テスト
翌日。
十分休息をとった俺は、目の前の光景にため息を漏らした。
隣にいる、莉依ちゃん、結城さん、ニース、ディーネと視線を合わせて、再び正面を向く。
ダメだ。
これは現実のようだ。
「……これが腕利きの連中か?」
ニースの呟きは最もだった。
二百人以上の選出された兵士達は、どう見ても腕利きには見えなかった。
確かに正規兵ではあるだろうし、民兵に比べればマシだ。
だが、人類の存亡をかけて戦う者達とは思えない。
理由は明白。
まず覇気がない。
みんな活力がなく、どこか無気力。
状況を考えればわからないでもない。
ラスク周辺には竜族が取り囲み、俺達はただ竜燈草の加護に守られているだけだ。
それがなくなればすぐに竜族の大群が押し寄せ、人類は滅亡する。
そんな状況で希望を持てと言っても、難しいだろう。
問題はそれだけではなかった。
腕に覚えがありそうな連中はごく一部で、後は新兵から兵士になって数年程度の連中ばかりだった。
その中でも有能なのであればいいが、見たところそんな人間はほとんどいなさそうだった。
ネコネ族達にも助力を頼んでいるのでまだいいが、それ以外の人間はかなり頼りない。
ネコネ族の数は三十程度で、残りの二百七十人ほどは人間だ。
俺、結城さん、ニース、ディーネ、そして莉依ちゃんも参加するが、それ以外はここにいる連中で決定している。
竜族の本拠地潜入作戦はここにいるメンバーでやるしかないのだ。
「ど、どうします?」
莉依ちゃんは戸惑いながらも訪ねてきた。
ラスク内にある野外の訓練場に俺達はいる。
普段は兵士達の訓練を行っている場所らしく、木人や木剣などが並べられていた。
俺達は壇上に乗り兵士達を見下ろしていた。
おどおどした様子の兵士も少なくなく、喧騒が広がっている。
訓練前だと知っているはずだ。
彼等も話を聞いて集まっているはず。
能力がないのは仕方がない。前向きな心持ちになれないのも状況を見ればわからなくもない。
だが、兵士としての態度ができていないのはどういうことか。
これがどういう集まりなのか理解しているのに、これではまるで学生の集まり。
大人が叱らなければ言うことを聞けない、そんな連中なのか。
俺は大きく嘆息した。
それが伝わったのか、少しずつ兵士達の会話がなくなった。
空気が重くなる。
別に、静かになるまでどれくらいかかったとか言うつもりはない。
ただ、この程度なのかと落胆はした。
最終決戦だ。
俺達が失敗すればみんな死ぬ。
その覚悟が必要だ。
子供だろうが、訓練を受けてない新兵だろうが、関係ない。
俺はゆっくりと兵士達を見回し、ようやく口を開いた。
「死にたいのか?」
俺の声は異常なほどに通った。
後方の連中にも間違いなく届いているだろう。
「おまえ達は、死にたいのか? そうとしか思えない行動をしている。
どうだ、そこのおまえ」
俺は先頭にいた男に聞いた。
俺よりも少し年上くらいの若い男だった。
しかし明らかにまだ経験が少なく、そして覇気もなかった。
彼はおどおどしながらも、何とか口を開く。
「し、死にたくありません」
「そうだな。誰も死にたくない。
俺達だけじゃなく、この都市にいる人、生きている人みんな、同じだ。
じゃあ、なぜ真剣になれない? 本気でいられない?
たった三ヶ月の期間しかない。その間に訓練をし、その後、俺達は竜族達の本拠地に潜入する。
いいか? 俺達が失敗すれば、俺達だけじゃない。人類全体が死ぬんだ。
それを散々理解しているはずだ。言われたはずだ。見せつけられているはずだ。
それなのに、まだ覚悟ができてない。これが最後の希望なのに、だ」
ごくりと誰かが生唾を飲み込んだ。
同時に、俺に向かう視線には様々な感情が入り混じる。
怪訝と不安。
前者は、俺の見た目に騙された連中の感情だろう。
どうせ、若いおまえはなぜそんなに偉そうなのかと思っているんだろう。
この期に及んでまだ、そんな馬鹿な思考をしている。
呆れるしかない。
なぜ両国王が俺を推薦したのかを考えれば、そんなことを思い浮かべることはない。
あっても、王の決断ならばと飲み込む。
まともな考えがあれば。
つまりそれもわからない連中なのだ。
だが、この程度の連中しか今は残っていない。
嘆いても、怒りをぶつけても意味はない。
鍛えるしかないのだ。
