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鈍感同士

 馬車の運転は辺見に任せリーンガムに向かった。

 車中には俺、結城さん、莉依ちゃん、そしてニースが座っている。

 ニースは身体全体を覆うような衣服を着ている。

 フードを被れば顔はあまり見えない。

 ネコネ族の集落を出ると、意外にも舗装された道が伸びていた。


「後ろを向いてみるといいにゃ」


 しばらく進み、ニースに言われて振り向く


「あれ、道が」


 鬱蒼と茂った木々が道を塞いでいた。

 どうやら視覚的には道がないように見えているようだ。


「結界の効果にゃ。入れないように誘導もしているから、人目にはつかないのにゃ」

「便利だな」

「結構大変なんだにゃ。それに絶対的なものじゃないにゃ」


 制約はあるようだが、隠れ住むには持って来いだと思った。

 出入りを見られる危険もあるから、一概には言えないが。

 そこら辺にはかなり注意しているらしい。

 それにしても椅子が硬いから震動が直に伝わる。

 痛い。

 しかし贅沢は言ってられない。

 俺は気を紛らわすためにも口火を切った。


「ところでニースは出てきて大丈夫なのか?」

「にゃにゃ。たまにはわたしも外に出たいにゃ。

 それに朱夏にゃん以外は、わたしがいた方がいいにゃ」

「どういうことだ?」

「着けばわかるにゃ」


 含みを持たせ、にやりと笑うニース。

 なんかネットに転がってる笑う猫の画像を思い出した。


「ニース、今回は僕も頼むよ」

「わかってるにゃー」


 辺見の言葉にニースが即答する。

 一体、どういうことなのか。

 気にはなるが深く追及はしなかった。

 重要性が高いとは思わないしな。

 馬車の荷台には向き合うように座れる粗雑な椅子がある。

 後方には荷物が積まれていた。

 交易用の魔物の皮や角や牙だ。

 帆は張っていないので窮屈さはあまりない。


 かなり量がある。

 売ればどれくらいになるんだろうか。

 あまり貨幣価値も把握していない。

 街に行ってそこら辺も学ばないとな。

 集落がある森を抜けると、平原が広がっていた。

 時折、農場らしき建物が見える。

 案山子と黄金色の畑。牧歌的だった。

 数時間談笑しながら、辺見と運転を代わったりして道中を過ごす。


「見えてきたよ」


 辺見に言われて、進行方向に視界を移す。

 遠目、海岸に面した街が見えた。


「あれが、港町リーンガム……」


 グリュシュナに来て、まともに大きな街を見たのは初めてだった。

 何だか妙に感慨深い。

 こんなことなら早く来ればよかったな。

 馬車が隣を通る。

 それに通行人の姿もちらほら見受けられた。

 この状態が続けばまずいのでは。

 そう思っていたら、木陰で馬車が止まった。


「さてさて、わたしの出番が来たにゃ」

「頼むね」


 ニースがすっくと立ち上がり、辺見は荷台に降りてきた。

 何が起こるんだ?


「にゃんぱらはらにゃにゃんぱらにゃーん!」


 うねうねと手を動かし、妙な所作をするニース。

 ババ様も占いの時に同じようなことをしていたが、必要なのかこれ。


「はいにゃ!」


 ニースが両手の肉球を俺達に差し出した。

 すると手のひらからキラキラと光る粒子が現れ、俺達に降り注いだ。

 瞬きながら重力のままに地面に落ちると、消える。

 それだけだった。


「今のは、なんだったんだ?」


 首を傾げ、莉依ちゃんを見た。

 外国人だった。


「な、なんだ?」

「日下部さんが、異国の人に!」

「あれ、全員顔が変わって……ってか、ニースさんの顔、人間になってる!?」


 騒然としながら全員の顔を見回す。

 ニースを含めた全員が、グリュシュナ人のような風貌になっている。

 鼻は高く、目や髪の色も変わっている。

 これで外国語をしゃべったら完全に外国人だ。

 いや、そういえば日本語しか喋ってないな、この世界の人も。

 まあ、スキルやらステータスやら転移やらあり得るんだから、日本語が通じるのもおかしくないと考えているけど。


「これで街中でも問題ないにゃ」

「す、すごいな。これなら誰にもバレない。やるじゃないかニース」


 俺は素直にニースを称賛した。

 俺に呼応し、全員が拍手した。

 ニースは得意になり、胸を張った。

 今は人間の女性の姿だから、豊満な胸部が強調されている。

 でも、なんだろう……色気がない。

 見た目は美人になっているんだけどな。


「ふふふ、褒めるにゃ! もっと褒めるんだにゃ!」

「でも、こんな魔術があるんなら、ニースも一緒にリーンガムに行って交易したらいいんじゃないか?」


 以前は人間が集落に来てくれていたと言っていた。

 しかしニースの変装魔術があれば交易くらいは簡単なのでは。


「それがにゃ、どうしても目立つのにゃ。自分でも原因がわからないのにゃ」


 見た目は完璧だ。

 人間にしか見えない。

 耳があったり、尻尾があったりもしない。


「……まさか、口調そのまま、か?」

「にゃ? にゃにか変かにゃ?」


 『にゃ』のせいにゃんじゃにゃいかにゃ?

