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正義なきリーダー

 広間にはすでに全員が揃っている様子だった。

 喧噪は広がり、室内を占めている。

 物理的にという意味も含めて、空気が悪い。

 俺達が部屋に入ると一斉にこちらを向いた。

 当然の行動だが、どうも気分のいいものではない。

 厳めしい顔つきの住民がほとんどで、好ましい感情を抱いている人間は皆無だ。

 結城さんへの感謝もない。

 むしろ悪意を抱いてさえいる。

 心が腐っている。

 結城さんが、そのはけ口になっている。

 感情的に言えば、腹立たしいだけだ。

 だが、そういうものであると知ってもいる。

 人間は弱い生き物なのだから。

 俺達は広間の壁際に立つ。

 住民達と俺達が向き合う形になった。

 中央には結城さん。両隣に俺と莉依ちゃんが離れて立った。


「あ、あの、集まって貰ってありがとうございます」


 頭を下げる結城さんに対して、比較的若い男性が声を張り上げた。


「挨拶はいいから! これからどうすんだよ!」


 それに呼応し、幾人かが結城さんを責めるような口調で叫んだ。


「責任とって、竜族を何とかしろよ!」

「そ、そうよ! あ、あなたがやるべきでしょ!」


 鬱屈した感情は溜まりに溜まっている。

 竜族に見つかったという失敗により、その感情が爆発しかけている。

 結城さんはどうしたらいいのか、困惑しているだけだ。

 それはそうだろう。

 彼女は親切心で、みんなのために頑張ってきたのだから。

 大概の人間は、人に優しくすれば感謝されると思っている。

 それがなくとも、断られたり、普通の反応をされると思っている。

 否定されたり、批判されたり、攻撃されたりなんてことを想定しない。

 結城さんも心の底では、こんな風になるとは思っていなかったに違いない。

 感謝されたり、敬われたりということは考えていなかったとしても、まさか批判の的になるとは思いもよらなかっただろう。

 狼狽している結城さんに対し、住民達の悪感情は膨張し続けていた。

 不快だ。

 だが、俺は平静を保ち、状況を見守った。


「おまえが失敗したんだ! だったら、おまえが解決しろ!」

「そうだ! 責任をとって、奴等をどうにかしろ!」


 どこの時代も一緒なのだろう。

 誰かがミスをすれば、ちょっとしたことでも批判が集中する。

 上に立つ人間であれば顕著だ。

 だが、そこに至るまで、本当に別の人間に非はないだろうか。

 結果だけ見て、そうなった経緯を正確に把握している人間はいるだろうか。

 己を省み、他人の行動を理解し、経緯と結果を詳細に知り、冷静に、客観的に判断している人間がどれほどいるだろうか。

 少なくとも、この場所にそんな人間がいるとは俺には到底思えなかった。

 子供以外のほとんどの人間が、結城さんを非難した。

 子供達は何が起こっているのかわからずに泣いていたり、戸惑っていたりしている。

 壁際でこちらを見て、怯えている子供もいた。

 それでも結城さんは耐えていた。

 そんな必要は微塵もないのに、だ。


「どうにかしろ!」

「なんとかしろよ!」

「おまえのせいだ!」

「責任をとれ!」


 叫びが叫びを呼び、相乗効果によってより大きな声となった。

 感情も高まり、まるで正義を振りかざしているかのようだった。

 大衆の正義ほど醜く身勝手なものはない。

 それは単なる多数決の結果に他ならないからだ。

 俺はゆっくりと一歩前に出た。

 すると、全員の視線が俺に集まる。

 感情的になっている人間の前で、同じように感情的になっても意味はない。

 一つの所作。

 それだけで楔を打つこともできる。

 叫びもやや弱まった。


「おい、そこの」


 そして、一人の人間を指差した。

 それだけで更に叫びは収まった。

 良く通る声の出し方は知っている。

 無駄に大声を出す必要はない。

 俺の声を聞くと、指差された四十代くらいの男が一瞬だけ動揺した。

 だが、多勢に無勢で、自分の方が優勢だと思ったのか、横柄な態度に変わる。


「あ? なんだよ」


