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竜将 2


 階段を上りきる。

 そこは廊下。

 進む。

 扉があった。

 同じ構造だ。

 おあつらえ向きだな。

 俺を待っているかのようだった。

 なんでこんな造りにしたんだろうか。

 そんな疑問もあったが、すぐに消失した。

 扉を開けると、また同じホール。

 しかしそこの部屋は普通の部屋のようで、家具やベッドや本棚があった。

 テーブルには椅子が二つ。

 一つの椅子には赤い髪をした小さな女の子が座っていた。

 彼女は優雅に何かの本を読んでいるようだった。

 だが人間ではない。

 明らかに竜族で肌の色も見目も違う。

 あれが竜将の一体?

 残っているのはツェツィーリアだけだが。

 あの子供がそうなのか?

 俺が近づくと、その子供は言った。


「無粋じゃのぉ。読書の時間だというのに、人間は礼儀を知らん」

「おまえはツェツィーリアか?」

「そうじゃ。貴様は……まあ、知らぬでもよいか。どうせすぐに死ぬからの」


 嘆息し、本を閉じると、椅子を下りる。

 ゆっくりと歩き、俺の方へ向かう。

 何も手にはしていない。

 ただのはったり?

 いや、そうじゃない。

 見た目に騙されるな。 

 あれは、子供じゃない。

 化け物だ。

 俺は瞬時に剣を構える。

 ツェツィーリアはすっと右手を上げた。

 何をするのかと思ったが、ただそれを振り下ろすだけだった。

 だが。

 それだけで俺の身体は凄まじい衝撃を受けて、後方へ吹き飛んだ。

 壁にめり込み、そのまま地面に落ちる。

 吐血した。内臓がやられたらしい。


「儂は、か弱い。見た目通り、大して身体能力は高くない。

 竜将どころか竜騎士、いや、ただの竜兵にでも負けるやもしれぬ。

 それが、なぜ竜将でいられるのか。それはのぅ、竜神様の力を最も受け継いでおるからじゃ。

 竜神様の力との相性があるらしくての、僅かな力しか得られない者から、儂のように過剰なほどに力を得ることができる者までおる」


 立ち上がろうとしたが、それも許されず、俺は天井へ打ち上げられた。

 衝撃の後、地面に落下する。

 受け身も取れず、命を落とした。

 意識が消えるが、再生し、立ち上がる。

 だが大した意味はない。

 生き返っただけで、相手に触れることすらできていない。


「うむ、貴様の力、おかしな能力じゃのぉ。じゃが、あまり意味はない。

 殺しつくすもよし。拘束して、一生動けなくするもよし。対策はいくらでもあるのぉ?」


 一瞬して看破されてしまった。

 その通り。

 俺はただ死なないだけだ。

 しかも回数制限がある。

 それだけで、こんな化け物に勝てるはずがない。


「ほらほら、どうする? 何か対応しなければ、死に尽くすぞ?」


 衝撃、死、衝撃、死。

 それが連綿と続く。

 死への恐怖はないが、焦りはある。

 痛みは感じる。

 でもそれは死を超えてすぐに消えてしまうほどの感覚。

 それが恐ろしい。

 このまま何もできないのではないかと思ってしまう。

 そしてそれは事実で、何もできずに、俺はされるがままだった。

 一方的だ。

 何をしようにも、何もできないのだ。

 子供が大人に抗えないように。

 俺は何もできず、ただ蹂躙され続ける。


「つまらぬのぅ。もっとあがいてもらわねば」


 ツェツィーリアはいつの間にか読書を始めていた。

 その状態で、片手の指を動かす。

 それだけで俺の身体は簡単に操作される。

 理不尽すぎる力だった。

 拘束力が凄まじく、膂力で対抗しようにも無理だった。

 浮かび上がるということは、体重以上の力が与えられているということ。

 つまり純粋な筋力でどうにかできるはずがない。

 人間は地に足がついて初めて力が発揮できる。

 スキルで少しはその物理法則から逸脱できるが、そんなものは一瞬だけだし、こんな異常な力に抗えるようなものではない。

 どうすればいいのか。

 そんな考えばかりが浮かんでも、何もできない。