 俺は原因がわかり、諦観と共に薄く笑う。

 仏のように柔らかい表情のままだった俺に、辺見が耳打ちする。


「ネコネ族の人達って語尾がどうしてもああなるんだよ。

 だから商売となるとちょっとね……。

 普通に生活してたら、ちょっと個性的な人で済むかもだけど」

「な、なるほどな。教えなかったのか?」

「教えたんだけど、自分達じゃ普通にしてると思ってるらしくて。

 人間そのものなのにおかしい! 人間は鋭い! って言ってたよ」

「……ネコネ族って変なとこ抜けてるよな」

「同感。それが可愛いけどね」


 辺見は慈愛に満ちた視線をニースに送っている。

 ……これ愛玩動物的な感情か?


「とにかく行くにゃ! それと、この魔術は半日くらいで解けるにゃ。

 それまでに宿屋に行くか、外に出ないといけないにゃ。

 すぐに魔術はかけられないから注意にゃ」

「あ、ああわかったよ」


 使い勝手がいいのか悪いのか。

 辺見と俺は同時に嘆息し、顔を見合わせる。


「出発にゃ!」


 そしてニース先導で馬車は進んだ。

 なぜか俺達よりニースの方が興奮している様子だった。


   ●□●□


 リーンガムは商業が盛んと言われているだけあって人口が多い。

 見上げるほどの大門で、兵士達の監査を終えると、俺達は街中に足を踏み入れる。

 そこかしこに人だかりがある。

 露店、店舗の商品を見て、品定めしている人達。

 談笑に花を咲かせている人達。

 馬車、あるいは自らの足で行き交う商人達。

 鎧を纏っている屈強な傭兵や兵士。

 久しぶりにこれだけの人を見た。

 そのせいか、かなり高揚していた。


「く、日下部さん、人! 人が一杯ですよ!」


 莉依ちゃんも興奮した様子で、俺の服の袖を引っ張る。

 普段は落ち着いているが、こんな顔も見せるのかと少しだけ嬉しく思った。


「なんか、見たことのないものが沢山売ってますね!」

「そうだね。種類も豊富だし量も多いみたいだ。辺見、ここは露店通りなのか?」


 馬車を運転している辺見に声をかける。

 辺見は肩口に軽く振り返りながら答えた。


「そうだよ。入口付近は露店が多いね。

 人通りが一番多いから場所代もかなり高いらしいけど」

「なるほど。その分、売れ行きは良さそうだな」

「だね。商人からすれば結構賭けみたいだけど」


 露店なので見た目はこじんまりとしていて簡素だ。

 取扱い品は、土産かかさ張らないような食品が多い。

 大通りを進むと、次第に露店が減り始める。


「中央付近には露店はないんだ。

 店舗の前で露店出したりしたら商売にならない上に、軋轢の原因になるからね。

 商売に立地は重要だし、店舗を経営している商人は大概、露店で売れないようなものを取り扱ってるから」

「重量と質量が大きいものとか?」

「うん、あとは高級品、取り扱いが難しいタイプの商品とか。

 ちょっとした衝撃で壊れるような商品を露店じゃ売れないからね」


 大通りの店舗は日用品が多いようだ。

 衣服、雑貨、各食品が主みたいだ。

 当然、民家も点在している。むしろ中央に向かうにつれて民家の方が増えている。


「大通りは入口付近から中央にかけて露店と店舗が並んでる。

 中央から奥には住宅街が伸びて、最奥には港があるんだ。

 そこまで行くと市場が並んでいるね」

「武器とか防具屋、あと素材を換金する場所は?」

「武器防具、旅に必要な道具屋は市場方面だね。

 素材の換金は商人ギルドでできるよ。ギルドも市場方面にあるね」

「ギルド……やっぱりあるのか」


 聞きなれた言葉だ。

 ザ・ファンタジーって感じだな。


「魔物がいる時点で必要になるんだろうね。

 商人ギルド以外にも各種職業ギルド、あとは色んな依頼を斡旋するクエストギルドがあるよ」

「冒険者、とかはいないのか?」

「いるにはいるけど、冒険者なんて括りにはしてないよ。

 旅人、みたいな感じだし、冒険者ギルドみたいなのはないかな。

 ギルドに関しては到着したら説明してあげるよ」

「悪いな、色々と」

「いいんだ。僕、説明好きだからさ」


 辺見は眉を上げて愛嬌のある笑みを向けて来た。

 事情に精通している人間がいると助かるな。

 結城さんとニースは街をきょろきょろと見渡しながら話している様子だった。

 結城さんよりニースの方が目を輝かせている。

 俺は莉依ちゃんに向き直る。

 思わずぎょっとする。

 莉依ちゃんは不機嫌そうに頬を膨らませていた。


「あ、あの莉依ちゃん、どうかしたのかな?」

「……別になんでもありません」


 破裂しそうなくらいに頬を膨らませているのに何もないはずがない。

 背中に冷や汗が滲んだ。

 何かやってしまったんだろうか。

 なんせ、莉依ちゃんがこんな顔をするのは初めてだったから。


