竜騎士
冷静に相手と自分との戦力差を分析する。
膂力はあちらが上。一撃で俺は殺されるだろう。
まともに当たってはいけない。
俊敏性はこちらが上。大型竜の攻撃はかなり遅い。
ただ、相手は巨体なので、俺が避けるための移動距離も長い。
余裕をもって回避するべきだろう。
防御力はどうだ。俺は紙装甲で相手は鋼のように硬いが、大剣での攻撃は有効だ。
総合すると、余裕だ。
「グギャッ!」
大型竜が腕を振り上げる。
身体が大きい分、トリッキーな動きはできない。
攻撃の軌道は単純になるわけだ。
俺は横に跳躍して大型竜の一撃を軽く避ける。
地面が軽く揺れて、砂礫が飛び散る。
こういう戦いを昔したな。
たしか、相手はトロールだった。
異世界に転移して間もない時の戦い。
本当に死ぬかと思ったし、実際何度も死んだ。
だが今はどうだ。
竜の攻撃はあまりにわかりやすかった。
当たる気配すらなく、俺は回避に努める。
避けることは簡単だが、油断すれば攻撃を受けるかもしれない。
一度でも受ければ俺は死ぬ。
死んでも生き返るが、無駄死にしたくはない。
「グギィィッ!」
また竜の攻撃を避ける。
最初は大げさに、次第に最低限の動きだけで避けられるようになる。
俺は攻撃の軌道を確実に読み始めていた。
この三年間で俺が学んだ、最も大きなもの。
それは学習力。
貪欲に情報を集め、真実を見極める能力。
それにより、俺はすぐに順応できるようになった。
環境も戦いも、己の心も。
その結果。
「さて、そろそろ行くぞ」
これでほぼ間違いなく相手の攻撃には当たらないだろう。
俺は大剣を構えながら、竜の一撃を避ける。
竜が僅かに隙を見せた瞬間、大きく一歩踏み出した。
その勢いを殺さず、大剣を振り被り、止まると同時に振り降ろす。
音がなかった。風音もなく、ただ剣だけが動いているように思えた。
身体の全てが、最良の動きをしていた。
その一撃は、大型竜の足を寸断し吹き飛ばす。
「ギャアアアアアアッ!!」
悲痛の叫びと共に、竜族はバランスを崩して転倒した。
同時に、大型竜の足が集落外へと転がり、近場にいた竜族達を巻き込んだ。
俺は大型竜に近づくと共に、周囲を確認する。
人間達の半分近くは殺されているが、まだ半数は無事だ。
結城さんが小型竜を倒しつつ、彼等を守っている。
莉依ちゃんも怪我人を治療して、支援しているようだ。
すべての人間達は広場におり、俺の戦いや周りの戦いを見ている。
怯えている様子だが、半狂乱になって逃げたりはしないようだ。
ネコネ族達は集落内に侵入した竜族達を掃討している。
ニースは仲間達に檄を飛ばしながら戦っている。
ディーネも同様に戦っているようだ。
誰もが、俺と大型竜の戦いを気にしている。
すでに地面に倒れた大型竜を見て、驚愕して立ち止まっている人間や竜族もいた。
「ぎ、ギィィ、イギッ!」
大型竜は赤かった瞳を元の色に戻していた。
瞳には怯えが浮かんでいる。
俺は竜に近づき、余韻もなく首を切り飛ばした。
一撃の下、大型竜を殺したのだ。
音が止まった。
誰もかれもが俺を見て、誰もかれもが呆然と立ち尽くす。
絶対的な脅威だった大型竜は短時間で排除された。
最初に我に返ったのはニースだった。
はっとした表情を浮かべ、すぐに叫んだ。
「お、大型の竜は倒した! 残りは雑魚ばかりだ! 掃討するぞ!」
遅れて、ネコネ族達の気勢が上がった。
逆転だ。
その事実に気づいたのは竜族達も一緒だった。
奴らは及び腰になっている。
この戦いが終わったら、間違いなく化け物としての名声が上がるだろうな。
だけど、それでいい。
もうどうでもいいんだ。
俺は俺のやりたいようにする。
否定されても、肯定されてもどっちでもいい。
さて、俺も邪魔な小型竜を殺していくか。
そう思った時、首筋に電気のような痛みが走った。
なんだ?
