トゥルーエンディング
目を開けると、天井があった。
いつもの情景。
リスポーンすると同じような光景が広がっていたことを思い出した。
リスポーンセーブが意図的にできるようになる前は、ベッドや椅子にしかセーブできなかった。
だから死んだあとは、天井が見えていた。
懐かしい感覚を抱いていた俺は、ベッドから降りる。
「どこだ、ここ?」
どこかの家であることは間違いない。
木造の壁や天井、必要最低限の家具と窓。
それ以外には特徴はない。
手狭で、誰もいない。
客間か誰かの個人部屋らしい。
俺は扉を出て廊下を進む。
今に至ると、そこには人がいた。
「ん?」
「は?」
その人と目があった。
目と目があって、時が止まった気がする。
そこに浮かんだ感情は、恐怖だった。
「ぎゃあああああああ! 泥棒おおおおぉおぉぉ!」
居間にいた四十代くらいの女性が叫んだ。
俺は状況がわからず、反射的に玄関から逃げた。
なんだ!?
なんだってんだ!?
動揺しながら外に出ると、そこは街だった。
大通りには人で埋まっており、かなりの家が立ち並んでいる。
叫びを聞いて、通行人が俺の顔を見ていた。
まずい。
何か知らないがまずい気がする。
別に何もしてないが、俺は反射的にそこから走り出した。
とにかくここから逃げないと!
俺は人ごみを抜けて、適当に走った。
よくわからないが、とりあえず遠くへ逃げよう。
しかし足が遅い。
息が切れるのが早い。
ああ、そうか。
俺の力はほとんど失われてしまったんだった。
だから、俺は普通の人間よりも少し強い程度、まで劣化している。
まあ、世界を二度も救ったんだ。
これくらいの悪影響は軽いくらいだろう。
路地を抜ける。
かなり遠くまで来ると、俺はようやく足を止めた。
「こ、これくらい遠くへ来れば、大丈夫だろ……」
息を整え、通りの様子を見ると、誰も追手はいないようだった。
俺は安堵し、人ごみに紛れて通りを歩く。
活気がある街だ。
人が多いし、住民以外、商人や傭兵も多い。
かなりの人口がある街のようだが、俺の記憶にはない。
おかしいな。
間違いなく表異世界へ転移されたはずなんだけど。
あの女神、まさか嘘を吐いたんじゃ。
うーん、さすがにそんな風には見えなかったけど。
俺は不安を抱きつつも歩き続けた。
とにかく知り合いを探そう。
いや、その前にこの街がどこなのか、知るべきか?
適当にそこら辺を歩いている人に話しかけるか。
俺は近場にいた男性に声をかける。
「あの、すみません、ちょっといいですか?」
「はあ、なんでしょう? 勧誘ならお断りですよ」
「いえ、ちょっと聞きたくて。この街はなんて名前ですか?」
何を言っているんだこの人は、みたいな目をされた。
そりゃ、そうだろう。
現代と違って、グリュシュナの都市は完全に分かれている。
街と街の間にはかなりの距離があり、誰もがその都市を目的として移動する。
街にいながらその街の名前を知らないなんて人間は少ないだろう。
怪訝そうにしながらも男性は答えてくれた。
「ここはハイアス和国だよ」
「ハイアス和国!?」
俺が王をしていた街。
商業都市であり都市国家だ。
しかし俺が知っているハイアス和国とは様相が違う。
かなり栄えているし、地理も変わっている。
見たことがない店や家が多いし、何より人が多い。
よくよく見れば、亜人と人間がいる。
共存していると見て間違いない。
けれど、こんなに人がいただろうか。
一体、何が起こっているんだ?
「名前がわからないのに、どうやって入国したんだい? あんたまさか……」
「あ、ありがとうございました。では! 俺はこれで!」
不法入国者と疑われそうだったので、俺は即座にその場から逃げ出した。
自分が定めた制度だ。
それが機能しているという事実は嬉しくなくもないが、今は逃げないと。
なんだ。
本当にどうなってるんだ。
俺は走りながら街の景観を観察する。
確かに、ところどころ知っている光景があった。
でもかなり風景が変わっており、俺の知っているハイアス和国とは違う。
まるで。
かなりの時間が経過しているかのように思えた。
これが女神の言っていた差異?
