孤独の中でも進むこと
結界を出てから振り返ると、道が消える。
集落の姿が見えず、再び戻ろうとしても戻れない。
絶対的なものではないが、簡単に戻れるものでもないからだ。
俺だけだと、入ることさえ難しいだろう。
だが、もう足を踏み入れる必要もない、か。
突然、目的を失い、俺は道を失った。
「どうするかな……」
今までのことを思い出す。
完全に一人。
目の前の目的もなく、途方もない大きな目的があるだけ。
曖昧ではあるが、いつかはトッテルミシュアかレイラシャに行った方がいいだろう。
最終的に、竜神を殺さなければならないことは間違いない。
だが、そこに至るまでに俺には必要なものが一つある。
強さだ。
竜族とある程度は戦えているが、それはあの緑の竜族と飛竜だけ。
恐らくは下級竜族だ。
竜魂の感じからすれば、もっと種類はいるだろうし、強敵もいるだろう。
考えてみれば、エシュト皇国は崩壊しているらしい。
ならば、戦力を割く必要もないはずだ。
恐らくは、本隊はトッテルミシュアかレイラシャに配置しているというところか。
かといって、下級しかいないということもあるまい。
組織だって俺達を襲ってきたのだ。
ならば小隊くらいはあるだろうし、指揮系統も存在していそうだ。
仲間が討伐されたと知れれば、もっと戦力を割くだろう。
そいつらが滅ぼされれば、更に敵がくる。
それは永遠と続く。
竜族の戦力がなくなるか、標的が滅ぶまで。
ネコネ族の集落には結界が張られているとはいえ、竜族相手にいつまで通用するかは未知数だ。
であれば、危険度は変わらない。
「俺は、馬鹿か」
あそこまで言われ、拒絶されてもまだ守る気なのか。
もういいじゃないか。
守ってやる義理はないんだ。
ここまで助けて、守っただけで十分じゃないか。
そうだよ。
俺は、そろそろ自分のことを考えていいんじゃないだろうか。
でも……莉依ちゃんや結城さん、俺を庇った人達も見捨てるのか。
それがイヤだから、ここまで来たのに。
「あああああああ! もう面倒臭い!」
俺は頭を掻き毟って叫んだ。
自分の心も、周りの人間も面倒臭い。
どうしてこう、上手くいかないのか。
俺は深い溜息を漏らして、何となく踏み出した。
とりあえず森を抜けようかと思ったのだが、無意識の内に道を外れたらしい。
獣道を通り、辿り着いたのは森内の丘だった。
崖上、木々はなく、岩場があるだけ。
下を覗くと、川が見えた。その先には森が広がっているが、その範囲はそう広くはない。
「こんな場所があったんだな」
ニースと二人で住んでいた高台を思い出す。
綺麗だ。空は澄み切っているし、雲一つない。
緑も鮮やかで、人も竜族もいない。
目立つ場所だが、なぜかそこから動きたくなくなった。
端に座り、足を放る。
落ち着いた風音が鼓膜に響くだけ。
「風が気持ちいいな」
こんな風に、落ちついて時間を過ごすことが最近はなかった。
表異世界でも忙しくしていたため、ゆっくりできなかった。
ざらついていた心が、滑らかになる感覚。
途端に、空腹を感じた。
鞄の中身を出してみた。
「これくらいあるんなら、結構持つな」
ジャーキーが二十、小さめのドライフルーツ三種四十、水分をかなり抜いたチーズのようなもの、燻製の魚と貝、大きめの筒に入った水、小さい調理鍋、ナイフ、深めの皿、衣服が四枚、下着が三枚、毛布が一枚、塩と柑橘系の調味料が入った筒、手拭いが三枚、油、小さいロープ、小さい入れ物が二つ。これで全部か。
よく入ったな、これ。
しかし、色々と用意してくれたみたいだ。
生活するには困らない程度には揃っている。
揃ってはいるが、これだけだとさすがにトッテルミシュアには行けないだろう。
どうするかな。
俺としては、今の状態での移動は危険だと思っている。
食料問題もあるが、それよりも強敵に出会った時に、対処できない可能性があるからだ。
下級ならば勝てるとわかったが、感覚的には、奴らは下級の中でも弱い部類だと思う。