 自分の力ではないのに、集団になると気が大きくなる人間は多い。

 別段、珍しい光景でもないので、俺は無感情に聞いた。


「責任をとれ、そう言ったな?」

「だから?」

「俺は、ここに来たばかりで事情を大して知らない。無知ですまないが、教えて欲しい。

 彼女にはどういう責任があるんだ?」


 俺の問いに、男も他の住民も嘆息したり、呆れたように笑った。


「そんなの決まってるだろ。そいつのせいで俺達が危険な目にあうんだ。

 その責任だよ」

「なるほど。俺もその場に見合わせたから、状況は知ってる。

 彼女と俺は竜人に見つかったから、倒した。

 そのせいで他の竜族にこの場所が見つかるかもしれない。

 だから、彼女は責められている。そうだな?」

「だから、そうだって! もういいだろ! 時間ねぇんだよ!」

「いや、まだだ」


 俺の言葉に、男はいらついたように舌打ちした。


「ああ? ふざけんな。てめぇは部外者だろうが!

 しかも、すぐに竜族が来るかもしれないってのに、悠長にしている暇はねぇんだよ!」

「話の続きだけど」


 男の話を無視して、俺は話を続けようとした。

 当たり前の話、男は苛立った。


「てめぇ、喧嘩売ってるのか?」


 本心では、それでもいいかとは思うが、それこそ時間の無駄だ。

 そも、この中で最も強い結城さんよりも俺の方が強いのに、戦いを挑むとか何を考えているのだろうか。

 どういう経緯で俺がここにいるのか知らないのか?

 いや、結城さんが話していないはずがない。

 だったらきっと何も考えていないのだろう。

 俺は内心で呆れつつも、男の視線を受け流しながら、言葉を紡いだ。


「彼女達だけが物資調達をしていることは聞いた。

 外に出れば竜族に見つかる危険性があることも。

 だから、彼女達は『最初に』危険な目にあったわけだ。

 よほどのバカじゃなければわかるだろうけど、そんな危険な仕事が調達だ。

 それをずっと彼女達が担っていた。この中で一番強いから、って理由だけで。

 ここまでは合ってるか?」


 俺はあくまで冷静に、事実だけを口にした。一部、感情が出ているがそこは仕方がない。

 苛立ちはあるが、男は否定しなかった。

 無言のまま睨みつけて来たので、俺は話を進めた。


「結城さん達が調達をしている間、あんた達は何をしてるんだ?」

「それに何の関係が」


 ここまで話せば、何を聞こうとしているかわかりそうなものだが、住民達は理解していない。

 盲目的に、自分達に非がないと思っているようだ。

 おかしな精神状態の人間ばかりの中、常識を持ち合わせた人間が入ればどうなるか。


 倫理は覆る。


「責任に関して関係がある」


 俺は無感情に、淡々と言った。

 視線で男を射抜いた。

 威圧はしていない。ただ見ていただけだった。

 だが、男は僅かに気圧されていた。


「……お、俺達はここで色々やってんだよ」

「ここで? この場所で? ここから出ずに?」

「そ、そう言ってんだろ」

「つまり、外に出るのは彼女達だけってことか?」

「そ、そうだ」

「外に出るのは危険だとわかって言ってるんだな?」


 俺が何を言いたいのか、ようやく理解したらしい。

 住民達がざわつき始める。

 だが、男は俺を睥睨する。


「そ、そいつが一番強いんだ。だったらそいつが外に出るのが当たり前だろ!」

「なんで当たり前なんだ?」

「な、なんでって、そいつが適材だからに決まってんだろ!」

「確かに彼女は強い。けど、竜族相手に戦って勝てるというわけじゃない。

 あくまでこの中で一番強い、というだけだ。当然、危険だ。

 結城さん、莉依ちゃんが外に出ることは、まあいいだろう。

 本人達も承諾して出ているわけだしな。

 でもな。だったらなんで他の奴は手伝わない?」

「……ほ、他の人間じゃ、対応できない、だろうし」

「おいおい、それはつまり、結城さんなら対応できるって言いたいのか?

 おかしいな。俺の勘違いか?

 結城さんは竜人から逃げていたし、戦って勝てると思っている様子じゃなかった。

 なあ、この三年間で、彼女が一人で、竜人を簡単に倒したことがあったのか?

