決着
互いに動かないままの状態が続く。
俺は大剣を正面に構えたまま。
ラクシーンは長剣を横に倒し、半身になっている。
俺達を囲う人間、亜人、竜族、全員が固唾を飲んで見守っている。
俺はラクシーンを凝視した。
この男、尋常ではないほどの経験と実力がある。
数々の強敵と闘ってきた俺には分かる。
今の俺では、勝てないかもしれない。
だが、勝つしか活路はない。
これくらいは程よいプレッシャーだ。
なあに、負けたら世界が滅亡するよりはいいだろう。
俺は死んでも生き返るのだから、どうにでもなるだろう。
そう思った瞬間、俺の中にわずかな油断が生まれてしまった。
刹那。
ラクシーンの姿が消えた。
俺は横っ飛びしようとした。
だが遅かった。
奴は俺の眼前へ移動していた。
「愚かな、気を抜いたな。距離があれば攻撃されないと高を括ったか」
「が……ぐっ……!」
大した痛みもなく、息苦しさだけが込みあがる。
俺は自分の体を見下ろす。
白銀の剣に心臓が貫かれていた。
たった一瞬の出来事。
俺がほんの僅か、集中を削いだ間に、俺は致命傷を受けたのだ。
遅れて胸部から血が噴き出した。
筋肉繊維の間を縫うような軌道のためか、痛みも遅れてやってくる。
卓越した剣術によってのみ可能となる突きだと俺はすぐに理解した。
だがもう遅い。
ラクシーンが俺の体から剣を抜くと、すぐに血を振り払った。
俺は糸の切れた人形のようにその場に倒れこむ。
視界が揺らぐ、体中の力が抜けた。
「ク、クサカベ!?」
「も、もう終わりだ」
「いやあああああああっ!」
「殺される、殺される、殺される」
悲鳴がそこかしこで上がる。
絶望の叫びが俺の鼓膜に響き続けた。
間もなく死がやってくる。
激しい痛痒、著しい喪失感、その中で俺はまったく別のことを考えていた。
奴は、どうやって攻撃したのか。
俺はラクシーンがいた場所を視界に入れる。
そこあったのは深い足跡。
リーシュと最初に出会った時も同じようなことがあった。
そうか、そういうことか。
あまりの速度に見失ったが、それは瞬間移動のような能力ではないことはわかった。
奴は人間をはるかに凌駕する身体能力で移動しただけにすぎない。
俺が気を抜いた瞬間を見逃さず、すぐさま地を蹴った。
それだけのことだ。
「つまらぬ結末だった。少しは骨のある相手だと期待した私が馬鹿だった。
貴様の死後、人間も亜人も皆殺しする。
奴隷にするかどうかは、貴様が善戦すれば、という条件だったからな」
俺の耳には最早奴の言葉は入らない。
次第に意識が奪われていく。
「日下部さん!」
「日下部君!」
「クサカベ!」
莉依ちゃん、結城さん、ディーネ、そしてニースが俺を見て叫んできた。
奥のほうで、ミーティアは怯えていた。
だが、俺の倒れている姿を見て立ち上がる。
全員が希望を失った顔をしていた。
「眠れ、永遠にな」
ラクシーンの言葉を最後に、俺の意識は黒に塗りつぶされた。
だが。
すぐに意識を取り戻す。
傷口から湯気のようなものが生まれて、虚空へと浮かぶ。
「なんだ、これは?」
ラクシーンがほんの少しだけの動揺を表に出していた。
竜族や人間の間でざわめきが大きくなる。
その中で、俺は緩慢に立ち上がった。
「貴様……なぜ、生きている?」
完全に心臓を貫かれた。俺は間違いなく死んだのだ。
だが、俺には十の魂がある。
後、八回死ねる。九回死ねば俺は確実に死ぬ。
だが奴はそれを知らない。
殺したはずの相手が、生き返った姿を見れば、誰でも驚くだろう。
ラクシーンはすぐに気を取り直して剣を構えた。
思った以上に冷静だ。もっと動揺して欲しかったが。
俺も地面に落ちていた剣を拾いながら立ち上がると、すぐに構えた。
「どういうことだ、確かに殺したはずだ。貴様、ただの人間ではないな?」
「さあ、どうだろうな」
ラクシーンは俺の能力を知らない。
知れば、対処方法がわかってしまうし、動揺がなくなるだろう。
ラクシーンは比較的冷静に立ち回ろうとしているが、内心では混乱しているはずだ。
殺したはずなのに生き返ったのだ。
不気味に思うだろうし、殺しても死なないのではと、疑念を持つ。
動揺すれば太刀筋に出る。
冷静でいる方が、戦いでは有利な立場でいられる。
