スキルツリー
「――ああ? どんな感じかって? 不満だらけに決まってるだろ!
今日の飯なんて干し肉一個だけだぞ! もう限界だ!」
「今回の失敗は、さすがに擁護できないね。
みんな言ってるよ。ユウキは頼りにならないってね」
「え? ユウキの印象? 頑張ってるとは思うけど……。
あまり食料がなくて困ってはいます……か、感謝はしてるんですけど」
「わたしゃ何とも言えないねぇ。
ただ、男衆が任せっきりってのはどうかと思うけどねぇ。
いくらあの娘が強くても、今の状況はあんまりねぇ」
「お腹空いたよぉ! ママッ! お腹空いた!」
「もう終わりだっ! みんな殺されるんだっっ!」
老若男女、色んな人間に話を聞いてみた。
やはり結城さんへの不満が溜まっている様子だった。
だが、彼女には何の責任もない。
結城さんの言葉通り、彼女は流れで物資の調達を担っているだけだ。
それに、他の人間が不甲斐ない分、彼女がリーダーのようなことをしているらしい。
特に食料は生きるために必須で、結城さん以外では調達は不可能。
必然的に、彼女が指揮を執るようになったようだ。
結城さんも必要に迫られ、断れなかったのだろう。
自然に責任を押し付けられた、という感じか。
最初は感謝していた人間もいたようだが、現在ではその印象は薄い。
一部、結城さんを擁護している人もいたが、行動に起こしてはいない。
結局は口だけで、迎合してるだけだ。
俺は地下洞窟内を歩き回り、みんなに感想を聞き、しばらくしたら再び広場に集まるように呼びかけた。
話し合いのためだ。
かなり不満そうな返答が多かったが、それでも集まらないと言った人はいなかった。
みんな、これからどうすればいいのかわからなかったようだ。
ある程度、話を聞き終えると、あてがわれた部屋に戻る。
この場所は、リーンガム内にある、奴隷販売店の地下らしい。
どうやら、悪質な商売をしていたらしく、秘密裏に地下で奴隷を監禁していたようだ。
つまり非合法の奴隷。
正直、この場所にいるのは気分がいいものではないが、それでもここ以外の場所だと、竜人に見つかる可能性が高いようだ。
そのため、他の人達も我慢しているらしい。
それもストレスの一つとなっているのだろう。
地下には部屋がかなりある。
奴隷販売店奥の隠しハッチから降りると地下に辿り着く。
そこから正面に扉。そこを通ると広間があり、四つの扉がある。
それぞれ通路に繋がっており、左右に部屋がある。
倉庫や看守室などがあったが、そこには食料が残ってはいない。
住民は三十人ほどいるが、一人一部屋使っても余るくらいだ。
どれほどの人間をここに収容していたのか。
奴隷が増えれば、掘り進めて敷地面積を増やしたようだ。
ここなら、早々見つからないだろうが、竜人達の五感は鋭いらしい。
そのため、近くを探索されれば、見つかる可能性が高いとのことだ。
俺は自室のベッドに腰を落とし、今までのことを頭の中で整理した。
中々にまずい状況だ。
というか、普通に考えれば絶望的で、どうもできない。
三十人中、戦力になる人間は俺と結城さんくらい。
莉依ちゃんは技巧武器がないこの世界では、ほとんど戦えないだろうし、他の住民はその意思さえない。
竜人一体でもあれだけ苦労したのだ。
複数、もしくは上位種が現れたら終わりだ。
「偉そうなこと、言っちゃったな」
言ったものは仕方がない。
それに、あの場の雰囲気に流されて言ったわけでもない。
覚悟はしていたのだ。
二人を助けようと、決意していたのだから。
同時に、俺の目的を達成することにもなる。
結果は同じだったわけだ。
だったら、後悔しても意味はない。
これからどうするかを考えるべきだ。
さて、何をするにしても、戦力が圧倒的に足りない。
何か策を弄しても限界がある。
圧倒的な戦力差があれば、小手先では勝てない。
最低限、抵抗する手段が必要だ。
「……そう言えば」
俺はふと思い出した。
いつも通り、自分のステータスを見ようとした。
だが、何も表示されない。
「バグ表示もない、のか?」
神であるミスカが、俺に何かしたようだったが、あのせいか?
