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力が欲しい


 ――力が欲しい。


 俺は両腕をぶら下げ、立ち尽くしていた。

 半眼で、地面を眺める。

 路傍の石を焦点とし、姿勢を崩さない。

 森の中、風のざわめきだけが鼓膜を揺らしている。


 ――力が欲しい。


 心の中で反芻する。

 雑念はやがて消え、残ったのは渇望のみだった。

 やや離れた場所で沼田が、腕を組んで見守っている。

 そこはかとなく呆れているような顔だが、気にしてはいけない。

 脱力していた両腕に気力がみなぎる。

 そして、俺はカッと目を見開いて横を見た。


 ――力が欲しい!


「うおおおおっ!」


 咆哮しながら拳を突き出した。

 腰の回転、踏み出す力、あらゆる力を拳に集中させた一撃。

 鈍い音が周囲に響いた。

 風音と共に、鳥達が羽ばたいていく。

 見事な一打だった。 

 俺の拳は、巨木の中心に当たっている。

 当たった――だけだった。

 巨木は厳として存在している。

 倒れる素振りさえなく、表皮が削れただけだった。

 つまり、まったく意味がなかった。

 俺は拳を伸ばした状態のまま、首を動かして沼田を見た。

 そして、真顔のままで言う。


「痛い」


 沼田は長い溜息を漏らした。

 このやり取りは何度目かわからないが、四日間続いている。

 沼田が呆れるのも無理はない。


「何ら変化がないってのは予想外だったぜ」

「俺もだ。でも痛い」


 滅茶苦茶痛い。

 拳を使うことなんてここ一年なかったから、身体が驚いているんだろうか。

 いや、単純にステータスが下がっただけということはわかってはいるのだが。

 というか、だ。

 仮に創造力としておこうか、それが俺にあるはずなのに、まったく変化していない。

 心の中で強く願えば能力が発動するのかと思ったが、そうではなかったようだった。

 俺はジンジンと痛む拳を引き、沼田に向き直った。


「なあ、この方法は正しいのか?」

「さあな……だけどよ、今までのおまえの状況を考慮すれば、おまえの思いが影響していることは間違いねぇ。

 だとしたら、その方法が間違っているということになるだろうな」


 俺は渋面を浮かべ、視線を落とした。

 そも、どういう条件で能力が発動したのかがまだわかっていない。

 確かに、能力、つまりスキルなりステータスなりに反映されたものは俺が強く願った内容が反映されている。

 だが、強く願えば発現するというものでもないようだ。

 違いは、いくつかあるが……。


「もしかして、切羽詰まった状況じゃないとダメ、とか?」

「ありえなくもねぇが、ネコネ族の集落での鍛練で、スキルを覚えたんだろ。

 だったら、それほど切羽詰まった状況でなくても発言はするんじゃねぇか?」


 沼田の言う通りだった。

 エシュト城での出来事も追い詰められてはいたが、状況を打開するような能力はなかったわけだし。

 いや、あの時は逃げたいというよりも、この苦痛から逃れたいという単純な思いがあったように思える。

 ならば、スキル的には間違っていないのだろうか。

 転移の時は一瞬での出来事だった。

 だが、あれは能力が発現する、最初の段階だ。

 ならば、情報として扱うにはやや不安定な材料かもしれない。

 だとしたら、だ。

 他の条件は……。


「時間、か?」

「時間ってのは、どういう意味だ?」

「単純に、スキルを覚えた状況を考えると、それなりに時間を要している気がする。

 拷問の時、ネコネ族の集落での鍛練、リーシュとの修行とか」

「つまり、同じ思いを何度も浮かべるか、長時間思い描くかしないといけないってことか?」

「かもしれないってだけだ。転移直後は時間がなかったけど、すぐに開花したし。

 長期間、仮に思いの力が1として、その思いを持ち続ければ、いずれ100になる。

