嬉しくないこともないんだけど
リーンガムの構造は単純だ。
街は長方形をしており、正門からまっすぐ行けば港に着く。
道をずれれば裏通り、端に行く毎にいかがわしい雰囲気が漂う。
港方面に行けば、酒場や道具屋、武器防具屋が建ち並ぶ。
莉依ちゃん達と合流した後、市場へと向かっていた。
ちなみに馬車は置いて来た。駐留する場所が近辺にないからだ。
建物でごった返す、都心の光景と同じだ。
結局人が集まる場所では車両は邪魔になる、ということだな。
俺と朱夏は莉依ちゃん達が買って来てくれた串肉を頬張りながら歩いていた。
莉依ちゃんは申し訳なさそうにしていたが、こういうのも悪くない。
「美味いけど……んぐ、筋張ってるな」
「そりゃ、地球みたいに食文化が発展してはないからね。
でもこれはこれで美味しいよね」
「だな。味付けが濃いのは好みだ」
串には肉の塊が四つ刺さっている。
とろっとしたタレが纏わりつき、湯気が昇っていた。
がぶっと噛みつくと、じゅわっと肉汁が溢れる。
硬いが、歯応えは丁度いいかもしれない。
「いつも思ってたんだけどさ」
食べ終え、ただの串が手元に残った時、俺は疑問を口にする。
「うん? なに?」
「いや、こういう時代の世界ってさ、ゴミどうしてるんだ?」
集落か村落しか知らないから、そこら辺に疎い。
ただ、印象よりはしっかりしている感じだ。
一応、この世界にはトイレや風呂もあるからな。
「中世の欧州では、廃棄物に関してはかなり無頓着だったって聞くよね。
ゴミとか、そのまま、というか道とか庭に放置、みたいな」
「エシュト皇国は結構綺麗じゃないか?」
見たところ、路上にゴミの類はほとんどない。
あっても、国民の誰かが拾ってゴミ箱に入れたりしている。
マナーというか、そういう習慣があるように見えた。
「まあ、清掃に力を入れてるからね。きちんと職業の一つにもなってる。
そのおかげか、ゴミ箱もあるし、ゴミのポイ捨ては軽犯罪扱いされているよ。
不潔さは病原菌の発生を促すし、何より不快だからね。
日本に比べて、密接な生活環境だから、周囲の目がある。
だからか規範には厳しい、という感じかな。あくまでエシュト皇国においてはね」
「なるほど、結構、合理的だな」
俺と朱夏は近場にあった、木製のゴミ箱に串を捨てた。
定期的にゴミは捨てているようで不潔さはあまりない。
「グリュシュナ全体でこんな感じなのか?」
「どうだろうね。僕は他国の事情までは詳しくないんだ。
エシュト皇国は規律を重んじているって聞くから、別の国とは違うかも。
魔物の数も皇国は減らしているし、比較的自国民の安全は保障されているみたい」
「あ、あの、ですが皇帝シーズは」
莉依ちゃんが気まずそうに話す。
皇帝は俺達が殺したんだ。
一国の君主を殺したのだ。
国内への影響は計り知れないはず。
現在、国内はどういう状況なのか、俺達はまだ聞いていなかった。
知らなければならないのに、目を逸らしていたのかもしれない。
ネコネ族の集落に留まっていたおかげで、世俗と離れている感覚だったためか。
「うん、でも大して国民にとっては変わりはないよ。
もちろん、内部では色々あるだろうけど、むしろ正常に戻ったって感じかもしれない。
抜本的な改革を行うとは思えないし、その兆候は今のところない。
リーンベル皇妃が皇位を継承したらしいけど、歓迎されているよ。
シーズはかなり強引な方法で慣習を覆そうとしていたらしいからね。
コロセウムで見ていた感じ、兵達の動きや状況は不自然だった。
多分、皇妃や元老院、聖神教派の連中が裏で手を回していたんじゃないかな」
莉依ちゃんの、少しほっとした顔が印象的だった。
彼女も気にはしていたようだ。
俺達が手を下さなくても、皇帝は皇妃にいずれ殺されていただろうことはわかる。
伴侶や実の娘を簡単に殺してしまった皇妃の心情はわからないが……。
「シーズは支持されていなかったのか?」
「一部で支持はされていた。貴族たちの中には賛同する人もいたらしいよ。
けれど、グリュシュナ全域では聖神教が台頭している。
というか歴史的にずっとそうだったから、改革を行うシーズ施策は反発が多かった。
結局、死去して皇帝派は淘汰されてしまったわけだね。
