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トライディア 愛染縁は静かに暮らしたい  作者: K村 Tかし
序章
1/1

第一話 偽りの家族を捨てた男

 ~愛染家~  


「ただいま」


 男が玄関の扉を開き『ただいま』と声をかけるが、家の中から返事してくれる者は誰もいなかった。

 家族が『おかえり』と返事をしないのはいつものことであり、寂しいことだが男の日常の一部となっている。

 彼は二十歳で結婚して一男一女の子宝にも恵まれているが、最初から妻や子供達とは距離をおかれていた。

 男は家族との心の距離間に悩み、会社の同僚や上司に相談して自分でも思いつく限り改善を試みてみたが、解決にはいたっていない。

 悩んだあげく、妻と子供達に自分のどこが悪いのかを直接聞いてみたことがあるが、妻には『あなたに、男としての魅力を感じなくなった』と言われ、子供達には『うぜー』、『キモーイ』と言われてしまった。

 ここまでくると普通は直ぐに離婚するのかもしれないのだが、男は家族にたいする愛情から、いずれ自分を受け入れてくれることを信じて仕事に精を出した。

 彼の名は、愛染(あいぜん) (えにし)。身長百九十五cmで赤銅色のガッシリとした頑丈な肉体、優れた運動能力に普通の人より強い腕力、ゲームが趣味の四十歳の強面をした男である。


 「はぁ・・・・相変わらず返事はなしか・・・・」


 縁はため息をつきながら家に上がる。

 返事が返ってこないのはいつものことだが、今日は縁以外の家族は皆出かけているようで、家の中からは人の気配がいっさいか感じられなかった。


 「ん?」


 縁がソファーに深く腰掛けて何気なくテーブルの上を見ると、置きっぱなしにされたスマートフォンが目についた。

 付けられてるストラップからそのスマートフォンが妻のものであることが分かった。

 妻は常に肌身はなさず携帯しているのだが、置きぱっなしにて出かけるなんて珍しいなと思いながらそのスマートフォンを手にとった。

 そしてその時、縁の心に魔が差して普段ならけっしてしなかったであろう行動をしてしまう。それは妻のスマートフォンの中身を覗き見ること。

 彼にしてみれば家族との心の距離を少しでも縮めるヒントがあればという軽い気持ちであり、スマートフォンにロックが掛かっておれば諦めるつもりだった。

 しかし、スマートフォンにはロックが掛かっておらず、簡単に中を覗き見ることができた。

 できてしまったのだ。


 「ははは・・・・、何だよコレ?俺の、俺の今までの二十年間って何だったんだ?全ては無駄だったのか・・・・」


 スマートフォンの中身を覗き見た縁の口から乾いた笑いと絶望に染まった言葉が零れ出る。

 縁が見たメールの履歴は妻と高校時代の同級生との不貞のやり取り。

 そのメールの履歴には結婚前から今も尚ずっと関係が続いていおり、さらに信じたくない事実として子供達が縁との子ではなく、元同級生との間に産まれた子であることまで綴られていた。

 確かに息子や娘の外見は、妻に似てることはあっても縁に似ているところはまるでなかった。彼は間抜けなことにゴツイ自分に似ず妻に似てくれて良かったと思っていて、まさか託卵されているとは考えてなかったのだ。

 さらに、驚くことに自分の子でないことを二人の子供はこの事実を全て知っていた。

 スマートフォンの中身を見て真実を知れば、子供達が自分に懐かない理由を簡単に納得することができる。子供達からすれば縁は赤の他人でしかなく、妻にとっては(てい)のいいATMでしかなかったのだから。

 他にもメールの履歴には今後の予定のようなものが綴られていた。その内容は、縁が定年を迎えたら退職金を慰謝料として全て分捕ってから熟年離婚し、その後に元同級生と再婚するというものであった。