 短期間、強い思いの力、死にたくないとか切羽詰まった状況だな。

 そういう場合の思いは強いから100に近い数値になる、とか」

「もしそうならよ、おまえが最も忌避していた状況も打破できたんじゃねぇか?」

「限界だったのかもしれない」


 俺の言葉に、沼田は一瞬考え込んだが、はっとした顔を見せた。


「……なるほど、つまり能力的な限界、か。

 そりゃ当然か、力は有限。おまえの創造力はすでに限界に達していた、と」

「恐らくは。俺は無意識のうちに様々な能力を生み出していた。

 だけど、それは無限じゃない。だから『レベルも限界に達していた』んだと思う」

「だが、おまえはもう普通の人間レベルに落ちてるってことは、だ」

「ああ……もしも、だ。

 もしも一点に創造力を集結できれば。

 例えば『すべての創造力を一つの能力に費やせば』あるいは」


 今まで以上の力を得られるかもしれない。

 兵装の凄まじさ。

 他の能力の過ぎた利便性。

 それらがなくなり、残ったのはアナライズと500の命だけなのだから。


「もしかしたら、到達できるのかもしれねぇな。神にも及ぶ存在に。

 けどよ、今はその創造力を自分の意思で使えるようにしなきゃなんねぇ。

 時間がないなら、より強く思い描くしかねぇんだ。

 あと一週間と少ししかねぇんだからな」

「ああ、わかってる。続けるよ」

「そうしてくれ。おまえにすべてかかってんだからな」


 沼田は仏頂面で腕を組んだまま仁王立ちしている。


「シルフィードの調子は?」


 俺は沼田の腕に装着されているものに視線を移した。

 それは俺が愛用していた、アーガイルから貰った武器。

 風を生み出す、技巧武器。


「悪くねぇ。もう十分扱えるぜ」


 沼田が手をかざすと、見事に風の塊が生まれた。

 どうやら既に扱いに慣れている様子だった。

 作戦上、俺がシルフィードを使うより、沼田が持っていた方がいいと判断した。

 共に存在は不可欠、役割も決まっているからだ。

 奴がすべきことはすべて終えている。

 準備は万端。それだけの時間を沼田は過ごしてきたのだから。

 問題は、俺の方だが……。

 とにかく、修行を続けるしかない。

 俺は目を閉じ、再び瞑想した。

 そして雑念が浮かぶ。

 残った能力についてだ。

 アナライズは創造力をあまり使ってはいないだろうが。

 500の命は、リスポーン能力は、多大な創造力を使っているのではないか。

 神に匹敵する力を得るには……無駄なのではないか。

 ならば、これらの能力を消失させれば、もしかしたら。

 そこまで考えて。

 俺は自嘲気味に笑った。


「どうした?」

「いや……結局、俺は自分が可愛いんだと思って。笑いが出た」


 俺は空を見上げる。

 快晴。空は青々としており、白雲が流れていた。

 沼田は俺の言葉を待っていた。

 まだ、共に訓練し始めて数日だが、沼田という人間に対しての印象は変わっている。

 言葉は荒々しいし、利己的な癖に、面倒見がいいのだ。

 でなければ、俺の修行に付き合わないだろうし、ナディアの面倒も見なかったのだろう。

 兄気質なのだろうか。

 俺と同年代だとは思うが。

 俺は小さく笑い、自らを省みる。


「戦う気はない、そう思いながらも分析と多数の命のスキルは消えなかった。

 これがどういうことなのか、おまえならわかるだろ?」


 分析。人は知らないことが恐ろしい。情報を得るために、様々な知恵を働かせる。

 特に人とのコミュニケーションには相手の所作、表情、言動、付随する情報などから汲み取って判断する。

 しかしその信憑性は高いとは言えない。

 人は情報を無意識の内に欲している。だから、分析能力は残っている。

 条件的な不死。人は死ぬことが恐ろしい。

 本当にいつか死ぬとわかっていながら、見ないふりをして現実だけを見据える。

