表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
172/183

テスト


 翌日。

 十分休息をとった俺は、目の前の光景にため息を漏らした。

 隣にいる、莉依ちゃん、結城さん、ニース、ディーネと視線を合わせて、再び正面を向く。

 ダメだ。

 これは現実のようだ。


「……これが腕利きの連中か?」


 ニースの呟きは最もだった。

 二百人以上の選出された兵士達は、どう見ても腕利きには見えなかった。

 確かに正規兵ではあるだろうし、民兵に比べればマシだ。

 だが、人類の存亡をかけて戦う者達とは思えない。

 理由は明白。

 まず覇気がない。

 みんな活力がなく、どこか無気力。

 状況を考えればわからないでもない。

 ラスク周辺には竜族が取り囲み、俺達はただ竜燈草の加護に守られているだけだ。

 それがなくなればすぐに竜族の大群が押し寄せ、人類は滅亡する。

 そんな状況で希望を持てと言っても、難しいだろう。

 問題はそれだけではなかった。

 腕に覚えがありそうな連中はごく一部で、後は新兵から兵士になって数年程度の連中ばかりだった。

 その中でも有能なのであればいいが、見たところそんな人間はほとんどいなさそうだった。

 ネコネ族達にも助力を頼んでいるのでまだいいが、それ以外の人間はかなり頼りない。

 ネコネ族の数は三十程度で、残りの二百七十人ほどは人間だ。

 俺、結城さん、ニース、ディーネ、そして莉依ちゃんも参加するが、それ以外はここにいる連中で決定している。

 竜族の本拠地潜入作戦はここにいるメンバーでやるしかないのだ。


「ど、どうします?」


 莉依ちゃんは戸惑いながらも訪ねてきた。

 ラスク内にある野外の訓練場に俺達はいる。

 普段は兵士達の訓練を行っている場所らしく、木人や木剣などが並べられていた。

 俺達は壇上に乗り兵士達を見下ろしていた。

 おどおどした様子の兵士も少なくなく、喧騒が広がっている。

 訓練前だと知っているはずだ。

 彼等も話を聞いて集まっているはず。

 能力がないのは仕方がない。前向きな心持ちになれないのも状況を見ればわからなくもない。

 だが、兵士としての態度ができていないのはどういうことか。

 これがどういう集まりなのか理解しているのに、これではまるで学生の集まり。

 大人が叱らなければ言うことを聞けない、そんな連中なのか。

 俺は大きく嘆息した。

 それが伝わったのか、少しずつ兵士達の会話がなくなった。

 空気が重くなる。

 別に、静かになるまでどれくらいかかったとか言うつもりはない。

 ただ、この程度なのかと落胆はした。

 最終決戦だ。

 俺達が失敗すればみんな死ぬ。

 その覚悟が必要だ。

 子供だろうが、訓練を受けてない新兵だろうが、関係ない。

 俺はゆっくりと兵士達を見回し、ようやく口を開いた。


「死にたいのか?」


 俺の声は異常なほどに通った。

 後方の連中にも間違いなく届いているだろう。


「おまえ達は、死にたいのか? そうとしか思えない行動をしている。

 どうだ、そこのおまえ」


 俺は先頭にいた男に聞いた。

 俺よりも少し年上くらいの若い男だった。

 しかし明らかにまだ経験が少なく、そして覇気もなかった。

 彼はおどおどしながらも、何とか口を開く。


「し、死にたくありません」

「そうだな。誰も死にたくない。

 俺達だけじゃなく、この都市にいる人、生きている人みんな、同じだ。

 じゃあ、なぜ真剣になれない? 本気でいられない?

