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竜神城潜入前夜

 決行日前々日。夕方。

 俺は壇上に乗り、隊員達を見回す。

 もう彼等は戦士でありいっぱしの兵士だ。

 たった三ヶ月だが濃密な時間を過ごし、そして乗り越えた。

 初日のように緩み切った、覇気のない兵士達ではない。

 精悍な顔つき。屈強な戦士そのものだ。


「すでに通達済みだが、明日は訓練はない。

 しっかり休み、明後日に備えるように。準備は怠るな。

 道具の手入れと、荷物の確認。それときちんと睡眠をとれ」

「はいっ! クサカベ隊長!」

「では解散だ!」


 俺は壇上から降りると、城の客室に向かう。

 だが、兵士達が集まり、俺の行く手を遮った。

 これはあれか。

 訓練終了と同時に、お礼参りをする的な。

 なるほど、それはそれで面白い。

 どれくらい成長したか、改めて確認するのも悪くはない。

 そう思ったが、隊員達は一斉に頭を下げた。


「クサカベ隊長! 三ヶ月、ありがとうございました!」


 俺は虚を突かれて、言葉を失う。

 感謝されるとは思わなかった。

 なんせ俺がやってきたのは、かなりひどい訓練だった。

 殴る蹴る罵倒する、死ぬような訓練を強要した。

 それでもみんなついてきてくれた。

 そこに怒りを覚えても、感謝しようとは思わないはずだと。

 でも、全員が晴れやかな顔を俺に見せていた。


「俺達、最初は隊長に対して、失礼な態度をとっていました。

 その、よそ者で、しかも若い隊長を認めなくなかったんだと思います」

「でも! それは間違いだって気づいて、それからの訓練は厳しくて、大変で、死にかけて」

「俺達は人類を救う任務があるから、なんて中途半端な英雄気取りでいたんです」

「……だけど隊長が色々と教えてくれて、それは勘違いだって気づきました。

 俺達はわかってなかった。何も。でも気づけた。

 俺達の任務がどれほど重要なのかを、本当の意味で理解できた。

 そして、クサカベ隊長がどれほど考えて、俺達を鍛えてくれたのかを。

 どれほどの苦難を乗り越えて、ここにいるのかを。そうでなければあんなに強いはずがない。

 隊長のおかげで俺達も強くなれた、成長しました。隊長の足元にも及ばないけど……」

「ありがとうございます、クサカベ隊長。

 俺達は、きっとこの作戦を成功させます。

 ここまで育ててくれた隊長のためにも。

 そして……少しでも隊長に認めてもらって、隊長の助けになれるように」

「だから、まだ頼りないけど、力が足りないかもしれないけど。

 クサカベ隊長、俺達にも手助けさせてください。

 きっと、隊長の力になります!」


 今にも泣きそうになっている隊員達を見て、俺は心を熱くしていた。

 嫌われていると思っていたのに。

 ちゃんと伝わっていた。

 それを理解してくれて、飲み込んでくれたのだ。

 それが嬉しかった。

 一方的なものだっただろう。厳しかったし、辛かったはずだ。

 それでもこんな風に思ってくれた。

 俺は嬉しくて、思わず目の奥が熱くなったが、背を向ける。


「自分のことさえ、満足にできない奴らが、偉そうなことを言うな。

 戦場では任務を遂行することだけ考えればいい。そして、必ず生きて帰れ。

 それがおまえ達に必要なことだ。それ以外は考えるな。わかったな?」

「は、はいっ! クサカベ隊長!」


 俺は隊員達に背を向けたまま城の中に入った。

 背後で、頭を下げる気配が広がった。

 見えないのにわかってしまう。

 その能力が、今は鬱陶しかった。

 隊員達から離れると、後ろから莉依ちゃん達が駆け寄ってきた。


「よかったですね。みんなわかってくれて……クサカベさん!?」


 号泣してしまった。

 なんか、ダメだ。

 こういうのダメ。

 なんかわからないけど、涙が止まらない。

 別に悲しくないのに、涙が拭っても拭っても溢れてくる。

 こんな姿を部下たちには見せられない。

 こういう立場になったことはあまりない。

 リーダーになったり国王になったりはした。

 けど、こんな風に誰かを鍛え上げたのは初めてだ。

 だから慣れない。

 感謝されることに。


「正に鬼の目にも涙だねっ」

「結城さん……うまいこと言ったみたいな顔はやめてくれるか……?」


 俺が言うと、結城さんは可愛らしく舌を出した。


「だが、わたし達も同様だ。クサカベには感謝をしてもしきれん。

 集落からトッテルミシュアのコル、そこからこの地、レイラシャのラスクまで。

 その道中でも、訓練でも、何もかも、クサカベのおかげでどうにかなったのだからな」

「ですにゃ。ウチもそう思いますにゃ!