 だが、いつか死期は来る。その時になって思い出すのだ。人は本当に死ぬのだと。

 わかっていても、死を身近に感じれば苦痛を覚える。だから普段は忘れたふりをする。

 けれど、人は恐れている。死を。

 それは俺も同じだった。

 いや、多くの死を目の当たりにした俺だからこそ、死の怖さを誰よりも知っている。

 結局はそういうこと。

 俺は安全圏から傍観しているだけだ。

 死を何度も体験し、死を誰よりも恐れているだけ。

 わかっていたのに、今まで素知らぬふりをし続けただけ。

 戦い、殺し合い、先頭に立って、不幸を背負って、誰かを救おうとしていた。

 でも、それはこの力があったからできたことだ。

 もし、一つの命しかなければ、何もできなかったかもしれない。

 俺は弱い人間なのだ。現在、持っている能力を見れば、一目瞭然だった。

 落胆と失望を自身に向けた。

 そんな中、沼田は眉根を寄せて、首を傾げた。


「……だからなんだよ? そりゃ人間なら当たり前の感情だろ。誰だって死にたくはねぇ」

「だけど、俺はみんなと違って命をかけてない」

「あ? そうかもしれねぇけど、そうじゃねぇだろ。

 おまえが死なない能力を持っていても、死ぬってことには変わりがねぇ。

 痛みも苦しみもなくなっていねぇんだからな。

 確かに完全に死ぬって恐怖はなかっただろうさ。

 けどよ、絶対的に死なないなんて自信、早々持てるもんじゃねぇだろ。

 それに、実際におまえは一度死んでるんだろ?

 幽界に落ちて、邪神に助けられた。その経験があるだろ?」


 確かにそういうこともあった。

 だが、過ぎたことだから、俺には大きな出来事のようには思えない。

 思い返せば、俺は様々な体験をしてきたはずだ。

 だが、それらを乗り越えたという強い達成感はなかった。

 どこか『当たり前』だと思っていたのだ。

 生きている限り、不幸は訪れる、苦難も。

 だから、たまたま俺だっただけで、誰にでも訪れるものだと受け入れた。

 だから、できることを全力でやった。

 その結果が、現在であったとしても、それがわかっていても、俺の行動は変わらなかったのではないか。


「あのよ、死ぬ死なないって恐怖は確かにある。けどよ、それ以外にも色々あるだろ。

 痛いのは怖い、苦しいのは怖い、否定されるのは怖い、傷つけるのは怖い、非難されるのは怖い、責任を負うのは怖い、不幸になるのは怖い。

 けどよ、おまえはその恐怖を全部背負って、何度も死んで、それでも抗ったんだろうが」


 俺は唖然としたまま、沼田を見た。

 沼田は小さく、舌打ちをしながら視線を逸らす。


「俺はおまえが気に食わねぇ。おまえもそうだろ。だから慰めてるわけじゃねぇ。

 思ったことを言っただけだ。いいか? 調子に乗んなよ?」


 不快そうに顔を歪めて言い訳を並べる沼田を見て、俺は苦笑した。

 不器用なのか本心なのか、よくわからないが、沼田の言葉は俺の心に染み渡った。


「人間ってのは高尚な生き物じゃねぇ、汚くて利己的で最低な生き物だと俺は思うぜ。

 だからこそ、自分にとって大事なもんをなくしたくねぇんだろ。

 それだけが人間としての尊厳を保てる、唯一の方法なんだからよ」


 一途な思いが伝わった。

 沼田という人間は、どういう人間なのか少しだけ俺は理解しつつあった。

 一つのことだけ。

 誰かのことだけを考えている。

 だから無情にも見えるし、時として人間味が垣間見える。

 そういう男なのだ。


「ああ、そうだな」


 その言葉しか、俺は発することができなかった。

 それから、一週間と少し経過した。

 そして――世界総力戦が始まる日になった。

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『マジック・メイカー -異世界魔法の作り方-』

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