眠れない夜の中で
移動中、ぽつぽつとミーティアと話した。
彼女は、どうやら莉依ちゃんよりも少し年上らしい。
十三、四ってところか。
元々、リーンガムに住んでいたが、避難するためにオーガスへ移動。
その後、またリーンガムへ逃げ帰ってきたらしい。
大変さを見せず、笑顔で話すミーティアを見て、何とも言えない気分になった。
というか、だ。
懐かれ過ぎだ。
ミーティアは、ずっと俺の傍にいて話している。
イヤなわけじゃない。むしろ、素直で快活なミーティアと話すと楽しい。
だが、これはよろしくない。
現状、この集団の、俺への印象はかなり悪い。
そう仕向けているのだから当然だ。
怖い、イヤな奴、でも実力はある。
そういう風にしている。
結城さんがリーダーをしていた時の状況と、時間がないこと。
そして、俺が新参者であること。
色々な理由はあるが、それらによって俺は今の立場を選んだ。
そうしなければ、全員が俺に従わないし、頼りにもしないからだ。
俺を嫌いつつも、力を認め、恐怖心を抱いているが、頼らなければ生き抜けない。
だから俺をリーダーと、暫定的に受け入れているのだ。
これから名実ともにリーダーとなるかどうか、認めて貰うかどうかは、指針は決めていないし、どうなるかはわからない。
だが現状、リーダーだけどイヤな奴という立ち位置を変えるわけにはいかない。
もし、ミーティアと仲良くしていたら、簡単に言えば舐められる。
ああ、あいつは実はいい奴じゃないか。
それか、子供に甘いと思われるのだ。
そうなれば、また奴らは調子に乗るか、付け入ってくる。
そこまでしなくとも、心の中で侮るのだ。
長い目で見れば、親しみを持って貰うことは悪いことではない。
だが、即効性はないし、切迫した彼等の心理状態ではむしろ悪感情に繋がる。
我ながらひどい言いようだとは思うが、追い詰められた人間の精神状態は案外、単純だ。
そして、非合理的なのだ。
感情が優先されているのだから、当然の帰結だ。
甘さは全員のためにもならない。
厳しくすることが大事なのだ。
そして優しく、弱い人間が厳しくしても言うことを聞かない。
信頼性を築けば、それも可能だが、そんな時間はない。
その前提から、今の状況は好ましいとは言えない。
かと言って、ミーティアを邪険に扱うのは気が進まない。
というか、子供に辛く当たるのは、さすがに無理。心が痛い。
大人か、性格が腐っている奴ならいいんだが。
さて、どうするべきか……。
空は暖色に染められつつある。
そろそろ夕方で、夜の帳が降りる。
どこかで野営しなくてはならない。
問題は、だ。
暗くなってからの行動だ。
焚火をすれば、煙が昇ってしまい目立つ。
遠くでも違和感は覚えるだろう。
竜族は爬虫類系に見えるが、人と同じように視覚を優先しているらしい。
しかも人よりも視力がよく、夜目もある程度利くとか。
周囲にはちらほら樹木や草、岩があるだけだ。
身を隠す場所はない。
だが、夜半時も移動し続けるわけにはいかない。
どこかで睡眠をとらないと疲弊してしまう。
そろそろ全員の顔にも疲労が色濃く浮かんでいる。
限界だろう。
俺は、伝言をミーティアに頼んだ。
ミーティアは元気に了承し、結城さんへ伝言を伝えに行く。
すると、列の動きが止まった。
近くに岩場があるので、そこの周辺まで移動し、全員が地面や、岩に座った。
どうやら伝言は上手くいったようだ。
よかった。
『休憩、ここ』という片言の内容にしたのがよかったのか。
俺は辺りを見回す。
障害物はほとんどなく、見通しが良すぎる。
だがこの先には僅かな障害物さえない。
ここで野営するしかない。
各々休憩している中、結城さんが俺の下へやってきた。
「ねぇ、ここでいいの?」
「ここしかないからな。これ以上移動しても、隠れられそうな場所はないし。
それに、みんな疲れが見えている。休まないと明日動けない」
「それは、そうだけど……」
結城さんは辺りを見回した。
言いたいことはわかる。
こんなところで野営すれば、いつ襲われるかわからない。
戦々恐々とした中、休めるはずもない。
実際、ほとんどの人達が忙しなく周囲を見回していた。
「近くの森まではまだ時間はかかる。
無理して進めば、深夜には着くだろうけど、暗い中進むのは危険だし、かなり疲れる。
まだここで野営した方がマシだ。どうしてもイヤなら、進むか?」
俺の問いに、結城さんは顔をしかめた。
彼女もわかっているのだ。選択肢はないということを。
「……わかった、ごめん」
結城さんは肩を落として戻っていった。
彼女は優しい。だが、現実を本当の意味で理解しているとは思えない。
理想主義者で、不利益を受け入れることを良しとしない。
その不利益を覆すために、何かを犠牲にするとき、真っ先に自分を選ぶ。
それが正しいと思っているのだろう。
