合国意向会議
「――どういうことだ?」
俺の声は低く、明らかに憤りを含んでいた。
目の前には、門番をしていた男が、目を泳がせて立っている。
腕を組み、睨むと男の顔色がどんどん悪くなっていった。
俺の後ろには仲間達が並び、動向を見守っている。
ニースとディーネは俺と同じように腕を組んで、門番を睥睨中だ。
「さ、さっき言ったのはただの例えで、大隊長を倒したからといって、全員を入れることはできない!」
「嘘を吐いたってことか?」
「そ、それは」
戦闘前の態度とは明らかに違っていた。
俺の戦いっぷりを知り、萎縮したようだ。
残党を殲滅し終えた兵士達が大門から中へ入っていく中、俺達だけは外に放置されている。
ぞろぞろと列をなし、都市内に消える兵士達の一人がこちらに歩み寄ってきた。
将軍のウルクだ。
「何をしている?」
「こ、これはウルク様! こ、この者達が騒ぎを起こしておりまして」
「騒ぎ?」
俺を一瞥するウルク。
俺は嘆息しながら、質問に答える。
「俺達は今日、ここに到着したばかりです。
大隊長クラスの竜族を倒せば全員を中へ入れると、この門番が言いました。
俺はその要求を達成した。にも関わらず入れることはできないと言っている」
「そ、それはものの例えだ! 全員入れられるはずがないだろう!
五百人もいるんだぞ!?」
「だったら、軽はずみに言葉を吐くなよ。言ったなら責任を持て」
「き、貴様、偉そうに……ッ!」
俺が門番に近づこうとすると、奴は後ずさった。
するとウルクが呆れたように言い放つ。
「もういい。わかった。確かクサカベだったな。
貴殿以外の仲間達の功績も大きい。それは事実だ。
恐らく……貴殿らがいなければ、今日コルは陥落していただろう程度にはな」
「だったら」
「だが。すまないが、全員は無理だ」
コルの言葉を受け、俺達は渋面を浮かべ、門番の男は勝ち誇ったような顔をした。
「当然、こちらの不手際だ。その者には罰として、外で暮らしてもらう」
言われて門番の男は、泡を食った。
「え? ま、待ってください! ど、どうして俺が!?」
「貴様は合国兵であるにも関わらず、権威に胡坐をかき、適当な言葉を吐き、大口を叩いた。
そのような者は合国軍には必要ない。防具と武器を置いて、去ね」
「そ、そんな……」
まだ何か言いたげだったが、門番の男はウルクに睨まれると、項垂れて都市内へと入っていった。
着替えてから外に放り出されるのだろう。
「すまなかった。状況が状況だ。合国軍内の統率も取れていない。
ほぼ民兵で、正規兵はいないのでな……。
それと先程の話だが、現在、都市に入れるのは三十人程度が限界だ。
貴殿達の功績を加味しても、それ以上は受け入れられない」
俺達は顔を見合わせて、どうしたものかと思案する。
そんな中、トッテルミシュア領地内で同行した人達が集まってきた。
「クサカベ様。儂達はここで十分です」
「ええ。クサカベ様達は面倒を見てくださいました。もうこれ以上は望めません」
悲しそうに笑う村長や村人達。
俺達は歯噛みして、押し黙ることしかできない。
「儂達は外で暮らします。なあに、竜族達の襲撃に怯えるよりはいいでしょう。
ここには人が多くいます。諍いはあるでしょうが、他の場所よりは幾分かマシですからね」
「…………ごめん」
「謝らないでください。あなた達には感謝しかありません」
五百人近くの人達を引きつれてきた。
その内、ネコネ族の集落で合流した人、およそ三十人以外は外に残すことになる。
最初に、見捨てることもあるとは話してある。
だが、それが当たり前だとは思えない。
しかし選ばなければならない。
世界は俺達に優しくできていない。
「お元気で、クサカベ様。皆様」
全員が一斉に頭を下げると去っていった。
「……元気でな」
その一言しか残せない。
