開戦
都市ハイアス西門前。
各所の門戸は完全に閉じられ、急場の土嚢や木材を積み重ねることで補強されている。 南北の門の周辺、防壁上には少ないながらも見張りを立てている。
西方、防壁上にはネコネ族、弓兵が十数人ずつ配置。
その他の兵は、門前に集まっている。
横に伸びた陣形、南から第二、第一、第三小隊の順に並んでいる。
第一はディッツが、第二はケインが、第三はカンツが隊長である。
すでに各隊長にはディッツよりテレホスフィアが配布されていた。
「隊長! 報告です! 物見が山賊の姿を確認しました!
数は200! 火砲の類はなし。一時間程度で到着するかと!」
「わかった。下がれ」
「はっ!」
部下の報告を受け、ディッツは眉間のしわを更に深くする。
「200か……」
「ライコ族がいれば問題はない」
カンツは腕を組み仁王立ちしている。
絶対的な自信と誇り。
それは強みにもなるが弱みにもなる。
特に、協調性が重要視される状況では、後者が色を濃くするだろう。
人間と亜人の間にある溝は深い。
例え自国を守るため、という目的があっても互いに抱いている悪感情は薄れないだろう。
事実、カンツ達、ライコ族やネコネ族を見る人間達は、明らかに嫌悪感を抱いている。
亜人達も同じだ。そこには単純な嫌悪感以外の感情もあった。
……予想以上に、簡単なことではなさそうだな。
ディッツは口には出さず、胸中でこぼした。
全員が団結しても、倍の敵を倒すのは容易にはできない。
相手の力量はわからないが、たかが山賊。
経験のある傭兵であれば勝てるだろう。
だがこちらは民兵が主だ。
頼りの王は、今回は手を貸さないと言っている。
ライコ族は戦闘能力が高く、頼りになるだろうが、協力できるかどうかは別だ。
個々に行動する自軍に対し、相手は恐らく連携がとれる。
戦闘経験、士気の高さ、隊行動の練度を鑑みればわかる。
かなり厳しい戦いになることは。
ケインとカンツ、ディッツは向き合い最後の確認をしているところだった。
盾と剣を持った前方隊はすでに待機している。
後方の弓兵隊も足元に矢を置き、腰には矢筒を携えている。
隊長は中心からやや後方に位置する。
弓、魔術による遠距離攻撃から始まり、接近してからは近距離戦に変更。
隊形を維持し、分断されないように戦い、各個撃破する、という簡単な流れだ。
自軍は寄せ集めの兵だ。
複雑な連携はとれない。
仕方のないことだった。
戦場なのだ。
怪我は当たり前、死人も間違いなく出るだろう。
その覚悟を全員ができているかどうか。
ディッツは面々の顔を見回す。
大概が不安そうにしており、士気が高いとはいえない。
今にも逃げ出しそうな兵も少なくない。
初の戦だ、当たり前のことだった。
説明を終えた時、わなわなと震えていたケインは激昂する。
「あの王は、何してんだよ!」
「……王は戦いに参加しない。指示を出すことになる」
「なんだって!?」
憤りのままに青筋を立てるケインに、ディッツは難しい顔を向ける。
「シェーンを見捨てた後は、国民全員を見捨てるつもりかよ!」
「王には王の考えがあるんだろう。俺達は俺達の仕事をすればいい」
「ディッツさん、あんたそれでいいのか!?