雑兵程度に勝って驕っていては生きていけない。
強さが必要だ。
だったら比較的に安全だと思えるこの地で鍛練した方がいいだろう。
別に、あいつらのためじゃない。
ただ、まだ鍛える余地があるし、安全策を取ろうというだけだ。
ここから皇都は近いし、いくら制圧した土地であっても、奴らは多少の戦力を置いてはいるだろう。
ステータスを見て、成長の伸びしろはあることはわかっている。
この時点で鍛えられるだけ鍛えた方がいいだろう。
ということで、一先ずはここが俺の根城だ。
何もないし、雨が降ったら困るから、簡単な家は作らないといけないけどな。
まあ、そこら辺の経験はあるし、何とかなるだろ。
「さて、と。やりますかね」
俺は立ち上がり、背中を伸ばす。
色々と解放されたことで、妙な爽快感と喪失感があった。
それでも俺は振り返らない。
過去は変わらないのだから。
変えられるのは未来だけなのだから。
大事なのは現在なのだから。
俺は足踏みしない。
間違った道でも、進む。
そうしなければ何もできない。
何も生み出せないのだと知っているから。
ということで。
まずは家を造ろう。
そう思った。
●□●□
「――よしっと、とりあえずはこれでいいか」
大剣で樹木を斬って、表面をナイフで削って、形を整えて組み立てた。
半日かけて、ようやく形になった。
斜めに木を立てかけて、蔓を巻いて大きめの葉っぱを乗せた。
茅屋にしてもお粗末だが、一先ずは雨を凌げるだろう。
この家を仮宿として、時間をかけてきちんとした家を造る算段だ。
「疲れたな、っと」
中に荷物を置いてみる。
とりあえず横になれる程度には広いし問題はないな。
けど大剣が入らない。
悪いな相棒。お前は外な。
その日は、それから簡単に食事をして、寝た。
●□●□
家を造るには土台が重要だ。
基礎を構築するために、穴を掘り土の具合を確かめる。
できるだけ土を固めて、大きめの石を四方に埋める。
その上に柱となる樹木を乗せる。
柱となる四本の根元には四角形の穴を開けてる。
先端をその形に削った木を半ば強引にねじ込む。
それを四本の柱全てに繋げると、地面には土を被せて、足で踏みしめる。
簡易的な基礎ができたので、今度は壁に移る。
柱の内側には五センチ程度のへこみがある。
それを頂点から真っ直ぐ下まで通す。
上部から下部まで長方形のへこみを作るわけだ。
そこに、同じ厚さにした、木の板を入れる。
平板の壁だ。何枚も通すと壁ができていく。
正面入り口部分、扉を造るために間隔がある。
気を付けながら成形し、壁を作る。
すべては柱を通るため、強度は重要だ。
壁ができると、梁を置く。
そして屋根ができると、今度は扉。
金属製シリンダーなんては作れないので、木製だ。
当然、精巧な蝶番も、技術が必要だし知識もないので無理。
なので、かなり粗雑な造りになる。
扉に何本も木板を刺す。先端部分に円筒の穴を開けておく。
その穴に同サイズの棒を通して、鎹を造って、別の柱に固定させる。
回転させるのは難しいし、多少引っかかるが、まあいいだろう。
出来上がった時には一週間が経過していた。
……何やってんだ、俺。
なんでサバイバルしてるんだよ。
まあ、家は必要だけどさ。
中に入る。
内部の構造は簡単で窓が一つ、入り口が一つあるだけ。
全部木製で、ほぼ雨露はしのげるはずだ。
料理は外でしないといけないけど。煙突ないし。
さすがに暖炉とかまで作る気力はなかった。
その日は久々に屋根のある場所で寝た。
●□●□
次の日から、鍛練が始まった。
竜族がいないので、竜魂は得られない。
なのでスキルをひたすらに使うしかない。
昇断剣を使う。
そして再使用時間までは黙々と剣を振り、再びスキルを使う。
それだけでかなり体力が削られるし、全身に負担がかかる。
大剣は重量がある。一振りだけで下半身まで重みが伝わる。
