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レベルチートと莉依の覚悟

 俺は観覧場に着地すると、手に持っていたよくわからない男を地面に放った。

 目の前には皇帝らしき男が恐怖におののいている。


「く、来るでないわ!」

「今まで、どれくらいの人間を殺した? 何千、何万か?

 なのに、自分の命を失うのは怖いか?」


 俺の視界には男二人だけが入っている。


「く、日下部、くん……」


 横目で怯える女が見えた。

 顔に覚えがあるような気がするがどうでもいい。


「クサカベ様……なんという、御姿に」


 こちらの異国の女は身体を震わせていた。

 恐ろしいという感情よりは、嫌悪しているような。

 だが、別にこいつも気にする必要はない。


「日下部さん……」


 少女が悲哀に歪ませた顔を俺に向ける。

 少女の胸中にどんな感情が渦巻いているのか、俺にはわからない。

 ただ、少しだけ心が痛んだ気がした。

 なんだ?

 ……気のせいか。

 彼女達は全員拘束を解かれている。

 だが、その場から動こうとしない。

 いや、動けないらしく、その場に座り込んでいる。

 俺は些末なことだと思いながら、正面に向き直った。


「き、貴様ら儂を守れ!」

「じょ、冗談じゃない!」

「逃げるぞ!」

「は、速く逃げろ!」

「お、おい! 待て、皇帝たる儂を置いて逃げるな!」


 兵士達は皇帝を置いて、さっさと逃亡してしまう。

 普通、こういう場合、一人くらいは身を挺して守る人物がいるものだ。

 だが、誰もいない。

 皇帝の前にいるのは、腰を抜かした男だけだ。

 見ると、観客席にいた兵士達も姿を消していた。


「見事なもんだな、あ? これが一国の正体か。規範も栄誉も信頼もない。

 おまえは、異世界人に助けられる前から愚王だったってことだな」

「な、なんだと、き、貴様!

 わ、儂はエシュト皇国皇帝シーズ・サラディーン・エシュトなるぞ!

 い、一介の異世界人が、口を弁えろ!」

「その皇帝様を慕う人間は一人もいない。あんたは裸の君主なのさ。

 国は人がいなきゃ成り立たないってことだ。なのにおまえは蔑ろにした。

 人を物のように扱うおまえには一国の統治者は荷が重すぎたな」


 俺は蔑むように皇帝を見下した。

 侮辱を受け、皇帝は般若のごとく顔を歪にする。


「ぬおおぉォ!!」


 腰の飾り剣を抜き、俺へと斬りかかろうとしていた。

 俺は人差し指で剣を受けた。

 その拍子で刀身が真っ二つになる。


「はぁ……?」


 皇帝は間抜けな表情を浮かべ、砕けた剣を見下ろす。

 眼前に俺がいるのに、皇帝は呆然としたままだ。

 俺は軽く皇帝に向けて指を弾く。

 と、皇帝はクの字に身体を曲げ、壁に吹き飛んだ。


「ごばああっ!」


 そのまま強かに壁に背中を打ちつけ、地面に転がる。

 苦悶の表情を浮かべ、のた打ち回る。

 そんな状態でも皇妃は一瞥するだけで椅子から立とうともしない。


「ひ、や、やめ」


 足元で、髭面の男がへたり込んだまま、後退りしている。

 遠くで皇帝が倒れているのに、こいつは自分のことしか考えていないようだ。


「止めて欲しいか?」

「は、はい、はい! や、やめてくだ」

「止めるか、虫けら」


 瞬間的に拳を振りかぶり、男の右腕を軽く殴った。

 付け根から腕が吹き飛び、プシャアと血が霧吹きのように舞う。


「ヒギィィッ! う、腕、私の腕があああ!」

「おいおい、腕くらいで情けないな。俺は何十回も手足をもがれたぞ?」


 号泣しながら、四つん這いで逃げる男の首を掴んだ。

 そのまま男の身体を持ち上げる。


「が、がぐ、ぐるじ」


 左手を掴んで引きちぎる。


「ひいいいぃ、ぎああああああああああああっ!」

「痛いか? あ? 痛いのか? どうだ? 拷問された人間の気持ちがわかるか?

