幕間 共闘
ハイアス和国、港湾区画。
漁師統括役であるラカは港前で佇んでいた。
彼の近くには数人の漁師達も並び、沖を睨んでいる。
大雨、風も強く、当然ながら海は荒れている。
ラカは顔を打つ雨を気にせず、正面を見据えていた。
「……こいつはまずいな」
嵐の一歩手前だ。
今まで、海が荒れることはあったが、堤防でどうにかなる程度の規模だった。
今回に至っては津波の恐れがある。
急場の堤防を土嚢で造ったが、焼け石に水だろう。
結局、備えつけの堤防に頼るしかなさそうだが。
しかし、問題はそれだけではなかった。
「親父さん! やっぱり間違いない! 沿岸から大型船が複数こっちに来てる!」
下っ端の漁師が慌てた様子でラカの下に駆け寄ってきた。
ラカは神妙な面持ちで、彼の話を聞き終えると、唸った。
山賊の急襲に関して、ラカも聞き及んでいるし、港から離れて、助力するつもりもない、という意思を王には伝えておいた。
国のため、と考えればかなり身勝手な考えであることは承知の上だった。
だが、それでも自分達は海の人間なのだ。
そして腕っぷしが強くとも、海賊ではない。
戦うならば海で、生きるならば海で、そして死ぬのも海で。
そうやって生きて来た。
だから、山賊達と戦わず、港に滞留したのだ。
しかし今、まさに海の男である、自分達は対応に迫られている。
間違いなく、海賊の類がこの港に迫っているのだ。
敵は、少なくとも100はいるだろう。
自分達は50。しかも戦える男は24、5程度だ。
後は子供、老人、女。
相手も海上戦は得意だろうし、有利な部分はない。
数では負けているし、漁師達は戦いのエキスパートではないのだ。
山賊達との戦いを拒絶しておいて、自分達が危険になったら助けを求める、なんてこともできない。
あの王は今回の戦には参加しない、と聞いている。
何か理由があるのだろうか。
それとも単純に臆病風に吹かれた、のか?
……あの、強さを持ちながら、山賊程度に臆すものだろうか。
いや、とラカは頭を振った。
考える必要はないのだ。
彼が王として何かの意図を持って行動しているのだとしても、一国民である自分に汲み取ることはできないのだ。
あの王は、思いのほかよくやってくれている。
建国以降、漁師達の不満は薄れていっているし、王への敬意を持つ者も増えている。
さて、どうするべきか。
戦うにしても勝算がなければ、ただの蛮勇だ。
目的を見失ってはいけない。
自分も、漁師達も家族やこの場所を守りたくて残った。
だが、最優先なのは、家族なのだ。
ならば……逃げるという選択肢も。
「親父、どうするんだ!?」
雨音の中、声を張り上げる新人。
他の漁師達も同じように、ラカを見つめていた。
不安、恐怖、そして覚悟。
それらの感情が、彼等の瞳や佇まいに表れていた。
ラカは、生まれてからずっと見てきた、港や海を見つめる。
鼻に残る潮風は強風で薄れているが、忘れもしない。
長らく海の恩恵を受け、共に生きて来た。
だが。
それも潮時なのかもしれない。
自分には責任がある。
ここに残ってくれた連中は、自分の、身勝手な執着心に巻き込んでしまった連中だ。
自分を慕い、信じてくれた。
先の戦争でも、そうやって残ってくれたのだ。
奇跡的に助かったのはクサカベのおかげだった。
だが、それも今回は難しいのかもしれない。
前回のオーガスに比べ、相手の兵数は圧倒的に少ないが、分隊の上、王は戦に参加していない。
ならば、やはり今回は……。
この国の行く末に期待していた自分もいた。
だがそれも結局は自己中心的な思考にすぎない。
そうやってまた漁師達、家族を振り回すのだろうか。
ラカは深く息を吸い、そしてゆっくりと吐いた。
「……逃げっか」
動揺する面々の中、ラカは自分に失望していた。
そんな言葉を吐く自分に嫌気がさした。
だが、それは自分。自分、自分、全部自分の考えだ。
大事なのはみんなを守ることなのだ。
それを忘れていた。
いや、ずっと考えていた。
なのにここまでずるずると長引かせていたのだ。
そう、この決断は正しい。
「で、でももし、俺達が逃げたら、海賊たちは港から街に入り込んじまう。
そうなったら、街中の国民は殺される!