 そうでなければ、『結城さんなら竜人を倒せる』と思う根拠がわからない。

 結城さん。どうなんだ?」


 俺は結城さんに問いかける。

 すると、結城さんは驚きながらも、答えた。


「ず、ずっと逃げて来たよ。何回か襲われた時も逃げたし……。

 戦ったこともあるけど、複数人でいた時のことだったから。

 少人数で、た、戦ったのは今回が初めて」

「なるほど。じゃあ、次の質問だ。君は竜人を倒せると思っていたか?」

「む、無理だと、思ってたよ。逃げるくらいなら……できるかもだけど」

「それだと、『この中で一番強いからどうにかできる』という言葉とは齟齬があるな。

 君は、倒せないだろうことを誰かに言ったか?」

「全員に言ったけど、その、強いから大丈夫って。自分達は弱いから頼むって」


 俺は再び男に向き直った。


「だ、そうだ。

 つまり、結城さんはこの中で一番強くても、竜人を倒せるほどの強さはなかった。

 そして、そのことをみんなに言った。だけど、聞く耳を持ってくれなかった。

 その結果、危険な役回りをさせられた。最初はあんた達も感謝していたんだろう。

 けど、それが当たり前になって勝手に『調達をするべき』『竜人に見つからないようにするべき』という責任を与えた。

 自分達は安全な場所にいながら、義務なんて微塵もない結城さんに、責任を押し付けたわけだ。

 ここまではどうだ? 反論はあるか?」


 俺が矢継ぎ早に話すと、男は動揺しながらも言った。


「や、やるからには責任が伴うのは当然だろ!」

「おいおい、やるからには? はは、冗談だろう?

 やるからには責任が伴うなら、やらせるからには責任が伴うだろ?

 やらせているんだから、いざとなったら責任をとるのは、全員じゃないか?

 自分達は何もせず、他人に危険な目にあわせておいて、我が物顔で批判しているなんて、クズがやることだとは思わないか?」

「てめぇえええっ!」


 男は我慢の限界を超えたのか、他の住民を押しのけて、俺に向かう。

 そして、勢いを弱めず、殴りかかってきた。

 欠伸が出そうだ。

 俺は呆れながらも男の拳を避け、力をいなして一回転させた。


「あ?」


 男が素っ頓狂な声を出しながら、前方へ倒れる。


「いづっ!!」


 地面に顔面をぶつけて、痛みに呻いていた。

 俺は蔑視を向ける。

 こいつ、本当に馬鹿なんだろうか。

 それとも竜人と戦えるということを軽視しているのか。

 あの化け物と対峙する凄まじさを理解していないのか。

 怒る前に呆れてしまった。

 一連の流れを見て、広間には静寂が訪れる。

 どうやら、力づくで何かされるとは思わなかったらしい。

 ああ、なるほど。 

 こいつらは、結城さんと莉依ちゃんの犠牲の上に成り立った日々の中で、平和ボケていたのだ。

 壁一枚隔てた場所では命を懸けて戦っている人間がいるのに、だ。

 やっぱり、俺が考えていた方法をとるしかないらしい。

 あまり気は進まないが、即効性はある。

 俺は男を見下ろした。

 さて――やるか。


 俺は『男の背中を踏みつけた』。


「がっ!?」

「な、何してるの!?」


 俺の行動を見て、結城さんが慌てて止めに入る。

 とりあえず二度、三度蹴っておいた。

 結城さんは男を庇うように立った。

 優しい娘だ。

 だが今、その優しさはいらない。


「どいてくれるか? 馬鹿はな、痛い目にあわないと理解出来ないんだ」

「そ、そんなことしちゃダメだよ!」

「どうしてだ? 直接的ではなくとも、君はもっと酷いことをされているじゃないか。

 殺されるかもしれない仕事をずっとやってきたし、さっきまで殺されかけていた。

 その上、感謝もなく、失敗すれば罵倒される。

 そんな奴らに慈悲をかける必要があるのか?」

「た、例えそうだとしても……こんなやり方はダメだよ!」


 結城さんは正しい。こんなやり方は間違っている。

 だけど、正しい正しくないで世の中は回っていない。

 人は歴史に学ばず、失敗し続け、間違いを繰り返すのだから。

 正しさだけでは物事は進まず、誰も救えない。

 地面に這いつくばっている男は、俺を睨みながらも瞳の奥に恐怖が浮かんでいた。

 他の人間も同じ様子だった。

 さっきまで、一方的に批判していた癖に、相手に力があるとわかると一気に弱気になる。

 わかりやすい心理だ。


「おい、そこのあんた」


 今度は、住民の中で、結城さんを擁護していた老婆を指差した。

 厳めしい顔つきだが、老婆は俺を真っ直ぐ見つめた。

 多分、結城さんを非難していないので、男のようにはされないと思っているのだろう。

 これもまた、傲慢な考えだが、少なくとも他の人間よりはマシに思えた。

 さすがに、老人を殴るつもりはないし、その必要はないように段取りを考えている。

 だが、俺からすれば何もせずに恩恵に与っていたこの老婆も、他の奴らと同じようなものだ。


「……なんだい?」

「あんたは、結城さんに責任を押し付ける現状に疑問を持っていたな?」

「ああ、そうさね。わたしゃ、明らかにおかしいと思っていたね。

 ……ただ、どうしようもないとも思っていたけどね」

「へぇ? どうしようもない、か。さっきも言ったが、どうして手伝わなかった?

