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妹ですみません  作者: 九重 木春
-波乱の腐女子編-
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コミック発売記念 妹の聖地 前編


「つ、ついに完結してしまった…………」

 私は屋上で膝の上の週刊誌を見下ろして呟いた。


 フライングバッターの最終話では、甲子園で優勝した飛人が大学に進学。大学の野球部に入部届けを出しに行くと、ライバル兼幼馴染みの穂積君が先に入部していて部室の扉を開けてくれる、という最高の締め方だった。


「始まりがあれば終わりもあるってわかってはいたけどな。あと一年、いや五年は続いて欲しかった」

 正面に座る仲島が眉尻を下げて溜息を吐いた。春を迎えて、暖かくなってきたので今日は屋上で仲島と昼食を取りながら今週号の感想を語り合っていた。


 先週号で次週完結! とアオリが入っていたので覚悟はしていたが寂しさは拭えない。ぱらりと最終話の最後のページをめくれば、フラバタの完結記念としてアニメとの共同企画で開催されることになったスタンプラリーの情報が載っていた。目に飛び込んで来た最新ニュースを見て興奮した私は、思わず仲島の肩を叩いて声を掛けた。


「仲島見て! フラバタでスタンプラリーやるんだって!」

「おい、むしろ今更気付いたのかよ」

「だって最終話のショックで……」


 漫画の内容にばかり目がいっていて気付かなかった……!!

 全てのスタンプを集めると、先着千名で限定ポスター(しかも描き下ろし!)が貰えるらしい。開催場所は原作者の倉敷先生の地元である京都、期間は来月から夏休みいっぱいだった。その情報を目にして少しの迷いが生じた。


 フラバタにブラハン、投資ジャンルが増えたことにより金欠状態が続いている。その上、最近始まったバレー漫画も気になり始めていた。来月はオンリーもあるし、夏コミも待ち構えている。そこに追い打ちを掛ける京都への遠征……。


「もしかして、お前行くのを迷ってるのか?」

 正気を疑うような目で仲島に問われて、私は慌てて返した。


「行きたい……激しく行きたいんだけどさ!」

「オレは絶対に行く。アニメは続いてても、原作が終わるってことはこんなイベントはもう無い等しいんだぞ! その貴重さを理解してるのか、冴草」

 仲島の熱い訴えに私はハッと目が覚めた。このチャンスがもう一度巡ってくるとは限らないのだ。最愛ジャンルの華々しい最後にお金のことを気にしてる場合じゃなかった。


「そうだよね、行くよ。ぐずぐずしてたら限定ポスターだって貰えなくなっちゃうし!」

 私の返事を聞いて「それでこそ冴草だ」と仲島は満足げに頷いている。


 お金のことはどうにか工面しよう。バイトを増やせばいいだけなのだ。今年は受験生だから、本当はバイトを減らして勉強に集中するべきなのだと頭ではわかっているのだけれど……気分転換も必要だ。

 私は仲島とスタンプラリーの詳細に目を走らせながら、期待に胸を膨らませた。





 家に帰ってからも、私はスタンプラリーの情報を片っ端から集めていた。ソファに体育座りをしながらスマホをいじり続けている。

 スタンプが置いてあるお店には原作で飛人が食べていた地元限定のアイスクリームがあったり、フラバタグッズが置かれていたり、等身大パネルがあったりするらしい。


 どうせ行くならスタンプラリー以外の場所も巡ってみたい。日帰りだからしっかり予定を組んでおかないと回りきれなくなりそうだ。早朝に家を出た方がいいだろう。


「やっぱり行くならバスだな」

 新幹線に比べて断然安い。自分でも初遠征が同人イベントじゃなく、スタンプラリーになるとは思っていなかった。

 もうバスの予約入れておこうかな、とスマホを眺めていたら「へぇ……」と兄が背後から私のスマホを覗いてきた。耳に響く兄の美声にビクリと体を震わせた。


「い、和泉さん!?」

「誰と行く予定なの?」

 至近距離で話しかけられて、赤い顔をする私に対して兄は真顔で話しかけてきた。


「ひっ、一人で行くつもりですけど」

 仲島がカメラを持って一人気ままに回ると話すのを聞いて、私もそうすることにした。最初は幸さんを誘うことも考えていたのだが、自分のペースで好きな所を回ってフラバタの地を満喫するのも乙というものだ。


 そう伝えた途端、兄の顔はパァッと輝いた。

 果たして今のどこに兄の喜ぶ要素があったのか? 疑問に思っていると答えはすぐに出た。


「じゃあ、俺と一緒に行こうよ!」

 そ、そういうことか……! 兄の意図を知って首を横に振った。


「い、いえ、すごい個人的な用事なので和泉さんが行っても楽しくないかと」

「そんなことないよ、それに行きたい神社があるんだよね。ここなんだけど……」


 兄がスマホを出し、見せてくれた画面には見覚えのある神社が映っていた。そこは、フラバタで部員全員が甲子園の必勝祈願に行った神社、のモデルとなったフラバタ界の聖地だった。勿論、目的地のひとつとして含まれている。