 たった三ヶ月の期間しかない。その間に訓練をし、その後、俺達は竜族達の本拠地に潜入する。

 いいか? 俺達が失敗すれば、俺達だけじゃない。人類全体が死ぬんだ。

 それを散々理解しているはずだ。言われたはずだ。見せつけられているはずだ。

 それなのに、まだ覚悟ができてない。これが最後の希望なのに、だ」


 ごくりと誰かが生唾を飲み込んだ。

 同時に、俺に向かう視線には様々な感情が入り混じる。

 怪訝と不安。

 前者は、俺の見た目に騙された連中の感情だろう。

 どうせ、若いおまえはなぜそんなに偉そうなのかと思っているんだろう。

 この期に及んでまだ、そんな馬鹿な思考をしている。

 呆れるしかない。

 なぜ両国王が俺を推薦したのかを考えれば、そんなことを思い浮かべることはない。

 あっても、王の決断ならばと飲み込む。

 まともな考えがあれば。

 つまりそれもわからない連中なのだ。

 だが、この程度の連中しか今は残っていない。

 嘆いても、怒りをぶつけても意味はない。

 鍛えるしかないのだ。

 俺はニース達に下がるように言った。

 そして壇上から下りると、近くにあった木剣を握った。


「不満がありそうだな。

 いいだろう、これから相手の力量もわからず、従う気にもならないだろうしな。

 武器をとれ。真剣でもなんでもいい。好きにしろ」


 俺は横に移動し、開けた場所で足を止める。

 集められた兵士達はまだ動かない。

 言われても、許可されても行動しない。

 愚鈍な連中だ。

 本当に、新兵以下の連中なんじゃないだろうか。

 一部、それなりの腕前をしていそうな奴らはすでに獲物を手にしている。

 俺の意図を読み、対応しているらしい。

 悪くはない。だが、遅すぎる。


「さあ、かかってこい。殺す気でな。全員、一気にかかってきてもいいぞ。

 ほらどうした。疑問があるんだろ? 俺が本当に強いのかってな。だったら、さっさと来いよ」


 まだ戸惑っていた兵士達だったが、腕利きの連中が即座に前に出てきた。


「いいのか、若造。あんたは国王の推薦で潜入部隊の隊長になった。

 だから従ってやろうと思ってたってのに、死ぬぜ?」

「従ってやろうなんて思ってる奴に、従って貰わなくて結構。

 従いたくなるまで待つ時間もない。馬鹿な連中にはこれでしかわからないんだろ?」


 俺は木剣を叩くと、ニッと笑った。


「御託は良い。さっさと来いよ」

「後悔すんなよ!」


 二十代くらいの兵士が剣閃を生み出す――前に、吹き飛んだ。

 奴が振りかぶると同時に、俺は前蹴りで奴を吹き飛ばした。

 軽く蹴ったつもりだったが、思った以上にステータスが上がっていたらしい。

 数メートル吹き飛び、地面を転がると失神してしまったらしい。