俺はニース達に下がるように言った。
そして壇上から下りると、近くにあった木剣を握った。
「不満がありそうだな。
いいだろう、これから相手の力量もわからず、従う気にもならないだろうしな。
武器をとれ。真剣でもなんでもいい。好きにしろ」
俺は横に移動し、開けた場所で足を止める。
集められた兵士達はまだ動かない。
言われても、許可されても行動しない。
愚鈍な連中だ。
本当に、新兵以下の連中なんじゃないだろうか。
一部、それなりの腕前をしていそうな奴らはすでに獲物を手にしている。
俺の意図を読み、対応しているらしい。
悪くはない。だが、遅すぎる。
「さあ、かかってこい。殺す気でな。全員、一気にかかってきてもいいぞ。
ほらどうした。疑問があるんだろ? 俺が本当に強いのかってな。だったら、さっさと来いよ」
まだ戸惑っていた兵士達だったが、腕利きの連中が即座に前に出てきた。
「いいのか、若造。あんたは国王の推薦で潜入部隊の隊長になった。
だから従ってやろうと思ってたってのに、死ぬぜ?」
「従ってやろうなんて思ってる奴に、従って貰わなくて結構。
従いたくなるまで待つ時間もない。馬鹿な連中にはこれでしかわからないんだろ?」
俺は木剣を叩くと、ニッと笑った。
「御託は良い。さっさと来いよ」
「後悔すんなよ!」
二十代くらいの兵士が剣閃を生み出す――前に、吹き飛んだ。
奴が振りかぶると同時に、俺は前蹴りで奴を吹き飛ばした。
軽く蹴ったつもりだったが、思った以上にステータスが上がっていたらしい。
数メートル吹き飛び、地面を転がると失神してしまったらしい。
「5点。敵を前にべらべら喋るな。攻撃もひねりがない。能力もない。頭も悪い。
何してるんだ。他の奴も来いよ」
気絶してしまった兵士を見下ろした他の兵士は、顔を青ざめさせていた。
まだ戦う気力は残っているらしいが、これだといつまでも始まらない。
俺は嘆息し、言った。
「俺を倒せた奴が潜入隊の隊長になればいい。竜神を倒せば英雄になれるぞ。
まあ、隊長自身は別に戦わなくても、任務を成功させればいいだけだからな。
楽して、人類の歴史に残る英雄として名を刻めるかもな」
こんな単純な言葉に誰か引っかかるのかと思ったが、案外、名誉欲はあったようだ。
逡巡していた連中は決意したらしく、剣を握り、俺へと迫ってきた。
なるほど。もう潜入隊に配属しているのだから、危険なのは変わらない。
だったらせめて、英雄として名を馳せる可能性に賭けたいと思ったのだろう。
わかりやすい奴らだ。
しかし、その欲望通りに力を示し、俺を倒せたら言葉通り譲ってやろうと思う。
できるとは思えないけど。
「うあああああっ!」
愚直に兵士達は俺に向かって剣やら槍やらを振り下ろし、払った。
俺は剣の腹を木剣で叩き、流れるように鳩尾を殴打。
もんどりを打って転がる兵士を無視して、回転しながら周囲の連中をいなす。
瞬きをする程度の時間で、五人を吹き飛ばす。
回避し、いなし、攻撃をする。
そんな単純なことをするだけで、兵士達は何もできない。
これは予想以上にひどいな。
俺はかなり手加減している。
俺が強すぎるのではない。
五十人ほど戦闘不能にした時、兵士達は俺から距離をとった。
怖気づいたのかと思ったが、そうではなかった。
「へぇ……」
何人かが連携を始めたのだ。
動きを合わせて、俺に攻撃をしてきた。
先んじて攻撃する兵士の次に、即座に俺の死角からの攻撃。
そしてそれを避けた先にも、別の兵士の攻撃が落ちる。
なるほど、少しは考えるようにしたらしい。
だが。
「12点。遅い、温い、拙い!」
剣技が拙すぎる。
着眼点は悪くないが、そのすべてのレベルが低い。
そのため、木剣で剣の軌道をずらすだけで、連携も崩れる。
俺は兵士達の間を縫って、移動し始める。
最初はほぼ同じ場所から動かなかったが、今は移動を強制されている。
そう考えると、悪い手段ではなかったのだろうか。
結果は同じだが。
結局、それ以上の対策はなく、兵士達は全員吹き飛んで、失神し、動かなくなった。
「……終わりか?」
残ったのはネコネ族と、俺の仲間達だけ。
みんな俺の戦いを見て、どうしたものかと考えているらしい。
俺は辟易し、ニース達に言った。
「何をしてるんだ?」
「何を、とは」
「おまえ達も来るんだよ。自分達は別って考えてたのか?