それと死因は病死とされているよ。
理由は異世界人に対しての扱いを決めかねているってこと。
単純に外部の人間に殺されたとするのは不利益が多いと判断したってところかな」
俺は首を傾げる。
「でも俺達は指名手配されているじゃないか」
「現行だと、異世界人を捕縛して通報しろっていう、お触れが出ている程度なんだ。
つまり犯罪者と確定しているわけじゃない。
一部の国民は勘違いしているだろうけど、それくらいなら後でどうとでもなる。
もし皇帝殺人の罪に問われたら、もうどうにもならないからね」
「……皇妃は俺達を殺そうとしたけどな」
「ただの脅しかもね。あるいは、状況が変わったか。
どちらにしても僕達に皇妃の真意を測るのは難しそうだ」
「そう、だな。どちらにしても情報が足りないし」
俺と朱夏は唸りながら思考を巡らせる。
色々気になる点はある。
そして現状で考えてもわからないだろうこともわかる。
しかし、転移から今まで根ざしている大きな疑問があった。
『どうして俺達が転移したんだろうか』
転移対象が俺達だったのは偶然だったとしても、転移させられた理由はあるだろう。
世界を震撼させる存在。
そう称する俺達を、特に理由なく転移させるだろうか。
今までの話を統合すると、聖神が俺達を転移させたのはまず間違いない、と思う。
ならばなぜ。
俺達はここに呼ばれたんだ?
朱夏が言っていたように、勇者のような存在としてか。
何かをさせるつもりだったのだろうか。
しかし転移させられてから、俺達に指示を出すようなこともしていない。
邪神であるリーシュは転移には関わっていないようだった。
……わからないな。
顔を顰め、疑問を氷解させる手段がないと判断した時、隣を見た。
結城さんが目を回しながら揺れていた。
「ど、どうした!?」
「あ、あの、多分難しい話を聞いちゃったからじゃないでしょうか」
隣にいた莉依ちゃんが苦笑を浮かべていた。
そう言えば、結城さんが隣にずっといたな。
「ゆ、結城さんしっかりしてください」
「あー、頭が痛いー、死ぬー」
呆けた顔をしながら、結城さんが抑揚のない口調で言った。
何となく思ったんだが、この娘、学校の授業の時どうしてたんだろうか。
授業中。爆睡している結城さんが脳裏に浮かんだ。
●□●□
職人通り。
武器、防具、道具、呪具、衣服、多種な雑貨。
様々な種類の店が並んでいた。
中には煙突から排煙が立ち昇っている店舗もある。
看板には簡素な絵と文字が描かれている店がほとんどだ。
「識字率は結構高いんだな」
「基礎的な部分はね。商売人は大体できるよ。何をするにも文字は必要だからね。
都市部から離れた地域に暮らす人は、多分ほとんど文字を扱えないけどね」
「なるほどな……学校らしき施設もないもんな」
「基本的に独学か識者に教えを請うくらいかな。
家庭教師はかなり裕福じゃないと無理だし。
学校なんて、貴族専門の施設だからね。平民は勉学する権利さえないんだ」
「貧富の差はどこの世界でもある、か」
道行く人の風貌を見ても、裕福かどうかは一目瞭然だ。
「虎次君は、知識欲が強いね」
「悪いな朱夏。質問ばっかりで」
朱夏は嫌味なく破顔して、僅かに頭を振る。
「いや、前にも言ったけど僕は説明好きだからね。
聞かれるのも嬉しいよ」
笑顔が咲く。
気のせいか朱夏の周囲に華美な花まで咲いたような気がする。
おっと落ち着け。
こいつは男。
男じゃなくても男と思うんだ。
人間、誰しも超えてはならない一線があるのだ。
「あ、あの、二人とも名前、呼び合ってましたっけ?」
莉依ちゃんが俺達を見上げていた。
なぜか不安そうに見える。
「ん? ……ちょっと色々あってね。名前で呼ぶようにしたんだ。ね、虎次君?」
朱夏は先程と打って変わっていたずらっ子のような表情を浮かべる。
そして、不意に俺の肩に手を置いた。
妙に距離感が近くて、少しだけ戸惑う。
次の瞬間、莉依ちゃんがぷくーっと頬を膨らませた。
あれ、また?
何か、地雷踏んじゃったの?
頬はぱんぱんに伸びて、桜色になっていた。
しかしその状態もすぐに元通りになる。
ただし莉依ちゃんの表情は険しい。
拗ねてるような。
気のせいか?
