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旅立ちの時

 小鳥の囀りが響く、木漏れ日の中。

 俺達は集落の馬小屋にいた。

 俺と、莉依ちゃん、結城さんに朱夏で荷造りをしていた。

 馬具をとりつけ、すっかりなついた馬達を撫でる。

 予定日まであと一週間あるので、まだ出立の時じゃない。

 リーンガムにいつも通りの交易をしに行くところだ。

 レベルアップに伴い、魔物討伐の数も質も上がってきた。

 おかげで収益も多くなっている。

 ニース曰く、うはうはにゃ! らしい。

 喜んで貰えると居候という立場としては嬉しい。


 それに二ヶ月以上の滞在で、村人達との交流も増えている。

 特にニース。

 と、虎柄の子猫。

 俺の頭に乗っかっている。

 最初は爪で引っかかれそうで怖いと思ったが、この子猫は器用らしく問題ない。


「うにゃ!」


 俺が集落で目覚めた時にいたし、頻繁に接している猫だ。

 先に行っておくが、擬人化したりはしないから安心して欲しい。

 ネコネ族は、ニースみたいに猫が二足歩行している見目の種族だからな。

 ネコ耳とかそんなことは絶対にないのだ。

 ……ないんだ。

 近い内にお別れになることを忘れてはいない。

 ニースも、そうだ。

 そう考えると寂寞感が浮かぶ。

 異世界に来る前は一人で大丈夫だった。

 いつの間にか、人恋しくなってしまったんだろうか。

 誰かと関わることを余儀なくされて、そして自ら関わった。

 そういう意味合いでは弱くなってしまったのかもしれない。

 孤独は人のぬくもりを知っているからこそ訪れるものなのだと知った。


「虎次さん、どうしました?」


 莉依ちゃんがパチパチと瞬きしながら俺を見上げていた。


「いや、なんでもないよ」

「だったらいいんですけど……」


 心境を感じとられたかもしれない。

 気を付けないと。

 無駄に心労をかけることはしたくない。

 俺は表情を取り繕い、作業を再開した。


「おやおや、出かけるところかにゃ?」


 声に振り向くと、ババ様が立っていた。

 外で会うのは珍しい。


「ええ、そうですが、どうかしたんですか?」

「にゃ、ちょっと話があったにゃじゃ」

「話?」


 思い当たる節がなく、全員に目で聞いてみる。

 しかし帰って来るのは否定だけだった。

 俺はババ様に向き直り、次の言葉を待った。

 すると、ババ様はすんなりと口を開く。


「今日、旅立った方がいいにゃじゃ」

「え、と、それは一体?

 何か迷惑になるようなことがあったんでしょうか?」

「いやいや、お主らはとてもよく働いてくれたにゃじゃ。

 村人の評判もいいし、むしろずっと居て欲しいくらいにゃじゃ?