そ、それでいいのか?」
その言葉は、ラカの心を突き刺す。
一言一句、彼の言葉は間違っていない。
正しい。
だが、それは自分達を犠牲にしなければならないということでもある。
残念ながらラカは港を中心とした場所に愛着はあるが、国民や中央都市には同様の想いを抱いてはいない。
家族達を守るために、彼等を犠牲にするのもやむなし、と考えている。
それは無情ではあるが、当然の帰結でもあった。
誰しも、すべてを守れはしないのだから。
「もう、十分粘った。ここまで俺についてきてくれた。
それでいい。もう、この土地はおしまいだ。そういう運命だった。
運よく、ここまで無事だっただけだ。潮時さ」
亜人との共存は好ましくなかった。
それに、平穏さえも失われた。
ならばこの土地に残るのはもうやめよう。
人が何かを決断する場合、必要な条件は総合的なものなのだ。
何が大事か、何を優先するか、様々な条件を加味し、決断する。
簡単ではなく、複雑だ。
そして現時点で、ラカはすべてを放棄し、仲間達を守るという選択をしようとしている。
漁師達は何も言わなかった。
ラカの考えをくみ取ったと同時に、自分達も命を賭して戦おうという気概がなかったのだ。
「あんた!」
声に振り向くと、女達が立っていた。
先頭にはラカの妻である、アンネがいた。
ラカは近場の男衆に目配せした後、アンネに向き直った。
「家から出るなって言っただろ」
「そんなこと言ってる場合じゃないんじゃないのかい!
海賊も迫ってる、山賊も街を襲ってる。悠長にしている暇はないじゃないか!
あたし達も戦うよ!」
見ると、女達は手に銛を手にしていた。
表情も勇ましい。男達に比べ、女達は気力に満ちている。
「いい。戦う必要はないんだからな」
「どういうことだい? まさか……あんた、逃げるって言うんじゃないだろうね!?」
図星をつかれて、ラカは渋面を浮かべる。
他の男達も内心では逃げるつもりだったためか気まずそうに顔を背けた。
「今そこに、海賊たちが来てるんだろう!
あたし達が戦わないと、街の人達が殺されるじゃないか!」
「それは俺達が考えることじゃない。俺達は漁師だ」
「何言ってんだい! そんなの他の人達も一緒だろうさ!
警備局の人達も戦いを専門とした人達じゃない、それでも国を守ろうと戦ってるんだ!
そりゃ、山賊達が来るって時は、あんたの指示に従ったさ。
それは、ウチらが出張っても邪魔になるだろうし、港を守りたいってあんたの想いを知ってたから何も言わなかった。
けどね、今回は話が別だよ。
ここはあたし達の家だ。場所だ。それを守るために戦えるのは、あたし達しかいない!
逃げてどうすんだい! 守るために残ったのに、今さら怖気づいたって?
はぁ、情けない。それでも男かい!?」
「お、俺はおまえ達のことを思ってだな!
今まで振り回したし、今回もまた、って考えると悪いって思っただけで」
「はあああああ? バッカじゃないのかね、あんた。
今まで、振り回したんなら、最後まで振り回す責任をとりな!
あたし達も振り回される覚悟を持って残ってんだよ!
それを自分だけで勝手に決めて、勝手にやめんじゃないよ!
男なら、自分で決めたことは最後までやりとげな!」
「し、しかしだな」
「あーだこーだ言ってる暇ないってのさ!
ほら、もうすぐ海賊達がやってくる、早くしないと何もできないよ!
皆とのまとめ役なら、うだうだ言ってないで、ピシッと仕切りな!」
ラカはアンネに詰め寄られて何も言えなくなってしまう。
普段は、おおらかで何でも受け入れる寛容な女性だが、いざという時はラカの尻を叩いて励ましてくれる。
姉さん女房だ。年下だが。
「あー、もー、わったよ! ったく、おまえに言われたら、もう退くに退けねぇだろ」
「突き進んじまえばいいのさ!