まさか、俺がいなくなってからかなりの時間が経っているとか?
おいおい、冗談じゃない。
少しの時間であればいいけど、これが十数、数十、数百年とかだったら。
俺を知っている人は一人もいないんじゃ。
俺は焦りから、必死で知り合いを探そうとした。
そうだ。
総合事務局へ行けば、誰かいるはずだ。
王である俺が一時的に業務として使っていた施設。
年月が経過していれば、外観は変わっているかもしれないが、存在はしてるはず。
俺は急いで事務局へと向かった。
角を曲がった先にあるはず。
視界が開け、俺はその場所を見つける。
「…………そのままだ」
総合事務局の外観は俺が知っているものだった。
僅かに改修はしているようだが、見た目はまったく同じだった。
俺は事務局の中へ入る。
人が多い。申請やら説明を受けるために集まった国民だろう。
受付が幾つもあり、かなり効率的なシステムになっているらしい。
俺がいた時は、まだ円滑化できてなかったのに、大分よくなってる。
誰かが、俺の跡を継いでくれたのか。
事務局には観光担当の受付もあった。
そこで話を聞こう。
かなり並んでいる。
亜人も人間も交じって、他国では見られない光景だ。
上手くいっているように見えた。
亜人と人間の共存が、この国では当たり前なのだ。
誰もが軋轢を感じている様子はなかった。
それは俺が目指した国の在り方だった。
列に並び、俺の順番が来ると、受付に聞いた。
「あの、この国のことを聞きたいんですが」
「ようこそ、ハイアス和国へ! もちろん、どんなことをでもお答えしますよ」
「この国の王、というか統治者はどなたなんですか?」
「現在の統治者はリイ・クサカベ様ですね」
莉依ちゃん。
彼女が俺の跡を継いだのか?
いや、しかし、名前が、その。
ま、まあ、ほら、後継者が苗字を継承するっておかしくもない、のか?
俺は動揺を抱きつつも、質問を続けた。
「か、彼女に会いたいんですが」
「申し訳ございません。リイ様との謁見は一般の方はできません。
多くの申請を受けておりますが、すべてお断りするように言われております」
理由はわからないが、言葉遣いが少し辛辣になったような。
なんだろう。
「それは忙しいとか?」
「……リイ様とお近づきになろうとしている方が多すぎるのです。
見目麗しく、王としても素晴らしいお方です。凛として、みなの憧れなのです。
邪なことを考える輩が多くなっており、こちらとしても対処せざるを得ません。
王様は恋に現を抜かすような方じゃありませんので、もしそうならお引き取りを」
「莉依ちゃんに近づこうとする輩だって!? ふざけるなよ、俺の莉依ちゃんに」
「俺の? 今、なんと?」
受付の顔が明らかに変わった。
しまった、男どもが莉依ちゃんに手を出そうとしている光景が浮かんで、感情的になってしまった。
だけど受付の女性からすれば、その男達と俺は同じようなもの。
むしろストーカーじみた発言と捕われても仕方がない。
まずいな。これは。
俺は乾いた笑みを浮かべて、後ずさる。
「あ、あはは、何でもないです。じゃ!」
即座に逃げ出す。
総合事務局を出て、正門の方へと向かった。
何してるんだ、俺は。
息を切らしながら、頭を抱える。
このままじゃ永遠に莉依ちゃんと会えそうにない。
彼女がいることはわかった。
それは嬉しいが、会えなければ意味がない。
しかしどうするか。
と、ふと思い出し、俺は懐を探る。
「……あった」
テレホスフィア。
これはずっと持っていたらしい。
まったく、女神め。
裏異世界へ行った時も、表異世界へ帰る時も、テレホスフィアだけは持たせて。
あっちから表異世界の莉依ちゃんに連絡がとれるように、と思っていたのかは知らないけど、まったく機能しなかった。
でも、同じ世界、表異世界にいるならきっと。
俺はテレホスフィアを手にして、口を開いた。
「莉依ちゃん、聞こえるか? 俺だ。日下部虎次だ」