「莉依さん……怒って、たりしますかね?」

「お、怒ってませんっ!」


 莉依ちゃんは視線を逸らした。

 怒ってるよ、これ。

 やべぇ、何かやっちゃったんだ、これ。

 さっきまですっごいテンション高かったのに。

 俺は自分の行動を思い返してみた。


「もしかして話の途中で辺見と話したから怒ってる?」


 莉依ちゃんはピクッと肩を揺らした。

 どうやら当たりらしい。

 そういえば興味がそそられてしまい、辺見に質問してしまった。

 なんということだ。

 莉依ちゃんを蔑ろにしてしまっていたとは。


「ごめんね。別に話したくなかったわけじゃないんだ。ほんと、ごめん」


 俺は素直に頭を下げた。

 こういう場合、言い訳は逆効果だと思ったからだ。

 奏功して、莉依ちゃんはぶんぶんと首を振る。


「い、いえ、そんな! こっちこそ、その、ちょっとわがままになってました。

 って、あ、そのさっき言ってたのが正しいどうかは別として!

 え、や、じゃあ、何かって言われると困るって言うか、その……」


 完全に動揺して、しどろもどろになっていた。

 表情が目まぐるしく変わる様子が可愛らしくて、思わず顔が綻ぶ。


「あ、もう、わ、笑わないでくださいよぉ」

「ごめんごめん、なんか可愛かったから」


 白い肌が一瞬にした朱色に染まった。

 あまりに見事に変わるものだから、俺は思わず自分の目を疑ったほどだ。

 莉依ちゃんは頭から湯気が出そうな程に、顔を紅潮させている。


「きゃ、か、きゃわ、い、ふぇっ、な、なにを」


 莉依ちゃんはどもりながら目を白黒させていた。

 そして体育座りして俯いてしまった。

 俺も、自分の言葉を思い出して気恥ずかしくなってしまう。

 いやいや、何言ってんだよ、俺。

 あれか、自然に褒めてしまう鈍感系女たらし主人公でも目指してんのか。


「二人とも仲良いね」


 辺見は俺達を一瞥し、澄んだ声を出した。


「そ、そうか?」

「そ、そうですか?」


 俺と莉依ちゃんが同時に聞き返した。

 そして同時に顔を見合わせ、同時に俯く。

 聞き流せばいいのに、こういう時、きちんと返事するところが莉依ちゃんのいいところだと思う。

 おかげでまた膝を抱えてしまった。


「兄妹、じゃないんだよね? 幼馴染とか、日本で隣人だったとか?

 日本では交流があったんだよね?」

「ん? いや、ないぞ? 飛行機の中で初めて会ったからな」

「え? ないの? じゃあ、え、でも、すごい仲がいい、っていうか。

 信頼してる感じがしてるんだけど……」


 確かに俺は莉依ちゃんを信頼している。

 正直に言えば、この世界で一番信頼していると断言できる。

 しかし考えてみればいつからだったんだろうか。

 皇都エシュトでの一連の出来事があったから、か。

 いや、それ以前の、彼女が俺を心配してくれていた時から、か。

 出会った時から今まで、色々なことがあった。

 だが、何か引っかかりもした。


「色々話を聞いている限り、出会って間もない頃から、二人は信頼関係を築けていたように思えるんだけど。

 だから以前から交流があったと思ったんだ……でも、違うってことは」


 機内で会って話して、転移の事故。

 彼女は俺を救おうと考え、俺も莉依ちゃんを心配した。

 エインツェル村で再会する前にも気にしていた。

 そして再び会った時、莉依ちゃんは俺を待っていてくれたと聞いた。

 連行、監禁、戦い、そして逃亡。

 現在に至るまでの経緯を思い出す。

 あれ? 俺って最初から莉依ちゃんに親しみを持っていたし、信頼してたような。

 ひょっとすると莉依ちゃんも?

 だから俺の味方でいてくれた、のか?

 ちらっと莉依ちゃんを見ると、膝から目を覗かせていた。

 彼女も何か思うところがあったようで俺と目が合う。


「あーーー、なるほど、そういうことか。

 ん? あ、でも……んー、どれなのかな」

「な、なんだよ」


 合点がいったとばかりに辺見が、大きく頷く。


「いや、こういうのは外野が何か言うと面倒なことになりそうだし、やめとくよ」


 辺見の言葉の意図がわからない。

 莉依ちゃんも同じようできょとんとしている。


「……似た者同士ってことみたいだね」


 苦笑を浮かべ、辺見は正面に向き直った。

 会話は終わったのか、馬車の運転に集中してしまった。

 莉依ちゃんを見ると、小首を傾げるばかり。

 彼女も俺も、辺見が何を言いたいのかわからなかった。


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『マジック・メイカー -異世界魔法の作り方-』

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