 見たところ、大人は少なくない。確かに若くはないが、それでも戦えなくはないだろ?

 だけど、誰も手伝おうとはしなかった。なぜだと思う?」


 俺は老婆に問いかける。

 あくまで問う内容は、老婆に深い関わりはあるが直接的な関連はない、というものにしている。

 その上、老婆は、自分は少なくとも他の人間に比べてまともな考えを持っていると、自負している。

 だから、冷静にやや優越感に浸っていられる。

 集団の中の誰かの意見は、集団に対して影響力が強い。

 だから、彼女を選んだ。

 老婆は渋面を浮かべ、考えている様子だったが、やがて口を開いた。


「誰も、危険な場所には行きたくなかったんだろうね」

「そう。危ない橋を渡りたい奴なんて一部の変人くらいだ。普通は安全な場所にいたい。

 安全な、この場所に残りたい。でも、食料や物資を調達しないと生きていけない。

 そんな時に、結城さんがいた。彼女は幸いにも強い。しかも心優しい。

 だから、結城さんにすべてを押し付けた。安全な場所にいたいからな。

 協力すれば、調達する人間の危険度も下がる。なのに、結城さんに縋った。

 さっきから聞いてたら、そこの男とか、比較的若い男。

 そいつらが批判を始めていたな? 広間の時もそんな感じだった。

 おまえら外に出たくないから、わざと結城さんに仕事をやらせるように仕向けたんじゃないのか?」


 俺は当たりをつけていた数人を指差して言った。

 全員が身体を動かす仕事をしていたのか体格はいい。

 男達はすぐに反応した。


「そ、そんなことするわけないだろ!」

「事実はどうでもいいんだ。疑いがあるようなことをしていたことを言っている。

 誰だって命は惜しい。戦わずに済むならそうしたい。だけど、逃げられない現実がある。

 そんな時に利用できる人間がいたら、魔がさすかもしれない」


 俺が言うと、男達はほんの少しだけ安堵した様子だった。

 微細な変化が表情に生まれていた。


「だけど、理由があっても結果、誰かを傷つけ、迷惑をかけたのならば罪はある。 

 そうだな?」


 そう言うと、男達はビクッと肩を震わせた。

 俺は薄く笑った。


「安心しろ。俺は暴力は嫌いだ。必要でなければ、振るいたくない。

 だけど、必要であれば躊躇はしない。そして、俺は保身のために嘘を吐く奴が嫌いだ。

 ここまでのことを考慮して、答えろ。

 おまえ達は結城さんに責任を押し付けるために、扇動したか?」


 五人いた。

 その一人一人の顔を見て、答えを待った。

 だが返事はなかった。

 俺は結城さんを押しのけて、未だに地面に横たわっている男の真横に立つ。


「な、何を」

「黙ってろ」


 俺は結城さんを一喝する。

 有無を言わさぬ言葉に、結城さんは硬直してしまった。

 彼女にこんな態度をとることは、気が進まない。

 だがここで『俺は結城さんのためだけに行動しているのではない』と住民に思わせたかった。

 今後、付け入られる可能性があるからだ。

 結城さんから俺に話せば、多分言うことを聞いてくれる、なんて思われたらおしまいだ。

 心は痛むが、表には出さない。

 俺は男の顔に、俺の顔を近づける。

 瞬きをせずに、もう一度問いかけた。


「おまえは結城さんに責任を押し付けるために、扇動したな?」


 僅かに言葉を変えた。

 注意深く聞かなければわからない程度の変化だ。

 そして、声には威圧感がある。

 段階的な言葉の変更により、相手の心情を知ることができる。

 俺が欲しいのはただ一つ。

 肯定だ。

 男は過剰な程に動揺し、額から汗を垂らし、瞳を泳がしていた。


「答えろ。したんだな?」

「し、しました……」

「正確に言え」

「そ、外に出ると危険だってわかってたのに!