「ずるい…私…って……たか……のに」
あまりに小声で良く聞こえない。
どうしたのかと言おうと思ったが、莉依ちゃんは視線を落としてしまった。
しかし、意を決したように顔を上げる。
「わ、私も虎次さんって呼んでいいですか!?」
あまりの気迫に、俺は瞬間的に首肯を返した。
「あ、ああ。うん、いいよ」
「じゃ、じゃあ名前で呼びます!」
破顔したと思ったら、紅潮した莉依ちゃんは、そのままスタスタと先へ行ってしまった。
俺はその小さな背中を見ながら呟いた。
「なんなんだ?」
「んー……さあ?」
朱夏は俺の肩をトントンと叩いて、莉依ちゃんの後を追って行った。
●□●□
冷やかしに次ぐ冷やかし。
何店舗もハシゴして、色々な装備を見てみた。
中世にありそうな鉄製の鎧や盾。
剣や弓矢、槌。基本的な武器の数々。
素材は様々で銅から見たことのない青、赤、黒の金属もあった。
だが、どうもしっくりこない。
その上、高い。
俺達の所持金は、魔物の素材を売った分、金貨五枚程度。
ぶっちゃけ足りない。全然足りない。
短剣一つで同じくらいの値段がするみたいだった。
ただ、今後どういうものを買うか品定めしておくのも必要だと思ったので、店回りをしている。
「一通り回った、みたいだな」
「そうみたいですね……」
職人通りにある武器防具の店は全部覗いたはずだ。
あとは裏通りにある店や、各所に点在している店だが。
さすがに全部見回るのは時間的に厳しい。
「む、むむ!? におうにゃ」
突然、ニースが訝しげにしながら鼻をスンスンと鳴らした。
見た目は人間でも、鼻は利くんだろうか。
「何がにおうんだ」
「こっちにゃ!」
「お、おい」
俺の制止を聞かず、ニースは走り出した。
俺達は慌てて彼女の後を追う。
あんまり走ると辛いから勘弁して欲しい……。
ものの数秒で、ぜいはぁ言い始めた俺だったが、ニースは思いの外、近くで待っていた。
ニースはある店の前に立ち、何度も鼻を鳴らしていた。
「ここにゃ」
「こ、ここって、はぁはぁ……ごほっ、えほっ、おぇっ!」
「だ、大丈夫ですか?」
「日下部君、尋常じゃないくらい顔色悪いよ!?」
莉依ちゃんと結城さんが心配して俺の顔を覗く。
言っておくが、一分くらいしか走ってない。しかも小走り。
なんとか呼吸を落ち着かせ、二人に礼を言う。
店には古ぼけた看板が下がっていた。
「技巧品店、って書いてあるね」
「技巧品? ってなんだ」
「さあ、聞いたことないね」
朱夏が知らないということは、あまり一般的ではない言葉なのかもしれない。
「入るにゃ!」
俺達を気にせず、ニースはさっさと店に入る。
どういう意図があるのか判然としないが、入ってしまったものは仕方がない。
何があるのか興味はあった。
「とりあえず入るだけ入ろう」
俺がそう言うと全員が首肯した。
三人を伴い、店舗に足を踏み入れる。
ランプが二つ。その明かりだけで屋内は暗い。
家屋が敷き詰められている街中では窓からの光だけでは足りないらしい。
木が酸化したような臭いがする。これがニースの言っていた臭いなんだろうか。
内部は狭い。
五人しかいないのに移動する際に気を遣う。
商品は、独特の外観をしているものが多い。
コンパスのように見えるが時計のようにも見える球体の何か。
棒状で先端に飾りがついているもの。
何かの液体と何かの個体。
何を売っているのかよくわからない店だ。
店員もいないし、営業しているのか疑問だった。
「におう、におうにゃ! すごくにおうにゃ!」
「だから、何がにおうんだよ」
「魔力の香りがするにゃ! 濃密な魔力の香りにゃ!
間違いないにゃ、強い魔力の奔流を感じるにゃ!」
俺は莉依ちゃんと視線を合わせた。
こいつ、何言ってるんだ?
さあ、わかりません。何か意味があるんでしょうか?
ニースの言葉に意味がある……って思いたくても思えない俺がいる。
まあまあ、そんなこと言わずに聞いてみましょうよ。
俺は首肯した。
ここまでのコミュニケーションはすべて眼だけで行った。
ほぼ俺の想像だけどな!