何かのノイズが入り、よく聞こえたない。
しかし少しだけ声が聞こえた気がした。
『………………に……丘……い……て……』
壊れてしまったらしい。
普段ならこんな風には聞こえない。
持ち歩きながら戦ったりしてたからな。
「莉依ちゃんの声か? 聞こえてない……みたいだな」
俺の声は聞こえてないようで、反応は薄かった。
しかし何か話しているようだった。
一度繋げば、テレホスフィアは音を拾い続けてくれた。
声は途切れ途切れでよく聞こえなかったが、歩きながら聞いていると少しずつ明瞭になっていった気がした。
「外、か」
ハイアス和国を出る。
道は舗装されており、以前とは全く違っていた。
途中で建物が幾つも見え、見張り塔もそこら中にある。
街から離れた場所でも休憩できるようにしているらしい。
茶屋のような店があり、そこにも観光客が入っていた。
多分、莉依ちゃんのアイデアだろう。
『………さん…………わ…………と……ここに……』
少しずつ、聞こえ始める。
声に誘われるように、俺は歩き続けた。
『私は…………っと…………るから…………』
森を抜け、進む。
『だから………です。おね………………さん…………』
次第に声が大きくなり、茂みを抜けると、そこには空が見えた。
高台。
そこは。
俺が昔住んでいた場所。
ハイアス和国が一望できる見晴らしのいい場所だった。
そこには一つの墓があった。
綺麗に掃除がされていて、花が添えられている。
誰の墓だろうか。
墓の前には、女性が立っていた。
歳は、多分十六、七。
やや小柄だが、シルエットは女性独特の曲線を描いている。
艶やかな黒髪を腰まで伸ばしていた。
見える肌は白く、四肢は細い。
まだ彼女との距離があり、声は完全には聞こえない。
だけど。
『私はずっと待ってますから……だから、お願いです……虎次さん――』
「――お願いだから……帰ってきて、ください……私は、あなたがいないとダメなんです。
だから……お願い……虎次、さん……」
テレホスフィアから聞こえる声と、その女性が話す声が重なった。
彼女は墓に縋るように触れ、泣いていた。
肩を震わせ、泣きじゃくっていた。
その姿があまりに弱弱しく、俺は声をかけずにはいられなかった。
「莉依ちゃん……なのか?」
声をかけると、女性は肩をビクッと震わせた。
ゆっくりと振り向く彼女の横顔は、あまりに美しくて、俺は言葉を失った。
莉依ちゃんだ。
間違いない。
間違えるはずがない。
俺が愛している人の顔を、その姿を。
頬を濡らし、朱色に染めていた。
彼女は、成長していた。
転移時に得たスキルの副作用のような、バッドステータスによって、成長を止められていたはずの彼女は。
確かに年齢を積み重ねていた。
幼かった彼女は、美しく成長していた。
少女の面影はまだあるが、それでも間違いなく大人の女性へと近づいている。
俺は驚きよりも、莉依ちゃんと再会できた喜びを抱いた。
身体中がその感情に支配されて、反射的に身体が動く。
だが、その前に莉依ちゃんが俺へと飛びついてきた。
「虎次さん!」
莉依ちゃんは俺の胸に顔を埋めた。
彼女身体は確かに成長していた。
けれどその小さな身体は、その印象は変わらず、彼女のままだった。
震える肩を抱きしめ、俺は頬で彼女の頭を触れる。
「虎次さん…………虎次さん、虎次さぁん……っ! ずっと、ずっと……待ってたんですよぉ。
ずっとぉ……うううっ……絶対にまた会えるって信じて……ずっとぉ」
「ごめんな、莉依ちゃん……ごめん」
俺は莉依ちゃんの頭を撫でた。
ああ、この感触、この香り。忘れるものか。
俺は帰ってきたんだ。彼女の下に。
それが嬉しくて嬉しくて、今までの苦労とか不幸とかその他の苦しみなんてものはすべて吹き飛んだ。
幸せだ。
そう思えた。
俺達は強く抱き合い、互いの存在を求め続ける。
ようやく落ち着いたのか、莉依ちゃんは少しだけ身体を離して、俺の顔を見上げる。