それ以上、何を言えばいいというのか。
俺には分からなかった。
だから彼等に背を向けて、俺は将軍に向き直る。
「ここにいる人達だけを中に入れてくれ」
俺、莉依ちゃん、結城さん、ニース、ディーネ、ミーティア、リーンガムにいた人達、ネコネ族の人達。これで大体三十人くらい。
当初の約束通り、優先的に助けると言った人達だ。
将軍は頷くと、手招きをした。
「こちらへ。案内する」
大門を通ると、開けた場所に出る。
奥には更に大門が見えた。
入ってすぐに街があるわけではないようだ。
広い空間、そこには先程戦っていた兵士達がいた。
かなりの数だ。千人近くはいるだろう。
先程の戦いで出兵した全員ではない。
残りは奥の大門をくぐって中に入っているらしい。
しかし気になったのは、天幕が幾つもあったことだ。
兵士達の治療、一時的な休息の場所にしては数が多すぎる。
それに隙間がほとんどないくらいに人でごった返している。
嫌な予感がする。
将軍は兵士達の間を縫って、二つ目の大門へと向かった。
「将軍自らの案内とは贅沢ですね」
「残念ながら名ばかりでね。私は中隊長から一気に将軍になってしまったのだよ」
「それは……つまり」
「先ほど言ったように、八割以上が民兵だ。正規兵はいない。
まともな訓練を受けた兵士達はほとんどこの世を去ってしまった。
残された民の中から兵を募り、現在に至っている。
他国、他都市から続々と人々が押し寄せてきているからな」
淡々と話していたが、内容は不穏なものだった。
予想はしていた。だが希望は持っていた。
それが打ち砕かれそうになってしまう。
「……入れば、わかるだろう」
第二の大門横にある通用口から、中へと入った。
最初の印象は人だった。
その次に家。
それだけだった。
都市内には人と家しかなかった。
当たり前だと思うだろう。
しかし、視界のほとんどをその二つが占めているのだ。
家の中も道もすべて人で埋まっている。
老若男女、地面に毛布を引いていたりする。
これでは外とほとんど変わらない。
違いは人の座る隙間が少ないというところ。
道の中央は空いているが、恐らく兵士達が通るための隙間だろう。
外の人達と彼等の表情は変わらない。
誰もが不安そうにしている。
「これがコルの現実だ。外も中もほとんどかわらない。
竜族に攻められて真っ先に死ぬのは兵士、次に外の民。
次に……都市内の民だ。その二つに大差はない」
「だから入れなかったんですね……」
「ああ。本当なら全員、入れたいところだが、物理的に不可能になっている。
数百人くらいならば可能だが、新たな兵士が訪れた時のためにあえて空けている。
厳しい戦況だ。兵士は多ければ多い方がいい。どうしても兵士優先にするしかない。
……最初に死ぬのだからな」
トッテルミシュアの現実を知り、俺達は言葉を失う。
横目で莉依ちゃんを見ると、不安そうに俺を見ていた。
俺は何も言えず、ただウルクの言葉に耳を傾けることしかできなかった。
「食料も底を尽きかけている。そして補給路は絶たれている。
兵力も減るばかり。先ほどの戦いは我々にとって、最後の戦闘になるところだった。
貴殿達が来なければな。こっちだ」
都市を真っ直ぐ通ると、城が見えてきた。
そのまま城内へと入り、中庭までやってくる。
ここにも人が大勢いたが、兵士だけだ。
入って左側に向かうと、兵舎らしき場所があった。
そこに入ると、ウルクは振り返る。
「この建物を自由に使って構わない。今は使われていないのでな。
それと配給は日に一度。昼前に行われるだけなので、その際には配給場所へ行ってくれ」
「いいんですか? 結構広いですが」
「構わん。使っていた兵士達は先ほど死んだ」
絶句だった。
ウルクは日常会話をしているかのようだった。