あ、莉依ちゃんは別な。戦えないから」
言うと、ニース達は戸惑いながらも獲物を手にした。
結城さんとディーネも一緒だ。
結城さんは迷っている様子だったが、木剣を手にすると身を低くした。
「頼むぞ。がっかりさせないでくれよ」
あえて偉ぶった言葉を選ぶと、ニースを筆頭としたネコネ族達の顔つきが変わる。
彼等はずっと自分達だけで生きてきた矜持と自信がある。
俺達人間と協力したが、その過去がなくなったわけではない。
ネコネ族達が一斉に俺へと迫る。
早い。やはり兵士達とは一線を画す。
しかも連携も素晴らしい。
散開し、五人ごとで同時に、左右、正面からの攻撃をしてくる。
だが、それは俺が指示した戦い方だ。
必然、俺は熟知している。
同時に三方から攻撃されたが、俺は僅かな隙間を抜けて、ネコネ族達の背後に回る。
そして一回転して、木剣を薙ぎ払い、一体のネコネ族を攻撃。
そのネコネ族が地面に転倒し、痛みに呻く前に、即座に地を蹴り、他のネコネ族の死角に移動。
瞬時に木剣で一閃。
他のネコネ族が迫るが、同じように対応する。
俺にかすり傷一つつけられない。
「おい、どうした! こんなものか!?」
俺の挑発を受けて、ネコネ族達が激昂する。
だが、感情は動きを単純化する。
結局、俺はネコネ族全員を倒してしまった。
もっと、手こずらせてくれると思ったが、そうでもなかった。
兵士達に比べると強かった。
でも竜族相手に戦うにはまだまだだ。
「さて、ニースとディーネ、それに結城さんか。残りは三人だな」
遠くで、莉依ちゃんは怪我人の治療にあたっていた。
彼女の性格ならそうしてくれると思ったので指示はしていない。
「……図に乗るなよ、クサカベ」
「いつもはお世話になってますけどにゃ! 今日は遠慮なくやりますにゃ!」
「日下部くん、あたしは守られてるだけじゃないよ。今日はそれを見せてあげる」
結城さんは今まで武器を使っていなかった。
だが、剣を手にして、構える姿は堂に入っている。
いつの間にか練習でもしていたのだろうか。
短剣を構えるディーネとニース。
さすがに歴戦の戦士。圧力がある。
さて、どうなるか。
俺は正眼に構えて、三人の様子を観察する。
と、結城さんが動いた。
早い。相手にしてみると、予想以上に。
結城さんは地面を流れるように移動すると、即座に俺との距離を縮める。
回転しながらの斜めの軌道。
素人の剣術ではない。やはり隠れて訓練していたのか。
しかし、この程度では脅威になりえない。
俺は僅かに身体を動かすだけで剣閃を回避する。
連撃。回転しながら二撃目が生まれた。
だが、それも半歩横に移動するだけで避ける。
「ま、まだまだ!」
確かに速い。剣の腕前も悪くはない。
だがそれだけだ。
俺は軽く結城さんに向かって木剣を振り下ろす。
結城さんは回避できずに、直撃してしまう。
そのまま後方へ転がって、地面に伏した。
「ううっ、い、痛いぃ……」
「結城さん。君は攻撃の軌道がわかりやすい。もっとフェイントで翻弄しないと意味がない。
せっかくの俊敏さが全部台無しだ。もっと訓練するように。15点」
「赤点だぁ……」
言いながら、結城さんは倒れて、息を整えている。
瞬間、俺の後方から殺気が膨らむ。
俺はその二つの片方を木剣で受け止め、もう片方は横に移動するだけで避けた。
「なっ!?」
「よ、避けたのですかにゃ!?」
死角からの攻撃。
普通なら避けられない。
だが残念ながら俺は聴力を向上させている。
当然、普通の人間よりも気配を感じやすくなっている。
それに、数多の戦いで殺気を感じることもできている。
つまり、死角からの攻撃は通じない。
余程うまくしない限りは。
俺は振り向くと同時に、回し蹴りを放つ。
二人、まとめて蹴り飛ばした。
ステータスとスキルのおかげで、筋力は向上している。
ただの蹴りだが、相手の命を刈り取る威力がある。
だが、ニースとディーネは俺の攻撃を腕で何とか防御したらしい。
空中で受け身をとると地面に着地した。
「今の反応はよかった。その前の死角からの攻撃はお粗末だったけどな」
「くっ! 相手にするとわかるが、強すぎるぞ」
「強くないと戦えないだろ」
少しばかり本気で戦うか。
そう思った時、ニース達は即座に剣を構える。
恐怖に顔を歪ませていた。
少しばかり圧力を加えすぎたかもしれない。
だが、それくらいでなければ意味がない。
敵は優しくない。竜族は俺ほど手を抜かない。
ならば慣れておく必要がある。
恐怖に。
俺の圧力を受けて、二人は動かなくなった。
これでは意味がないな。
俺は予備動作を極力なくした状態で、跳躍する。
地面すれすれの移動。
それにニース達は反応できなかった。
俺は二人に向かって再び回し蹴りを放つ。
今度は少し強めだ。速度も上がっている。
そのため二人は全く反応できず、吹き飛んだ。
「うにゃ!?」
「ぎにゃああ!」
地面に倒れる。数秒して立ち上がろうとしていたが、どうやらそれも叶わなかったようだ。
全員が満身創痍。
立っているのは俺と莉依ちゃんだけだった。
「はあ……これは予想以上に大変そうだな。
前言撤回! おまえら、全員0点だ!」
息も荒げず、無傷のままの俺は地面に横たわっている奴らに向かって叫んだ。
誰も反応しなかった。