俺の頬へ手を伸ばして、莉依ちゃんは笑った。
「本当に虎次さんだぁ……」
「ああ、俺だよ」
本当に嬉しそうに、莉依ちゃんは笑みを浮かべる。
その顔に、過去の彼女の顔が浮かんだ。
姿が変わっても、変わらない。
莉依ちゃんは莉依ちゃんのままだった。
「突然、虎次さんが消えて、四年間、ずっと待ってたんですよ……ずっと。
王様がいなくなって混乱していたから、私が一時的に国王になって……」
四年も経過していたのか。
だから景観も変わっていたし、莉依ちゃんも成長していたのか。
「ありがとう。莉依ちゃんのおかげで、ハイアス和国は栄えているんだな」
「もうっ! 大変だったんですから……今も、色々と」
求婚してくる輩とかな。もう絶対近づけさせないが。近づいてくる奴はぶっ飛ばす。
莉依ちゃんは嬉しそうにしながら、再び俺の胸に顔を埋める。
なんか、色々と成長しているから、柔らかいし、何というか弾力がある。
胸とか胸とか胸とか。
「で、でもどうして、成長したんだ? ほら、バッドステータス」
「それがよくわからなくて。三年前くらいに、突然成長が始まって。
スキルも使えなくなっちゃって、気づいたらこんな風に」
三年前か。
何が起こったのか定かじゃないけど、俺が力を失ったことも関係しているんだろうか。
……役目を終えた、と考えていいのかもしれない。
そんなことを考えていると、莉依ちゃんは俺の服をぎゅっと握った。
「あ、あの……大丈夫、ですか?」
「うん? 何が?」
「わ、私の姿……その、成長しちゃったから……き、嫌いになった、とか……」
俺は首を傾げる。
何を言っているのかわからなかったが、不意に答えに行きついた。
「もしかして俺がロリ……アレだから、成長して、魅力を感じなくなったんじゃないかと思ってる?」
「…………です」
俺は莉依ちゃんから身体を離した。
そのまま、莉依ちゃんの頭に軽く手刀をした。
「あうっ!」
「いいか、莉依ちゃん。俺は莉依ちゃんが好きなんだ。
だから莉依ちゃんがどんな姿になっても関係ないよ。好きって気持ちはずっと同じだから」
「……ほ、本当ですか? よかったぁ」
確かに幼い莉依ちゃんは可愛かった。
しかし今の莉依ちゃんも可愛い。
俺はロリコンだと思っていた。
というかもうかなり開き直っていた。
でも単純に莉依ちゃんが好きだっただけだ。
多分、え? 違う?
だって他の幼い女の子に目を奪われてたって?
いいんだよ!
そうだって思った方がみんなが幸せになるでしょ!
それに、莉依ちゃんの姿が変わっても思いは変わっていないというのは本心だ。
つまりあれだ。
莉依ちゃんの存在が俺の思いとか趣味嗜好とか色々、全部塗り替えたってこと。
それだけべた惚れだってことだ。
「じゃ、じゃあ帰りましょう?
色々と話したいこともあるし、これからのことも話さないと」
「ああ。そうだな。そうしよう。俺も話したいことがあるし、莉依ちゃんのことも聞きたいから」
俺達は見つめ合って笑顔を浮かべる。
そして手を握った。
じゃあ、帰ろう。
俺達の国へ。
「でもその前に」
俺が言うと、莉依ちゃんは首を傾げた。
その姿が、あまりに可愛くて、俺は頬を緩ませながら言った。
「好きだよ。莉依ちゃん、今までもこれからもずっと。何があっても。
愛してる。ずっと君だけを」
莉依ちゃんは顔を赤く染め、俯いた。
そのまま、手だけはぎゅっと強く握ってくる。
そして、彼女は顔を上げると、満面の笑みを浮かべた。
その後に帰ってくる言葉は聞くまでもなく、わかっていた。
おわり
これまで読んでくださった方々、感想を書いてくださった方々、書籍をご購入いただいた方々、拙作にかかわったすべての方に感謝を述べさせていただきます。本当にありがとうございました。
活動報告にて感想などを書いていますのでよかったらご覧ください。
また、別作『マジック・メイカー』の投稿は続けますので、そちらも併せてご覧いただけると嬉しいです。