歪んでいた力を綺麗にした、と言っていたが。
それは能力を消去したということなのか?
それにしては表現に違和感がある。
何かあるような気がするが。
俺は視界を動かしたり、色々と試してみた。
そして手のひらを上に向けた時に気づく。
手の上で何かが浮かび上がっている。
よくよく見てみると、その何かが拡大された。
UIだ。
「これは……」
俺は若干の戸惑いを感じつつも、表示画面に目を通した。
●名前:日下部虎次
・生命力 :100/100
・体力 :100/100
・筋力 :11
・俊敏性 :15
・精神力 :35
・知力 :24
・カリスマ:10
・カルマ :99
●スキルLV:1
●スキルポイント:3【3】
●武器スキル【9】
▼格闘【1】
▼片手剣【1】
▼短剣【1】
▼大剣【1】
▼槍【1】
▼弓矢【1】
▼斧【1】
▼鞭【1】
▼特殊武器【1】
●汎用スキル【0】
▼一般【0】
▼特殊【0】
▼習得済み限定【0】
「なんだこれ……? これは、スキルツリー、か?」
スキルツリー。
レベルが上がったり、経験値を貰ったりしてスキルポイントを取得し、それぞれのスキルに割り振ることで特殊な技を習得したり、ステータスを向上したりするシステムのこと。
日本ではレベル制や、レベル制とスキル制のハイブリッドのゲームが多い印象だが、海外ではスキル制が多い、気がする。
ネットゲームだとよくあるな。
しかし、これは。
以前はレベル制だったのに、どうしてスキル制になったんだ?
これは転移したことで俺に影響があったのか。
それとも、転移前からのことなのか。
表異世界でも、ステータスやレベルが上がらないという現象はあった。
原因はわからないが、UIが見えるということは、やるべきことは決まっている。
今度はレベル上げではなく、スキル上げだ。
経験値の表示がないが、どうやってスキルポイントを得るのか。
まさか、スキルを使って熟練度を上げたりして覚える系なんだろうか。
それに、スキルレベルってどういう意味があるんだ?
ステータスに影響を及ぼすんだろうか。それならスキルレベルという名称には違和感があるけど。
とにかく、もう少し詳しく画面を見てみよう。
俺は武器スキル内にある、格闘項目を開いた。
●武器スキル【9】
▼格闘【1】
▽パッシブスキル
・格闘攻撃力上昇【派生:???】 □□□
…素手か格闘武器を装備時、攻撃力が10%上がる。
・筋力上昇1【派生:筋力上昇2】 □□
…筋力が10上昇する。
・体力上昇1【派生:体力上昇2】 □□
…体力が10上昇する。
▽アクティブスキル
・正拳突き『威力:20』【派生:二連正拳突き、???、???】 ■
…拳を握りしめ真っ直ぐ突き出す。
★二連正拳突き『威力:55』【派生:三連正拳突き、鎧通し】 □□
…左右の拳を握りしめ、真っ直ぐ突き出す。
・回し蹴り『威力:30』【派生:二段蹴り、???、???】
…身体を横に回転させて蹴りを繰り出す。
「なるほど、こういう感じか」
一つのスキルを習得すると派生スキルが出現する形式だ。
スキルによって必要スキルポイントが違い、習得するまではそのスキルを使えないらしい。
□は空白、■は埋められているということ。
□□ならスキルポイントが2必要で、まだポイントが一つも使用されていない、ということだ。
どの武器スキルも一つはアクティブスキルが使えるみたいだ。
ということは、スキルを使用することでスキル経験値を得て、スキルレベルを上げるタイプかもしれない。
それぞれのアクティブスキルを使えば使うほどレベルが上がる、というわけだ。
ただ、技ごとの熟練度はないようだな。
武器スキルは大体わかった。
次は汎用スキルを見てみよう。
●汎用スキル【0】
▼一般【0】
▽パッシブスキル
・物理攻撃抵抗1【派生:物理攻撃抵抗2】 □
…物理攻撃のダメージを1%軽減する。
・属性攻撃抵抗1【派生:属性攻撃抵抗2】 □
…炎、水といった属性攻撃のダメージを1%軽減する。
▽アクティブスキル
・不撓不屈1【派生:不撓不屈2】 □
…5秒だけダメージを10%軽減する。再使用30秒。
・スロースターター【派生:スピードスター】 □
…5秒だけ俊敏性を10%上昇させる。再使用120秒。
▼特殊【0】
▽パッシブスキル
・鑑定1【派生:鑑定2】 □
…物の価値を計る。鑑定成功率はかなり低い。
・聴力【派生:高聴力】 □□
…聴力が上がることで、周囲の状況が少しだけわかる。
・微予感【派生:超予感】 □□□
…第六感を研ぎ澄ませることで、危険を感知することが少しだけできる。
▽アクティブスキル
・???
