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妹ですみません  作者: 九重 木春
-波乱の腐女子編-
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番外編4 父親の一歩 前編

何度も書こうと思った親父視点。

ようやく形にすることが出来ました。

「お父さーん、朝ご飯出来ましたよ」

 階段の下の方から愛娘の声がする。オレは意識がうつらうつらとする中、のっそりとベッドから起きあがった。隣に妻と幼い息子の姿はない。


 一体、どこに出掛けたのだろう……。


 寝間着から私服に着替えてリビングに向かった。すぐに台所で横並びに立って皿洗いをしている悠子ちゃんと和泉が目に入った。


「おはよう、悠子ちゃん、和泉」

 オレが二人に挨拶すると二人同時におはようの返事が返ってきて、悠子ちゃんと和泉は目を合わせて笑った。


「悠子ちゃん、妃さんと豊がどこに行ったか知らない?」

「小児科へ予防接種に行きましたよ」


「だったらオレに声を掛けてくれれば車出したのに……」

 朝、起きて妃さんと豊が見えなくて一瞬ひやっとした。悠子ちゃんと和泉がこの場にいなかったら、オレはすぐさま妃さんに連絡を取っていただろう。


「昨日仕事から帰ってきたばかりなんですからゆっくりしてて下さい! 私もフライパンとか洗い終わったら朝食を食べるので、お父さんは冷めない内にどうぞ召し上がって下さい」

 ダイニングテーブルには朝食が並べられていて、お味噌汁から湯気が立ち上っている。


「いや、二人の洗い物が終わるまで待ってるよ」

 そうですか? と返事をした悠子ちゃんは皿洗いを再開させた。暇つぶしにポケットからスマホを出すと台所から小さな鼻歌が聞こえてきた。


 今日は天気もいいし、冬にしては暖かい。窓辺から差す日差しが悠子ちゃんと和泉を照らしていた。その光景が眩しくて目を細めた。

 心地の良い鼻歌に耳を澄ませていると、隣に立つ和泉が悠子ちゃんの鼻歌に鼻歌を被せてきた。同じ音が重なり合うと悠子ちゃんはびっくりした顔で和泉を見上げた。


「っな、何で二期オープニングを…?」

「普通にランキングに入ってたよ。悠子ちゃん昨日もお風呂で歌ってたし、いい歌だよね」

「まさかお風呂の前で聞き耳立ててたんじゃ」

「偶然だよ。お風呂って結構音響くし。俺、耳がいいんだ」


 ニッコリ言い放つ和泉に「そういう問題じゃないと思うんですけど……」と悠子ちゃんは怪訝な顔をしている。悠子ちゃんの反応がいいから和泉もからかいたくなるのだろう。小学生男子みたいなことをしてるなぁ、と愉しげな和泉を見て気持ちが和んだ。


 味噌汁の匂いが漂う温かな食卓に、愛しい家族と笑い声が響く家。

 自分には関係ないと思っていた生活がここにある。






 ――あの時、追い駆けて良かった。


 思い返せばすぐに記憶が蘇る。四年前の彼女との出会いは鮮烈だった。

 今、ここにはいない妻のことを思って目を伏せた。


 妃さんを初めて見たのは、発展途上の国で農業指導をしている男性の傍で現地の人に通訳をしている所だった。オレはその村の傍の森林へ撮影に来ていて、こんな所に日本人女性がいるなんて珍しいな、と思ったのを覚えている。


 衛生的にも整っている環境ではないし、お風呂もなく、交通も不便で一日の寒暖差が激しいこの土地が長期滞在は難しい場所だとオレはすぐに悟っていた。


 その三日後、何カ所も虫に食われて高熱を出した時は正直「失敗した……」と後悔していた。でも来たからには絶対にいい写真を撮って帰りたい。そう思いながらベッドで寝込んでいる時に現地の森の案内人であるアナンが紹介してくれたのが妃さんだった。


 その時のオレは一生の内で最も情けない姿をしていたと思う。固いベッドの上で汚れたポロシャツに短パン姿で顔も体も虫さされだらけで、正しく目も逸らしたくなるような様だった。そんなオレに妃さんは、