 殺される人間の気持ちが少しはわかったか?」

「わ、わがりまじだ、もう、もうじまぜん、誰もこ、ごろじまぜんがらぁ」

「これからはしない、よく聞く言葉だ。

 だが、俺が話しているのは『これから』じゃなくて『今まで』だ。

 なあ、大した理由なく人を殺しまくった人間ってのは、どうなる運命だと思う?」


 男は両腕を失い、口腔から血の泡を吹いていた。

 薄汚い尿を地面に垂れ流している。


「や、やめ、も、もうやめ」

「死ねるってのは解放されるってことだ。よかったな、不死身じゃなくて」


 俺はいい加減、男の悲鳴が耳障りに感じ、尾を動かした。

 蛇腹の尻尾がジャラジャラと唸りながら、男に照準を合わせる。

 殺すべく、僅かに距離を取った。


「く、日下部さん、もうやめてください!」


 悲鳴にも似た甲高い声音に、俺は動きを止める。

 なぜ、止めた?

 俺は自分の行動を不可思議に思いながらも肩口に振り向いた。

 女の子供が俺の腰に抱きつく。

 俺の身体は血だらけだ。

 自分の身体が汚れるのを厭わず、少女は俺を掴む。

 彼女も穢れてしまった。

 この子供は誰なんだ?

 ……見覚えが、あるような。

 良く見れば震えている。

 どうやら、俺が怖いらしい。


「離せ」

「は、離しません!」


 吹けば飛ぶような小さな身体。

 脆弱な存在であることは明々白々だった。

 だが、強固な意思があった。

 戦う術も、俺を止める力もないのに、決して譲る気がない。

 そんな意思が瞳に宿っていた。


「なんでだ? こいつは人を殺した。数十では足らないだろう。

 無実の人間を殺した。己のために。命令だったという理由だけで。

 あの人も……あの人? 誰、誰だ? 誰を殺した?」


 名前が浮かばない。

 だが、確かにこの男は誰かを殺した。

 俺が憎しみに狂うくらいには親しみを持っていた人間。

 誰だ?


「そ、それでもこんなことしちゃダメです!」

「復讐なんて、虚しいとでも言うつもりか?」

「違います! そんなこと私には言えません。

 許してなんてことも思ってません。私もこの人達は許せない!

 でも、でも! こんなやり方は、日下部さんに似合ってません!

 確かにその人は酷い人です。でも、こんなわざと痛めつけるような方法……」

「似合ってない……?」


 何を言っている?

 俺がどういう人間なのかも知らないくせに。

 どういう人間?

 俺は、どういう人間なんだ?


「こんなの日下部さんらしくないです! く、日下部さんはもっと優しい人です!

 知らない子供に優しく声をかけて、気を遣って言葉を選ぶくらい。

 苦しいのに誰かのために頑張って、耐えてしまう、優しくて強い人です!

 こんな、こんな日下部さんは日下部さんじゃない!」


 日下部。クサカベ。

 聞いたことがある。

 誰だったか。

 誰?

 誰って……。

 いや、何を言っているんだ?


 俺のことだろ?


 何を考えていたんだ。

 俺が日下部虎次だろうが。

 そう、そうだ。

 あれ、何で俺、こんなことしてんだ?

 何でこんなに怒ってたんだ?