 最初にあった時は、こんな風になるとは思いませんでしたにゃ」


 ニースとディーネは感慨深げに話し、俺に温かい視線を向ける。

 ああ、こういうのって連鎖するんだよな。

 やめてほしい。また泣きそうだ。

 まだ泣くには早い。

 すべてを終え、すべてを解決して、初めて泣くべきだ。

 でも、今は少しだけ、この感情に浸りたいんだ。

 その心の力が、きっと明日、役に立つはずだから。


「だけど、もうすぐなんだね。なんか実感、あんまりないなぁ」

「だが、間違いなく当日は訪れる。必ず成功させなくてはな」

「そうですね……でもきっと大丈夫ですよ。私達ならきっと」 

「にゃにゃ。ウチもそう思いますにゃ。きっと、大丈夫ですにゃ!」


 みんな気力は十分らしい。

 訓練の積み重ねで自信を得たのか、それとも直前で腹をくくっているのか。

 どちらにしても、頼もしい限りだった。


   ●□●□


 翌日、思い思いに時間を過ごした。

 色んな人と話をした。

 たわいない話ばかりで、明日のことは話さなかった。

 兵士達は俺に話しかけてくれたし、隊員達も我先にと話しかけてきた。

 今日は無礼講だとばかりに、全員と過ごす。

 そしてその日の夜、使用人に案内されて全員で食堂に行った。

 いつもは使用人が来ることはなかった。

 何事か、と仲間達と食堂に入る。

 そこにはいつもよりも豪華な食事が待っていた。

 普段はパンやスープ、淡泊な魚くらいなのに、肉や芳醇な香りのするスープやデザートまであった。

 食堂は今日だけはパーティー会場のようだった。


「待っておったぞ、クサカベ」

「クサカベ殿。今日は、レイラシャの名料理人が腕によりをかけて調理したようだ。

 存分に楽しむといい」


 テオバルト陛下、マルティス国王、ウルク将軍、宰相、兵士達、使用人達。

 そこには多くの人達が待っていて、笑顔が咲いていた。

 最後の晩餐って奴か。

 でもこれは人類最後の晩餐じゃない。

 きっと、人類苦境の最後の晩餐だ。

 明日、潜入作戦が決行される。

 これが失敗すれば、人類は滅亡するだろう。

 そして成功すれば、人類は存続するだろう。

 その運命の日が、明日に迫っていた。

 それぞれ手にグラスを持ち、国王達の掛け声で乾杯した。

 全員が領地に舌鼓を打ち、談笑を始める。


「よい、光景だ」


 テオバルト陛下とマルティス国王がグラス片手に近づいてきた。


「この光景が続くようにします」

「がはは、簡単に難しいことを言いよる。だからこそ任せられるというもの。 

 儂には、クサカベの存在は天啓のように思える。この窮地を救う救世主であるとな」

「私もそう思う。実際、クサカベ殿がいたからこそ、私達は生きている。

 だからこそ賭けようと思ったのだ。そなたこそが、この世界を救ってくれると」

「……一国の王の判断にしては、かなり大胆ではありますけどね」

「その通り。だが儂もマルティス国王も、決断した。動機としては弱い。

 それでも信じると決めたのだ。重荷であろう、そなたは全人類の命を握っておる」

「だが、クサカベ殿に頼る他ない。その重責は私達には計り知れん。

 それをわかっていながら頼るしかないのだ。すまない、クサカベ殿。

 無能な我々を許してくれ」


 沈痛な面持ちの二人に対して、俺は柔和な笑みを浮かべる。


「大丈夫、何とかしますよ」


 俺の言葉を受けて、二人は目を大きく見開いた。

 そのまま顔を見合わせ、再び俺を見る。


「そなた、よほど肝が据わっておるな。いや、これはそのレベルではない」

「どうしてそこまで落ち着いていられる? 実感がない、というわけではあるまい。

 クサカベ殿の経験を鑑みれば、それはあり得ない。では、なぜ?」