 他の奴らが、戦えそうな俺達に調達の仕事を任せようとか言っていやがったから!

 だ、だから、そいつに全部なすりつけようって」


 俺は他の奴らにも同じ質問をした。

 一人、吐露すれば、なし崩し的に答えるものだ。

 全員が同じように、結城さんに危険な仕事を押し付けるために画策していたことを知った。


「あ、あんた達、恥ずかしくないのか!」

「そ、そうだぞ! こんな、女の子に責任を押し付けて!」


 今度は男達が非難される番だった。

 彼等よりも年上の男や、女性に批判されている。

 だが。


「おい」


 俺がたった一言漏らしただけで、喧噪は止んだ。


「おまえ達が言うな。何もせず、他人を犠牲にし、その上、批判までしていたのは、誰だ?

 それで別の人間が卑怯な真似をすれば、今度はそいつらを責める?

 自分たちはどうなんだ? 口だけで何もしやしなかった癖に。

 どういう行動をとるか、決めたのはおまえ達自身だろ。そいつらと同罪だ」


 端的に、冷静に喋ると、全員が閉口した。

 腐っている。だが、こんな世界ではそうなることも理解できる。

 元々、彼等は普通の人達だったのかもしれない。

 もしかしたら善良な市民だったのかもしれない。

 だが、環境で人は変わる。

 俺は性善説も、性悪説も信じてはいない。

 人間は、あらゆる要素で性格が変わると思う。

 極々一部、生まれ持っての善人と悪人がいて、他は移ろいやすい、ただの人間だ。

 環境や状況で心が変化する。影響され性格も変わる。

 俺も、ただの人間だ。

 だから信念や、自分の考えをしっかりと持つことが重要なんだ。

 そうしなければ、すぐに翻意する。

 あっちへこっちへ考えを変える。

 周りに、環境に影響され、自分はこうだ、と言えるものがない。

 これだけは譲れない、そういう思いを持つことが必要だ。

 彼等にはそれがない。

 俺はこれみよがしに嘆息した。


「さて、ここまででようやく、状況がわかったな。

 いかにお前達が、愚かで身勝手で、結城さんや莉依ちゃんに依存し、責任を押し付けるような最低な奴らだってことがな」


 俺はできるだけ嫌味な口調で言った。

 中には俺を睨みつけようとした人間もいたが、俺が視線を合わせるとすぐに俯いた。

 誰も、俺に反論しない。

 当たり前だ。

 非があるのはどちらなのか明らかなのだから。

 それに、すでに力が関係ができている。

 いや、俺がこの短時間で構築した。

 部外者であったはずの俺が、すでに集団の一員になり、場を掌握している。


「そ、そこまで言わなくても……」


 俺は結城さんを敢えて無視した。

 せっかく得た立場を利用しない手はない。

 現状、俺と同等の立場である結城さんではあるが、だからといって、また彼女のやり方で続ければ、元の木阿弥だ。

 こいつらは、今は反省するかもしれないが、すぐにまた甘える。

 普通の人間は、そういうものだ。

 他人に厳しく、自分に甘い。それが普通の人間だ。

 俺は全員を見回した。

 全員が、俺に対して恐怖を抱いている。

 それでいい。

 そうするために、俺はここいるんだから。

 異常な状況下で、精神的に疲弊している人間達を統治する方法はそう多くはない。

 正論や、感情論なんて相手に届かない。

 相手の感情を正しい方向へ導きながら変えるには、多くの時間が必要になる。

 ドラマや映画、漫画のように、目の前で必死に行動している人間を見て、心変わりするような人間はとても少ない。

 多くの人間は他人の心情なんて知ろうともしないからだ。

 むしろ嘲笑したり、利用する人間の方が多いくらいだ。

 そうしなければ、相手と自分を比べてしまい、己の矮小さが浮き彫りになるからだ。

 だから相手を馬鹿にする。そうして格下だと思い込む。

 同時に、目の前のことから逃げる時にも使う方法だ。

 すでに結城さんがその状況にいたのだから、この集団の傾向は目に見えてわかっている。

 ならば手段は、ほとんどない。

 そう。


「最低なおまえ達でも、一つだけ正しい判断があった。

 それは強い人間が重要な役割を担う、ということだ。

 この中で一番俺が強い。だから――俺がこの集団のリーダーになる」


 洗脳か、恐怖による統治だ。

 全員がある意味では団結していたのは、結城さんを非難していたからだ。

 共通の敵がいれば、人は共感できる。

 問題が起きにくくなる。