この感覚は。
何かの予感。
危機的な何かの。
大型竜を殺したのに、まだ何かあるのか?
そう言えば、最初に感じた危機的な予感はまだ残っている。
完全に、危機を回避したわけではないということか?
次の瞬間、俺は空気の変化を感じとった。
ネコネ族達も気づき、竜族達は戦いから離脱し始めた。
いや、竜族達は後方に下がり、俺達から距離を取っただけだった。
「な、なんだ?」
「何か企んでいるのか?」
ネコネ族達の中で動揺が広がる中、人間達も不安な様子だ。
結城さんと莉依ちゃんは人間達の傍で待機しながら、周囲を警戒していた。
予感が強くなる。
俺は集落の中を通り、真っ直ぐ入口へ向かった。
竜族達が一定の距離を保っている中、ニースは撃退の指示を出せずにいた。
何かの罠かもしれないし、追えば集落から離れることになるからだ。
自然にこう着状態が続く中、俺は集落入口外にいたニースの近くに移動した。
「……来てくれたのだな」
「ああ。まあな」
「あれだけのことをしたのに、なぜだ。なぜ、そうまでして」
「今は、そんなことを気にしている暇はないんじゃないか?」
俺が答えると、ニースは竜族達の様子を観察する。
「確かにそうだな。話は後だ。しかし、これは一体」
「さてな。イヤな予感しかしないけど」
突如として、胸の奥底から汚泥のような何かが込み上がる。
気持ち悪さと気味の悪さが混ざり合って肌に纏わりつく。
その感触が徐々に濃くなる。
俺の意識に何かが訴えかけてきた。
前方。
俺は思わず森の奥側を見た。
その先から、一つの影が近づいてきていた。
戦場であるこの場で悠然と歩いている。
それは竜。小型竜よりも大きいが、巨体ではない。
巨体な人間と同じくらいの体格。
鎧を纏い、腰には剣を携えている。
顔は竜よりも人よりの亜人にも見えた。
だが、肌の色や鱗は白かった。
目は赤いが、他の竜族とは違い、怒りによる変色ではないようだった。
人に近い容姿だが、竜族であることは間違いなかった。
そして醸し出す空気が他の竜族とは違った。
圧倒的な覇気。圧倒的な強者の風格。
誰もがその男の挙動に視線を奪われ、言葉を失っていた。
男はゆっくりと歩き、俺達の近くまで辿り着くと、止まった。
「これは、どういうことだ?」
男は流暢な言葉を紡いだ。
どうやら知能も高いらしい。
近くにいた竜族が跪いて男に答える。
「ラクシーンサマ。ゲンザイ、アジンドモノ、シュウラクヲ、シュウゲキシテオリマス」
ラクシーンというのが男の名前らしい。
聞き覚えがないが、俺の隣で声を漏らした人物がいた。
「ば、馬鹿な……ラクシーン、だと……?」
ニースはわなわなと肩を震わせていた。
この反応、もしかしたらかなりの上位種なのか?
「私は状況を聞いている。なぜ、手間取っている?