だが彼の眼は悲哀に満ちており、精神が摩耗していることは明らかだった。
「すまないが、クサカベだけはついてきてくれ。話がある」
「わかりました。ニース。悪いけど、後を頼む」
「ああ、わかった。任せておけ」
全員を兵舎に残し、俺はウルクに続いて、中庭へ戻った。
そのまま城に向かった。
門衛の数が少ない。
そこら中に兵士がいるので必要ないのだろうが。
城の中へ入ると、俺は思わず足を止めた。
「ここも使われてるのか……」
「非常時だ。城内も居住区画にしている。国王のご指示だ。
今は、威光を気にする時ではないと」
トッテルミシュアの国王の印象は薄い。
表異世界ではあまり関わりがなかったからだ。
確か温厚そうな男性だったはずだが。
兵士達が床に座り怪我を治療したり、休憩していたりする。
表情は暗い。身体も快調とは言えなさそうだ。
入口から真っ直ぐ進み、幾つかの扉を通ると、豪華な廊下に変わる。
そのまま進むと、大きめの扉が行く手を遮った。
「ここだ。失礼のないようにしてくれ。おい」
ウルクが扉横にいた兵士に向かい頷く。
すると兵士は慌てて、扉を開けて、入っていった。
「あの、いきなり謁見していいんですか?
普通は事前に聞いて、間を空けるものなのでは」
「私の特権で特定の人物は、許可なしに御目通りしてもいいことになっている」
「特定の人物?」
「救世主だ」
扉が開かれた。
謁見の間にいる兵士達が開けてくれたらしい。
ウルクの先導で中に入る。
謁見の間なのに、そこは雑然としている。
ベッドや毛布、本やテーブル。
王の権威はそこにはなかった。
文官らしき人達が話し合ったり、忙しそうに何かをしている。
ここで業務をこなしているようだ。
これが今のトッテルミシュア。
国の崩壊は間近なのだと、強引に理解させられる。
玉座に向かう。
そこにいたのは、俺の想定していた人物ではなかった。
小学生くらいの少年だったのだ。
ウルクが玉座近くに移動して跪く。
俺も倣って、膝を曲げた。
「マルティス王。先の戦争にて、敵軍を退けましたことをご報告申し上げます。
こちらのクサカベは件の戦いで大隊長他、多くの隊長を討伐。功績を残しました。
彼がいなければ戦争には敗北していたでしょう」
「そうか。勝ったか。奇跡が起きねば勝てぬと思っていたが、起こったというわけだな」
マルティス王の声はやはり若かった。
高い声音だが、口調は厳か。
その歪さに違和感を抱きつつも、現実を受け入れる。
彼が現国王であるということは、俺が知っている国王は死んだのだろうか。
「面を上げろ」
顔を上げ、王の顔を見る。
子供特有のあどけなさは表情になかった。
疲弊している。表情が硬い。
彼が王座につきどれくらいが経っているのかは知らないが、苦労が絶えなかっただろう。
「クサカベ殿と申したな。まずは礼を言おう。お主のおかげでこの国は守られた。
まだ信じられない思いだが……よほどの剣士だとお見受けするが」
「はい。エシュトでは下級大型竜や下級竜族数百体程度ならば討伐の経験があります。
竜騎士と戦い、撃退したこともあります」
「なんと、それほどとは……にわかには信じられんが」
「国王、事実です。彼は先ほどの戦争で同程度の戦いぶりを見せました。
竜騎士に関しても、信じてもよろしいかと」
ウルクの言を受け、マルティスは思案した。
眉根を寄せ、視線を床に落とす。
「竜騎士の名を申せ」
「ラクシーンと名乗っておりました」
「……白銀の竜騎士だと? それを撃退したと?」
「はい」
俺は淀みなく答える。
真っ直ぐに王の目を見て、視線を逸らさない。
王は気圧されたらしく、顔を背けてしまった。
「し、信じよう。ならばその力、是非とも貸してほしい」
「もちろんです。戦わなければ、生きてはいけませんから」