▼習得済み限定【0】
・十の魂返し【派生:五十の魂返し】 □□□
…複数の命を持った異質な人間の力。十個の魂を持つ。
一つの魂を補てんするには三時間かかる。
習得済み限定部分。
十の魂返し。
これはリスポーンと同じようなものか。
ただリスポーンのように保存場所に復活するようなものとは違うらしい。
魂がある、ということだから、不死に近い感じだろうか。
他にも色々とスキルがあるが、どれを最初にとるべきかは決まっている。
俺は十の魂返しを取得することにした。
すると、ステータス画面に変化が見られた。
・魂 :10
▼習得済み限定【3】
・十の魂返し【派生:五十の魂返し】 ■■■
…複数の命を持った異質な人間の力。十個の魂を持つ。
一つの魂を補てんするには三時間かかる。
★五十の魂返し【派生:百の魂返し】 □□□□□□□□□□□□□□□
…複数の命を持った異質な人間の力。五十個の魂を持つ。
一つの魂を補てんするには三時間かかる。
表示が増えている。
これで複数の命を得たということになるのだろう。
最初に死ぬ時は少し勇気がいるが、多分大丈夫だろう。
死ぬのは慣れてるしな。
次にすべきことは、どの武器を使うか、だろうか。
多分、それぞれのスキルを覚えると派生で様々なスキルを習得できるようになるはずだ。
???と表記している部分は、派生前のスキルを習得しないとわからないみたいだな。
問題は、だ。
スキルの振り直しができるのかどうか。
大概、こういうシステムのゲームは振り直しができる場合が多い。
ただし、かなりのゲーム内通貨が必要だったり、課金を要求されたり、あるいは回数を決められており、それ以上の振り直しはできなかったりする。
やり直しができないと考えて慎重に行動した方がいいかもしれない。
魂のスキルは間違いなく必要だし、大して考えずに取得したが。
五十の魂返しに必要なスキルポイントが多すぎるため、後回しの方がいいかもしれない。
とりあえず、今まで得た能力とは違う能力が開花したらしい。
何もない状態だとさすがに戦えないので助かる。
聖神との戦いでかなり無理をしたから、もう力が得られないと思ったんだけどよかった。
色々な影響が絡み合って、転移当初は表示がバグっていたり、レベルがあったりしたのだろう。
今度の表示には問題ないし、まともに機能していると考えていいと思う。
何もかも初めてだらけだ。推測の域を出ないことばかりで、新鮮だった。
こういうのは嫌いじゃない。
念のため、メインで使う武器を決めた後は、スキルを使ってみよう。
さて次は、武器をどうするかだ。
今までは格闘武器を使っていた。
というかそれしか使えなかったんだが。
今度はシステムとして武器スキルがある。
通常攻撃、つまりオートアタック的な部分は俺の動きで攻撃するだろうが、スキルを使えば、恐らくは自動的に身体が動く。
そうなれば、今までの経験を考慮せずに武器を選んでもいいかもしれない。
単純に、格闘だとリーチの差があるため、不利な部分もある。
その分、俊敏性が上がるスキルとかありそうだけど。
せっかくだし、別の武器を使いたいところだ。
スキルがあるということは、単純な鍛練による経験の差も多少は埋められるだろうし。
リーンガムは広いし、武器は放置されているだろう。
手入れは必要だろうが、恐らくはどの武器もある。
ならばあとは、俺の判断だけだ。
さてどうするか。
決まってるだろ。
「大剣だ」
そう。
大剣は男のロマンだ。
巨大な鉄塊を振り回す。
膂力で敵をなぎ倒す。
強敵も一撃で屠る。
男の子なら誰しも一度は夢見たはずだ!