少なくとも、あんたは王様のことを認めて、この場所に残ったんだろ。
だったら、最後まで信じてやんな! あたし達はできることをすればいいのさ!」
その通りだった。
粗雑だが、アンネの言葉はラカに気力を与えた。
そうさ。
迷う必要はなかったのだ。
もう引き返す必要もないのだ。
ここまで来たのだから、今更止めるなんて情けない。
戦おう。
そう決意した。
「よし、野郎共! 海賊共をぶっ飛ばせ! 海の男の底力見せてやれ!」
アンネの叱咤を受けていた最中、男達もラカと同じような心境になっていったらしい。
その証拠に。
ラカの言葉に、全員が呼応し、気勢を発した。
「やってやるぜ!」
「海賊共、見てろよ!」
「舐め腐った野郎共を許すな!」
単純思考の漁師達は先ほどとは打って変わりやる気に満ちていた。
だが、今はそれでいいのだ。
「悪いな、手間をかけさせちまった」
「まったく、情けない亭主を持つと大変だよ。死ぬんじゃないよ。
あたし達もできることをする。安心しな、あんたより先には死なないからね」
「ああ、わかってる。よし、野郎共! 配置につけ!」
「了解!」
ラカは簡単な作戦を全員に伝えた。
そしてラカの指示の下、漁師達は武装し港に配置した。
いざという時のため、とクサカベが武器や防具を用意してくれていたのだ。
今回はそれを使わせてもらう。
もしかして想定していたのだろうか。
……考えるのはよそう、王の考えはわからない。
ラカ達は短い時間で準備を終え、港で海賊達を待ち受けた。
弓矢、火砲の類は持ち合わせていないため白兵戦に臨む。
そのため、身を隠し、海賊達が着岸してからが本番だ。
各々、家屋や堤防の影に隠れた。
戦力差は歴然だ。
どうする、勝てる見込みはあるのだろうか。
海賊達の船が岸に着いた。
灯りがないため遠目では良く見えない。
そのためか、海賊達は物静かにしながら港に足を踏み入れた。
奇襲のつもりらしい。
実際、かなり近くに来なければ彼等の存在は認識出来なかった。
山賊達と組んでいるのは間違いない。
山賊が囮になり、港から内部に侵入する算段のようだ。
雨音にかき消されそうなほどに小さな足音が港に響く。
暗闇の中、不穏な空気が漂っていた。
海賊達が港から、都市内に入った時に開戦する。
時間がなかったため、その程度の作戦しか伝えていない。
やはり敵の数が多い。
次々に港に足を踏み入れる海賊達。
装備もしっかりしており、腕も立ちそうだ。
不安が胸を占める。
だが、戦わなくては。
そう決断したのだ。
後方にいる海賊が頭領らしい。
大柄の男で無骨な風貌、無精ヒゲなので不潔そうだ。
先頭の海賊が港を通り、都市内へ向かおうとした。
その瞬間。
「ぐわああ!」
海賊が叫んだ。
「敵だ! 殺せ! うっ!」
頭領らしき男が叫ぶ。
奇襲は想定していなかったようだった。
次々に倒れる海賊達。
ラカは動揺しつつ、動向を見守った。
そう、漁師達はまだ動いていなかったのだ。
都市側から誰かが攻撃している?
ということは味方なのか。
ならばこれは好機だ。
逡巡するな。
行け!
