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戦いの後 1

 神が死んでから一年が過ぎた。

 神の死を期に、世界は変貌した。

 神の記憶は完全に失われたのだ。

 そして俺達、異世界人に対しての記憶も部分的に消失している。

 これまでの戦いのほとんどは、現地人達の記憶には残っていない。

 『神が存在していたという記憶や、その形跡さえも』消えてしまった。

 想像と創造の力、そして神が消失したことで、すべては変わってしまったのだ。

 聖神、などという言葉を知っている人間は、もうほとんど存在していない。

 俺は円卓についたまま、首を左右に動かした。

 右列にはオーガス勇国の勇王ロメル・オーガス。

 ケセル王国の王、ナディア・フォン・ケセル。

 そして――エシュト皇国の皇帝『シーズ・サラディーン・エシュト』が座っている。

 皇帝も沼田によって、蘇ったのだ。

 左列にはトッテルミシュア合国とレイラシャ帝国の統治者が並んでいる。

 シーズもリーンベルも、俺が知っている彼等ではなくなっている。

 記憶が改ざんされているのだ。

 今、俺達がいる世界は、俺が転移した世界とはまったくの別物になっている。

 神に管理されていない世界。

 だが、同時にそれは人が己の力で生きなければならない世界でもある。

 聖神に依存していたはずの世界は、これからどうなるのか。

 正史を知っている人間は残っていないが、世界を形成した原因でもある。

 歪な世界は、まともな姿になっていけるのか、まだ誰にもわからないことだった。

 グリュシュナ大陸の中心地、名もなき高山。

 そこに五国間、いや六国間交流を目的とした施設が建てられている。

 俺達はその施設の中にいた。

 もちろん、ただの交流のためではない。

 静謐な雰囲気の中、俺は口を開いた。


「では、合意ということでいいだろうか」


 言うと、全員が頷いた。

 五国の王、統治者達が賛同してくれたのだ。

 俺は鷹揚に頷いた。


「エシュト皇国の『ハイアス和国独立に対しての合意』と『六国間の平和条約の締結』はここに為された。

 これからは互いに切磋琢磨し、各国と世界の発展を目指すことを、ここに約束しよう」


 俺はその場に立ち上がる。

 全員が俺に倣い、椅子から立つと、自然と集まった。

 互いに固い握手を交わす。


「豊かな国のために」

「争いをなくすために」

「互いの発展のために」

「国民を幸福にするために」

「新たな開発と研究のために」

「そして、亜人との共存のために」


 それぞれの目標を胸に、俺達は大きく頷き合った。

 後方ではそれぞれの国の人間が俺達を見ている。

 その誰もが、現状を憂いておらず、未来に希望を抱いている。

 この時、この場所で、俺達は、この世界は、ようやく輝かしい道を歩むことができる。

 そう信じて、俺達は将来に思いを馳せた。


   ●□●□


 六国間会議が終わると、各々が自国へと戻っていった。

 六国間の統治者が集結したのは今回が初めてではない。

 聖神との戦い、仮に聖神戦争としておこうか。

 その戦争を終え、世界中の人間の記憶が改ざんされたことは前述の通りだ。

 グリュシュナ中、聖神によって多大な影響を受けていた。

 生活に入り込み、知らない人間はいなかった。

 その聖神の存在や記憶が突然消失したのだ。

 だが、人々に大きな混乱はなかった。

 聖神を『架空の神』であると考え、盲信的な態勢は鳴りを潜めたのだ。

 そのため、国家の考え方も宗教的な側面は弱まり、現実的な思考へと移行した。

 戦争が行われていたらしい、という事実はなくならなかったが、被害はなかったため、各国間の関係性が悪化することはなかった。

 少なくとも表面上では。

 むしろ、俺が五国の王や王女を救ったことで、俺の地位は確立できた。

 世界中の統治者を救ったのだ、多大な功績として認められても不思議ではない。

 もちろん、最初は色々と疑われたりもしたけど、紆余曲折あって、俺に非はないと結論が出たわけだ。

 何が起こったのかを彼等は理解していない。

 自国から離れた地で、統治者達が倒れていたところを、俺が通りかかり助けたということになっている。

 同時期に、聖神教の消失を機に『世界中で亜人が奴隷となっている問題』が浮上した。

 正確には、記憶を失くした彼等の記憶ではそのようになっていた、ということになる。

 実際に起こったことではない、変革は彼等の頭の中で起こっているのだから。

 亜人の迫害は聖神の影響が強かったようで、その支配がなくなったことにより、亜人救済の傾向が強まった。

 もしかしたら沼田が何かしたのかもしれないが、真相は闇の中だ。

 現地人だけではなく、異世界人である俺達の中でも記憶の齟齬が生まれている。

 それは、あとで話すとしよう。

 俺は五国の統治者達との伝手を手に入れ、褒美を問われてこう答えた。


