竜将 1
階段を上ると、また廊下が伸びていた。
しかし今度は左右に部屋はなく、廊下も短かった。
竜族の見張りが何体も廊下に立っている。
俺は構わず廊下を走った。
俺の存在に気づいた竜族達が行く手を遮ろうとしたが、構わずに疾走する。
「邪魔だ! どけ!」
速度を向上させ、大剣を振るい、竜族達を屠った。
小型のタイプならば俺の敵ではない。
即座に敵を殲滅した俺は突き当たりの扉の前に立つ。
感知型の大剣ではないので、内部の様子はわからないが、恐らくはまた敵がいるだろう。
大して竜魂はいらないので、一瞬だけ変更してもいいが。
以前から、何度かその戦法は使っている。
今では、それなりの竜魂があるため、できなくはない。
『強敵がいるわね。多分……竜将クラス』
――最悪な情報ありがとう。
『ミスカは手助けできないからね。自分だけで何とかしなさいよ』
わかってる。元々、俺はどうにか一人で戦うしかないと覚悟はしていた。
大剣の柄をグッと握る。
『死ぬんじゃないわよ……』
その言葉を最後に、ミスカの気配が遠くなった気がした。
夢でもそうだったが、会話をするだけでも何かしらの力を使うらしい。
そしてミスカには力がほとんど残っていない。
そう、本人が言っていた。
ここまで案内してくれただけで、十分だろう。
ありがとう、ミスカ。
後は任せろ。
俺がこの世界を救ってみせる。
その決意を胸に、俺は扉を開いた。
そこには四階と同じホールがあった。
正面には階段がある。
違いは扉が幾つもあるという点。
そして、待ち受けていた存在がいるということ。
「来たか。某はラグナロ。第二竜将にして、竜軍最強の剣士だ」
フルアーマー姿の竜人。
腰や背中に多種多様な長剣、大剣を携えている。
数は七。
圧倒的な存在感と強者の風格を漂わせていた。
その竜人以外には誰もおらず、気配もしない。
俺は大剣を流れるように構える。
「バレバレだってことか」
「然り。しかし、某以外にはほとんど露呈しておらぬ。
愚かな我が種族は、反旗を翻されるという考えがない。
故に、通常通りの業務を行っている」
「それが事実なら、おまえだけってことだな」
「その通り。某だけ。この先には、第一竜将と第四竜将、そして竜神様がおる。
それが目的なのだろう?」
「……わかっている割には余裕だな。おまえ達の大将のすぐ近くに敵がいるっていうのに」
その理由は俺にはわかっていた。
だがあえて聞いた。
男は薄く笑い、右手に大剣、左手に長剣を握った。
それだけでどれほどの膂力があるのか理解させられた。
「簡単だ。某が強いからだ」
構えると同時に、ラグナロは地を蹴る。
早いなんてもんじゃない。
風圧と共に俺へと迫る姿は、台風のようだった。
回転しつつ、二刀を振るうラグナロ。
回避しようにも早すぎて対応できない。
俺は大剣をかざすことしかできない。
何とか二撃を受け止めるも、弾かれそうになる。
それを必死にこらえることしかできず、俺は歯を食いしばり耐えた。
だが、あまりの圧力に身体ごと後ろに押される。
前傾姿勢になり、転倒を拒んだ俺に向かい、ラグナロは追撃。
風圧と共に襲ってくるラグナロは、縦横無尽に俺へと剣閃を放つ。
光を生み出す軌道を俺は半ば、勘だけで受け止める。
少しでも気を抜けば死ぬ。
「まだまだ早くなるぞ!」
ラグナロの言葉通り、剣の嵐は激しさを増す。
使い慣れた大剣の重みが邪魔になるほどに、その速力は向上する。
段々、追いつけなくなり、俺の剣が弾かれる。
そして。
ついに一閃が俺の胴を薙いだ。
鎧ごと、寸断されてしまった。
「がはっ!」
激痛と共に、俺は腰を折る。
瞬間、大剣のブーストを反射的に発動する。
不自然に生まれた加速力と推進力が、ラグナロに迫る。
だがその不意の攻撃に、ラグナロは瞬時に対応。
二刀を正面にかざし、受け止めると、後方へと滑っていった。
俺は吐血しながら、立ち上がろうとしたが、足に力が入らず、その場に倒れた。