 視界が流れ、衝撃が身体を走る。

 死んで、完治し、そして死ぬ。

 それが何度も繰り返された。


「ふむ? そろそろ死ぬかの?」


 聖神との戦い。

 その時ほどの力があれば、こんな相手に後れを取らない。

 だが俺は、あの時の俺ではない。

 力を失い、新たに得た力をここまで育てた。

 けれど、それは神に立ち向かえるほどの力ではない。

 わかっていた。

 けれど、どうにかするしかなかったのだ。

 竜将さえも殺せない。

 もう終わりなのか。

 五十回の死は目前だ。

 次死ねば、死に尽くす。

 ああ、無意味だった。

 何もできなかった。

 ごめん、みんな。

 俺は、偉そうなことを言って、自分や周りを鼓舞しようとしたけど、本当は不安だったんだ。

 何もできずに死ぬんじゃないかって、怖くてしょうがなかった。

 けれどそれを表には出さなかった。

 人は弱いから。

 頼っている相手の弱気なところを見ると、自分も不安になる。

 弱さを見せれば、安心するなんて、そんなものは余裕がある時だけ言える言葉だ。

 今の、人類が滅亡してしまいそうな時に、そんなことはできない。

 だから俺は国王にも誰にも、問題ない、勝てる、どうにかなる、そんな姿勢を見せていた。

 自分では、それが虚勢であると知りながら。

 でも、それは無駄だった。

 終わりだ。

 もう勝てない。

 痛みが身体中を覆って、それが麻痺していく。

 この境界線を越えると、死が近づく。

 もう終わりなのか。


『あんた、それでいいの?』


 声が響いた。

 ああ、ミスカか。

 それでいいって?

 いいわけない。

 でも、どうしようもないこともある。

 俺だって諦めたくないし、諦めるつもりはない。

 でも、もう死ぬんだ。

 もうすぐ俺は死んでしまう。

 だからもう終わりなんだ。


『偉そうに、ミスカに説教した癖に、自分は諦めるんだ』


 最後まで諦めなかったじゃないか。

 でも死の間際くらい、諦めさせてくれてもいいだろう。

 ここまで、俺はやるだけのことをやった。

 結果を出せなかった。

 そして死ぬ。

 それだけだ。


『……本当にやるだけのことをやったのかしら?』


 おまえがそれを言うか。


『そうね。ミスカには言う資格はないわ。でも、あんたは?

 ずっと頑張って、辛い思いをして、それでも乗り越えたんでしょ?

 諦めちゃうの? ここまでやってきたのはなんでなの?』


 なんでってみんなを救いたかったから。


『そうね。でもそれだけじゃないでしょ?』


 俺は……俺は、帰りたかった。

 竜神を倒して、莉依ちゃんの、表異世界の莉依ちゃんの下に。


『だったらもうちょっと頑張りなさい。ミスカも手伝ってあげるから。

 ほら、目を開けて。今なら、動けるでしょ』


 何を、俺はもう死ぬんだ。

 そう思ったが、俺の瞼は開いた。

 地面に伏して、辺りを血だらけにしていたはずだ。

 でも俺の身体は動いた。

 ツェツィーリアの攻撃を受けず、自由に動けた。


「貴様……なぜ生きている? なぜ動ける!?」


 ツェツィーリアは驚きの表情を浮かべ、椅子から立ち上がると、両手をかざした。

 だが相変わらず、俺の身体に影響はない。

 これはどういうことだ?


『ミスカがあいつの力を抑え込んでるのよ。でも長持ちはしない。

 今のミスカには力がないから。時間をかけて少しずつ取り戻したけど、これが精一杯。

 だから、今の内に倒して』


 俺はミスカの声を受け、跳ねるように地面に転がっていた大剣を拾うと走った。

 迷いなくツェツィーリアの下へ到達する。


「やめ」


 ツェツィーリアは恐怖に表情を歪ませていた。

 だが俺は止まらない。

 大剣を振り下ろす。

 ギィンという金属音が響いた。


「なんて言うとでも思ったか?」


 ツェツィーリアは悪戯っ子のような笑顔を浮かべると、俺を見上げる。

 俺の大剣はツェツィーリアの眼前で止まっている。

 見えない壁があるように。


「くふふ、この程度のこと対応できぬとでも思うか?