「悠子ちゃん今年受験でしょう。学業成就で有名らしいから、ここに一緒に祈願に行こうよ。交通費なら俺が出すし」

「え、そんな悪いです」

 と言い切る前に兄はニコリと笑って遮った。


「マイル券、今使うべきだよね?」

 兄に言われてその存在を思い出した。ホワイトデーに貰ったマイル券。兄と旅行に行きたい時に使って、と渡されたけど使うのも勇気がいるし引き出しに締まったままだった。


「悠子ちゃん、マイル券まだ一度も使ってないよ。俺いつ出してくれるのか楽しみにしてるのになぁ……」

 シュンと残念そうな顔をされて、良心が痛んだ。私だってせっかく父にあげた肩たたき券を使って貰えなかったら……と考えると兄の気持ちもわかるのだ。それに兄の言うように私はこういう機会でもない限り出さないだろう。


「……ちょっと待ってて下さい」

 私はソファから立ち上がって自分の部屋に戻った。引き出しを開けて、ハサミで綴りになっている券を切り取った。その券を一枚持って部屋を出ると、兄は扉の前に立っていた。兄は私の手に持っているものにすぐに気がついて嬉しげに照れ笑いを浮かべた。


「私、まだ何も言っていませんけど」

 頬を赤く染めて睨む私の手から兄は券を奪っていった。


「でも、使ってくれるんでしょ?」

 人差し指と中指で挟んだ券を口元に持っていって兄はそれにキスをした。


「ありがとね、悠子ちゃん」

 目元を和らげて嬉しそうに笑う兄に「普通それ言うの、私の方ですよね」と返したいのに何も言えなかった。

 絶対に兄は、自分のしていることの威力を理解していない。私は顔の熱を自覚しつつ、兄の鼻唄を聞いていた。






 ――翌日になって、兄が昼食の席で驚くべきことを言った。両親と豊が買い物に出掛けていて、私と兄が二人で柚子塩ラーメンを食べている時だった。


「あ、悠子ちゃん。一泊二日で宿はとっておいたからね」

「や、宿?」

 ……あれ? 私は日帰りの予定だったんだけど。

 いつの間に泊まりで出掛ける話になっていたのか。


「ほらこの旅館、風情があるでしょ。有形文化財に指定されてるんだって」

 兄は旅館の情報を紙に印刷してきてくれていて、私にそれを見せてくれた。老舗旅館の周囲には竹が植わっていて傍の庭には朱塗りの橋が映っている。山の奥にある隠れ家のような宿だった。温泉も何種類かあるようだ。


「純和風って感じですね……」

「うん、前に一緒に箱根に行った時、悠子ちゃん気に入ってくれたみたいだったから」

 それよりも兄は私と二人で泊まることに対して深く考えるべきだ。兄は以前、高校生の不純異性交遊の危険性について厳しいことを言っていたと思うのだけど自分が大学生だからその範疇に入らないのだろうか。

 黙って旅館の写真を眺める私に兄は少し焦った様子で声を掛けてきた。


「あっ、もしかしてホテルでビュッフェの方が良かった? 今からでも変更しようか」

「いえ、この宿は素敵なんですけどね?」

 もっと根本的な問題を気にして欲しい。


「良かった! ずっと考えてて沢山候補はあったんだけどね、人の目を気にせず二人でゆっくり出来る場所にしたんだ。楽しみだね、悠子ちゃん」

 満面の笑みで語る兄に「日帰り旅行にしましょうよ」なんてとても言える雰囲気じゃない。


 最初はスタンプラリーに参加して、フラバタの地を巡りオタク心がくすぐられる一人旅になるはずだったんだけどなぁ……。


 とんでもないことを当然のように報告してきた兄は「ラーメン、早く食べないと伸びちゃうよ」と声を掛けてくる。その表情からは疚しさなど一欠けらも感じられない。


 その兄の態度に私の警戒が馬鹿らしくなってきてしまう。交通費も兄が出してくれることになったし、聖地をのんびり回ることが出来るようになったのだから純粋に旅行を楽しむべきだ。


 私は気持ちを切り替えて、ぬるくなったラーメンをすすり始めた。 












兄はー腐女子街道編ー『14 兄の衝撃』から次なる旅行の計画を立てていたという事実…。


本日『腐女子な妹ですみません』コミカライズ一巻の発売日です^▽^

詳しくは、活動報告にて!!


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