痛いが、慣れてはいる。
問題は痛みではない。
圧倒的にラグナロが強いということ。
剣技は相手の方が上。
膂力も上。恐らく経験値も。
俺に勝てる算段は、今のところはなかった。
「見事。直撃の瞬間、僅かに腰を引き、即死を免れたか。その上、反撃も行うとは、素晴らしい。
だが口惜しいが終わりだ。其処許はここで死ぬ」
死ぬだろう。
間違いなく。
実際、意識が薄れてきた。
大量の出血によって、俺の身体から力が失われる。
暗闇が俺を包み。
そして俺は死へと至る。
だが。
すぐに意識は戻る。
身体中から昇る湯気が、天井へ飲み込まれていく。
「……何事」
腹の半分が裂けていたが、完治した。
体力も完全に回復。
俺は即座に立ち上がると剣を構えた。
これで一回、魂を使ってしまった。
後、九回残っている。
「面妖な力を……だが、それも永遠ではあるまい。殺しつくせば、いつか死ぬ。
それに、くく、まだ楽しめるのであれば、それも一興なり」
ラグナロは再び剣を構える。
狂喜の表情で俺を見つめている。
戦いに喜びを覚えるタイプか。
その上、自信過剰。
その性格のせいで、援軍を呼ばずに一体で待っていたらしい。
この状況は俺にとってありがたかったが、この敵を倒せなければ意味はない。
強い。
だが、絶望的ではないはず。
「少し、本気を出そうか!」
ラグナロの移動は直線的だった。
真っ直ぐ俺に突っ込んできた。
俺は対応に迫られ、大剣を正眼に構える。
だが。
眼前でラグナロの姿は消えた。
次の瞬間、背後から剣に身体を貫かれる。
早すぎる。
しかし、瞬間的に致命傷は逃れた。
俺はラグナロの剣の刀身を握る。
「まだ生きていたか」
驚きの感情が声音に混じっていた。
俺は震える手で、大剣の刀身を握り、自分に突き刺した。
柄を持てなかったため、大して力を込められなかったが、かなりの切れ味がある剣の上、俺のステータスはかなり向上している。
そのため、俺の身体を簡単に貫いた。
そして、俺のすぐ後ろにはラグナロがいる。
届く。
「くっ!」
声が離れていた。
奴は自分の剣を手放し、距離をとったようだった。
振り返ると、腹部に傷を負っている。
一応は当たったらしい。
だが、俺は限界だった。
身体に二つの大穴が空いている。
俺は地面に伏して、命を手放す。
蒸気と共に生き返った俺は、即座にドラゴンイーターとラグナロの剣を手にした。
「いただきだ」
「……己ごと、貫くとは。其処許は狂っているのか?」
「それくらいしないと、おまえを倒せないからな」
驚いたように目を見開いたラグナロは、薄く笑った。
「くく、ありがたい。それでこそ戦いを愉しめるというもの。
この機会を与えてくださった竜神様には感謝しなければな」
ラグナロは再び姿勢を低くし、別の剣を両手に握る。
俺は右手に大剣、左手にラグナロの剣を手にして、構えた。
片手で大剣を振るえるくらいには強くなっている。
数秒の間隔。
そして、再び戦いは始まる。
戦いは半ば一方的だった。
慎重になったラグナロは距離をとり、速度を重視した戦いを始めたのだ。
奴の身体能力は俺の遥か上。
視認することさえ困難だった。
結果。
俺は九回死亡し、すでに満身創痍の状態。
身体中傷だらけで、致命傷を受けていないのが奇跡的だった。
肺が悲鳴をあげる。
それでも剣を手放すことはない。
ラグナロは僅かに憐れみを瞳に浮かばせていた。
「其処許、名を」
「……日下部、虎次」
「クサカベ。其処許の命、風前の灯であることは明白。死して蘇る力も、もうあるまい?
某には分かる。多くの命を奪ってきた某には、命の消えゆく、その瞬間の陰りが」
その通り。
俺はもう一度死ねば、本当に死ぬ。
俺は強がりから生まれる笑みを浮かべる。
「どうかな」
「……せめて最後は、一瞬で終わらせよう。我が奥義にて」
ラグナロは剣を鞘に戻す。
その状態で姿勢を低くした。
何をするつもりだ?