「5点。敵を前にべらべら喋るな。攻撃もひねりがない。能力もない。頭も悪い。

 何してるんだ。他の奴も来いよ」


 気絶してしまった兵士を見下ろした他の兵士は、顔を青ざめさせていた。

 まだ戦う気力は残っているらしいが、これだといつまでも始まらない。

 俺は嘆息し、言った。


「俺を倒せた奴が潜入隊の隊長になればいい。竜神を倒せば英雄になれるぞ。

 まあ、隊長自身は別に戦わなくても、任務を成功させればいいだけだからな。

 楽して、人類の歴史に残る英雄として名を刻めるかもな」


 こんな単純な言葉に誰か引っかかるのかと思ったが、案外、名誉欲はあったようだ。

 逡巡していた連中は決意したらしく、剣を握り、俺へと迫ってきた。

 なるほど。もう潜入隊に配属しているのだから、危険なのは変わらない。

 だったらせめて、英雄として名を馳せる可能性に賭けたいと思ったのだろう。

 わかりやすい奴らだ。

 しかし、その欲望通りに力を示し、俺を倒せたら言葉通り譲ってやろうと思う。

 できるとは思えないけど。


「うあああああっ!」


 愚直に兵士達は俺に向かって剣やら槍やらを振り下ろし、払った。

 俺は剣の腹を木剣で叩き、流れるように鳩尾を殴打。

 もんどりを打って転がる兵士を無視して、回転しながら周囲の連中をいなす。

 瞬きをする程度の時間で、五人を吹き飛ばす。

 回避し、いなし、攻撃をする。

 そんな単純なことをするだけで、兵士達は何もできない。

 これは予想以上にひどいな。

 俺はかなり手加減している。

 俺が強すぎるのではない。

 五十人ほど戦闘不能にした時、兵士達は俺から距離をとった。

 怖気づいたのかと思ったが、そうではなかった。


「へぇ……」


 何人かが連携を始めたのだ。

 動きを合わせて、俺に攻撃をしてきた。

 先んじて攻撃する兵士の次に、即座に俺の死角からの攻撃。

 そしてそれを避けた先にも、別の兵士の攻撃が落ちる。

 なるほど、少しは考えるようにしたらしい。

 だが。


「12点。遅い、温い、拙い!」


 剣技が拙すぎる。

 着眼点は悪くないが、そのすべてのレベルが低い。

 そのため、木剣で剣の軌道をずらすだけで、連携も崩れる。

 俺は兵士達の間を縫って、移動し始める。

 最初はほぼ同じ場所から動かなかったが、今は移動を強制されている。

 そう考えると、悪い手段ではなかったのだろうか。

 結果は同じだが。

 結局、それ以上の対策はなく、兵士達は全員吹き飛んで、失神し、動かなくなった。


「……終わりか?」


 残ったのはネコネ族と、俺の仲間達だけ。

 みんな俺の戦いを見て、どうしたものかと考えているらしい。

 俺は辟易し、ニース達に言った。


「何をしてるんだ?」

「何を、とは」

「おまえ達も来るんだよ。自分達は別って考えてたのか?