 全てのメールを読み終えると、縁は両手で顔を覆い声を殺して泣いた。心の内にあった家族への愛を、全ての想いを洗い流すかのように泣き続けた。

 そして翌日、縁は会社を休むと興信所で探偵を雇い、妻と元同級生の不倫の証拠を集めるために動きだした。

 給料の全ては妻に握られていても、彼には結婚前に貯蓄していたものと死んだ両親の遺産があったために資金に困ることはなかった。

 そして、不貞の証拠は三ヶ月で十分すぎるくらい集った。当人達にまるで隠す気がないのかと思うくらい簡単に。

 十分な証拠が集まると、縁は会社に退職金は給料とは別の口座へ振り込んでくれるようにしてもらって退職した。

 上司も部下も縁が退職することを惜しんでくれたが、訳を話すと理解してくれて『自分のやりたいようにやれ』と応援してくれた。


 ~会社を辞めて一ヶ月後~


 「行って来ます」


 相変わらず、家族だと思いこんでいた者達は誰も見送ってはくれなかったが、縁はそれを気にすることなく家を出る。

 自分の書斎の机の上に、妻の不義をしていた証拠のコピーと記入済みの離婚用紙、数社で行ってもらった子供達のDNA検査の結果、そして一通の手紙を置いて・・・

 この日、縁は二十年間、同じ家で過ごした偽りの家族を捨てたのだった・・・・


 ~縁失踪から一月後~


 縁が家を出てから一ヶ月経ち、妻である(めぐみ)は銀行へお金を卸に行ったのだが・・・・


 「え?」


 残高が三百八十六円しかなかった。

 恵は自分の目を疑い何度もATMの表示画面を見直すが、残高三百八十六円は三百八十六円であることに変わりはない。

 本日は縁の会社の給料日のはずであり、お金が振り込まれていないのはおかしいと縁の勤めていた会社に電話をして確認をする。


 「はい、OX建築ですが?」


 「もしもし、私はそちらに勤めている愛染縁の妻の恵なのですが、あの今月の給料が振り込まれていないようなのですがどうなって・・・・」


 「はい?愛染さんでしたら、先月末をもって我が社を退職されておりますが?」


 「え?そんな話は夫から一言も聞いていないのですが!」


 「そんなことを言われましても、弊社を退職なさったことは間違いないことです。既に退職金も先月末に振り込んおりますよ」


 「今日銀行へ行ったら、その退職金とやらも入金されていませんでしたよ!」


 「はあ、でも退職金に関しては、愛染さんより給料とは別の口座へ振り込んでくれとのことでしたので、そちらへ振り込ませてもらったのですが」


 「それも含めて、夫からは何も聞いてない!夫は何処へ行ったんですか!」


 「身内の貴女が知らないのに、我々が知る訳がないでしょう?ご家族のことはご家族で解決して下さい。では、ご用件が以上でしたら、これで失礼させていただきます」


 「そんな!待っ・・・・」


 ガチャリと無情にも通話は切られてしまった。

 