だが、俺の胸中は複雑だった。
予想以上にラクシーンが強いと実感したからだ。
俺は確かに気を抜いた。だがほんの一瞬だ。
しかも相手との距離は五メートルはあった。
それを瞬き程度の間に詰められ、殺されたのだ。
ラクシーンの力量は計り知れない。
俺の能力があれば、すぐには殺されない。
だが、実力的にはあちらの方が上だ。
冷静になる前に決着をつけたい。
俺は、無造作に一歩前進。
迷いない初動だったが、ラクシーンはすぐに受けの態勢をとった。
俺は構わずに剣を振り下ろす。
だが、ラクシーンは流れるように剣を斜めに傾けつつ、俺の剣を受け流した。
綺麗な所作だ。
無駄のない動きで次の攻撃に繋げようとするラクシーンだったが、俺は更に一歩、踏み出す。
肩からの体当たりだったが、ラクシーンは一回転しつつ回避する。
そのまま、剣を突出し、薙ぎ払おうとしたが、俺は大剣の柄で受けとめた。
「何……ッ?」
ラクシーンは驚きながらも、動きを止めない。
奴は、大剣の柄ごと弾き飛ばしたのだ。
技術も膂力もあちらが上。現時点では劣勢なのは俺の方だ。
だが嘆く暇はない。
俺は後方へのけ反りつつ、宙返りをして、ラクシーンと距離を取ろうとした。
だが、それさえもラクシーンは読んでいた。
俺の移動距離にあわせて、前方へ突き進みながら、真っ直ぐ剣を伸ばした。
視線を正面に戻した俺の眼前には白銀の剣の切っ先が迫っている。
「くっ!」
俺は咄嗟に首を傾けて避けたが、頬には赤い線が生まれた。
相手は前傾姿勢だ。
俺は回避動作に抵抗せず、体を横に傾ける。
そのままの勢いで大剣を持ち上げ、ラクシーンを巻き込もうとした。
昇断剣だ。
「なっ!?」
俺は驚愕に声を出してしまう。
奴は前傾姿勢で回避行動ができるような状況ではなかった。
奴から見て右方から迫る大剣を避けられるわけもなかったのだ。
だが奴は避けた。
左手の小手をかざして、大剣の動きに合わせて振り下ろしたのだ。
俺の大剣は重量がある。破壊力はあるが、初動は遅い。
奴はそこを利用して、振っている最中に叩き落とした。
奴の膂力と動体視力と咄嗟の判断力があってこその行動だった。
結果、俺の大剣は轟音と共に地面に落ちた。
俺は無防備の状態だった。
奴はすぐに構えて、剣閃を俺に向かって放つ。
狙われているのは俺の首。
心臓で死なないのならば首を落とせばいいと思ったのだろう。
軌道は直線。
避けることは困難だった。
だが不可能ではない。
俺は大剣を離して、左手を持ち上げる。
奴の斬撃は払い。横の軌道だ。
見える。すべては緩慢に。
俺は集中し、奴の剣を見た。
今だ!
俺はラクシーンの剣の腹を殴った。
剣の軌道は歪み、俺の頭上を通っていった。
ラクシーンは驚愕に顔を歪めていたが、俺は構わずに前蹴りを繰り出す。
回避行動をとることもできず、ラクシーンの腹に俺のつま先が突き刺さった。
「ぐぅっ……!」
呻きつつ、後方へ滑るラクシーンだったが、態勢はそのままだった。
ダメージはあまりない、か。
俺はすぐに正眼の構え。
ラクシーンは顔をあげ、俺をにらみつけた。
「貴様ぁ! 私の真似事を……!」
「大剣と長剣、剣速はどっちが上だろうな」
ラクシーンは歯噛みし、憤りを隠そうともしない。
確かに奴は強い。
だが、俺には圧倒的な経験がある。
その経験が俺に多くのものをもたらしてくれている。
覚悟、迷いなき行動。
そのおかげで、俺は戦えているのだ。
「いいだろう。貴様は中々に強い。少しばかり本気を出してやろうではないか」
負け惜しみだろうか。
だが、奴には自信があるように見えた。
ラクシーンは姿勢を低くする。
次の瞬間、姿を消した。
二度目の、あの攻撃。
だが今の俺には油断はない。
見失ってはいるが、視覚だけが相手を認知する能力ではない。
俺は聴覚を頼りに、ラクシーンの行動を読んだ。
奴の姿が見えない内に、俺はその場で跳躍する。
「なんだと!?」
ラクシーンの声が聞こえたのは俺の右方。
姿勢を低くし、俺の足を狙ったようで、剣を地面に突き刺していた。
少し遅れれば、俺の足は奴の剣に貫かれていただろう。
だが回避できた。
俺は落下と同時に大剣を振り下ろす。
「ちぃっ!」
ラクシーンが舌打ちをしながら攻撃を避けた。