 表異世界でも裏異世界でも何度も死んだし、大変な思いもしたし、苦しい思いもした。

 言葉で言い表すのは難しい。

 はっきり言って、俺ほどこの世の辛酸を舐めた人間はいないと思う。

 でも、それを乗り越えてきたという自負がある。

 そして、俺は多くの人達に支えて貰ったという過去がある。

 その先に今があり、俺の、俺達の人生はその先に繋がっているはずだ。

 いや、繋げないといけない。

 だから迷う暇もないし、手を抜くことも、怖がっている暇もない。

 前に進む。このことだけを俺はずっと続けてきた。

 どんな時でも、一時、足を止めても、また歩き始める。

 そうやって俺は生きてきたんだ。

 だから今回も同じ。

 ただ、失敗すれば人類が滅亡するというだけ。

 だから――


「どんな時でもやることは同じですから。全力でやる。すべてを懸けて、戦う。

 それだけなんです。失敗すればすべてが終わるとしても、俺がすべきことは同じ。

 だったら気負う必要はないでしょう。俺は出来る限りのことをしてきた。

 だから必ず成功する。失敗した時のことを考えても無駄だし、むしろ足手纏いなので」

「くっ、ふふっ」

「がはは、がーっはっはっはっ!」


 二人して突然、笑い出した。

 なんでそんなに笑うのか、わからずに、俺は困惑し続ける。


「ふっ……その通り、ここまで来て、失敗を恐れても意味はない」

「うむ。クサカベの言葉は正しい。今さら後のことを気にしてもしょうがあるまいて」

 マルティス国王とテオバルト陛下は俺の後ろに向かって歩き、すれ違いざまに腕と肩をぽんと叩いた。

「頼んだぞ。クサカベ」

「人類の命運をそなたに預ける」


 二人はそのまま去っていった。

 触れた部分が熱い。

 彼等の思いが伝わった気がした。

 二人の背中を見送っていると、服を引っ張られた。

 莉依ちゃんだ。


「クサカベさん、あの、こっちに」


 莉依ちゃんは俺の腕を引き、食堂を出ると中庭へ移動した。

 外の空気が涼しい。

 少し肌寒いが悪くはない。

 空を見上げると満天の星空が広がっている。

 空気が澄んでいるんだろう。

 莉依ちゃんは階段に座った。俺はその隣に腰を下ろす。


「いよいよ明日ですね」

「ああ。そうだな」


 その後は言葉が繋がらなかった。

 莉依ちゃんは何か悩んでいる様子で、俯いている。

 以前、莉依ちゃんは言葉を話せなかった。

 色々なことがあり、ショックのあまり、話せなくなったらしい。

 詳しくは聞いていないが、この世界ではしょうがないだろう。

 今は、普通に話せる。

 彼女自身の努力の賜物だろう。


「私、ずっと言いたかったことがあって」

「言いたかったこと?」

「は、はい…………そ、その、私」


 莉依ちゃんは地面を見つめていた。

 数分の沈黙。

 それでも俺は何も言わず、じっと待ち続けた。

 そして、莉依ちゃんは顔上げる。


「私、ずっと………………日下部さんにお礼を言いたくて」

「お礼? 散々言われてると思うけど」

「い、言ってません。確かに、その、都度言ってるかもしれないけれど、でもそれはただ普通の感謝で、その本当の感謝じゃなくて」


 しどろもどろになっている。

 俺は莉依ちゃんが何を言いたいのかわからず、ただ眺めることしかできない。


「……私、こっちに転移してから色々あって。

 本当に色々あって……生きるために必死で。色んな人が死んで、色んな人に酷いことされて。

 最初は頑張ろう、結城さんと一緒にって、そう思っていたのに。

 段々、怖くて、嫌になって、何もかもどうでもいいって思い始めて。

 気づいたら、話せなくなって、表情も変わらなくなって、心が動かなくなって……。