私が足を運ぶまでには陥落する予定だったはずだ。
それがなぜこのような状況になっているのだ、と聞いている。
下級大型竜を派遣したはずだが?」
「ソ、ソレガ」
竜族が集落の方向に視線を向けると、ラクシーンも視線を移した。
そこには大型竜の死体がある。
「なぜ、下級大型竜が死んでいる?」
「ソ、ソコノ、オトコ二」
ラクシーンはゆっくりと首を動かして、俺を観察した。
怜悧な視線に俺以外の全員が体をこわばらせた。
俺はラクシーンの視線を真正面から受け止めた。
「この羽虫が大型竜を殺しただと? 下級とはいえ、人が殺しただと? 信じられんな」
ラクシーンは俺を見ると、興味深そうにしていた。
「くくく、面白い。もしもそれが真実だとすれば、下級竜兵では歯が立たないであろう。
おい貴様、私と取引をしようではないか」
「取引?」
話に脈絡がない。俺は想定もしていなかった言葉を受けて、思わず聞き返してしまった。
「そうだ。私を除いた我が隊が戦っても、我が方に勝ち目はない。
対して大型竜を欠いた状態の我が隊でも、貴様以外の人が戦えば我が方が勝つだろう。
部下はこれだけではないのでな。数はまだまだ増える。
すなわち、私と貴様の存在がこの戦いの勝敗を決することになる。
それ以外の戦いは無益だ。
私と貴様、どちらが上なのかを決めれば必然的に勝者は決まるというもの。
合理的だろう?」
「俺が勝ったら?」
「おとなしく引き下がろう。この場はな。
ただし、亜人の集落があるという情報を我ら竜族は共有している。
滞在したままでいれば、別の隊が襲撃するだろうがな」
つまり、自分の隊には手出しをさせない、ということか。
現実的だし、真実味はある。だが、竜族の言葉だ。心の底から信用はできない。
しかし、ここまで詳細に話す必要もないとも思う。
どちらにしても、このまま戦うよりは、話に乗った方が被害は最小限に収まるだろう。
「俺が負けたら?」
「殺すか、奴隷にする。これは戦争だ。敗者を見逃すという手はない。
だが、できるだけ殺さないように手を尽くしてやろう。貴様が善戦すればな」
竜族に従えば、死ぬよりも辛い目にあうのではないだろうか。
だが、殺される以外の選択肢があるだけマシなのかもしれない。
この男、ラクシーンは、一方的に殺戮する他の竜族とは違うのだろうか。
信用は微塵もしていないが。
だが、受けるしかない。
なぜなら一騎打ちをすることで俺達にもメリットがあるからだ。
ラクシーンは強い。
アナライズがなくとも、強敵であることはわかっていた。
奴は危険だと経験と本能が言っている。
一騎打ちではなく、正面衝突し、総力戦になれば俺はラクシーンの相手で精一杯になるだろう。
そうなれば、他の戦力で劣っている俺達の負けだ。
ネコネ族や人間達は殺されていく。
俺がラクシーンを倒さねば、負けるのだ。
だったら、一騎打ちで倒す方が勝機はある。
むしろそうしないと全滅する可能性が著しく高くなる。
それをわかって提案しているのか?
なぜだ?
このまま戦う方が、竜族にとって勝率が高いのに。
ラクシーンは余裕の表情で俺を見下ろしている。
こいつ、俺を格下と思っているのか?
これくらいのハンデがあっても勝てると?
人間を亜人を弱者だと思っている?
なるほど、そういうことか。
だったら、やってやる。
この世界では竜族が人類を滅ぼそうとしている。
そして人間は圧倒的に劣勢だ。
見下されても仕方がないかもしれない。
だけど、その状況に甘んじる必要もない。
「いいだろう。その提案、受けてやるよ」
「その意気やよし。つまらぬ戦いだと思っていたが、中々に面白くなってきたではないか。
こちらへ来い。貴様に引導を渡してやろう」
奴は強者であると自負している。
その自信は気に食わないが、それだけの力が奴にはある。
俺は開けた空間へ移動するラクシーンに続いた。
だが、ニースが俺の肩を掴み制止する。
「よ、よせ! か、敵うはずがない! 奴は、ラクシーンは竜騎士だ!」
「竜騎士、ってなんだ?」
「し、知らんのか!?
百数十万の竜族、その上位種の更に上位。選りすぐりの竜人、それが竜騎士なのだ!