剣を降ろすごとに、どうすればもっとも手ごたえがあるかが少しずつわかる。
「百……百一……」
百を超えるだけで腕の筋肉が張り始める。
これでは長い戦闘は乗り越えられないだろう。
竜族との戦いも、盗賊との戦いも、短期決戦だったからな。
もっと体力をつけよう。
数値的には上昇しないが、別の、例えば筋力や俊敏性が上がれば、おのずと体力が上がるだろう。
ステータス部分と被るので、スタミナと言い換えた方がいいかもしれないな。
額から、全身から汗が噴き出しても、筋肉が悲鳴を上げても俺は剣を振り続けた。
二百を超えた時、俺の身体は限界に達し、動かなくなった。
夕方になっていたので今日の鍛練を終えることにする。
ステータスを見てみた。
・生命力 :100/100
・体力 :100/100
・筋力 :13 →14
・俊敏性 :16 →16
・精神力 :36 →37
・知力 :24 →24
・カリスマ:7 →3
・カルマ :103→107
・魂 :10 →10
●スキルLV:1
●スキルポイント:2【7】
僅かに向上しているし、スキルポイントも増えてるな。
カルマは、殺す度に増えてると見て間違いないだろう。
うーん、この数値のせいで、みんなが怖がっていたというのもあるんだろうか。
ただ、状況的に減少させるのも難しそうだし、あんまり気にすることもないか。
スキルポイントは……もう少し溜めるか。
一気に振る方が楽しいし。
続いて、別の項目も確認してみた。
すると、一部変化が見られた。
追加部分だけ目を通した。
●改良
▼人魂
・弱人魂:21
・中人魂:0
・強人魂:0
▼改型
・特人型【攻撃力:S 防御力:S 速度:S 特殊:マンイーター】
…人の生き血を吸い成長した凶器の剣型。
赤黒く、背徳的な見目通り、呪術的な面が強い。
人を殺すことに特化しているため、それ以外の用途ではただのガラクダ。
竜族にはまったく効かない。
▽必要人魂【弱人魂:200 中人魂:50 強人魂:20】
これは、中々に狂気じみた内容だ。
さすがに人殺しに特化した能力は必要ないだろう。
……今のところは、な。
俺は画面を閉じ、家に入ると就寝した。
●□●□
更に一週間が経過した。
変わらず、剣を振り続ける。
二百が限界だったが、三百回に到達した。
普通の肉体よりも成長速度が速い。
能力のおかげだろうか。
昼前の鍛練を終えると、俺は手拭いで汗を拭きながら休憩していた。
崖際に座り、足を空に放る。
高台から見える光景は慣れたが、それでも悪くはなかった。
住み心地もいい。動物も近くにいるので、狩りもしやすい。
この三年、色んな経験をしているので、一人で生きていくのも問題はない。
一人で過ごす生活も悪くはない。
ただ、俺には帰りを待っている人がいる。
俺はテレホスフィアに語りかけ続けている。
日課だ。
一度も反応はない。
それでも俺は毎日続けている。
「莉依ちゃん、聞こえるか? 莉依ちゃん」
表異世界の恋人の名前を呼ぶ。
今、どうしているんだろうか。
また悲しませてしまっているんだろう。
いつも、俺のせいで負担をかけている。
それなのに、莉依ちゃんは愚痴も言わない。
俺の傍にずっと居続けてくれた。
「会いたい」
今は一人。
思わず泣き言が出てしまった。
細くて暖かい彼女に触れたい。
あの笑顔が見たい。
目を瞑れば、すぐに彼女の顔が思い浮かぶ。
「会いたいよ、莉依ちゃん……」
そう漏らした時に、後方から草葉の擦過音が聞こえた。
咄嗟に振り向く。
そこには莉依ちゃんがいた。
「莉依、ちゃん」
俺は不意に、表異世界の莉依ちゃんを思い出した。
俺の言葉に反応して、会いに来てくれたという錯覚を抱く。
でも、すぐにそれは違うとわかった。
髪型も態度も違ったからだ。
莉依ちゃんは、軽く息を弾ませている。
それに、服や顔が汚れている。
なぜここにいるんだ?
歩いて来たのか?
だから汚れているのか?
でも、どうしてこんなところまで?