だが、俺の狙いは初撃ではない。
次の攻撃に移れるように、すでに体重を移動させている。
奴はそれに気づかず、反撃するために大剣をギリギリで避けていた。
それは悪手だ。
俺は完全に振り下ろす寸前で力を抜いた。
別の部分に力を込め、大剣が地面に着地した瞬間、今度はそのままの形で持ち上げる。
大剣は片刃だが、鋼鉄の塊だ。
鈍器で殴られるようなもの。
そして、相手はどうしても刃部分に意識を向ける。
必然。
「あがあああっ!」
奴は攻撃を読めずに、顔面に大剣を受ける。
頭蓋を歪めながら、ゴロゴロと転がっていったが、すぐに立ち上がった。
「お、おのれぇ、人間ごときがああああぁっ!」
ラクシーンは青筋を立てながらも、特攻するようなことはなかった。
さすがは竜騎士、といったところか。
「おまえは、その人間ごときに負けるんだよ」
「……死なずの人間か。その能力があるから負けないと思っているのならば、片腹痛いわ。
仮に死なずとも、貴様の体を拘束すればいいのだからな。
それに、その能力は無限ではあるまい?
貴様、死んだ時にかなり動揺していたようだからな」
たった一度で見透かされてしまったようだ。
この蘇生能力の最大の弱点は、俺の身体自体はそのままだということだ。
リスポーンは、肉体自体も別の場所で蘇生される。
そのため、セーブができるスキルを覚えてからはかなり有用だった。
だが、魂返しのスキルは、死んだ肉体を蘇生させるだけだ。
つまり肉体をそのまま拘束されれば無力化されてしまう。
それに、四肢をバラバラにされたりすれば、どうなるかもよくわかっていない。
おそらく、蘇生時間が長くなる程度で、完治して生き返るだろうが、生き返っている最中に何かされる可能性もある。
蘇生時に発生する湯気か霧のような気体は高温で誰も寄せ付けないが、それだけだ。
対処方法はいくらでもあるだろう。
やはりラクシーンは強敵だ。単純な戦闘能力以外にも、その観察眼も。
俺は答えない。沈黙は是であろうと、答えることもまた是であるからだ。
この状況では、無言が唯一の正解。
思い込みの激しい相手であれば、無言でいれば、勝手に正解だと思い込む。
だが、そんな存在がここまでの答えを瞬時に出せるはずがない。
奴は中々に頭がキレる。
だからこそ無言に効果がある。
奴にはほんの少しでも疑問を持たすべきだ。
「閉口するか。まあいい。どうせ、貴様はここで終わりだ」
奴は構えずに、俊足を見せる。
俺は何とか大剣で受け止めるが、奴は足を止めずに二の太刀を繰り出す。
どうやら、勝っている速度面で決着をつけるらしい。
速度はあちらが上だ。大剣という重量のある武器を使っている時点でそれは明白。
攻撃力があろうと、当たらなければ意味はない。
素手の方が俺は慣れているが、それで勝てる相手ではない。
大剣の一撃さえ、大して聞いていないのだ。格闘術では対抗できないだろう。
だったらどうする。
スキルはない。ステータスは負けているだろう。
対抗できるほどの身体能力がない。
となると、やはり経験則しかない。
冷静に観察し、分析し、奴の行動を先読みする。
足に激痛が走った。奴の姿はほとんど見えないが、どうやら深く突き刺されたらしい。
迎え撃とうとするが、早すぎる。
このままなぶられて、動けなくなったところを捕縛されれば俺の負けだ。
ただ全員が殺されるところを見せ付けられる。
そんなこと、絶対に許すわけにはいかない。
そう心の中で強く思った。
だけど。
「や、やっぱり、竜族には勝てないんだ」
「殺されるんだ、俺たちは終わりなんだ!」
嘆いているのは人間だけではなかった。
ネコネ族もこの状況に希望を失いかけていた。
項垂れ、俯き、絶望に暮れた。
俺は戦いに集中する。奴らに構ってはいられない。
そんな中、誰かが叫んだ。
「いい加減にしてください!」
それは莉依ちゃんだった。
人間も亜人も彼女に視線を集めた。
彼女は、さっきまで声を失っていた少女とは思えないくらいに堂々としていた。
いや、足が震えている。
怖いのだろう。
注目されることが、話すことが、誰かに関わることが。
それでも莉依ちゃんは逃げなかった。
「く、日下部さんが、た、戦っているのに、みんな自分のことばかり!