そう思った瞬間、奴の顔が目の前にあった。
だがそれも一瞬だけ。
いつの間にか正面には誰もいなくなっていた。
気配が背後に生まれ、俺は振り返ろうとしたが、身体は動かなかった。
キンッという音が聞こえると、俺の身体からは血飛沫を生まれていた。
何をされたのか、何もわからなかった。
「煌王竜剣術・七竜剣……一瞬の内に七つの剣を振るう奥義だ。
一つは其処許が持っておるから、六竜剣だがな」
勝てるはずがない。
奴は強すぎる。
圧倒的な強者。
まともに戦って勝てる相手ではなかったのだ。
俺の命は十しかない。
ああ。
俺はこのまま死ぬ。
誰も助けられない。
「せめて安らかに。其処許に敬意を払い、介錯をいたそう。さらばだ!」
一瞬の空白を経て。
衝撃が俺に走る。
何かが首を寸断したらしい。
俺は。
確実に死んだ。
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――――。
声が聞こえた。
動揺した声が。
俺は目を開いた。
「な、にが……お、こった」
見上げるとそこにはラグナロがいた。
奴は驚愕の表情を浮かべて、ただ自分を貫くものを見ていた。
それは。
手だった。
俺の手ではない。
別の誰か。
顔中を汗で湿らせたラグナロが振り返る。
「き、さま、ゲンジュ……!」
「おお、おお、ラグナロ。油断したな? そこの小僧に気をとられ、隙だらけだったぞ?」
顔を皺だらけにした、老骨。
細く、明らかにラグナロよりも体格は小さい。
だがその小さな身体からは想像もできないほどの、活力を溢れさせている。
ひらひらとした衣服を着ており、鎧で覆われたラグナロとはまったく別の種族のように見えた。
「ま、さか、人間と、手を、組んだ、の、か……!」
「儂が? 馬鹿め。そのようなことをするはずもなかろうて。
ただの偶然。そこの小僧が、たまたま竜神城に侵入するところを目撃し、面白そうだと動向を見守り、ずっと気配を隠し後をつけて、このような好機に遭遇しただけよ」
「き、さま……がっ……」
「いい加減、口を閉じろ、若造が。貴様は目障りでしょうなかったが、これで見納めだわい」
ゲンジュの一撃で、ラグナロは地に伏した。
痙攣し、やがて動かなくなる。
俺は瞬時に立ち上がると、ゲンジュに向かい合う。
「ほほほ、面白い奴。貴様、儂のことに気づいておったな?」
侵入時、俺は大剣を感知型にしており、ゲンジュのことには気づいていた。
最初は勘違いかと思ったけど、そうじゃないことに途中で明確に気づく。
だが、奴は援軍を呼ぶ気配もなく、ただ後をついてきただけだった。
その気配から明らかに普通の竜族とは違い、圧倒的な力を持っていることは間違いなかった。
戦っている最中もずっと視線は感じていた。
すぐに倒そうかと思ったが、何かに利用できるかもしれないという考えと、隊員達に意識が向かうと危険だという思いから何も言わなかった。
そしてこの部屋に来てもその状態は変わらず、ラグナロと共闘する気配もなかった。
俺は賭けに出た。
もしかしたらこれはラグナロを敵視しているゲンジュという竜人なのではないかと。
そして。
それは現実となった。
ここまですんなり行くとは思わなかったけど。
ゲンジュの言葉通り、すべては偶然。
ニースからの情報がなければ、偶然が重ならなければ、この結果はなかった。
「……まあな。利用させてもらった」
「ほっほっほ! おかしな縁よ。利害は一致しておった、ということか。
じゃが、それもここまでよの?」
「ああ、ここまでだな」
俺は剣を拾うと、ゲンジュと対峙する。
ゲンジュは空手。武器を持っていないが、ラグナロと強さは変わらないだろう。
「おかしな能力を持っておる。貴様、ラグナロの言っておった通り、命は消えかけておった。
だが、今は生気に満ち満ちておるわ……まさか、本当に不死身だとでも?」
俺は答えない。
言ったら俺の手を晒すことになる。
答えは簡単だ。
俺はステータス画面を開いた。
●スキルLV:2
●スキルポイント:0【39】
▼習得済み限定【3】
・十の魂返し【派生:五十の魂返し】 ■■■
…複数の命を持った異質な人間の力。十個の魂を持つ。
一つの魂を補てんするには三時間かかる。
★五十の魂返し【派生:百の魂返し】 ■■■■■■■■■■■■■■■
…複数の命を持った異質な人間の力。五十個の魂を持つ。
一つの魂を補てんするには三時間かかる。
★百の魂返し【派生:なし】 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
…複数の命を持った異質な人間の力。百個の魂を持つ。
一つの魂を補てんするには三時間かかる。
五十の魂返しを習得していた。
今の俺は更に死なない身体になっている。
正直、早めに習得しようかと迷った。
でも、直前でスキル習得すれば、色々と対応が利くので、ギリギリまで待っていたのだ。
そして、ラグナロは俺が本当に死ぬという確信を持っていた。
それを逆手にとれると思ったのだ。
そこで死ぬ直前でスキルを習得した。
本当は、奇襲を仕掛けようと思ったのだが、ゲンジュが行動を起こしたので、ラグナロを殺すことができた。
ゲンジュも俺がラグナロを倒すかどうか見守るつもりだったのだろう。
そして結果的に負けたので、弱っているラグナロの不意を突いた、という感じだと思う。
上手く行ったが、まだ窮地を乗り越えてはいない。
敵は残っている。
「ほほほ、貴様。悠長に構えていていいのかの?」
「それはどういう意味だ?」
「知らぬのか? 本日、ラスクへ総力戦を仕掛ける。
そのために、竜軍をラスク近辺に集結させている。
夕刻には、ラスクは陥落するのは間違いない」
「……近づけはしない」
「確かに厄介な煙よ。しかし、我らが遠距離からの攻撃ができないとでも?