俺は見た!
だったら、大剣しかないだろ。
どうせ、まだスキルポイントを振らなくていいし、試しということで。
後で街の中を探そう。
竜人がいる可能性があるので、気を付けないといけないけど。
奴隷販売店の近くには職人通りがあるはず。そこには武器防具があるはずだ。
「一先ずはこれくらいか」
俺は手を下げて、画面を消した。
以前は視線での操作だったが、今度は手動だ。
こっちの方が『それらしさ』はあるが、やや手間だな。
これでは戦闘中にスキル変更をするのは危険だろう。
慣れるか、相手の相当な隙があればできなくもないが。
武器の持ち替えという戦法もなくはない。
一つの武器に集中的にスキルポイントを振るか、それとも複数の武器に満遍なく振って、状況に合わせて武器を変えるか。
悩みどころだが、今のところは一つでいいだろう。
俺はベッドに横になり天井を見上げた。
吊りランプがゆっくりと揺れている。
まるで牢獄だ。
みんなは、こんな場所で半年も生きて来たのか。
俺は思考を巡らせる。
竜人を一体殺したため、他の竜族達が来るのも時間の問題だろう。
さて、これからどうするか。
俺は結城さんの泣き顔と、莉依ちゃんの姿を思い浮かべていた。
胸が締め付けられる。
痛みを堪えるために、俺は顔をしかめた。
「そろそろ、かな」
さすがに全員集まっているだろう。
そう思った時、扉が叩かれた。
開くと、そこには結城さんと莉依ちゃんが立っていた。
「あ、あの、みんな集まったみたい」
「わかった」
俺は鷹揚に頷き、部屋を出る。
「ね、ねえ、どうするつもりなの?」
結城さんは不安そうな顔を俺に向ける。
任せろと言われ、結城さんは俺に行動を委ねた。
だが、まだ会ったばかりの俺に信頼があるわけではない。
結城さんは、ただ俺に助けられたこと、それに先ほどの話から、俺に頼ろうと思っただけにすぎない。
彼女の心は限界だったのだ。
しかし、泣きじゃくり、時間を置いて、冷静になったのだろう。
けれど、彼女には再びみんなを率いるような気力はない。
ただ一時的に気力が戻っただけに過ぎない。
不安になるのも当然だ。
そしてその不安は、恐らく『的中する』だろう。
だがそうしなければならないし、そうするしかない。
「大丈夫。俺に任せてくれ」
そう言うしかなかった。
結城さんは迷っている様子だったが、わかったと、頷いた。
彼女も限界なのだ。
俺に頼るには、色々と抵抗もあるだろう。
だが、もう十分だ。
結城さんも莉依ちゃんも耐えてきたはずだ。
他のみんなもだ。全員、確かに身勝手で最低な態度だ。
だが、切迫した状況では、心が荒むだろうこともわかる。
どちらにしても、もう時間はない。
俺がすべきことは決まっている。
それが最適解でなくとも、俺にはそれ以外の手段は浮かばなかった。
見上げる莉依ちゃんの視線を、俺は感じていた。
だが、その視線を受ける勇気は俺にはなかった。
ひたすらに真っ直ぐを見つめ、俺達は広間に向かった。