実際、その方が上手く回ることもあるかもしれない。だが、それは常ではない。
彼女は、自己犠牲が正しいと思い、正しさをあらゆる状況で正しいと思い込んでいる。
実利を考えない。その思想は美しいが、己以外の誰かを犠牲にすることもある。
そして、余計に誰かに迷惑をかけ、最悪の結果を招くこともあるのだ。
純粋な悪意よりも、盲目的な善意の方が誰かを傷つけることもある。
彼女は、それをわかっていない。
だが、俺はその考えが嫌いではない。
そういう親切な人がいるから、世の中は回るのだ。
だが、俺のように現実主義な人間がいるからこそ、好転する状況もある。
今、この時、必要なのは、俺のような人間だと自覚している。
俺が周囲を見渡すと、監視されているかのように、目が合った人達は委縮した。
まだ、俺への恐怖心は残っているようだ。それでいい。
ただ、ミーティアと共にいる時間が長くなれば、その感情は薄れるかもしれない。
厳しい人間が、人間味溢れる部分を見せれば、親近感がわく。
だがそれは、正しい心を持っている人間だけが、相手のことを理解しようと思い始めるだけだ。
悪意ある、あるいは人として腐っている人間は、相手を下に見はじめたりする。
それが厄介なのだ。
そうなれば、また奴らにわからせなくてはならない。
その状況を覆すような、好ましくない行動をとらなくてはならない。
気が進まない。俺は誰かを傷つけて喜ぶような人間ではない。
だから、これ以上の隙は見せたくないのだが。
俺の隣で、ニコニコと笑っているミーティア。
こんな顔をされたら、どうしていいかわからなくなる。
とにかく、俺も休まないといけない。
「これから、数時間置きに見張りを交代する。おまえ達、見張りをやれ」
俺は、結城さんに調達係を押し付けるように先導した男達を指差した。
不服そうな顔をしたが、俺が睨むと、俯いて、立ち上がった。
「三人体制で交代だ。いいか、おまえ達が見張りを怠れば、全員が危険になる。
絶対に寝るな。どうしても寝そうなら、次の人間に声をかけろ、いいな?」
「わかりました……」
「へ、へい」
釘を刺すようにギロッと睨むと、男達は小刻みに頷いた。
さすがに自分達も危険だし、仕事を放棄するようなことはないだろうが。
一応、気にした方がいいだろう。
「夜は焚火をしない。見つかりやすいからな。声も出来るだけ出すな。いいな?」
みんな、明らかに動揺している。
それでもそうするしかない。
夜半、焚火をして周囲を見回し、仮に竜族を見つけて、全員を起こして、逃げるとする。
絶対に逃げられない。
まず、見つかった時点で一巻の終わりだ。
俺と結城さんだけでは、全員を守り切れない。
いや、そもそも、俺達も生き抜けるかもわからないのだ。
日が昇っている間ならば、どうにか対処はできるかもしれないが、夜は無理だ。
不安だろう、怖いだろう。だが、死ぬよりはマシだろう。
竜族は視覚を主としている。
ならば闇夜に紛れれば見つからない可能性も高いだろう。
俺の意図が伝わったのか、誰もが俯いているだけだった。
子供が怖がり、親に抱きついて、愚図っていた。
大丈夫、大丈夫だから、となだめている姿を見て、俺は人知れず決意を固くする。
何があろうと、どんな苦労を強いても、必ず守る。
俺を恨むこともあるだろう、疑うだろう、気に入らないだろう。
それでも助けてみせる。
俺は誰にも胸中を語らず、地面に座り、休憩を始める。
隣でミーティアが座り、話しかけてきた。
ある程度おざなりに、最低限の会話をしていると、次第に日が落ちてきた。
空気が重くなる。集団に漂う、不安感が膨張していた。
完全に暗くなると、小さな悲鳴が広がる。
そんな中、しばらくすると静かになった。
息をのみ、声を抑えている。
俺の手に、ミーティアの手が重なった。
彼女も怖いのだろう。
誰もが、誰かに寄り添い、恐怖心を和らげようとしている。
俺は黙して、耳を澄まし続ける。
食事を終えて、すでにもう寝るだけの状態だ。
それでも誰も寝ている様子はない。
竜族に襲われるかもしれない状況で、寝ないといけないのだ。
眠れるはずがない。だが寝ないと体力が持たない。
そんな状況で時間を過ごす。
朝が来るまで。灯りのない状態で、息を潜めて。
竜族が襲ってくる恐怖と隣り合わせの状態で。
しばらくすると、膝に重みを感じる。
ミーティアが寝ている。
俺は、思わず彼女の頭を撫でた。
疲れていたのだろう。頼れる人間がおらず、俺を頼った。
頼れると思ったのか、安心したのか。
本心で言えば、もっとよくしてやりたいが。
そうもいかない。
だが、今は、今だけは静かに眠らせてあげよう。
俺は見張りの男達が、怯えながら辺りを見回している姿を見ながら、心を落ち着けていた。
何があっても対応できるように。
できるだけ休みつつ、できるだけ周囲を警戒しつつ。
俺はじっと息を殺し、眠ることもなく、見張りを続けた。