 『望みの土地が欲しい。そしてその場所を国とし、俺を王と認めて欲しい』と。


 当初、かなりの反発があったし、当然ながら五国の統治者達、特にエシュト皇国現皇帝のシーズが難色を示した。

 ハイアス和国跡地はエシュト皇国の土地だし、当然のことでもあった。

 自国の貴族となり、領地を与えるという提案もされたが、断った。

 かなり図々しい望みだったことは理解していた。

 しかし、一国だけではなく、五国の統治者達、全員の恩人であるということから、無碍にはできなかったようだった。

 そこで、俺は亜人の救済対策を一手に引き受けることを交渉材料にした。

 つまり、世界中で困窮していたり迫害されている亜人達を国民として受け入れるということだ。

 元々、そのつもりだったし、事実その方針で国の運営はしていた。

 ちなみにハイアス和国の国民だった人達は、俺のことを覚えているが、俺が王だったことは覚えていない。

 ハイアス和国という国があったことさえ覚えていない。

 だが、明確な記憶はなくとも、俺の存在は無意識に覚えているらしく、全員が俺についてきてくれた。

 とにかく、だ。

 俺の、亜人達の救済対策の提案に、五国の統治者達は諸手を挙げて賛同した。

 亜人達の対策はどの国も頭を抱えていたのだ。

 元々、奴隷として扱っていたが、人権問題が急速に拡大したことで、対応に困っていたらしい。

 亜人の数は相当に多く、その上、突然の法改正などで、簡単に奴隷解放などできるはずもない。

 過剰な労働力と国民の受け入れ、その両方を短期間でやり遂げると、国が破綻する。

 時間をかけて下地を作っても反発はあるし、どこかで妥協しなければならない。

 はっきり言って、自国民にとっても、国の将来性を考えてもデメリットの方が多いだろう。

 ハイアス和国建国にあたり、全国の亜人を引き受けることになれば、一先ずの奴隷の生活は保障できるし、問題は奴隷の主人達への対応だけになる。

 奴隷は財産であるから、無償で引き渡すように強行すれば反発が生まれるため、多少の対価を与えなければならなかった。

 だが、それでも奴隷を解放しようという傾向は薄まることはなかったようだった。

 ハイアス和国は事実上の独立を為したが、実権的には他の国との差異はある。

 六国間との平和条約とは別に、ハイアス和国は五国との相互同盟を結んでいるのだ。

 以前おこなった、ケセル王国との同盟と同じように詳細な条約も締結している。

 ただしケセルの王、ナディアと結んだ同盟は、なかったことになっている。

 彼女の記憶には残っていないからだ。

 特にハイアス和国の戦争や経済的な要因の独占などに対しては、五国からの干渉を受けることになる。

 戦争のような他国へ実害を与える行為をすれば、ハイアス和国は厳罰に処されることになる。

 簡単に言えば、五国すべてを相手にすることになる、ということだ。

 その他にも、ハイアス和国に対してだけ講じられる対策も多くあるが、包括的に言えば、五国への脅威になるような行動を控えろ、ということだ。

 もちろん俺もよほどのことがない限り、そんな考えを持つことはないので合意している。

 自国は五国の植民地ではないが、五国と完全に対等でもない。

 だが、圧政を強要されたり、五国からの圧力を与えられるようなことはない。

 絶妙な立ち位置に腰を据えることができた、と自負している。

 絶対的な地位ではないし、時代によって何もかもが変動するので安心はできないが。

 現在、ハイアス和国の復興はかなり進んでおり、元の住民達以外にも、多くの移民達が集まってきている。

 亜人が大多数の国になるかと思ったが、不思議と人間の移住者も多く、今では亜人と人間の比率はほぼ半々だ。

 独立が公的に認められたのは今日だが、事実上、ハイアス和国は独立を認められていた。

 あくまで公式の認可であり、仮の建国は認められていたことになる。

 この日、ようやくすべては結実した、というわけだ。


 会議を終えた面々はそれぞれ施設を出て、馬車に乗り込んだ。

 それぞれ首脳陣を護衛している兵達がぞろぞろといる。

 それにハイアス和国の兵もかなり派遣した。

 五国の王達が集結するため、厳戒態勢を敷いているというわけだ。

 王達が帰還する中、俺はシーズ・サラディーン・エシュトの背中を見つめていた。

 奴を俺達は殺した。

 傲慢で不遜な人間だったはずが、こうも堅実で厳とした人間になるものか。

 俺が知っているシーズは厳めしい顔つきで、何者も寄せ付けない人間。

 人を人とも思わず、簡単に命を奪うような外道だった。

 だが、目の前にいる人間は賢王そのものだった。

 感情的な波はなく、穏やかでそれでいて厳粛。

 まさに王の理想の姿だった。

 彼の隣には、皇妃であるリーンベルが穏やかな笑みを浮かべていた。

 氷のような表情だった彼女が、あれほど人間的な顔を見せるとは。

 聖神の影響は凄まじいものだったのだろうか。

 もし、聖神がいなければ、彼等も今のような姿でいられたのかもしれない。