 「まさか、会社を辞めていたなんて・・・・」


 会社を辞めていたこともそうだが、いつから家で縁の姿を見なくなったのか、恵には思い出すことができなかった。

 どれだけつらく当たっても、縁が自分のことを愛してくれていると信じて疑わず、彼の行動を見ていなかったことが裏目に出た結果だ。

 警察へ捜索願を出すことも考えたのだが、世間体を考えると失踪してから一ヶ月も気づかなかったのかとか聞かれた場合を考えると、安易に警察を頼ることもできない。

 恵はお金を卸すこともできずに、今後の生活をどうしようかと暗澹たる気持ちを抱えながら家に帰った。


 「あ、お袋おかえり。顔色が悪いがどうしたんだよ?」


 「・・・・ないのよ」


 「え、ない?何がないんだよ?」


 「お金がないのよ!あの木偶の坊、いつのまにか会社を辞めてて今日振り込まれているはずの給料がないのよ!」


 「なんだって!なら、退職金は?会社を辞めたのなら退職金が振り込まれてるはずだろ!」


 「それも給料とは別の口座に振り込まれたらしいのよ」


 「そんな!金がなくて、今日から俺逹どうやって暮らすんだよ?!」


 「そんなの、私が知りたいわよ!」


 「ふぁ~、うるさいなぁ。ママもお兄ちゃんも玄関で何を騒いでるのよ?」


 「早苗(さなえ)!呑気にしてる場合じゃねぇよ!糞親父が失踪しちまって、今日からの生活がままならねえんだよ!」


 「は?何を言って・・・はっ?マジで!?」


 恵と誠二(せいじ)は、早苗に全てを説明する。

 二人の話を聞き終え、内容を理解して慌てる早苗。三人は取り敢えず、家捜しをして何か縁の行く先を示すものがないか探すが、見つかったものは書斎の机の上にあった恵と間男である藤堂(とうどう) 一馬(かずま)との不義の証拠、記入済みの離婚用紙、子供達のDNA検査の結果と一通の手紙だけだった。

 その手紙の内容は・・・


 『恵、誠二、早苗。お前達がこの手紙を読んでいるのは、俺がいなくなって一週間か?それとも一ヶ月か?三人とも俺には全く興味がなかったようだからな。

 さて、俺が失踪した理由については手紙と一緒に置いておいたものを見ればわかるな?

 お前達のことを家族と思って振り向いてもらいたかったのに、実際は血の繋がりすらなかったことに乾いた笑いしかでなかったよ。お前達にとって、俺という存在はATMでしかなかった訳だ。

 恵、離婚用紙に判を押して市役所に提出しておけ。離婚するにあたり財産分与として、給料が振り込まれてた通帳の金は全部くれてやる。その代わりに退職金は俺が全て貰うがな。お前がこの二十年間、妻としてきちんと給料を管理して貯蓄していれば、退職金と同じくらいはあるはずだろ?

 誠二に早苗、二人とも今後は学費にせよ、お小遣いにせよ、全て実父である藤堂から貰え。流石に、俺も血縁も愛情もない奴らのために、これ以上金を出す気にはならんからな。

 まあ、真っ当に職にもついてすらいない藤堂の奴に出せる金なんてないだろが、その親は金を持ってた筈だからな。

 俺の方は、お前達から離れて悠々自適に第二の人生を歩ませてもらう。間違っても、俺を探し出して何とかしてもらおうなんて考えるんじゃねえ。

 俺に接触しようとしたら、問答無用で裁判にして、お前逹と藤堂を吊し上げて慰謝料請求させてもらうからな。

 訴え出ないことが、俺からお前達に対する最後の情だと思いやがれ。

 俺の二十年を無駄にした代償に、苦しみながら底辺生活でもおくってくれよクズども。

 PS

 最後にお前達は今住んでる家は俺の持ち家だと思ってるだろうけが、そこ借家だから。家賃滞納し続けると追い出されるぞ?もう、三ヶ月くらい払ってねえしな。それと追加の爆弾もあるからな』

 

 手紙を読み終えると、子供達は顔を青くして、恵は膝から崩れ落ちた。

 三人は今まで縁の給料で好き勝手な生活を送っていて、まともに貯金すらしていなかったのだから当然のことだろう。

 誠二と早苗は高校の高校生であり、これから大学受験などで金がどうしても必要となるのにその金がない。  今から母親である恵が働こうにも彼女は短大卒業後、直ぐに縁と結婚して専業主婦になったために働いた経験がない。 

 まともな職歴も資格も持っていない四十代の女を雇ってくれるような会社は早々ありはしないのだから、三人が直面した現実に絶望しても仕方ないことだろう。

 この後、恵は子供達とともに実家を頼るが、縁が真実を知り失踪したと聞かされると恵の両親は発狂した。

 実はこの両親、縁から毎月多額の金銭的な援助を受けていて豪遊していたのだ。流石は恵の両親、娘同様クズである。

 彼らは今後自分達の僅かな年金でやりくりしなければならないことに絶望し、恵達の助けを求める声を拒絶した。

 そんな両親に援助を拒絶された恵は家にあるものを売ることで急場をしのいだ。が、直ぐに家賃を支払うことができなくなってしまい住む家を追い出されてしまうことは明白である。

