表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
169/183

逃走劇 1


 二週間。同じ生活を続けた。

 最初の数日はまだよかった。

 みんな体力があったし、徒歩の速度も保てていた。

 一週間が過ぎると、かなりの疲労が蓄積しており、全員の動きが緩慢になっていった。

 最初に比べると半分程度の速度になっていたと思う。

 今はその時よりも、更に遅い。

 みんな猫背になって、前を見てもいない。

 顔色は悪く、会話もほとんど聞こえない。

 俺達も会話があまりなかった。

 話すと、周りの人間が明らかにイライラし始めていたからだ。

 人の話し声だけでもストレスを感じるようになっている。

 食料はほぼ毎日、おなじようなもの。

 パン、スープ、隔日で芋が出る程度。

 全国民分の食糧だと一ヶ月程度しか持たないと聞いた。

 幸か不幸か、丁度、移動期間と一緒だ。

 しかし、あくまで節約しての期間らしい。

 つまりこれ以上、量が増えることはない。

 食べられるだけマシだろう。

 ネコネ族の集落では多少、食料はあった。

 でも、あくまでネコネ族の結界魔術があったから、狩猟し、食糧を蓄えることができたのだ。

 それもかなりの危険を伴っていた。運が良かったと言っていいだろう。

 結界魔術の範囲は狭いし、俺達だけ生き残るように、別の場所に拠点を構えても、それでは根本的解決にならないし、いずれ見つかり殺されるだろう。

 だから、俺達はトッテルミシュアに身を寄せたのだから。

 三週間が経過した。

 ここまで竜族は見ていない。

 これは奇跡的なことだった。

 下級竜族にでも会えば、仲間を呼び寄せるだろうし、一体で行動していないので、仲間を呼びに行くだろう。

 そうなったら、次々と竜族が現れる。

 ここまで遭遇していないのならば、もしかしたらレイラシャのラスクに到着できるのではないか。

 そう思い始めた人もいたはずだ。 

 実際、俺もそうだった。

 少し、ほんの少しだけだけど、会話や笑顔が見られることもあった。 

 状況は最悪なまま。

 でも、希望を僅かに持ち始めていた。

 それは一ヶ月直前の日まで続いた。

 その日、食料が底をついた。


 そして。

 一ヶ月目の朝。

 俺達はまだ見えない、都市に思いを馳せつつ、何とか足を動かしていた。

 俺もかなり疲弊している。

 食事が満足にできないため、徐々に体力を奪われている。

 仲間達も同じだ。

 明らかに顔色が悪いし、息切れもしている。

 それでも必死で足を動かしている。

 避難民達も同じ。

 全員ではなかった。

 疲労で倒れ、あるいは死んでしまう人もいた。

 できるだけ連れて行こうと、馬車に乗せたりもしたが、限界があった。

 特に老人は脱落している人が多かった。

 どれくらい減ったのかわからない。

 けれど振り向くことはできない。

 俺達も同じなのだから。

 と。

 俺は後ろを振り返った。


「どうかしたんですか?」


 莉依ちゃんが不安そうにしている。

 俺は耳を澄ませる。

 感知型の大剣を手にして、周囲の様子を探った。

 いない。

 大丈夫のようだ。


「いや、なんでも」


 聞こえた。

 瞬間的に、俺は遠くを見つめる。

 まだ感知の外。

 だが聞こえる。

 遠くで明らかな異音が。


「敵襲だ! 走れ!」


 俺の叫びを聞くと、全員が後ろを振り返った。

 だが視認できる場所に、竜族はいない。

 まだ俺にしか感知できない。


「見えなくても来てる! 走れ!」

「は、走れ!」

「進め!」


 俺の声に呼応した兵士達が叫び始めた。

 見えていないが、誰かが走れば、思わず走ってしまうもの。

 数人が走ると、周囲の人間も走り始めた。 


「前方の人間にも報告してくれ!

 それと竜燈草を燃やす準備と、武器へと塗布も忘れるな!」

「わ、わかりました!」


 近くの兵士に指示を飛ばすと、馬に乗った兵士に伝達した。 

 そのまま騎馬兵は前方へ走っていく。


「き、来てるんですか!?」

「ま、まだ見えないが」

「なんか、や、やばそうな感じ!?」

「はっ、はっ、ラスクはまだなんですかにゃ!」


 誰もが狼狽えながらも走り始めている。

 周りの避難民達も不安そうにしながらも必死で走っていた。

 まだ見えない。

 十分ほど走っても見えず、みんな周りの様子を確かめ始めた。

 追われていないんじゃないのか?