あの人は、じ、自分が、傷ついても、く、苦しくても蔑まれても戦ってるんです!
なのに、あ、あなた達はずっと、ずっと、じ、自分達のことしか考えてない!
そんなに自分が大切ですか? そ、そんなに他人はどうでもいいんですか?
自分達のために戦ってくれている人がいるのに、し、信じることも……し、しないんですか?」
莉依ちゃんの言葉に誰しもが何も言えない。
いや、彼女の言葉が響いてさえいない人間もいる。
いいんだ。俺はそれでいい。
俺は君の、君達のために戦いだけだ。
それ以外は、どうでもいい。
「そ、そうだよ! みんな、日下部君が戦ってくれてるんだ!
ただ見てるなんてダメだよ! が、頑張って日下部君!」
結城さんが莉依ちゃんに賛同し、声を張り上げた。
「ま、負けないで! リーダー!」
ミーティアも必死で叫んだ。
「にゃにゃ! そうですにゃ! こんなぼーっとしてちゃダメですのにゃ!
みんな応援するのにゃ! 頑張るにゃ! クサカベっち!」
ディーネも応援してくれた。
「そうだな、そうだ。わたし達は何をしていたんだ。
クサカベはわたし達のために戦っている。そうやって助けてくれたのだ。
なのに、わたし達は……おまえ達、それでいいのか!?
あの姿を見ても、何も思わないのか!? まだ、怖いなどと思っているのか!?」
ニースはネコネ族達に向かって檄を飛ばした。
だが、誰しも声を失い、気まずそうにし、そして希望を失っていた。
ニースは舌打ちをした後、俺に向き直った。
「クサカベ! 負けるな! 勝ってくれ!」
ニースに呼応するように結城さんが言った。
「そうだよ、ニースの言うとおり。みんな、本当にそれでいいの?
彼が、日下部君はあんなになって戦ってくれているのに、自分達のことだけ考えて。
本当にそれでいいの? ねぇ、何も思わないの? あんなに、頑張ってくれてるのに!」
だが人間達もやはり何も答えない。ネコネ族達と同じような反応をするだけだ。
結城さんは悲しげに目を伏せ、そして叫んだ。
「頑張れ! お願い、日下部君! 勝って!」
みんなの声が俺に力をくれた。
全員に認められなくなっていいんだ。
俺は君達に受け入れてもらえているだけで、嬉しいんだから。
だが気持ちとは裏腹に、体中に傷が生まれていく。
奴の速さは常軌を逸している。
見えない。感じられない。
「どうした! その程度の力か!」
「くそっ……!」
血が失われ、頭がぼーっとしてきた。
力も抜けて、まともに動けなくなる。
どうする。
自ら死ぬか。
そうすれば完治して生き返る。
だが、奴がその隙を見逃すか?
あれだけ頭が回る奴だ、次はないだろう。
この状況から打開するしかない。
だが、手段は浮かばず、徐々に俺は追いつめられる。
みんなの応援を受けても、俺はその期待に応えられない。
「日下部さん!」
「日下部君!」
「リーダー!」
「クサカベっち!」
「クサカベ!」
五人の声が聞こえる。
そんな中で、小さく何かが聞こえた。
「が、頑張れ!」
誰かが言うと、誰かが続いた。
「ま、負けるな!」
「勝って!」
「お願い、お願いします、倒して!」
「し、死にたくない、死にたくない……でも、このまま何もしないでいいのか……?」
「ダメに決まってるだろ。ダメだ。あの人が戦ってるのに!」
「そうだ! 俺達が間違ってたんだ」
「ごめん、ごめんなさい、追い出してごめんなさい」
「でも、お願い勝ってください! 勝って、俺達に謝らせてほしい!」
「負けないで!」
「人間! 我々が間違っていた! どうか勝ってくれ!」
「日下部さん!」
「クサカベ!」
誰かの声が誰かの声を呼び、その声は次第に大きくなっていった。
なんだこれ。
なんなんだよ。
手のひら返しやがって。
散々、俺にひどい仕打ちをした癖に。
恩を仇で返したくせに。
今度は謝りたい? 頑張れ?