「……ウルクのお墨付きなのであれば、問題はなかろう。
クサカベ殿。この後、合国意向会議を始める。参加してもらえないだろうか?」
「それは、構いませんが。俺が参加していいのでしょうか?」
「うむ。頼みたい。数々の強敵を下したお主ならば、別の視点からの意見も言えるだろう。
察しておるだろうが、手詰まりの状況だ。できるだけ意見を貰いたい」
「わかりました。それでは参加します」
「助かる。では……そちらへ」
国王は謁見の間においてあるテーブルを指差した。
粗末なテーブルには地図が乗ってあり、周囲には軍師らしき人達が集まっていた。
疲労困憊の上、悲壮感が顔に出ている。
今は綺麗な会議場を用意する時間も必要もないのだろう。
王が椅子につき、声をかけると、軍師達、将軍のウルク、文官や宰相らしき人、それと俺も椅子に座った。
明らかに俺だけが場違いだが、誰かが諌めることはなかった。
というか俺に注意を払う人物さえいない。
みんな疲れ切って、目が血走っており、項垂れそうになっている。
「第百二回合国意向会議を始める。現状報告を」
一際、疲労の色が濃い白髪の老人が立ち上がった。
「げ、現状報告をいたします。まずトッテルミシュアの状況です。
現在主要都市であるコル以外の都市はほぼ壊滅。そのため補給路も絶たれております。
食料は少なく、現国民の分だけで考えても、持って一ヶ月くらいかと……。
周辺地域の農耕、牧畜、狩猟などで一部補ってはおりますが、限界があります。
それに竜族の侵攻があるため、こちらもかなりの損害を被っており、補填は難しい状況です」
一ヶ月。たったそれだけなのか。
コルにある食料は一ヶ月で底を尽きる。
戦争で負けなくとも、全員が餓死してしまう。
「各都市、他国から難民が押し寄せており、かなりの数になっておりますが、食料はありません。
その上、兵士も少なく、ほ、ほとんどが民兵の状態で……えー、その」
「今は、どれくらいになっているのだ」
「……二万ほど。正規兵は二千です」
「たった二千……民兵を含めても、先の戦いで何とか同程度の数、か」
マルティス国王は顔をしかめる。
まだ幼い彼にこんな表情をさせるのが、今の世界の姿なのだろう。
「ウルク。先の戦争での戦死者は?」
「五百程度。大半は民兵ですが。現在、集めて火葬しています」
「そうか……こんな状況でなければ家族に補償をしてやりたいところだが……。
レイラシャの状況は? 連絡はついたか?」
恐らくは宰相であろう老人が答える。
「は、はい。あちらも我が国と同じような状況のようで。
陥落は間もなく、打つ手なし、と」
「どちらも最悪な状況か……各都市にはまだ食料が残っているだろう。
しかし、竜族が占拠している上に、経路を確保できない。
民達は増える一方だが食料はない。兵力も減る一方。限界が近いわけだな……」
「はい……せめてレイラシャと共同戦線を張ることができればいいのですが」
「レイラシャの中心都市ラスクとコルとの距離は徒歩で一ヶ月。
全兵と民達を引きつれて移動しようものならば狙い撃ちにされることは明白。
防衛線である籠城とは違う。現在の兵力では間違いなく全滅する。
仮に到達できても、あちらには我々を受け入れる土地も食料の余裕もない」
「その通りでございます。それはレイラシャ側も同じこと」
「せめて竜族共の襲来までの期間がもう少し長ければ、一時的に防柵を作り、居住部分を拡張できるのだが」
「天幕の数はかなり予備があります。我が国の繊維産業が盛んであったことが幸いしましたな。
それに武器や防具も豊富です。早い内に正規兵が多く死んでしまったので。
ですが、竜族の侵攻は一週間に一度程度の頻度で行われております。
準備をする時間はあまり……」
「我らをなぶり殺すつもりか、あるいは……くびり殺すように、少しずつ兵力を削らせながら、難民達を引き寄せて人を全滅させるつもりか」
