番外編4 父親の一歩 オマケ
二月十四日から一ヶ月、ホワイトデーを迎えた。昔は母と麻紀ちゃんにしかあげていなかったが、今年は今までで一番作った。家族に友達、十四日はバイトもあったのでバイト先のおばちゃんにもチョコを渡した。
だから一番お返しの多い年でもあった。
私はバイト先で貰った大きな紙袋に上機嫌でお返しのチョコをまとめて、総菜屋の裏口から外へ出た。今日はテスト前だからと早めに上がらせて貰えたので明るい内に帰れる。
来年は受験だからバレンタインも今年ほど手を掛けられないだろう……そう思うと今年は多くの人に渡すことが出来て良かった。
帰宅して玄関に入ると兄がココアを入れて待ってくれていて、私は急いで制服から私服に着替えてリビングへ降りていった。
「はい、どうぞ、お返しのチョコレート」
「ありがとうございます!」
兄から小さな紙袋を受け取って、中を覗いてみる。そこには紺色の紙に包まれた高級感のあるチョコレートの箱と長方形の封筒が入っていた。
丁寧に手紙も書いてくれたんだ……。
感動しながら手紙を取り出すとパラパラと手紙が下に伸びた。見てすぐにつづりになっている券だと気付いた。
「悠子ちゃん、父さんに肩たたき券あげてたから俺もマネしてみたんだ」
私が父にあげた手書きの券と違って、兄がくれたのは切り取り線もあってパソコンで印刷されたクオリティの高い券だった。しかも文字だけでなく動物のイラストまであって可愛い。
けど見逃せないのは何と言ってもその用途だった。
「デート券は解るんですけど、このイスハグ券って?」
「そのまんまの意味だけど? 俺がイスになって悠子ちゃんを抱きしめる券だね」
「じゃあこっちのマイル券は……」
「俺と二人で旅行したい時に使って! 準備はこっちで全部するから心配しないで」
準備とかじゃなくて、心配なのは他の所ですから!
券は上からデート券五枚・イスハグ券三枚・マイル二枚の十枚つづりだ。
何というノルマ。とんでもないものをプレゼントされてしまった。
「もっと色んな券考えたんだけど少しずつ叶えればいいかなって思ってさ。三つに絞ったんだ」
「へ、へぇ、そうなんですか」
これって私がというよりも、兄が喜ぶ券なんじゃないだろうか……。デート券は何とか使えそうだけど他のは難易度が高い。
私は苦し紛れに手元のマグカップを持って兄がいれてくれたココアを飲んだ。
「どんどん使ってね!」
追い打ちを掛ける兄は期待に目を輝かせている。券を見ても一生懸命作ったのが伝わってくる。うーんと頭を悩ませながらココアを飲んでマグカップを机に置いた。
「悠子ちゃん、口の周りついてる」
兄が自分の唇をトントンと叩いて教えてくれる。すぐに手で拭おうとすると兄に手首を掴まれて止められた。
「俺に取らせて」
と兄の薄い唇が正面から近づいてくる。
え、ちょっと何する気ですか、と頭を殴ろうとした時、扉の向こうの父と目が合った。
その瞬間、私は頭が沸騰して羞恥のあまり兄を突き飛ばして一番近い個室であるトイレへ逃げ込んだ。
見られた、お父さんに見られた!!
一体どこから見られてたのだろう。父の角度からだともうくっついているように見えたかもしれない! 違うのに!! でも恥ずかしくて弁解も出来ない……。
私は叫びたい気持ちで小一時間トイレに籠もるのだった。
《トイレの扉の前の父子の会話》
兄「親父、邪魔すんなよ」
父「不可抗力だ……」