 そう思ったに違いない。

 だから、走る速度が徐々に遅くなってしまった。

 見えない脅威に対して、危機感を持つことは難しい。 

 一ヶ月間、襲われなかったとなれば余計に。

 次第に、駆け足になっていく。


「走れ! 足を止めるな!」


 俺が叫んでも、周りの空気を変えることは不可能だった。

 徐々に、大丈夫そうだという空気は伝播してしまう。

 そして一度止まると、再び走り始めるのは難しい。

 大勢であればそれは顕著だ。

 これから竜族が現れて、慌てて走り始めてしまえば混乱してしまう。

 もしかしたら、転倒し、踏まれて死ぬ人間も出てきてしまうかもしれない。

 誰かが言った。

 なんだ、来てないじゃないか、と。

 その言葉が、少しずつ広がっていく。

 だが俺にはわかっていた。

 もうすぐそこに、竜族達が近づいていることに。

 すぐに見える位置にいるのに、避難民達は足を止めてしまった。

 瞬間。

 後方に竜族の姿が視認できるはず。


「走れって! 死ぬぞ! おい、もう見えてるだろ!」

「いや、いねぇって、さっきからずっと走ってるじゃねぇか。

 疲れてるんだから、いい加減にしろよ」

「そうよ。もう限界……これ以上、無駄に走りたくないわ」


 辺りの避難民の視線が集まる。

 非難を含めた視線だった。

 俺ははたと気づく。

 見えないのだ。

 人が邪魔で俺達の位置からでは見えない。

 最後部の人間は見えるだろう。

 でも人が多い場所にいる俺達には見えないのだ。

 周囲の人間も同じ。

 早めに逃げろと言ったのが裏目に出たらしい。

 みんな疲労からか、走る気配がない。

 後方を見ると、遠くで走り始めている避難民が見えた。

 その後ろに竜族の姿はあった。

 最悪だったのは、後方は坂道で、遠くまでは見えなかった。

 いつの間にか、かなりの距離を詰められていた。


「おい、見ろよ! ラスクだ!」


 誰かが言った。

 その声に、全員が気をとられる。

 最悪は重なる。

 ラスクの位置は左斜め前。

 丘の上らしく、かなり遠くでも見えた。

 全員が目的にしている場所だ。

 視線を奪われて当然で、後方に迫っている竜族達に気づかない。

 まだ距離はある。でも余裕があるわけじゃない。 

 それなのに大半の避難民は気づいていない。

 兵士達も戸惑うだけで、俺の指示に従わず、何も言わない。

 兵士のほとんどは民兵だ。

 その上、俺は昨日、コルに来た新参者。

 すでに暫定的な編隊が済んでいる中、隊長を変更する暇もなく、すでに隊長となっている人間は経験も知識も能力も足りていない。

 必然、緊急時、即座に対応できない。

 俺が叫び、仲間達も見えないながらも、同じように指示を出してくれた。

 だが誰も聞かない。

 そして。

 後方から悲鳴が上がってようやく、周囲の人間達は振り向き、状況に気づいた。


「な、なんだ?」

「竜族達が来てる! 走れ!」


 何度も叫んでいた。

 それがようやく彼等に届いたが、遅かった。

 後方の竜族は十分程度で追いつくだろう。

 前方のラスクは一時間以上はかかる。

 つまり。

 必ず追いつかれ、後方の人間は殺される。

 ようやっと走り始めたが、咄嗟に大勢は走れない。

 なぜなら前方の人間が走るまで、時間差があるからだ。

 交通渋滞と同じで、間隔を空けていても必ずどん詰まりになり、速度を上げるには時間がかかる。

 だから早めに俺は指示を出していたのに、みんなは理解せずに走らなかった。

 しかし、これはしょうがない。

 何もかもが時間が足りず、急造の俺達には限界があった。

 走り始めても、前方の人達が走るまでには時間がかかる。

 早足程度の速度しか出ず、もどかしく思った避難民達が、外側から回り込んで前方へ向かった。


「隊列を崩すな! 出るな! 出たら死ぬぞ!」


 この指示にも誰も従わない。

 我先にと列を出て、先へと走り始める。

 おかげで俺達の前方に少しずつスペースができる。

 比較的、窮屈だった列に隙間が生まれる。

 後方からの襲来ならば、強引に前へ走った方がいいと考えるかもしれない。

 だがこれは悪手だ。

 竜族の数、戦闘能力、そして俺達の状況と、俺達の唯一の手段を考えれば、隊列を崩してはいけなかった。 

 その俺の考えが現実にならないことを祈る。

 数分走ると、もう間近に竜族が迫っていた。

 俺は列から出て、足を止め、指を唾で濡らして、制止する。

 その後、すぐに列に戻り、莉依ちゃんの隣に並んだ。

 俺は兵士に向かって叫んだ。


「竜燈草、燃やせ!」

「りゅ、竜燈草燃やせ!」

「竜燈草燃やせ!」


 前後の兵士達に向かって叫ぶと、その兵士達も同じように叫ぶ。

 それが伝わると、松明を手にする。

 先端には竜燈草が巻きつけられており、走りながらでも燃やすことが可能だ。

 並走した兵士が油を付着させ、火打石で着火する。

 他の兵士は剣に、竜燈草をすり潰した毒薬を塗布しながら走る。


「南西の方向、風魔術、始め!」