俺は会話を聞くだけ。
口を挟むことはなかった。
だが状況がわかり始めてもいる。
想定内の最悪な状況だということが。
とにかく現在の問題はおおまかに二つ。
食料と兵力。
食料を十分に集めれば、難民達を受け入れ、レイラシャの国民達を受け入れることができる。
そうすれば協力し、兵力を増強させることはできる。
しかし移動時に竜族が襲ってくる可能性は非常に高い。
そうなれば全滅は必至だし、意味はない。
民兵を増やしても、訓練の時間は少ないし、覚悟も足りない。
「他都市との補給路を確保しようにも、兵力を割けばコルの防衛が疎かになる。
確保できても維持する兵力もない。他都市との補給路以外では十分な食料を得るのは難しい。
レイラシャの共同戦線を張ろうにも食料がない。
レイラシャか我が国民達が移動するには襲撃に備えての兵力が足りない。それはこちらも同じ。
つまり、八方ふさがり、というわけか」
沈黙が訪れる。
状況は理解した。
俺達が生き残るには、レイラシャとの協力が必要不可欠のようだ。
それはレイラシャも同じこと。
問題は大移動と移動後の食料と居住区画の問題。
大勢での移動では、かなりの危険を伴う。
十万近くの国民がいる中で、移動中に襲撃されては守りきれないだろう。
現在の状況ではかなりの苦戦を強いられている。
何とかなっているのは都市防衛線だからだ。
事前に用意した無数の塹壕や木柵のおかげで、ある程度の防御ができている。
それがまったくなく、障害物がない状態では守れないし、兵力も劣っている。
現状、手段はないということ。
マルティス王と宰相の話はわかりやすかった。
だが、なぜか引っかかった。
何がかはわからない。
理解が及ばなかったわけではない。
なのに、どうしても頭の中がもやもやしたのだ。
俺は目を閉じて思考を巡らせ続けた。
「決断が必要、か……」
マルティス王が呟いた。
空気が途端に重くなる。
何を意味しているのか、俺は何となく察した。
「民を見捨てる、ということですか……?」
「すでに手段は尽くした。今回の戦も奇跡的な勝利だった。クサカベ殿のおかげだ。
だが次はない。あっても被害は甚大だろう。ではその次は? 更に次は?
もう終わりが近づいていることは明白。
ならば……戦えない民を捨てて、レイラシャに移動するしかあるまい」
「し、しかし……」
「他に方法はないのだ! 兵士だけで移動すれば、あるいは竜族の襲撃を退けられるかもしれん。
クサカベ殿達の訪れを機に戦力も増強できた。決断するならば、今しかあるまい」
誰もが言葉を失う。
国王の言葉は重かった。
しかし残酷でもあった。
それ以外に方法があるのかと問われて、答えられる人物はそこにはいなかった。
誰もが苦渋の顔のままに沈黙している。
そんな中で、俺ははっとして口を開いた。
「あ、そうか! 思い出した!」
「どうかしたか。クサカベ殿」
思わず叫んでいた。
そのため視線が俺に集まっていた。
新参者の奇行を受けて、マルティス国王とウルク将軍以外の訝しがった視線が刺さった。
「いや、すみません。ずっと引っかかってたことがあって」
「引っかかっていたこと? それはなんだクサカベ殿」
マルティス王が俺に問いかけると同時に、軍師達が立ち上がる。
「王。そのような輩の妄言に惑わされてはなりません!
そもそも、その者はただの部外者ではありませんか!」
「そうです! ただ先の戦いで活躍しただけのこと!
それだけで会議に口を挟むなど、言語道断!」
彼等の言う通りだと思った。
俺は軍属でもないし、この国の人間でさえない。
彼等からすれば胡散臭いだろう。
だがマルティス王は軍師達を睨みつけ、一喝した。
「今は垣根を作っている場合ではない!