あいつは力があるのに、それを出し惜しみして俺達を見殺しにするつもりなんだぞ!」
ケインの気持ちはわかる。
少し前に親友を失い、そしてすぐに戦闘が始まってしまうのだ。
まともな精神状態ではないだろう。
ケインにとって、クサカベは怠惰な王として認識されているのだろう。
ケインはクサカベを知らない。
だから自分が見たことしか理解できないのだ。
それは当然で、無知でもある。
だが、クサカベの行動を擁護することはディッツにも難しかった。
国民の立場からすれば見捨てられたと考えてもおかしくはなかったからだ。
仮に、王の強大な力を知らなければこんなことにはならなかっただろう。
ではクサカベが力を見せず、上手く立ち回りオーガスを撃退すればよかったのか。
……いや、クサカベの力を知ったからこそついて行こうと思った人も少なくないだろう。
他者の功績を批判するなど傲慢に他ならない。
ならば何が正解なのか。
ディッツにはわからなかった。
ケインは矛盾に気づいていない。
王を責めながら、王の力を頼りにしていることに。
そしてその根本的な感情があるからこそ、ハイアス国に残ったことに。
だがその部分を指摘しても意味はない。
今の彼に、ディッツの言葉を受け入れる冷静さはないだろうから。
だがディッツは、ケインの行動に対して、率直に思ったことがある。
「愚かだな」
己の言葉かと思ったが違った。
不意に聞こえた声は隣から発せられていた。
カンツだ。
「なに……?」
ケインは怒りのままにカンツを睨み付けていた。
「自国の王を責める前に省みることをしない。自身の責任を転嫁しているだけだ。
王は、貴様の乳母ではない。国民の奴隷でもない。
自身の安全を守りたいならば、毛布に包まって一人で震えていろ」
「あ!? てめえ、喧嘩売ってんのか?」
ケインは物怖じせずカンツの胸ぐらを掴んだ。
だがカンツは路傍の石を見るように、興味なさそうに見下していた。
「自分や大切な存在の命を他人に預けている時点で、貴様は責任を放棄している。
生きたいならば戦い、勝ちとれ、それが自然の摂理だ。
王はその手助けをする存在だ。その観点で見れば、あの王は優秀であろうよ」
「は! あの王様って奴はさ、亜人を解放したからな。
その恩があるから味方してんだろ? 俺には関係ないな」
「本当に愚かだな……貴様達は一度、あの王に助けられている。それは私達もだ。
その恩を忘れていることさえ気づかない。助けられて当然か?
戦いを選んだのは自身であるはずなのに、その責任を他人に押し付ける。
貴様は、鳥頭なのか?
それともわがままを言えば誰かが助けてくれると思っている子供か?」
「んだと、てめえぇ!」
ケインは拳を振るったが、カンツは楽々と受け止める。
腕力は雲泥の差だ。ケインに勝てる要素はない。
ケインはただの若者だった。訓練もディッツにしてもらっただけだ。
元々運動神経はいいが、それだけ。戦闘経験は皆無だった。
「ぐっ! く、くそ!」
「おい、もうやめろ。これから戦いって時に内輪もめするんじゃねえよ!」
ディッツの言葉にカンツは手を離した。
ケインは腕を抑えつつ、カンツを睥睨した。
シェーンとケインの友人であり、第二小隊の副隊長にも任命されたロッド。
彼は後方で見守っているだけだった。
ケインの加勢をするつもりはないらしい。
カンツは呆れたようにケインを見下ろした。
「力を持つ者の行動を、他人が決めるな。自身の弱さと愚かさを無視して他人に縋るな。
見苦しい。貴様は何のために生きている?
他人に、王に寄生するためにここにいるというのならば目障りだ。
調査隊で任務を全うし、命を落としたシェーンとやらを巻き込むな。
彼は己の意思で戦い、死んだ。貴様とは違う。
何もできぬなら、しようともしないならばさっさと失ね」
「ぶっ殺してやる……!」
「できるものならな、貴様のような口だけの人間にできるとは思わんが」
「おい、いい加減にしろ! カンツ、おまえは隊長なんだぞ。冷静になれ!
ケインも、感情的になるんだったら除名するぞ!