人間と違い、高度な道具を作れせんが、こちらには力そのものがある。
準備さえすれば、遠くからでも強力な攻撃が可能。超大型竜を集結させた竜気砲がな」
嘘を言っているようには見えない。
確かに、近づけない状況を打開する方法はあるかもしれない。
飛竜の火球は威力が低く、まだ遠くまでは届かない。
そのため、ラスクに籠城すれば問題なかったのだが。
遠くからの攻撃が可能となれば別だ。
ラスクはゲンジュの言葉通り、陥落するかもしれない。
つまり早く倒さないと、間に合わない。
遅れて竜神を倒しても、人類の大半が滅亡していては意味がない。
だが、こいつを倒さなくては先へ進めない。
その逡巡が生まれた時、扉が開かれた。
「日下部さん!」
莉依ちゃん達だ。
全員無事だったようで、莉依ちゃん、結城さん、ニース、ディーネ、そしてネコネ族がいた。
よかった。生きていた。
俺は一瞬だけ安堵を抱くが、すぐにゲンジュを睨んだ。
みんなが俺に並び、武器を構える。
「日下部くん! 無事!?」
「こいつが敵だな、クサカベ」
「にゃにゃ、かなり強そうですにゃ!」
ゲンジュが鬱陶しそうに顔をしかめる。
「大勢でやかましいわ。小童どもが!」
カッと目を見開く。
それだけで圧力が増し、筋肉が委縮した。
「くっ! な、何こいつ!?」
「気をつけろ。竜将のゲンジュだ。強いぞ!」
俺は剣を構え戦いを始めようとした。
だが、ニースが一歩前に踏み出し、俺の正面を遮る。
「何を」
「行け、クサカベ。時間がないのだろう?」
「さっきの話、なんとなく聞いたよ! ラスクが危ないんでしょ!」
「ここはウチ達が何とかしますにゃ! だからクサカベっちは先に行くんですにゃ!」
俺は逡巡した。
ゲンジュは強い。
ラグナロと同じくらいなら、みんなが敵う相手ではない。
でも、ここでゲンジュと戦い続けて勝ったとしても時間がかかるだろう。
そうなればラスクは陥落するかもしれない。
どうすれば。
一秒にも満たない迷いの後、俺に手に何かが触れた。
「日下部さん、私達を信じてください。大丈夫。私達も、戦えますから。
倒せなくても、時間稼ぎくらいはできます! だから」
「莉依ちゃん……」
彼女は柔和な笑みを浮かべて俺を見上げていた。
みんなの視線を感じる。
信頼を感じる。
その思いに、俺は応えなくてはならない。
「……頼んだ」
俺は大剣を手に、階段へと向かった。
「行かせるか!」
「行かせるよ!」
結城さんがゲンジュに斬りかかる。
身体能力だけで言えば、結城さんは俺を超える。
そして今の彼女には経験も覚悟もある。
一瞬にして、地面に落ちていたラグナロの剣を手にして、ゲンジュの下へ到達していた。
そして、俺を背に、結城さんは叫んだ。
「行って! 日下部くん!」
俺はすぐに結城さん達に背を向けた。
彼女達の覚悟を無駄にはしない。
だから全力で階段を上った。
剣戟が響く中、俺はただただ上階を見上げた。