 結城さんが狙ってしたわけではないだろうが、恐らくはそのおかげで、まだまともな精神状況だったのだ。

 こんないつ死ぬかわからない状況では、頭が狂ってもおかしくはない。

 もちろん、その中で最も負担を担ったのは結城さんであり、次点で莉依ちゃんだろうが。

 俺がリーダー宣言をすると、喧噪が生まれた。

 突然現れ、傍若無人な態度をとり、その上でリーダーになると言われて動揺しないはずがない。

 当然、想定済みだった俺は、言葉を繋げる。


「考えてもみろ。俺以外に誰がおまえ達を率いる?

 愚かにも、数人に先導されるような奴らの中に、素質のある人間がいるとは思えない。

 結城さんが、暫定的に近い役割を担っていたが、どうなったかはいわずもがな。

 じゃあ、俺しかいないだろう? 俺だけがおまえ達を助けてやれる」


 自分で考え、自分で望み、必要だと思って言っている。

 だけど。

 話しながら、なんてイヤな奴なんだろうと思わずにはいられない。

 敢えてのことだ。

 恐怖を筆頭とした悪感情を俺に向けさせ、その上で力を見せることが重要だった。

 そうしなければ、舐められるからだ。

 あくまで実力が伴っての言葉なのだ。

 住民達はこう思うだろう。

 こいつは何様だ、と。


 だが、こうも思う。

 三年間共にいて、誰かリーダーに向いている奴がいるかと。

 結城さんがリーダーであれば心情的には楽だろう。 

 だが、はっきり言って、彼女はそういう立場に向いていない。

 優しすぎるからだ。

 その結果が今なのだと、誰しもわかっている。

 そして現在、正に危険が迫っている。

 ならば嫌な奴でも、力があり、短時間で集団の真実を暴いた、この男が適任ではないか。

 もしかしたらこの男ならば、自分達を助けてくれるのではないか。

 でも信用出来るのか。いや、迷っている時間はない。

 だったら――そう思っているだろう。

 そう考えるにはかなりの冷静さが必要だ。

 身勝手な感情が薄れている状況でなければならない。

 少し前ならばそれは不可能だった。

 だが、今は、彼らは俺に恐怖心を抱いているし、それぞれ不安定だった保身が揺らいでいる。

 何かに縋りたいと思っているだろう。

 それに恐怖を感じた場合、人がとる行動は三つしかない。

 迎合するか、逃げるか、受け入れるか。

 彼らは逃げることも、受け入れる勇気もない。

 だから、俺に縋る。絶対に。


 俺の想定通り、住民達から拒絶反応はなかった。

 正しい見識を持ち合わせていても、言葉にできず、行動出来なければ意味はない。

 それができていれば、結城さんがリーダーをしていた時、もっとまともになっていた。

 つまり、この集団の人間は、意思も力も弱い人しかいないということだ。

 内心では反対したいという人もいるだろう。

 だが俺の態度、力を見て何も言えない。

 それでいい。今は。

 大事なことは俺がリーダーになること。

 そこから結果を残せば、おのずと認められるだろう。

 まずは暫定的でも仮でも、その地位になることが肝要なのだ。

 俺は見回しつつ、しばらく待った。


「反対意見はないみたいだな。俺は日下部虎次。

 これからおまえ達のリーダーだ。わかったか?」


 無言である。

 俺はわざと苛立ちを見せて、今度は叫んだ。


「わかったか!?」

「は、はい」

「わ、わかりました!」


 バラバラではあったが、了承の言葉がそこかしこから返ってきた。

 俺は鷹揚に頷き、結城さんと莉依ちゃんを一瞥する。

 結城さんは、困惑した様子で俺を見ていた。

 莉依ちゃんは、観察するように、俺を凝視していた。

 結城さんに関しては予想通りの反応だった。

 だが、莉依ちゃんは、よくわからないな。

 もっと、虫を見るような顔をされるかと思ったんだが。

 彼女の表情に変化はあまりないから、胸中では何を考えているかわからない。

 とにかく、第一段階は突破した。

 問題はここからだ。

 これからどうするか、全員が何となく理解しているだろうが。

 俺が全員守る。

 例え、気に食わない奴らでも、偶然にも縁が出来たのだから。

 これからどうなるか、想像の範疇を超えている。

 だが、俺に不安はなかった。


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『マジック・メイカー -異世界魔法の作り方-』

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