 俺は男……いや、メイガスを地面に降ろした。


「が、ふ、ぐぐっ」


 メイガスはすでに虫の息だった。

 両手を失い、見るも無残な姿だった。

 俺がやったのか。

 微かに覚えている。

 怒りの奔流に理性を押し流されていた。

 だが『莉依ちゃん』の言葉で俺は我に返った。


「日下部さん……?」

「莉依ちゃん……?」


 名前を呼ぶと、突然、力が抜けた。

 と、身を覆っていた鎧が一瞬にして粒子と共に霧散する。

 俺はガクッと、地面に膝をついた。


「大丈夫ですか!?」

「か、身体が……う、動か、ない」


 この状況。


 この感覚。


 この倦怠。


 覚えがある。


 俺は莉依ちゃんに支えられながら、ステータスを見た。




・称号:力を喪失せし始動者


・LV:-9,999,999

・HP:10/10

・MP:0/0

・ST:10/10


・STR:-9,999,999

・VIT:-9,999,999

・DEX:-9,999,999

・AGI:-9,999,999

・MND:-9,999,999

・INT:-9,999,999

・LUC:-9,999,999


●アクティブスキル

 ・アナライズ

   …対象のステータスが見える。

 ・リスポーンセーブ

   …リスポーン地点を新たに記憶させる。

 ・耐える

   …強靭な精神力でダメージを抑える。著しくVITが上昇する。

 ・羅刹・狂鬼兵装バーサーカー

   …限界に到達する憤怒の情動が発現した鎧型の兵装。

    発動すれば、憤怒の感情が尽きるまで止まらない。

    バーサーク状態になる。STRとVITが突出して向上する。

    使用条件:レベル、ステータスの数値が一定に達している。

    使用後 :レベル、ステータスの数値が著しく下がる。


●パッシブスキル 

 ・リスポーン 

   …戦闘不能に陥った際に、記憶地点に新たに出現する。

 ・ガッツ

   …即死攻撃に対して、ギリギリで耐える。

 Lost・リゲイン

   …時々ダメージを軽減する。

 Lost・ポイズンレジスト

   …毒に耐性を持つ。

 Lost・フォビアレジスト

   …恐怖に耐性を持つ。

 Lost・グラビティレジスト

   …重力、圧力に強くなる。

 Lost・フィジカルレジスト

   …打撃の攻撃に強くなる。

 Lost・スラッシュレジスト

   …刃物の攻撃に強くなる。

 Lost・アクアレジスト

   …水属性の攻撃に強くなる。

 Lost・ダメージレジスト

   …あらゆる痛みを軽減する。

 New・フルデバフレジスト

   …あらゆる状態異常に耐性を持つ。

 New・フルダメージレジスト

   …あらゆるダメージと痛みを軽減する。

 ・死と隣り合う者

   …死を熟知した者の証。危機感知能力が向上する。いわば虫の知らせ。

 New・死を熟知した者

   …幾つもの死を超えた者の証。少し死に難くなる。

 New・アイアンイデア

   …肉体による攻撃力が少し上がるが、道具を用いた攻撃が一切できない。

    ただし兵装は別。

 New・超越者の記憶

   …一度、到達したレベルやステータスまで数値が上昇しやすくなる。

    また、到達数値によってレベルやステータスの最下限がプラスに上昇する。


●バッドステータス

 ・最悪の災厄

   …わざわいに愛された者。何をしても不幸になる。

 ・死神の抱擁

   …死に愛された者。何をしても死に向かう。

 ・因果の解放 

   …あらゆる効果を限界以上に増幅させる。

 ・邪神の寵愛

   …邪神と契約した者の証。効力は何もない。ただ逃れられないだけのこと。

 ・殺人の衝動

   …初めて人を殺した者の証。殺しに対して抵抗感が薄れてしまう。

 ・赫怒の律動

   …怒りのままに理性を失う。ただし、バーサーク状態でのみ。

 New・羅刹の欠片

    …羅刹に堕ちた者の証。強大な力の代償として、生物としての力を一時的に失う。




 これは、力の代償なのか。

 この半年、鍛練に次ぐ鍛練。

 辛苦に耐えた結果得られたものが一瞬にして消えてしまった。

 これが感情のままに行動した罰か。

 しかしスキルは消えたり、増えたりしている。

 なんだ、そういうことか。

 俺は勘違いしていたんだ。


 俺の能力は『レベルを消費して使用するもの』だったんだ。

 過剰なレベルアップもそのためだったのか。


 他にも色々、考えたいこともあったが、頭が回らない。


「ぐ、ぬ、ぬぅっ!」


 シーズが唸りながら立ち上がった。