 急場は凌いだが今後どうするかで恵が頭を悩ましているところに、藤堂一馬とその母親が転がり込んで来た。

 この突然転がり込んできたこの二人が、縁の手紙の最後にあった爆弾である。

 藤堂家は幾つもの会社を経営している大金持ちなのだが、恵が結婚したのは縁の方であった。一馬は今まで結婚したことはない。にもかかわらず自分と結婚したのは何故か?そのことに疑問を抱いた縁は、恵が一馬と結婚しなかった、いやできなかった理由を調べた。

 そして調べた結果はこの母親に反対されたからであり、さらに一馬は藤堂家の血を継いでいないことまで判明してしまった。

 つまり、一馬の母親は恵が自分と同類であることを嗅ぎ取り結婚に反対した訳だ。

 で、縁はこの調べた結果を藤堂父に送りつけ、藤堂父が縁の調べたことの裏をとり、結果として一馬とその母親は縁を切られ藤堂家を追い出されたのだ。

 ここから坂道を転げ落ちるように恵の地獄が始まった。

 恵はパートと内職で金を手にし借家を追い出されることは免れることはできたが、もう一人の働き手であるはずの一馬は働かず、その母親は嫌みばかりを言い、なれないパートと内職で彼女の心身は日に日にすり減っていった。

 そして縁が失踪して半年後、恵の子である誠二と早苗の二人がバイトの帰りにトラックに跳ねられ死んでしまった。

 恵と二人の子供の稼ぎで何とか維持してきた生活。

 二人の子供が亡くなった悲しみよりなにも、今後どうすることもできない絶望感から恵の心は壊れた。

 この後、心の壊れた恵は一馬とその母親を殺害し、自らもまた命を絶った。

 こうして、縁の二十年を奪った者らは終焉を迎えたのだ。


 ~一人になった縁~


 縁は家を出るとまず、ホームセンターへ向かい鉈やチェーンソー、金槌などの工具にメタルマッチ、テントなどのアウトドアグッズ、包丁セットや鍋、フライパンなどの台所用品、各種野菜の種を買うと、次はワーク○ンで大きめのザック、安全靴、ツナギを数着購入した。

 購入したそれらを軽トラに載せ、途中にある店で当座の食糧や調味料を購入して都心からだいぶはなれた田舎町へと向かった。

 到着したその田舎で縁は山を複数所有する人物を探し出し、その人から両親の残してくれた遺産と退職金を使って山を一つ譲ってもらう。

 その山で数日はテントで暮らし、その後は購入した工具で周囲の木々を切り倒して山の中腹に丸太小屋を建てて、周囲を開墾して畑を作っていった。

 元々縁は自然と触れ合うことが大好きであり、学生時代はよく一人で山の中で過ごしていた。その時の経験で身に付けた技術と野草などの知識のおかげで随分と快適に過ごすことができ、縁が住む反対側は下ると海があり釣りを楽しむこともできた。

 毎日畑で作物を育てたり、海で釣りをしたり、山中を駆けずり回って野草を採取したり鹿や猪を狩る生活を送っていたお陰で、結婚してからの二十年で蓄積されたストレスも解消されて、縁は自分本来の性格を取り戻していった。

 そんな風に毎日を山で楽しくすごし、家を出て早半年。

 季節は秋から冬へと移り変わろうという頃、縁には頭を悩ますことがあった。


 「ふぁ~」


 縁の口から欠伸が漏れる。彼はここ何日も同じ夢を見つづけてるせいで睡眠不足に陥っているのだ。

 しかも目を覚ますと夢の内容はよく憶えておらず、ただ自分に助けを求める声だけが耳にこびりついていた。

 

 「夢の内容は憶えてねぇのに『助けて下さい』って声だけが耳にこびりついてる。いったい何だってんだ?ここ最近ろくに寝れてねぇ俺の方が助けて欲しいわ」


 そんな悪態をつきながら、縁は冬に備えて保存食を作る。

 しかし、ここ最近ろくに寝れてないせいで縁の意識は少しずつ遠のいてゆき、やがて眠りについていく。

 そして縁が眠って少し経つと、彼が住む山の中腹一帯の空間が歪みに飲み込まれていった・・・・


 ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

 感想、評価、誤字脱字報告などお待ちしております。

 また、次話でお会いできることを・・・

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