集落からそう遠くないが、近くもない。
わざわざ危険を冒してこんなところに来る理由なんてない。
戸惑う俺に構わず、莉依ちゃんはスタスタと俺の近くに歩み寄る。
俺は呆気にとられ、莉依ちゃんを見つめる。
そんな俺を気にせず、彼女は俺の隣に移動して。
座った。
無言。
そのまま、時間が過ぎて、莉依ちゃんは背負っていた鞄を降ろす。
黙々と、鞄の中を漁り、水や携帯食料を出して嚥下している。
それだけ。
他には何もない。
俺を見るでもなく、俺に何か言うでもなく、俺に接するでもなく。
莉依ちゃんは普通に、俺の隣に座っていた。
僅かに距離はある。でも手を伸ばせば、何とか届きそうなほどには近い。
俺の中に疑問は幾つもあった。
けど、なぜか言葉にはできなかった。
何となく、正面に視線を向けて、景観を眺める。
莉依ちゃんも、もぐもぐと口を動かして、黙したまま正面を見据えている。
よくわからない時間が過ぎる。
最初は、気まずさがあったが、徐々にそれも薄れる。
疑問はある。
でも、別にいいかと思い始める。
自分でもよくわからないが、何も言いたくなかった。
昼食を終え、しばらく休憩した後、俺は再び鍛練を始めた。
俺が立ちあがり、剣を構えると、莉依ちゃんも木の根元に座った。
どうやら俺の鍛練風景を見るつもりらしい。
剣を振るだけ。
連綿と続く鍛練。
はっきり言って、見ている方は面白みに欠けるだろう。
だが、莉依ちゃんはずっと見守っていた。
ちょっとやりにくいが、イヤな感じはない。
しばらく続ける。
と、莉依ちゃんが突然立ち上がった。
俺は手を止める。
息を荒げて、莉依ちゃんを見ていた。
彼女は俺の目の前に移動し、見上げてくる。
小振りな唇を動かした。
だが、言葉にはならない。
何か言おうとしたことはわかったが、声は出なかった。
莉依ちゃんは俯き、そして俺に背を向けた。
そのまま、また森に入っていった。
帰ったんだろうか。
しばらく、彼女が消えた場所を眺めたが、戻ってくる様子はなかった。
どうやら帰途に就いたようだ。
色々と引っかかるが、俺は深く考えないようにした。
そして再び、鍛練を続けた。
●□●□
次の日。
今度は、朝になると莉依ちゃんが来た。
朝食を終え、鍛練を始めた時のことだった。
彼女が現れた時、俺は何も不思議に思わなかった。
それが当たり前のことのように思ったのだ。
彼女も普通のこととばかりに、木の根元に座る。
俺の鍛練の光景を眺め、昼食時になると、崖近くで昼食をとる。
鳥瞰を視界に収めながらの小休止。
そして再び鍛練が続く。
数時間経過してから、莉依ちゃんはまた戻って行く。
次の日も。その次の日も、それは続いた。
三日に一回は、狩りをしなければいけないので、鍛練がない日もある。
その間、莉依ちゃんは俺の家から移動せず、俺の帰りを待っていてくれた。
決して話さない。
お互いに、言葉を出さない。
何も問わない。
目を合わせることすらほとんどない。
莉依ちゃんがどう思っているのかはわからない。
だけど俺は、この関係が気に入りつつあった。
毎日、莉依ちゃんが来ると、心が弾む。
誰かがいるということが、莉依ちゃんがいるということが嬉しかった。
もし、彼女に話しかけたり触れれば、この関係が壊れるんじゃないか。
そんな、根拠のない恐れを抱いていた。
杞憂だと思う。
けれど、俺は無言を貫いた。
莉依ちゃんも同じだった。
互いに極力関わらない。
けれど、互いの存在は認めている。
そんな関係。
それが二週間程度、続いた。
毎日、毎日、莉依ちゃんは俺のところへやってきた。
どうやって来ているのか。
一人なのか。
危険ではないのか。
他の人は知っているのか。
結城さん達はどうしているのか。
色々と聞きたいことはあった。
けれど、俺は何も言わない。
今の関係を壊してまで聞くことではなかったのだ。
莉依ちゃんの身の安全を気にしてはいた。
だが、俺が何を言っても、もう俺は莉依ちゃん達と関わりがない。
拒絶され、排除された俺が何を言ってもしょうがない。
時折、莉依ちゃんは何か言いたげにしていた。
でも言葉にはならない。
無理やり聞くつもりもない。
だから、俺はただ黙って彼女がしたいことがあるのならば、それに答えるだけ。
否定はしない。
肯定もしない。
漫然と、莉依ちゃんが望むことを受け入れるだけだ。
俺は何もしない。
望まれていないのに、何かする気力は、俺には残っていない。
黙々と日課を繰り返し、黙々と日々を過ごす。
淡々としていたが、どこか心地良さはあった。
悪くない。
そう思った。
しかし、ある日から、莉依ちゃんは来なくなった。