争うんだったら、戦が終わってからにしろ!」
ディッツの叱咤に、双方は沈黙した。
だが互いに納得したようには見えない。
まだ戦いが始まってもいないのに、この状況だ。
先が思いやられる。
カンツは剣呑とした雰囲気のままに、無言で隊に戻った。
残ったケインとディッツ、そしてロッドも口を開かない。
雨音だけが響き、兵達は動揺したままだった。
『王様は来ないのか?』
『王は戦わないのですか?』
『俺達だけで戦うのか……』
『無理だ、殺される』
『な、なんで王は来ないんだ!』
『俺達は見捨てられたのか? 捨て駒なのか?』
『話が違う! 国民を守るって言ってたじゃないか!』
そこかしこで聞こえる。
これが、もうすぐ戦場に臨む兵達の姿勢なのか。
もしかしたら数人程度は逃げてしまったかもしれない。
だがディッツは兵達の心情を理解できた。
しかし、王に頼りきりの考えが浮き彫りになったことも事実だった。
「これが国民の総意だ。ディッツさん。それでもあいつを庇うのか?」
ケインの言葉は胸に突き刺さった。
それでもディッツは決断したのだ。
王を、クサカベを信じると。
もしも。
俺達が勝たなければ、国民達は殺されてしまうのだろうか。
そうなってもクサカベは戦わないのだろうか。
……違うだろう。
根本から間違っている。
俺達の仕事は、役割はなんだ。
国民を守る、それが俺達の仕事なのに、王であるクサカベにその役割を押し付けようとしている。
自身で望んだ結果なのに。
「うおおお!」
ディッツは吠えつつ、自分の顔を殴った。
鋭い痛みが頬から顎に伝わると、口腔で血の味が広がる。
「ディ、ディッツさん?」
突然の奇行に、ケインが僅かに怯えていた。
そんな若者をディッツはキッと睨む。
「王がどうとか、シェーンがどうとか関係ない。
この戦いに負ければ、国民達は死ぬ。
俺達は守るために、戦うために警備局に入った、違うか?」
「そ、それは……」
「おい! おまえら! 愚痴愚痴言ってんじゃねえ!
人のせいにして情けないとは思わねぇのか!
敵を倒さないと、みんな殺されんだよ!
俺達の仕事は何だ! 戦ってみんなを守ることだろ!
他のことはどうでもいい! 自分で決めたことならやり遂げろ!
全員、戦うためにここにいるんだろうが!」
ディッツの決して巧みではない言葉に、兵達は戸惑っていた。
しかし、先ほどまでと違い、王を非難する声は収まった。
ディッツはチッと舌打ちした。
こういう時、上手く言葉にできない自分に苛立ったのだ。
クサカベならもっと上手くやるだろうに。
だが、不器用な自分にはできない。
それでも少しは兵達に気持ちは伝わったのだろう。
士気は僅かに上がったように見えた。
だが決して万全ではない。
そんな中。
「隊長! 山賊達がまもなく来ます!」
物見の兵が帰還と同時に叫んだ。
●□●□
ハイアス和国、西方1キロ程度。
森林を超え、平原に出たところだった。
「んー? んん? おー、見える見える。なんだあ?
100、いるか? いないか? いるよな? 少ねぇよな?
副頭領、やるじゃないの。報告通りだな!
ってことは? やっぱり噂は嘘だったってか。
あんな数で倒せるはずがないよな、オーガスをさ。
なあ? そうだよな? そう思うよな?」
ドヴァルが隣の部下に問いかける。
そう思うか思わないか。
返答を間違うと殺されてしまう。
そんな簡単なことでこの男は人を殺すのだ。
恐怖した部下は戸惑いながら、頷いた。
真顔だったドヴァルだったが、不意にニコッと笑った。
「うんうん、そういうこと! そう思うよな!
間違ってないな、そうだよな! うんうん、そういうこと!
そういうことなんだよなぁ、当たってる。
あ? あああ? あああああ? 当たってる?
あああ!? 本当にそうか? そうかなああ? んーー!?
…………ま、いっか、じゃ、行くか」
正解でも不正解でも最後までドヴァルの行動はわからない。
部下は運よく、正解を引き、最後まで生き抜いた。
部下は気を抜かず、ドヴァルが離れて行った姿を見て、ようやく安堵した。
そして。
ドヴァルは上機嫌で先頭に立ち、そして突然、走り出した。
「オラアアアアアッ! 殺せ殺せ殺せえええええええええっ!」
狂気のままに叫び、駆ける。
その後ろを、慌てて部下達が追いかけた。
頭領である男は、先陣を切る。
ハイアス和国の兵達を殺すために。