ふざけるな。ふざけるんじゃない。
そう思うのに、どうして心の底では嬉しいという思いが広がる。
なんだ、結局、俺も嬉しいんじゃないか。
誰かに応援されて、認められて。
ああ、そうだよ。
俺だって拒絶されるよりは認められる方が嬉しいに決まってる。
色々な思いはあるけど。
今は、その思いを素直に受け止めよう。
俺に対する応援がそこかしこで上がっている中。
「これで終わりだ、人間!」
声がゆっくり聞こえた。
視覚では認識できなくとも。
俺には聴覚がある。
そう。
偶然にも、みんなの窮地を知るために、俺は聴力を向上させていた。
そのため。
奴の声だけが明瞭に聞こえた。
俺は声に振り向き、同時に剣を払う。
遅い。間に合わない。
そのままでは。
俺はトリガーを引いた。
大剣の加速。
青い焔が刀身から生まれる。
剣は虚空を走り、一気に速度を上げる。
転瞬。
ラクシーンの身体に吸い込まれるように大剣が滑った。
「あがあああああっ!」
ラクシーンの肩から腹部にかけて、深い裂傷が走る。
鎧ごと断ち切ったのだ。
勢い余って大剣は地面を抉り、俺の身体ごと回転した。
一回転し、さらに剣を振り下ろす。
「お、のッ、れぇーー……ッ!!」
ラクシーンは当たる寸前で避けようとしたが、間に合わず、左目に深手を負った。
だがそれだけで、致命傷には至らない。
俺は尚も、奴に剣撃を放とうとしたが、俺の身体は思うように動かず、その間に膝をついた。
こちらも傷を負いすぎている。
この場で死んで体力を回復するか?
そうすればラクシーンにトドメをさせるかもしれない。
そう思い、俺は自殺をしようとした。
だが、ラクシーンの瞳を見て手を止める。
奴の目にはまだ強い意志が残っている。
俺を殺そうという殺意が。
ラクシーンは左目を抑えつつ、俺達から距離を取った。
「きさ、ま……ッッ! 次は、殺す、絶対に、殺すぞ……ッッ!」
怒りのままに戦いを挑んでくると思ったが、奴は冷静だった。
このまま戦えば負ける可能性が高いと踏んだのだろう。
「撤、退……だッ!」
ラクシーンは翼竜に飛び乗ると、そのまま逃亡していった。
他の竜族達も慌てて立ち去っていく。
その場に残ったのは、人間と亜人、それと竜族の死体だけだった。
しばらくの静寂。
そして。
「やったああああああああああっ!」
「に、逃げてったぞ、竜族が!」
「やったやったやった!」
「死なずに済んだ、助かったんだ……」
歓声が上がる中、俺はその場に倒れた。
すぐにいくつかの足音が近寄ってくる。
「く、日下部さん、すぐに手当てをします!」
「日下部君、だ、大丈夫!?」
「リーダー、ごめん、ごめんね、わたし、何もできなくて」
「クサカベっちは男ですのにゃ。ウチらの男衆にも見習ってもらいたいですにゃ」
「クサカベ、すまなかった。わたし達は、いや、わたしは」
五人が俺の顔を覗き、心配そうにしている。
そして、後方から他の人間や亜人達まで集まり、俺に謝罪や感謝を言ってきた。
「ありがとう、ごめんなさい」
「お、俺達が悪かった、日下部さん」
「許してほしい。言葉で言っても、許されるものじゃないとはわかっているが」
「お兄ちゃん、ありがと!」
「助かったよ、ほんと……悪かったな」
誰もが口々にそう言うもんだから、俺はその場から逃げ出したくなった。
しかし身体は動かない。
気にしてないとか、もういいとかそんなことをいう気にもなれない。
実際、かなりひどいことをされた。
すぐに許すつもりもないし、大団円を迎えるつもりもない。
だから、俺が言える言葉は一つしかなかった。
「別に……俺が、やりたくて……したこと……だから、礼も……謝罪もいらない。
もうそういうのは、面倒……くさいんだよ……。
俺は俺の、やりたいように、した……だけだ」
言うと、誰もが顔を見合わせていた。
何か話して、俺を見て、顔をしかめている。
なんだよ、その反応。
ったく、本当に面倒くさい連中だ。
もうどうでもいい。
今は、とにかく疲れた。
意識を保つのも限界だ。
「日下部さん……」
なぜか莉依ちゃんは瞳に涙を浮かべて、俺を見下ろしていた。
彼女の能力は俺を癒し続けている。
まあ、とりあえずは、この感覚に浸ろう。
悪くない気分だしな。
そう思った時、俺の身体は疲労を思い出した。
そして俺はすぐに意識を失った。