いくらお前が強くとも、こ、殺されるぞ!」
竜族の中でもかなり上位の敵、ということか。
だがそれがなんだ。
確かに奴は強いだろう。殺されるかもしれない。負けるかもしれない。
でも。
「戦うしかないのに、逃げてどうする」
「そ、それは、し、しかし、またおまえを矢面に立たせることに」
「もううんざりなんだよ、他人の感情に振り回されるのは。
おまえの罪悪感にも、人間やネコネ族の利己的な考えにも、竜族の支配欲にも。
その場その場で感情で考えて、身勝手な欲求を口にして。
困ったら他人を利用しようとして、価値がなくなれば捨てて。
言い訳を並べたてて、自分を正当化している。腐ってる。誰もかれも。
世界が、時代が、環境が、竜族が悪い? はっ! 知るか!
何もせずにいただけの癖に。何かしている風を装っているだけの癖に。
結局誰かに縋って生きるしかない癖に、それさえも認められず、ただ漫然と生きてる。
生きていることが当たり前だと思い続けている。
どれだけ危険な目にあってもそう思っている。
だから何もしない。だから逃げ続けて、どうにかなると思っている。必死じゃない。
どうだっていい。理由も動機もどうだっていいんだよ。
俺はやりたいようにやる。俺はおまえを止めない。だから、俺に口出しするな」
俺はニースを睥睨し、淡々と言葉を並べた。
「お、まえは、なぜ、そこまで」
理解出来ないとばかりに、瞳を揺らしていた。
俺はニースの手を振り切って、歩く。
「なぜなぜってうるさいな。一々、理由なんてあるわけがないだろ。
したいからする。したくないからしない。動機なんてそれで充分だろ。
ガキの理論だってそう言う奴もいるだろう。
でもさ、他人に認めて貰うために理由を見つけなきゃならないんなら、そんなのは俺には必要はない。
俺は俺の思うようにする。言葉に行動に責任を持って、その結果を受け止める。
俺は俺だ。俺の考えは変わらない。俺の意思は変わらない。
どんな結果が出ても後悔はする。だから、その後悔を少しでも軽くするために行動する。
俺は逃げたくない。失いたくない。だから戦うんだ。それだけだ」
俺はネコネ族達とも人間達とも離れた。
これは俺の戦い。誰のためでもない、俺のための戦いだ。
誰かに責任を押し付けない。俺の意思で始めた戦い。
「安心しろよ。全員、守ってやる。嫌われても、化け物と言われても、守ってやるよ。
俺はおまえ達とは違う。自分の考えを曲げない。立ち向かってやる。
絶対にあきらめない。相手がどれだけ強くても、無謀だとしてもな」
俺は肩口に振り返りニースを見た。
彼女は顔を顰め、俯いていた。
何を考えているのかは俺にはわからない。今はどうでもいい。
勝つ。勝たなくては全員が殺されるのだ。
俺は、緩慢に歩き、そしてラクシーンの正面に立った。
「話は終わったか?」
「まさか待ってくれるとは思わなかった」
「貴様は終始私を警戒していた。何をしても意味はなかろう。それにこれは一騎打ちだ。
無粋な真似は騎士の恥だからな」
「……その余裕顔、すぐに変えてやる」
「やってみるがいい」
ラクシーンは後方へと下がり、剣を抜いた。
何の変哲のない長剣だったが、普通の剣ではないことはわかった。
俺も一息で剣を抜く。
竜族達はラクシーン側の方向へ移動し、離れて見守る。
ネコネ族や人間も俺の後方へ集まっていた。
この戦いで、みんなの未来が決まる。
重責。
俺の行動一つで誰かを破滅させるということ。
だが、こんなことは日常茶飯事だった。
俺はそうやって生きて、そうやって生き抜いてきたんだから。
覚悟は常にできている。
もう、迷いはない。
戦うだけ。
勝つだけ。
そうして、俺の意志を貫くだけだ。
「いざ尋常に勝負だ、人間」
「かかってこいよ、蜥蜴野郎」
共に冷静。
両陣営の実力者同士の戦いは、劇的な出来事もなく、静かに始まりを告げた。