 あ、莉依ちゃんは別な。戦えないから」


 言うと、ニース達は戸惑いながらも獲物を手にした。

 結城さんとディーネも一緒だ。

 結城さんは迷っている様子だったが、木剣を手にすると身を低くした。


「頼むぞ。がっかりさせないでくれよ」


 あえて偉ぶった言葉を選ぶと、ニースを筆頭としたネコネ族達の顔つきが変わる。

 彼等はずっと自分達だけで生きてきた矜持と自信がある。

 俺達人間と協力したが、その過去がなくなったわけではない。

 ネコネ族達が一斉に俺へと迫る。

 早い。やはり兵士達とは一線を画す。

 しかも連携も素晴らしい。

 散開し、五人ごとで同時に、左右、正面からの攻撃をしてくる。

 だが、それは俺が指示した戦い方だ。

 必然、俺は熟知している。

 同時に三方から攻撃されたが、俺は僅かな隙間を抜けて、ネコネ族達の背後に回る。

 そして一回転して、木剣を薙ぎ払い、一体のネコネ族を攻撃。

 そのネコネ族が地面に転倒し、痛みに呻く前に、即座に地を蹴り、他のネコネ族の死角に移動。

 瞬時に木剣で一閃。

 他のネコネ族が迫るが、同じように対応する。

 俺にかすり傷一つつけられない。


「おい、どうした! こんなものか!?」


 俺の挑発を受けて、ネコネ族達が激昂する。

 だが、感情は動きを単純化する。

 結局、俺はネコネ族全員を倒してしまった。

 もっと、手こずらせてくれると思ったが、そうでもなかった。

 兵士達に比べると強かった。

 でも竜族相手に戦うにはまだまだだ。


「さて、ニースとディーネ、それに結城さんか。残りは三人だな」


 遠くで、莉依ちゃんは怪我人の治療にあたっていた。

 彼女の性格ならそうしてくれると思ったので指示はしていない。


「……図に乗るなよ、クサカベ」

「いつもはお世話になってますけどにゃ! 今日は遠慮なくやりますにゃ!」

「日下部くん、あたしは守られてるだけじゃないよ。今日はそれを見せてあげる」


 結城さんは今まで武器を使っていなかった。

 だが、剣を手にして、構える姿は堂に入っている。

 いつの間にか練習でもしていたのだろうか。

 短剣を構えるディーネとニース。

 さすがに歴戦の戦士。圧力がある。

 さて、どうなるか。

 俺は正眼に構えて、三人の様子を観察する。

 と、結城さんが動いた。

 早い。相手にしてみると、予想以上に。

 結城さんは地面を流れるように移動すると、即座に俺との距離を縮める。

 回転しながらの斜めの軌道。

 素人の剣術ではない。やはり隠れて訓練していたのか。

 しかし、この程度では脅威になりえない。

 俺は僅かに身体を動かすだけで剣閃を回避する。

 連撃。回転しながら二撃目が生まれた。

 だが、それも半歩横に移動するだけで避ける。


「ま、まだまだ!」


 確かに速い。剣の腕前も悪くはない。

 だがそれだけだ。

 俺は軽く結城さんに向かって木剣を振り下ろす。

 結城さんは回避できずに、直撃してしまう。

 そのまま後方へ転がって、地面に伏した。


「ううっ、い、痛いぃ……」


「結城さん。君は攻撃の軌道がわかりやすい。もっとフェイントで翻弄しないと意味がない。

 せっかくの俊敏さが全部台無しだ。もっと訓練するように。15点」

「赤点だぁ……」


 言いながら、結城さんは倒れて、息を整えている。

 瞬間、俺の後方から殺気が膨らむ。

 俺はその二つの片方を木剣で受け止め、もう片方は横に移動するだけで避けた。


「なっ!?」

「よ、避けたのですかにゃ!?」


 死角からの攻撃。

 普通なら避けられない。 

 だが残念ながら俺は聴力を向上させている。

 当然、普通の人間よりも気配を感じやすくなっている。

 それに、数多の戦いで殺気を感じることもできている。

 つまり、死角からの攻撃は通じない。

 余程うまくしない限りは。

 俺は振り向くと同時に、回し蹴りを放つ。

 二人、まとめて蹴り飛ばした。

 ステータスとスキルのおかげで、筋力は向上している。

 ただの蹴りだが、相手の命を刈り取る威力がある。

 だが、ニースとディーネは俺の攻撃を腕で何とか防御したらしい。

 空中で受け身をとると地面に着地した。


「今の反応はよかった。その前の死角からの攻撃はお粗末だったけどな」

「くっ! 相手にするとわかるが、強すぎるぞ」

「強くないと戦えないだろ」


 少しばかり本気で戦うか。

 そう思った時、ニース達は即座に剣を構える。

 恐怖に顔を歪ませていた。

 少しばかり圧力を加えすぎたかもしれない。

 だが、それくらいでなければ意味がない。

 敵は優しくない。竜族は俺ほど手を抜かない。

 ならば慣れておく必要がある。

 恐怖に。

 俺の圧力を受けて、二人は動かなくなった。

 これでは意味がないな。

 俺は予備動作を極力なくした状態で、跳躍する。

 地面すれすれの移動。

 それにニース達は反応できなかった。

 俺は二人に向かって再び回し蹴りを放つ。

 今度は少し強めだ。速度も上がっている。

 そのため二人は全く反応できず、吹き飛んだ。


「うにゃ!?」

「ぎにゃああ!」


 地面に倒れる。数秒して立ち上がろうとしていたが、どうやらそれも叶わなかったようだ。

 全員が満身創痍。

 立っているのは俺と莉依ちゃんだけだった。


「はあ……これは予想以上に大変そうだな。

 前言撤回! おまえら、全員0点だ!」


 息も荒げず、無傷のままの俺は地面に横たわっている奴らに向かって叫んだ。

 誰も反応しなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同時連載中。下のタイトルをクリックで作品ページに飛べます。
『マジック・メイカー -異世界魔法の作り方-』

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