 額からは血が垂れていた。

 奴の手には折れた剣。

 だが、今の俺を殺すには十分な凶器だ。


「貴様、生かしておかんぞおおおおおおおぉっ!」


 思いの外、俊敏な動きだった。

 俺へと迫るシーズ。

 俺は何とか対応しようと、足を動かした。

 だが、まったく思うように動かない。

 このままだと莉依ちゃんを巻き込む。


「り、莉依、ちゃん、はなれて」

「イヤです!」


 莉依ちゃんは俺の言葉を聞かず、シーズに向けて右手を伸ばした。

 と、翡翠色のオーラが莉依ちゃんと皇帝シーズの周囲に生まれる。


「な、何だこれは!」


 あれは、確か相手の干渉を妨げるスキルだったはず。

 俺は莉依ちゃんのスキルを改めて見てみた。



・LV:1,066

・HP:18,920/21,220

・MP:32,981/46,114

・ST:4,210/15,899


・STR:1,333

・VIT:1,066

・DEX:1,887

・AGI:1,698

・MND:2,651

・INT:4,657

・LUC:4,021


●アクティブスキル

 ・リフレクション

   …望んだモノと干渉しないようにする。

    完全防御であり、完全拒絶。対象によってMP消費量が変わる。

 New・ファーストエイド

   …対象を再生させる。再生能力の向上なので病気は治せない。

    発動中は効果が持続。また、込めるMPで効果が変わる。ただし効力は弱い


●パッシブスキル 

 ・オートリフレクション

   …自動的に、自身の害になる要素を排除する。解除可能。常時MP消費。

 New・リラックス

   …自動的にMPが回復する。常時発動。


●バッドステータス

 ・不老の女神 

   …老化がない。ただし不死ではない。



 俺と離れていた間、彼女もレベルが上がっていたらしい。

 皇帝の傷が治って行く。

 そうか、莉依ちゃん。君は、敵を癒やすのか。

 心が優しい子なのだ。

 だから人を痛めつける俺の姿を見ていられなかったのだろう。

 傷を癒やせば、相手の心情も変わる。

 そう思っているのなら、それは間違いだ。


 莉依ちゃん。

 君はわからないかもしれないが。

 悪人はいる。

 環境でそうなってしまったとしても。

 悪と言える人間はいるのだ。

 立場が違えば見方も違うかもしれない。

 だから勧善懲悪なんてものは存在しないと俺は思っている。


 正義じゃない。


 欺瞞だ。


 これはただの自己満足だ。

 だが、それでも。

 どうしてもわかりあえず、理解できない人間はいる。

 俺は莉依ちゃんを横目で見る。

 必死でシーズを回復している。

 結城さんを見たが、まだ恐慌状態のままだ。

 状況を飲み込めておらず、死に体のメイガスに視線を奪われている。

 死を目の前で見たのは、エインツェル村以来なのだろう。

 もしかしたらあの時も、間近では見てないかもしれない。

 彼女にどうにかしろというのは酷か。

 サラは呆然としながらも、迷っているようだった。

 先の行動から父を止められるとは思えない。

 でも俺に助力をすると、皇帝である父に逆らうことになる。

 そんなところだろう。

 別に構いはしない。

 皇女であるサラに期待はしていないのだから。

 それに今までの仕打ちも忘れない。

 だから、おまえはそれでいい。

 俺達と関わる必要はない。


「ふ、ふふふ、傷が癒える! なるほど、これが小娘の力か!

 よいよい、このまま完治させるのならば情状酌量の余地があると考えてやらんでもない」


 嘘だ。

 状況に合わせて、適当に言葉を合わせているだけだ。

 完治すれば、間違いなく俺達を処刑するだろう。

 だが、力を失った俺にできることはない。

 せめて、莉依ちゃんの盾になる。

 そう決意して、時が来るのを待った。

 ……なんだ?

 何かがおかしい。


「む、むお?」


 皇帝が怪訝そうに唸った。


「はぁ、はぁ、んんっ!」


 莉依ちゃんは苦しそうに、息を荒げている。

 そしてまだスキルを使ったままだ。


「き、傷は治っておる、もうよい!」


 だが莉依ちゃんは皇帝の言葉を無視し、回復し続けた。

 次第に皇帝の様子がおかしくなる。

 余裕な表情がなくなり、片膝をつく。


「貴様、ま、まさか」


 回復。

 いや、正しくは再生。

 再生能力なのだ。

 過剰な再生をするとどうなる?


「や、め、ろ、は、が、がっ」

「や、やめません! あなたのせいで、色んな人が酷い目にあいました。

 私も、あなたを許せません! ここで止めないと、また犠牲が出るから!

