同性かどうかは……。

 もうやめよう。

 いつもいつも考えてしまうが、いい加減慣れないといけない。

 別にナニを、いや、何をするでもなく。


「どうかしたの?」


 朱夏が俺の顔を覗きこむ。

 朱夏は背が多少高いが、俺よりは低い。

 そのため、俺は見下ろす形になる。

 近場で見ると、端正な顔立ちは心臓に悪い。

 動揺を悟られないように、俺は表情を固定したまま視線を逸らした。


「いや、なんでもない」

「そう? ならいいけど」


 朱夏が踵を返した瞬間、鼻孔をくすぐる甘い香りに、意識を奪われる。

 おっかしいんだよなぁ、なんでいい匂いがするんだろうなぁ。

 男がこんな匂いしないよなぁ。

 だったらさぁ、やっぱり女なんじゃ。

 でも女なら、俺と同じ部屋になって、平然としていられるか?

 朱夏は自室のように寛いでいる。

 おっと、またいつも通りドツボにはまりそうだ。


「そろそろ寝るか」

「あ、その前にさ、ちょっと身体拭きたいんだけど」


 ん?


「……今、なんと?」

「身体拭きたいから、受付にお湯を持って来てくれるように頼んでるんだ。

 明るくないとやりにくいから、もうちょっと起きていてくれる?」


 んん?


 なんで部屋で身体拭いちゃうの?

 いや、これくらいの文化レベルならそれが普通なんだろうけど。

 安宿にはさすがに風呂はない。

 多少、高級な宿になればあるが、俺達が泊まっている宿にはない。

 なので基本的に浴場を利用している。

 朱夏は行かないが。

 多分、今回のように身体を拭いていたんだろう。

 危ない危ない。

 浴場から早めに帰って来て、拭いているところに遭遇みたいなこともありえたわけか。

 今度から気を付けよう。

 ……そう言えば、今日は時間がなくて浴場に行ってないな。

 妙にべたべたすると思ったら、忘れていた。

 普段はちゃんと入ってるんだぞ!

 合点がいったので、俺は安堵する。


「ああ、大丈夫だ」

「ありがとう、あ、来たみたい」


 会話中に扉がノックされた。

 朱夏は従業員から桶を受け取り、部屋の中央に桶を置いた。

 湯気が立ち、心地よさそうなお湯が揺らいでいる。

 手ぬぐいを二枚渡されたようだ。


「俺は出てるよ」


 流石に身体を拭いている最中に部屋にいると気まずい。

 出ておいた方が得策だろう。


「ううん、いいよ。ここにいて」


 しかし朱夏からは逃げられない。


「いや、でも」

「部屋を追いだしたりしたらさすがに悪いよ。それに、すぐ終わるから」


 これ以上、問答をすると意識し過ぎていると思われるかもしれない。

 あまり気遣いをすると、気まずくなる。

 朱夏の状態は俺しか知らないし、同性として振る舞っている。

 なのに、俺が変に壁を作れば、朱夏も居心地が悪くなるだろう。


「……わかった」


 そう言うしかなかった。

 俺は自分のベッドに行くと、横たわる。

 視線は壁側だ。


「一応、終わったら言ってくれ。反対向いているから」

「うん、ありがとう」


 目を瞑り、終わりを待つ。

 夜、外では喧噪が響いている。

 しかし、比較的閑静で、雑音が少ない。

 合間に聞こえる異音。

 気づけば、俺は耳を澄ましていた。

 衣擦れの音が響き、水音が断続的に聞こえる。

 布が肌を滑る音。

 身動ぎに伴う、床の軋む音。

 音、音、音。

 見えない分、想像を掻きたてる。

 動悸が激しい。

 なにこの状況。

 なんでこんなことになってんの?

 目を閉じているから余計に妄想が膨らむ。

 ゆっくりと瞼を開けた。

 壁が見える。


「…………ふぅ」


 背後で吐息がこぼれた。

 終わったのか?


「虎次君」


 声をかけられ、俺は反射的に振り向きそうになる寸前でとどまった。


「お、終わったか?」

「う、ううん」


 あっぶな、あっぶな!

 振り向いていたら色々終わってた。

 何がと言われれば困るが、何かもう後戻りができなくなりそうな気がしたのだ。


「ど、どうした?」

「あ、あのね、自分だと背中に手が届かないから、拭いてくれない?」


 おい。

 おい。

 知ってる、これ知ってるよ俺。

 こういうシチュエーションあるよね。

 でもさ、自分がその状況に陥るって思う?