 ただ、占いで『お主達の探し人が近い内にリーンガムに現れる』と出たのにゃじゃ」

「ほ、本当ですか?」

「まあ、当たる確率は六割だけどにゃ!」


 そう言えば、そうだった。

 しかし六割でもそういう可能性がある、というだけでかなり助かる。

 何の指針もなく、探し回る方が大変だ。

 迷う余地はなかった。


「みんな、いいか?」

「もっちろん、いいよー」

「私も大丈夫です。ちょっと寂しいですけど」

「うん、僕も構わないよ。ただ、挨拶はしたいね」


 快く頷く面々に俺は決意を固める。


「ババ様、今日中に出発する事にします」

「うんむ。それじゃ、全員に挨拶するといいにゃじゃ。

 昼頃には出ないと、到着が夜半になるにゃじゃ。

 それまで終わらせるのにゃじゃ」

「ありがとうございます」

「にゃにゃ。不思議なものにゃじゃ。

 お主達のおかげでここ数ヶ月、本当に楽しかったのにゃじゃ。

 特にニースはいっつも楽しそうだったにゃじゃ」


 ニースとは頻繁に行動を共にしていた。

 彼女はああ見えて、家事が得意で意外に世話好きだ。

 そのため、村中の子猫の面倒を見ていた。

 そして変装魔術のおかげで、俺達は街に入ることができた。

 本当に世話になったのだ。

 彼女には特に、感謝を伝えたい。


「そんな顔するにゃじゃ。また会えるにゃじゃ?」


 俺に向かい、ババ様は困ったように笑う。

 俺は、そんなに情けない顔をしているんだろうか。

 いかんいかん。

 感傷に浸っていては。

 前向きに考えなくては。


「すみません」

「いいにゃじゃ。別れを惜しむ気持ちは大切にゃじゃ。

 それはどれだけ相手との時間を大事に思っていたかの証拠でもあるからにゃじゃ」


 やばいちょっと泣きそうになってきた。

 ババ様は普段、適当な言動が多いのに。

 良い事言っちゃってるじゃないの。


「まあ、ぶっちゃけしばらくしたら忘れるけどにゃ!」


 前言撤回するわ。


「おいっ!? 俺の気持ち! 俺の今の寂しげな気持ち返して!?」

「にゃはは、それくらいでいいのにゃじゃ。

 今生の別れでなければ、いつかは会えるにゃじゃ」


 ババ様なりの心遣い……だと思おう。

 俺は苦笑を浮かべ、ババ様に一礼した。


「それじゃ、みんなに挨拶して来ます」

「うんむ。泣くんじゃないにゃじゃ?」

「泣くか!」


 俺は即刻否定した。

 やれやれ、ネコネ族の人と話すとペースが乱されっぱなしだ。

 なぜか笑いがこみ上げてしまう。

 俺達はババ様に別れを告げ、村人達に挨拶をして回った。


   ●□●□


 結局、ニースは見つからなかった。

 彼女には一番世話になったし、挨拶くらいはしておきたかった。

 しかし時間がない。

 出発が遅れると到着が夜になる。

 そうなると街の入口は閉ざされてしまう。

 基本的には一般人は通れない。

 野外で一泊してもいいが、顔が割れている俺達にとっては危険だ。

 顔を隠し、宿をとったあと、できるだけ部屋を出ないようにする必要がある。


 二ヶ月、リーンガムを頻繁に訪れているので、客に深入りしない宿に心当たりはある。

 行動は制限されるが、宿内にいれば朱夏の能力で街中での情報は入手できる。

 関わりのない人を操る必要はあるけど……。

 俺達は魔物の素材を積んだ馬車と共に、集落の入口に集まっている。

 素材は餞別として貰ったものだ。

 換金してそのまま所持金としていいということだった。

 ネコネ族のみんなが見送りに来てくれていた。

 剥ぎ師のおじさん連中。

 ババ様と奥様方。

 子猫達。

 他の村人も、全員来てくれたようだ。


「それじゃ、行きます」

「にゃにゃ。達者でにゃ。色々あると思うがにゃじゃ。

 お主達ならきっとやり遂げることができるにゃじゃ。

 いつでもいい。村に戻ってきてくれると嬉しいにゃじゃ」

「ありがとうございます、ババ様」


 莉依ちゃんが泣きそうになりながらも必死で堪え、笑顔を浮かべていた。

 しっかりした子だ。

 それだけに胸が締め付けられた。

 隣にいる人は、号泣しているけど。


「ばばざばぁ、おわがれざびじぃよぉぉぉおぉっ!!」


 結城さんが涙と鼻水と汗と色々で顔をぐしゃぐしゃにしている。

 ここまで素直に気持ちを言葉にできるのは羨ましい。


「うんうん。みんな頑張るにゃじゃ。朱夏にゃんも元気でにゃ。

 朱夏にゃんは意固地な部分があるからにゃ、もっとみんなに甘えるといいにゃじゃ」

「……うん」


 身長は朱夏の方が圧倒的に高い。

 ババ様が朱夏の近くによると、朱夏は屈んだ。

 すると、ババ様は朱夏の頭を撫でる。


「頑張るにゃじゃ。でも頑張り過ぎないようにするにゃじゃ」

「わかったよ、ババ様」


 目尻に光るものがあったことには気づかない振りをする。

 俺達は離れ、馬車に乗った。


「それじゃ、また!」

「また、会いましょう!」

「いっでぎまずぅっ!」

「バイバイ、みんな」


 思い思いに別れを告げながら、手を振る。

 俺が運転し、馬車は走り始めた。

 さあ、旅立ちの時だ。


「ま、待つにゃ! わたしを置いて行くんじゃないにゃ!」


 聞きなれた声が鼓膜に届いた。

 あ、ニースだ。


「わ、わたしも行くにゃ! わたしがいないと困るにゃ!?

 なんで何も言わないにゃ! と、とうっ、にゃっ!」


 ニースは鞄を背負ったまま、どたばたと走り馬車に飛び乗った。

 え? 速度緩めてやれって?

 いや……なんか、コミカルでもうちょっと見たかったというか。

 正直、悪かったと思っている。


「はぁ、ぜぃ! ま、まったく主役を置いて行くとはなんたる所業にゃ!」

「え、えと、ニースも行くの?」


 朱夏さん、その言葉はちょっと酷いって思うな。

 俺も同じ風に思ってたけど。


「にゃにゃ!? わたしがいないと困るにゃ!?

 変装どうするにゃ!?

 ネコネ族の位置も鼻が利くわたしがいないとわからないにゃ!?

 色々便利でお買い得で役に立つのが、わたしにゃ!

 か、家事も出来るし、野営にはわたしは必須にゃ!

 ほぼ戦えないけどにゃ、魔術が使えるから足手まといにはならないにゃ!」


 早口で自己アピールを始めたニースだった。

 あまりの必死さに、思わず笑いそうになる。

 嘲笑じゃない。

 そんなアピールは必要ないのに、という笑いだ。


「こちらからもよろしく頼むよ」

「そ、それに、え、にゃ? 一緒に行ってもいいのかにゃ?」

「ああ、当然だろ。な? みんな」

「当たり前です! ニースさんがいてくれると楽しいし心強いです!」

「うう、ニースさん、来てくれるんだねぇ……あたし嬉しいよ」

「またよろしくね、ニース」

「よ、よろしくにゃ!」


 彼女は俺達の事情を知っている。

 どんな危険が待ち受けているのかもわからない。

 それなのに、一緒に行ってくれると言ってくれた。

 こんなに嬉しいことはない。

 しかし、ババ様は最初からこうするつもりだったのかもしれない。

 なんせ、ネコネ族の居場所は俺達にはわからないのだから。

 占いか、それとも思慮か。

 わかりやすいようで、わからない。

 そんなババ様のことを思い出し。

 そしてこれからの仲間達の生活を楽しみにしながら。

 俺は馬車をリーンガムに向けて進ませた。


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『マジック・メイカー -異世界魔法の作り方-』

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