「今だ! 行くぞおおおおぉ!」
ラカの叫びに呼応し、漁師連中も物陰から飛び出した。
「奇襲だ!」
海賊達が叫びながら、漁師達と相対する。
海賊達は前後からの攻撃に混乱し、上手く対処出来ていなかった。
ラカは海賊と切り結びながら、味方の姿を見た。
「あれは……?」
そこにいたのはライコ族達だった。
ラカは一瞬にして嫌悪感を抱いたが、それよりも現状が意識を奪った。
亜人への忌避感と、目の前の現実。
迷いは僅かだった。
亜人達の助力を受け入れるしかなかったからだ。
海賊達と戦いながらも、亜人達の姿を視界に入れる。
やはり、獣だ。
吠えながら海賊達を葬る姿は、味方であろうとも受け入れがたい。
そう思いつつも、心の片隅で頼りにしている部分もあった。
それが気に食わなかった。
「らああああ!」
若い海賊がラカに斬りかかる。
だが解りやすい軌道を避けるのは容易く、ラカは半歩下がるだけで凶刃から逃れる。
たたらを踏んでいた海賊の首を一閃。
相手は一瞬にして地面に伏した。
海賊自体は然程強くないようだ。
だが、数が多い。
こちらは亜人達を加えても50程度しかいないのだ。
そして。
「大砲だ! 逃げろ!」
轟音と共に、地面に着弾した砲弾が、石床を破裂させる。
弾けた石が周囲の人間を吹き飛ばした。
大型船に残していた乗組員が大砲を放ったようだ。
見ると、桟橋から僅かに移動させ、港に向けて大砲を打てるように調整していたらしい。
「……ちっ!」
ラカは二度目の舌打ちをする。
大砲の存在、相手との数の差、そして。
海賊に取り囲まれたからだ。
「こいつが、敵の大将だ!」
どうやらラカの力量や行動を見て、漁師達の統括役だとバレてしまったようだ。
別段、細かく指示を飛ばしてはいないのだが、自身が殺されれば動揺が広がるだろう。
死ぬわけにはいかない。
数は八。
勝てなくもないが、厳しいだろう。
ラカは緊張した面持ちで、曲刀を構えた。
これは本格的に不味い状況だ。
そう思った。
が。
「ぐあああ!」
右方の海賊が悲鳴をあげた。
海賊達もなにが起こったのか理解していないようで、倒れた海賊に視線を向けた。
ラカは意識を奪われそうになるのを寸前で止め、隙を突く。
海賊達の視界から外れるように移動し、左方の海賊達に斬りかかった。
一、二、三。
視界外からの攻撃に海賊達は対応できず、一瞬にしてこの世を去る。
右方の敵も何者かによって倒れていた。
残ったのは一人。
合間を置かず、ラカは曲刀を振り下ろそうとした。
が、海賊は動きを止めていた。
白目を向き、その場に膝をつくと、そのまま倒れこんでしまう。
ピクリとも動かなかった。
「危なかったようだな」
冷静な声音が聞こえた。
暗がり、雨のカーテンから現れたのはライコ族。
ラカはライコ族の佇まいと言動から、自分と同じ立場だと直感する。
ライコ族の統括、長。
確か、名前はカンツとか言ったか。
王から名前だけは聞いていた。
ラカは助かったという思いと同時に、亜人に助けられた事実に苛立ちを覚えた。
そんな状況ではないことはわかっているのに、感情は浮かび上がる。
「どうして、助けた」
言外に、漁師達が亜人を嫌っていることを知っているはずなのに、という意味が隠れている。
知っているはずだ。
漁師達、港の人間が、都市内の人間以上に亜人達との関わりを避けていることに。
悪感情を抱いて当然。
そのはずが、この亜人は自身を助けた。
なぜ? そう思わずにはいられなかった。
カンツは別に興味なさ気に、すんなりと言った。
「王の命令だからだ。それだけのこと。我々は国を守るため、戦う」
つまり、王は海賊の強襲を即座に理解し、応援を送ってくれたのか。
海賊が上陸し間もなくライコ族達が来た、ということはかなり早い段階で命令を出していたということだ。
王は戦には参加しない。
だが的確な指示をすれば、国民だけで戦えるということを証明しつつあった。
ラカは、目の前の亜人を見据える。
人間以外の知的な生物。
忌避していた存在だ。
はっきり言って、今でも受け入れがたいし、近づきたくもない。
だが。
「助かる」
素直にそう思った。
彼等がいなければ、恐らく漁師達は全滅していた。
何が大切か、何を優先すべきか、何を捨てて、何を救うか。
それを見誤ってはいけない。
亜人達は憎い。
亜人のせいで、多くの漁師が死んでしまったからだ。
だが、その憎悪のせいで、漁師達を犠牲にしてしまっては本末転倒だ。
今は、少なくとも今だけは、亜人の助力を受け入れよう。
ラカの言葉に、カンツは一瞬だけ驚いた顔をして、近場の海賊を吹き飛ばした。
間髪入れずにラカはカンツの肩越しに曲刀を真っ直ぐ突き出す。
カンツの後方にいた海賊の喉元に、剣先が刺さっていた。
一瞬にして海賊は絶命し、バシャっと水音を鳴らしながら倒れる。
「助かった」
カンツの感謝にラカは小さく頷く。
再び、二人の周囲に海賊が群がる。
なるほど、カンツとラカが隊長であることは、すでに知られているようだ。
二人は背中合わせになり、周囲の海賊を睨んだ。
「やるか」
「ああ」
どちらともなくそう言い、武器を構えた。