クサカベ殿は我々が欲するものを持っている。強さだ。
彼には我らとは違う視点があるはず。強者の意見を請うのは必要なことだ。
失礼。クサカベ殿。続けてくれ。何を思いついた?」
王の言葉とあれば家臣は逆らえない。
不満げではあったが、閉口した。
俺は若干の気まずさを感じつつも、考えを口にする。
「ずっと引っかかっていて。竜族との戦いで何か忘れていると思っていたんです。
それが竜燈草だったんですが、ここにはないんですか?」
竜燈草。
リーンガムでのグリーンドラゴン討伐で活用したことを思い出したのだ。
竜は竜燈草を燃やして出た煙を嫌う。
あの時は別の発奮剤だったらしいが、実際に竜燈草は存在していると聞いた。
あの後、少し調べて竜燈草がどんなもので、どんな場所に生息しているのかを知った。
竜燈草自体は竜に有効な毒物でもあったらしく、塗布し傷を負わせても効果はあるようだった。
ただ、刃物はあまり通さないので基本的には燃やして使うらしいが。
このことがずっと引っかかっていた。
相手が竜族なら、効くはずだと。
思ったのだが。
誰もがきょとんとしている。
反応がない。
「クサカベ殿。竜燈草とはなんだ?」
「……竜燈草を知らないんですか?」
「知らぬ。聞いたことはない」
まさか、こっちの世界には生息していないのか?
だがここは裏異世界ではあるが、基本的に表異世界と同じ。
ならば存在していると思うのだが。
誰も知っている様子はない。
俺は竜燈草がどういう効果があり、どういう場所に生息していて、どういう見た目で、どういう特徴があるのか説明した。
反応は芳しくなかった。
というか怪訝そうだ。
国王もウルク将軍もさすがに、これには賛同できないという感じだった。
「国王。やはりこの者は妄言を吐いております。
これ以上は我が国のためになりません!」
「……だが、もしそのようなものが存在しているというのであれば、現状を打開することができるやもしれん。
それに、仮にそれが事実ではなかったとしても、大した手間ではない。
単に植物を採取するだけであろう?」
「そ、それはそうですが。そもそもそんな植物があるのかどうか」
国王と宰相との会話中、一人の若い軍師が手を上げた。
「あ、あの。あります。妙に酸っぱいにおいがする白い植物ですよね?
綺麗な水辺に生息していて、焼くと黒い煙が出る植物」
「ああ、それです。知っているんですか?」
「え、ええ。この近くの湖にも生息していますが」
表異世界では竜燈草は希少だと言われていた。
だが、それは数が少ないということではなく、ドラゴンへの対抗手段が竜燈草しかなく、希少価値が上がったということだ。
裏異世界では竜燈草は採取されることはあまりなかったようだ。
ドラゴン相手に使う以外に用途がない植物だからな。
それが奏功した、ということか。
俺は国王に視線を移した。
逡巡していたが、鷹揚に頷く。
「では竜燈草を集めさせよう。次の戦いで使用する」
「こ、国王!」
「真偽は後にわかる。そして竜燈草の活用自体は弊害にはならん。
もしこれが竜族達に効くのであれば……いや、効かぬのであれば我々に打開策はない。
その時は国民を見捨て、兵士だけでレイラシャへ移動する。
食料は現地で調達する形になり、餓死する者も出るやもしれん……。
そんな最悪な事態になるよりは、よいではないか。奇跡に賭けても」
自嘲気味に笑う国王を前に誰も言葉を出せない。
彼等はここまで追い詰められているのだ。
今日訪れたばかりの、俺に頼りたくなってしまうほどに。
俺には分かる。
国王が俺の言葉を信じているわけではないことを。
彼はただ縋りたいだけだ。
奇跡は存在していると信じたいだけだ。
その事実に心を痛めつつも、俺はようやく実感した。
次の戦いで俺達の命運は決まる。
死ぬか生きるか、が。