 儂の力がただ相手を吹き飛ばすだけのものと考えていたのであれば、愚かとしか言えん」


 そんなことは考えていない。

 だってそんな余裕ないから。

 だから俺は愚直に。

 ただ全力で殺すだけ。

 俺は大剣のトリガーを引き、ブーストを発動させた。

 刀身へと更に力がかかる。


「無駄じゃ。その程度で儂に届くとでも……ん?」


 更に力がかかる。

 ほんの少しだけ大剣とツェツィーリアとの距離が縮まる。


「何じゃ?」


 更に更に力がかかる。

 まだ縮まる。

 二十センチが十五センチに。

 ほんの僅かずつ、だが間違いなくツェツィーリアへと迫る。


「な、何が起こって……は?」


 ツェツィーリアはようやく気付いたようだ。


「な、なな、何じゃ、これは!?」


 剣の質量が増していることに。

 大剣は最初の形とは大きく変化している。

 すでに120%ほど質量は増大。

 それはとどまることがない。

 大剣が巨大になると重量が増す。

 その重みに耐えきれず、ツェツィーリアを守っている力は抵抗できなくなる。


「お、おのれ! この程度のこと!」


 ツェツィーリアが力を込めると、大剣は押し返される。

 だが重量だけではなく、俺も力を込めている。

 弾かれた大剣を強引にツェツィーリアへと振り下ろす。


「くっ! この虫がぁ!」


 一メートルほどの距離を保ったまま、大剣は宙で動きを止める。

 大剣は二倍になった。

 次第にツェツィーリアの表情が曇る。

 大剣は三倍になった。

 また距離が詰まる。

 四倍になった。


「ど、どこまで大きくなるのじゃ!」


 十倍になった。

 ツェツィーリアの膝が折れる。


「や、やめろ……こ、これ以上は!」


 二十倍になった。 

 柄は巨大すぎて、満足に掴めない。

 もう、部屋の壁に刀身がめり込んでいる。

 ツェツィーリアが涙目になる。


「な、何なのじゃ、こ、これは!」


 五十倍になった。

 部屋の大半を大剣が埋めている。


「ふ、ふざけるなぁ! こ、こんなもので、儂が、負けるはずが!

 ま、負けるはずがない! まげるものがぁ! あ、あ……」


 プチッという音と共に、ツェツィーリアが失神した。

 同時に大剣は振り下ろされる。

 地面に落ちた鉄塊。

 そこかしこを砕き、破裂音を生み出しながら、ツェツィーリアを圧潰した。

 勝った、みたいだ。

 正直、こんな方法で勝てるとは思わなかったけど。

 俺はステータス画面を見た。

 

  ▼改型

   ・巨大型【攻撃力:S 防御力:S 速度:E 特殊:巨大化】

    …自分の意志で大きさを変えることが可能な型。

     ただし扱うにはかなりの力が必要で、巨大化するには時間がかかる。

     ▽必要人魂【竜将魂:1】


 俺は大剣を巨大化させたのだ。

 竜将を直接倒したのは俺ではないが、近場にいたこと、それと恐らくはある程度のダメージを与えたことから、竜将の魂を得ることができていた。

 それをきっかけに、この巨大型の項目が増えていた。

 あまりに巨大すぎてまともに扱えなかったが、巨大故に重量があるので、ツェツィーリアは効いたらしい。

 我ながら無茶苦茶な戦い方だし、ゲンジュやラグナロ相手では通用しなかっただろう。

 ツェツィーリアは強いが、本体の身体能力は低い。

 その上、自分が動くようなことはほぼなかった。

 それを知っていたからできた戦法だ。

 本人がぺらぺらと喋ってくれたからな。

 まさか人間に負けるとは思わなかったんだろうな。


『やるじゃない。やり方は破天荒だけど』

「俺もそう思う。でも勝てた。ありがとな、ミスカのおかげだ」

『……ふん。たまたまよ』


 それだけ言うと、ミスカは押し黙った。

 まだ終わりじゃない。

 先へ進まないといけない。

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『マジック・メイカー -異世界魔法の作り方-』

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