 日下部さんと出会った時みたいになっちゃったんです」


 何があったかは聞かないし、多分、きっかけは莉依ちゃんにもわからないんだろう。

 でもこんな世界で生きていればそうなってもおかしくはない。

 それでも必死で生きてきたんだろう。


「結城さんに迷惑をかけてる、助けたい、そう思うのに、何もできなくて。

 そんな時、日下部さんと出会って、誰かのために必死になっている姿を見て……。

 本当は優しいのに、厳しくしたり、わざと悪人になったりして。

 辛いのに表に出さずに、頑張って、戦って、誰よりも大変な思いをして。

 報われなくても抗って、労わってくれて、そんな姿を見て、私は言葉を取り戻したんです」


 俺は何も言わない。

 莉依ちゃんの横顔を覗き見ることしかできない。

 彼女の瞳は濡れていた。


「それだけじゃない。ずっと、それからもずっと日下部さんは私達を守ってくれた。

 引っ張ってくれた。助けてくれた。今までも、今も、これからも。

 だから……だから、日下部さん、私は、ずっとお礼が言いたかったんです。

 あなたに、ありがとうって言いたかった。そんな言葉じゃ足りないことはわかってます。

 私ができる感謝の印は言葉しかなくて。

 あなたのおかげで取り戻した、この言葉しか、ないから。

 日下部さん、あなたに、何かあげられないんでしょうか?

 私が持っているものを。あなたになら、全部あげたいんです……だ、だから」


 莉依ちゃんは俺の手にそっと自分の手を重ねた。

 温かい。いつもよりも熱を持っているようだった。

 気が付くと、彼女の顔はほのかに染まっている。


「私の人生は終わっていたんです。でもあなたが取り戻してくれた。

 だから、私の持っているもの……私自身、私のすべてはあなたのものです」


 ぎゅっと手を握る莉依ちゃん。

 その純粋な思いに俺の胸は締め付けられた。


「莉依ちゃん……俺は……ごめん」

「私じゃ、ダメですか……? み、魅力がないかな……あはは……」

「そうじゃない。そうじゃないんだ」

「こ、子供だから、ですか? もっと大人だったら」


 俺は頭を振る。

 年齢を理由に、真っ直ぐな思いを否定しない。

 確かに受け入れられないこともある。

 でも、その思いすべてを拒絶するような、自分だけを大切にしている連中とは違う。


「俺を待ってる人がいるから……」

「そ、そうですか……そうですよね。日下部さんみたいな素敵な人、放っておくわけないですよね。

 あ、あはは、何言っちゃってるんでしょうね、私。馬鹿だなぁ」


 乾いた笑いを浮かべる莉依ちゃんを見ても何も言えない。

 ただただ胸が痛んだ。

 俺は唇を噛んで、感情の波に抗う。

 ここで彼女に同情し、なびいてしまえば、不幸にする人がいる。

 もう一人の莉依ちゃん。

 表異世界の、俺の大切な人を裏切ることになる。

 同じ莉依ちゃんでも別人なのだから。

 莉依ちゃんは立ち上がり、俺に背を向けた。


「あ、明日、頑張りましょうね!」


 そう言って、走り去ってしまった。

 俺は彼女の背中を見守ることしかできない。

 泣いていた莉依ちゃんの横顔を、脳裏に焼き付けて。

 やりきれない思いを抱きつつも、これでよかったのだと思う。

 中途半端な情は誰も幸せにしない。

 だから俺は揺らいではいけない。

 明日のことだけを考えるべきなのだから。


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『マジック・メイカー -異世界魔法の作り方-』

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