 わ、私はあ、あなたを殺します!」


 皇帝は苦悶の表情を浮かべる。

 目から血が溢れた。


「ぎ、ざまぁ、ぐぎぎぃっ!」


 シーズは苦しげに首を掻き毟り、その傷が一瞬で治り、掻き毟った。

 毛穴から血が滴り、前進を赤で濡らす。

 そのまま、地面に倒れ、痙攣した。


「はぁ、はっ、はっ」


 莉依ちゃんは何度も呼吸をしていた。

 顔を歪め、苦しそうにしている。

 それは単純に体力を失ったことだけが要因ではないだろう。

 彼女は自分の意思で人を殺したのだから。

 だが、なぜ。

 なぜ、殺したんだ。

 確かに今の俺は役立たずだし、他に対抗できる人間はいない。

 だが、無力化するだけならば、ここまでしなくてもよかった。

 皇帝は完全に沈黙していた。

 何度も見た。

 確実に死んでいる。

 莉依ちゃんに視線を送る。

 俺は異常なほどに動揺していた。


「ど、どうして、こ、ここまで、き、君はそんな、こと、し、しなくて、よかったのに」


 莉依ちゃんは息を整え、緩慢に俺へ向き直る。

 その瞳には歳不相応の強固な意思が見えた。

 悲哀はあった。

 だが迷いはなかった。


「だって、日下部さんにばかり、苦労をかけて、無理させて……。

 助けたかった。ずっと助けたかったんです。

 でも、結局こんな風に、迷惑かけるだけで、なにもできなくて。

 私は……子供ですけど、でも、逃げたりはしたくない。言ったじゃないですか。

 私は日下部さんの味方だって。応援するって。信じてるって。

 だからせめて私も重荷を背負いたい。そう思ったから。

 覚悟は、して……いました、から」


 彼女の身体は震えていた。

 だが、言葉通り、強い意志を感じた。

 これが九歳の少女の顔か。

 まるで同年代の女子のように見えた。

 いや、年上にさえ。

 一人ではない。

 そう思わせてくれた。

 澄んだ笑みを浮かべてくれた。

 それだけで。

 今までのすべての苦労が報われた気がした。

 ああ、これでよかったんだ。

 俺がやってきたことは間違ってなかったのだと。

 純粋にそう思えた。


「どうして、そこまで」

「どうして……どうしてなんでしょう? 自分でもよくわかりません。

 ただ、そうしたかったんです」


 手を汚すのは俺だけでよかったのに。

 そう思うのに、嬉しくもあり、罪悪感も抱いていた。

 君がそんなことをする必要ない、と言うべきなのかもしれない。

 だが、俺には言えなかった。

 そんな綺麗事でどうにかならないと知っていた。

 この世界は無情なのだから。


「……ありがとう」


 浮かぶ言葉はそれしかなかった。

 俺は心から感謝を抱いた。


「い、いえ」


 莉依ちゃんは頬を染め、俯く。

 勇敢だったり頭がよかったり、優しかったり大人顔負けの度胸や考えを持っていたり。よくわからない子だ。

 けれど、俺は間違いなく遠枝莉依という少女を信頼していた。


「と、とにかくここから脱出しましょう。長居は出来ませんから」

「そ、そうだな」


 その言葉を交わした時、皇妃が立ち上がった。

 俺は突然の出来事に身構えたが、皇妃は皇帝を無視して、まだ生きているメイガスに近づく。


「が、こ、こうひ、さ、さま」


 無言でメイガスの剣を手にとり、背中に突き刺した。


「あが、が、が」


 何度も。

 何度も。

 無表情のまま。

 何度も刺した。

 そしてメイガスは完全に事切れた。

 皇妃の着ている白のドレスが鮮血に染まっている。

 皇妃は剣を持ったまま、俺達の目の前に佇む。


「私はリーンベル・サラディーン・エシュト。元エシュト皇国皇妃です」


 絶対零度の視線を受け、俺は背筋が凍った。

 リーンベルという、この女。

 皇帝が死んだばかりなのに、すでに受け入れている。

 しかも感情をまったく抱かずに。


「まずは感謝を述べましょう。愚かな我が元夫を殺してくださりありがとうございます」


 俺と莉依ちゃんが戸惑っていると、サラがリーンベルに走り寄った。


「は、母上?」

「愚かな娘。本来ならばあなたも殺されてしまうところでしたが、生きていたとは。

 唯一の誤算でした。ですが、構いません。今殺してしまいましょう」


 皇妃は人形のような体躯を俊敏に動かし、サラへ剣を突き出した。


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― 新着の感想 ―
怒りで我を忘れていたという割には理性的すぎる言葉・・・まるで一過性記憶喪失!!親兄弟恋人子孫友達のことは忘れるけど、今朝のご飯のメニューは鮮明に思い出せるというあの不思議な記憶喪失!! 理解に苦しむ頭…
[気になる点] 皇帝なのに愚王とは何なのでしょうね
2020/05/08 17:31 退会済み
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