「で、だからなんなんだ?」
「わからないにゃ! でもなにかにおうにゃ! とにかく店員を呼ぶにゃ!」
「呼び……ました……?」
暗がりの中、いつの間にか、俺達の間に見知らぬ人間が立っていた。
顔は青ざめ、死ぬ寸前のような生気のなさ。
猫背で髪は異常に長く、頬はこけている。
陰鬱というか霊的な存在だと断じたくなるような見た目だ。
「きゃあああああああああああ!?」
これは莉依ちゃん。
「ひゃあああああああああああ!?」
これは朱夏。
「うにゃああああああああああ!?」
これはニースで。
「うぎゃああああああああああ!?」
これは結城さん。
全員がその場で飛び跳ねて、なぜか俺に抱きついて来た。
肩、外れる!
腰、折れる!
首、曲がる!
ステータスがマイナスの俺に体重をかけると折れるから、色々と。
ああ、なんかいい香りと野性味溢れる香りがする。
柔かな感触と体温が伝わる。
ふふふ、女の子って柔らかいんだなぁ。
幸せと不幸が一斉に襲い掛かってきた。
死ぬかもしれない。
でもそれもいいかもしれない。
そう思いながら、俺はスキル『耐える』で文字通り耐えた。
まだいける。
こんなもんじゃない。
女性陣と中性陣が絶叫している中、俺は必死で抗う。
だが、もう限界だった。
気持ちだけで、どうにかなるわけないじゃんか!
そう思った時、霊的な存在らしき男がおろおろとしていることに気づいた。
悲鳴が上がる中、俺は幽霊に聞いてみた。
「あ、あんた店員さん!?」
「……ぁ……ぅっ」
悲鳴のせいで良く聞こえない。
いい加減落ち着いて欲しいが、全員我を失っている。
肩が外れるどころか粉砕されちゃう!
幽霊は聞こえていないと判断したのか、何度もうなずいた。
どうやら店員で間違いないらしい。
「どうにかして店内を、あ、明るくしてくれ!」
店員はもう一度大きく頷き、店の奥に引っ込む。
「はあはあ、な、なんだったんですか、あれは」
莉依ちゃん。あれって……君がそんな風に言うなんてよっぽど怖かったんだね。
彼女は俺の右足にしがみついている。
「何々、なんなの、幽霊? ゆ、幽霊だよね? もうやめてよ、僕こういうの無理。
オカルト苦手なんだよ、勘弁してよぉ……虎次君ぅ、は、離れないでよぉ」
朱夏は涙目、涙声だった。
朱夏は俺の右腕にしがみついている。
感触? もうよくわからん。
「にゃ、にゃんだったんだにゃ!? なんか薄らしてたにゃ、においもなかったにゃ!?」
ニースは俺の左足にしがみつき、ガタガタと震えている。
マイペース猫には珍しい反応だ。
「無理無理無理無理無理、ほんと無理ぃ。悪霊退散、悪霊退散!
ひぃあああっ!? な、なんかコトって言った!? いる? いるの!?
は、離れないでよ日下部君! は、離れたら、あたし死ぬから!?」
結城さんは俺の腕を引っこ抜く勢いで握っていた。
適度な胸が俺の二の腕に当たっている。しかしそんな状況も楽しめない。
死ぬのは……俺だ!
気が遠くなってきたところ、店内が明るくなった。
それは店奥から溢れる強い灯りのおかげだと気づく。
ひたひたと不気味な足音と共に現れた店員。
彼は手にランプを幾つも持っていた。
今は髪を後頭部付近で括っている。
どうやら細やかながらも見目を変える努力をしてきたらしい。
そのおかげか、女性陣と中性陣はビクッと震えはしたが悲鳴は上げなかった。
「て、店員さん、だって……さ」
「な、なんだ、そうだったんだね」
「わたしはわかってたにゃ!」
「悪霊退散、悪霊退散……あーあーあー聞こえない。あーあーあー」
「お、驚きました……はっ!? あ、す、すみませんでした叫んだりして」
四者四様の結末を見せた、一連の流れ。
しかし正体がわかっても全員、俺から離れない。
完全に安心してはいないのだろう。
力は緩まっているがHPは限界だった。
「莉依ちゃん……」
「は、はい。どうしました……って、顔色がすごいことに!?」
「死にそう……」
俺は白目になり、倒れた。
全員に支えられ、莉依ちゃんに回復して貰ったのは言うまでもない。