 そして、サラ。

 俺に非人道的な仕打ちをした狂った姫、だったはずだ。

 彼女も変わったらしく、柔和な表情で両親と話している。

 なぜだか、その光景が胸を打った。

 ふと、サラと目が合い、俺はほんの僅かに目を見開いた。

 優雅な所作で俺の目の前まで移動したサラは、滑らかに首を垂れた。


「お初にお目にかかりますわ、ハイアス和国和王様。

 私、エシュト皇国第一皇女、サラ・サラディーン・エシュトと申します」

「わざわざご足労頂き感謝します。サラ皇女」


 俺は動揺を顔に出さず、薄く笑った。

 しかし、なぜかサラはじっと俺を見つめる。

 俺は困ったように笑うしかできなかったが、首を傾げて、どうしたのか、と尋ねる。


「もしかして、どこかでお会いしたことがありませんか?」

「いえ、初めてだと思いますよ」


 俺の返答を聞いて、小首を傾げてサラだったが、小さく頷いた。


「そうですか、それは失礼いたしました」


 サラは、一瞬だけ子供っぽい表情を見えたが、すぐに取り繕って姿勢を正した。


「今後も良い付き合いをして頂きたいものですね」

「ええ、本当に。六国間の関係が円滑でいられるよう、私も尽力しますわ」

「それはありがたい」

「それでは、私はこれで。これから急ぎ帰国し、国民に知らせないとなりませんので」

「そうですか。道中、お気をつけて」


 去って行くサラの背中を見て、俺の胸中は複雑だった。

 彼女に対してどういう心情でいればいいのか、よくわからなかったのだ。

 散々な目にあわされたが、それは今いるサラとは違うサラだ。

 だが同一人物でもある。

 確実に言えることは、彼女に過去の話をすることは決してないだろうということ。

 ならば、もう考える必要もないのかもしれない。


「和王様、今よろしいですの?」


 振り返るとそこにはナディア・フォン・ケセルがいた。

 莉依ちゃんと年齢はそう離れてはいないが、流麗な所作と透明感のある容姿により、王たる威厳さを醸し出している。


「ええ、もちろんです、ケセル王」

「此度の独立建国、おめでとうございます。今後もご厚誼を賜りたく存じますわ」

「お互いにそうありたいものです。王としては若輩者ですので、ご鞭撻頂ければ幸いです」

「ふふ、私のような小娘でよろしければ」


 こんな笑い方をする娘だっただろうか。

 自然な顔だった。

 前はどこか演技がかっていたように見えたが。

 彼女の隣に立っている側近は、俺の知らない相手だった。

 俺は、不意に口にした。


「沼田力、という名前を知っていますか?」

「ヌマタリキ、ですか? いえ、聞いたことはありませんわ」


 俺は僅かに目を細めて、地面に視線を落とした。

 わかっていた答えなのに、少しだけ胸が締め付けられた。


「そうですか、失礼しました」

「いえ。申し訳ありませんが、すぐに自国へと戻らなければなりませんので。

 私はこれで」

「ええ、いずれまた」


 簡単な挨拶を最後に、ナディアは去っていった。

 沼田のことをナディアは忘れている。

 彼女のために命を投げ出した、沼田のことを覚えてもいない。

 ナディアのせいではないのだ。

 けれど、やりきれない思いはあった。


「先程の」


 正面から声が聞こえ、俺は再び頭を上げた。


「先程の、名前をもう一度、お伺いしたいのですが」

「沼田力、ですが」

「沼田力、ですか……不思議ですね。

 聞いたことはない名前ですが、どうしてか、覚えていないといけない気がします」

「そう、ですか」

「失礼しましたわ。よくわからないことを申しました。それでは」


 そう言うとナディアは馬車に乗り、帰路に就いた。

 記憶の残滓はあるのだろうか。

 もしそうなら、少しは沼田の想いも救われるかもしれない。

 しばらくして。

 俺は全員との別れの挨拶を終え、周辺を見回していた。


『…………て……』


 何かが頭の中に響いた。

 少女のような声に聞こえた。


「誰だ?」


 辺りを見回したが、女の子の姿はない。

 こんな場所だ。子供がいるわけもない。

 声が妙に耳に残った。

 しかし、あまりに一瞬の出来事だったためか、現実感が乏しかった。


「気のせい、か?」


 疲れているのかもしれない。

 最近、六国間会議関連で休む暇もなかったし、長旅で疲労も蓄積している。

 ようやく一段落して、気が抜けたのかもしれない。


「和王様。各国の王達は出立なされました。我々も帰還しましょう」


 ハミルが声をかけてきた。

 聖神により殺されたが、生き返ったハイアス和国民の一人。

 その記憶は彼等には残っていない。


「そうか。じゃあ、帰るか。俺達の国へ」

「ええ、そうしましょう」


 片づけは兵達に任せて、俺達は馬車に乗り、その場を後にした。

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