 思わないよね?

 もう自分が何を考えているのかもわからなくなってきた。


「い、いやそれは」

「だめ、かな?」


 鼻にかかる甘ったるい声が近くで聞こえた。

 いつの間にか、俺のすぐ後ろに立っていたらしい。

 脈動が激しくなる。

 どう答えるのが正解なのか、もうわからない。


「……ま、まあ拭くくらいなら」

「ありがとう、じゃあ、こっち向いて?」


 蠱惑的な口調に、俺の身体は操られる。

 自我のない所作に、俺は戸惑いを覚えた。

 視界が回る。

 ゆっくりと後方へ身体が動く。

 朱夏は桶の近くで座り、こちらに背中を見せていた。

 いつの間に移動したんだ。

 俺の聴覚は異常を起こしているようだ。

 視界が固定されている。

 白く透き通った肌で、同性と思えないほどに細い。

 男特有の筋肉質な見目ではなかった。

 しかしそれは俺の思い込みかもしれない。

 それほどに俺は前後不覚になっていたからだ。

 俺は朱夏の真後ろに移動し、座った。


「そこの手拭いで、お願い」

「お、おう」


 先ほどまでの話し合いが非現実的に思える。

 一瞬にして変貌した空気感の中で、俺の手は震えていた。

 男、男、こいつは男。

 胸中で反芻し、どうにか理性を保つ。

 手ぬぐいをお湯で浸し、ゆっくりと朱夏の背中に触れさせる。


「……あっ」


 囁くような声音に、俺は思わず手を引いた。


「ご、ごめん」

「う、ううん、いいんだ。その、ちょっとびっくりしただけだから」


 このままだと俺の心臓と意思と何やら色々な大事なものが危険だ。

 逃げ出したいという臆病風に吹かれそうになる。

 しかしそうすれば朱夏を傷つけることになる。

 それはしたくなかった。


「続けてくれる……?」

「あ、ああ」


 もう、朱夏の言葉に従うしかない。

 俺は、今だけ、朱夏の操り人形に陥っている。

 再び、手ぬぐいをお湯に浸した。

 そして朱夏の背中に手を伸ばす。


「ん」


 朱夏の口から吐息とも嬌声とも取れる声が漏れる。

 目の前にある裸体から目が離せない。

 こいつわざとなんじゃないだろうな……。

 俺は生唾を飲み込む。

 はっきり言おう。

 もう性別とかどうでもいいんじゃね、と思い始めている俺がいる。

 というかやっぱり女でしょ。

 間違いないよ、これは。

 なんて思うほどに、妖艶な空気を醸し出している。

 それほどに、目の前にいる人物は魅力的に見えた。


 待て待て!

 落ち着け!

 ちょっと馬鹿になってるぞ、俺!

 どっちにしても仲間に手を出すのはまずい。

 大した覚悟もなく性欲に突き動かされるなんて最低じゃないか。

 俺は音を鳴らさず深呼吸し、朱夏の背中を拭き続ける。

 薄い布越しに伝わる、体温と弾力が俺の理性を黒く染めようとする。


 ――どれくらいの時間が経ったか。


 俺はなんとか拭き終えると、息絶え絶えになった。


「お、終わった、ぞ」

「うん、ありがと……」


 逃げるように、ベッドに戻りさっきと同じ体勢で寝転がった。

 俺は俺を褒めてやりたい。

 よく、頑張った。

 よく、耐えた!

 再び聞こえる衣の擦れる音。

 何が何をどうやって何経由で通っているのか考えそうになる。

 無心、無我。

 間違いなく俺に目には光がなくなっているだろう。

 耳を塞ぎたいが、終わりも間近。

 何とか耐えた。


「虎次君は拭く?」

「い、いや、俺は大丈夫」

「そう? じゃあ、僕は桶を返してくるね」

「ああ、いってらっしゃい」


 俺は振り向かず返答した。

 朱夏の声音は素っ気なく、いつも通りの感じだ。

 俺が意識し過ぎたんだろうか。

 朱夏は単純に、背中を拭いて欲しかっただけなのかも。

 深読みし過ぎたんだろう。

 まさか、わざと朱夏が俺を誘惑するようなことをするはずがない。


 なんだ考え過ぎか、と思った時、

「見てもよかったのに」

 と、呟きを残して朱夏は出て行った。


 俺は呆気にとられながら、振り向く。

 そこにあったのは跳ねたお湯が、床を湿らせている光景だけだった。


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『マジック・メイカー -異世界魔法の作り方-』

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