 俺が叫ぶと、再び兵士達が叫び、指示が伝達されていく。

 竜燈草の煙が右側へと流れていたが、魔術師たちが風魔術を詠唱し、風を生み出すと、後方にいる竜族達に向かって煙が流れた。

 よし、ここまでは思った通り。

 民兵とは言え、指示通りに動けてはいる。 

 肩口に振り返りながら走る。

 竜族達の姿は左右に広がり、見えるだけでも一万以上の敵がいた。

 その中央付近に煙が向かう。

 俺は固唾を飲んで結果を見守る。

 もう、最後尾の人間に竜族が迫っている。

 敵の手が届いてしまう。

 そう思った瞬間、竜族の一体が転倒した。

 それは一体に留まらなかった。

 顔をしかめ、バランスを崩して倒れる竜族が続出したのだ。

 それが列を崩し、左右に広がっていく。

 濃い煙の部分以外でも、多少の効果があるらしく、足を止めて、蹲っていく姿が見えた。

 先頭は下級竜族ばかりだったが、それでも有効であることは証明された。

 飛竜が見えたが、煙に覆われると、墜落した。

 下級大型竜が見えた。

 小型竜に比べると効果は薄いようだが、明らかに動きは緩慢になり、やがて転倒した。 

 思った以上の効果だ。

 俺は竜燈草の効果を直には見ていない。

 ドラゴンが嫌う、程度の認識しかなかったので、こんな結果が出るとは思わなかったのだ。

 精々、逃げるくらいのものだと思っていたが。

 三半規管の感覚を狂わせているような感じに見えた。

 これはかなり有用だ。


「今の内に走れ! 気を抜くな! 竜燈草を燃やしたまま、走り続けろ!」


 最後尾にいた人達は無事だ。

 兵士達も竜族に効果があるとわかり、喜色を滲ませていた。

 しかしすぐに表情を引き締める。

 彼等もまだ安心できないことはわかっているらしい。

 煙を後方へ流しながら走って十分。

 このまま行けば、何とかなる。

 そう思っていたが、そんなに簡単なものではなかった。

 竜族達が左右に展開し始めたのだ。

 奴らの数はかなりのもの。

 恐らく三十万はいる。

 当然、物量で押してくるとは思っていた。

 左右の展開も予想していた。

 煙が当たらない場所を経由して、俺達を取り囲むつもりだろう。

 奴らは正規兵で訓練されており、速度は圧倒的に俺達よりも上。

 だから遠回りしても、いずれは追いつく。

 だが、そんなことは俺は想定している。


「左右展開するぞ! 中央から前方部隊の左翼魔術師左方へ、右翼魔術師右方へ煙を流せ!」


 俺達後方隊は現状のまま、後方へ煙を流す。

 前方部隊が左右に煙を流せば、煙が縦列全体を守る膜となる。

 俺達の前方に移動されたら難しいが、後方か左右から追ってくるのであれば、この方法は有効だ。

 あくまでラスクにつくまでの対処で、追いつかれたり、追い抜かれてしまった場合や、先回りされたらどうしようもない。

 だが今のところ、この戦略は有効なようだ。

 左右の竜族達も煙に巻かれて、俺達に近づけなかった。


「よし! いけるぞ!」


 思わず叫んだが、不意に気配を感じて、俺は空を見上げる。


「クサカベさん! ひ、飛竜!」


 後方、左右はダメと見て、飛竜が上空を陣取っていた。

 真上からとなれば煙は届かない。

 距離があれば煙は大気に溶けてしまい、効力が失われる。

 だが、それはつまり、近づけないということでもある。

 風向きを操作しているため、左右と後方以外の方向には煙があまり向かわない。

 しかし自然に上空へ向かうため、真上からの攻撃は意味をなさないはずだ。

 だが。

 飛竜がのけ反ると、奴の頭部付近が煌々と光った。

 次の瞬間、飛竜は身体をくの字に曲げる。

 火の玉を吐いた。

 飛竜から放たれた火球が避難民達に向かっていった。

 地面に落ちると爆発し、石つぶてを生み出す。

 数十人がその場で命を落としたことは明白だった。

 莉依ちゃんが慌ててそちらに向かおうとするが、俺は彼女を止めた。

 ここは見晴らしのいい草原。

 辺りに隠れる場所はなく、留まれば死ぬ。

 誰かを治療する暇なんてない。

 悲しげに目を伏せる莉依ちゃんの横でニースが叫ぶ。


「と、遠くから攻撃するつもりか!?」


 飛竜の数がどんどん増える。

 上空からの攻撃だ。剣の類は意味をなさない。


「弓兵、構え! 上空の飛竜を落とせ!」


 俺の指示を聞くと弓兵達が矢を放ち始める。

 矢の先端には毒薬が塗ってある。

 あたれば、墜落するくらいの効果はあるはずだ。

 前方の兵士達も矢を放っていた。

 どうやらあちら側も、同じように指示を飛ばしていたらしい。

 まだラスクは遠い。

 三十分はかかるだろう。

 だがこの逼迫した状態での三十分は異常なほどに長い。

 それはまだ始まったばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同時連載中。下のタイトルをクリックで作品ページに飛べます。
『マジック・メイカー -異世界魔法の作り方-』

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