「早速、洗礼を受けましたね!」

 と明るい声で激臭のするどどめ色の液体をオレに塗りつけていった。この村では一般的な虫さされの薬らしい。


「先生は忙しいんで、私が代わりにきました」

「え、貴女はお医者さんだったんですか?」

「ちがいます、ここに来たのはお手伝いしに来たたけです。人間困った時は助け合いですよ」

 彼女と話すようになったのはそれからだ。


 賀村妃さんは、今まで会った女性と誰とも違った。明るくさばさばしていて村の人にも好かれていて常に傍に誰かがいた。顔は日に焼けて、よく顔に泥をつけて農作業を手伝っている所を何度も見た。男に話しかけられている所も何度も見かけた。


 彼女は綺麗な人だ。働き者で親切で義理堅い。生き方も美しく彼女の魅力を倍増させていた。彼女の薬指に指輪はない、から結婚はしていないと思う。けど異性と二人で出掛ける姿は一度も見かけたことはなかった。





「マサキは、キモチワルイね……」

 撮影の休憩中、アナンが切り株に座って溜め息を吐くオレに呟いた。

 そこは、日本人ならオブラートに包む所だ。


「オレはどこにでもいる一般的な日本人だよ」

「この前、村の食事処で一人でご飯食べながらニヤニヤしてるのを見た。また、キサキを誘えなかったんダナ」

 気持ち悪いと思われる程のことはしていない。オレは彼女がよく行くという店で食事をしながら、偶然会えたらいいなとか、彼女が好きだという料理を食べて「妃さんの料理食べてみたいなぁ」と想像に耽っていただけだ。


「いいんだよ、妃さんはきっと誰が誘っても異性と二人きりだと頷かない」

「ナンデ?」

「変に期待を持たせない為に」

 観察していればわかる。妃さんはどんな男の誘いもやんわりと断る。きっとそれが彼女の優しさなんだろう。その姿を見て彼女を困らせたくないと思った。


 オレにとって妃さんは高嶺の花だ。妃さんの歩んできたまっさらな人生に対して自分は後ろ暗いところばかり歩いてきたから余計にそう思った。


「キサキは毎週同じ時間に電話を掛けてる。故郷に待たせている男がいるって女達は噂してる」

「う、噂は噂だろ」

「ソウダナ」

 余計な情報を手に入れてしまった……。




 村にいる間、オレは何度も偶然を装って妃さんと話をした。だからあまり長話は出来なくて、挨拶だけだったりちょっとした世間話をする日が多かった。オレの滞在期間は三週間、妃さんは二ヶ月だと話していた。


 日本に帰国する日は妃さんに伝えていた。オレの二週間後に妃さんは日本に帰る。妃さんと一緒にいる時間は残りわずかになっていた。


 木陰で本を読みながら立ち続けること二時間、ホームステイしている家に帰る途中の妃さんに声を掛けて隣を歩いた。


「そろそろ日本に帰るんですけど妃さんは、お土産は何がいいと思いますか?」

 いつもは買って帰らないが、少しでも話をしていたくて話を振っていた。


「私も前は買ってたんですけど、最近は買って帰らないんです」

「あぁ、荷物になりますしね」

「いいえ、私が帰ってくるのが一番のお土産だって言ってくれたから。実際、買ったお土産より土産話の方が喜んで貰えるんですよ」


 それは、一体誰に――?


 聞きたくて聞けない質問だった。

 オレは妃さんに想われている相手が羨ましくてたまらなかった。


「じゃあ、その人の為にも妃さんは怪我ひとつしないで帰らないといけませんね」

 かろうじて出せたのは、妃さんの背中を押す気持ちだった。きっと妃さんを待っている人は一日でも早く会いたいと思っているし、心配だってしているだろう。


「……ええ、そうね!」

 眩しい笑顔に目が釘付けになった。彼女が幸せならそれでいいじゃないか。オレと違って彼女には待っている人がいる。


 三週間の間、オレはいい夢を見させて貰ったのだ。この広い世界で妃さんと会えたことに感謝した。彼女を知って愛を知った。これもいつか美しい思い出になるに違いない。そう思いながらオレの片思いは幕を閉じる――はずだった。


 が、帰国する一日前になって村人から予想外の知らせが届き、オレは鈍器で頭を殴られたようなショックを受けた。仕事が順調に進んだことで妃さんの帰国が早まり、オレより早く日本に帰ることになったのだ!


 オレは焦った。頭が真っ白になった。

 ――もう一生彼女に会えないかもしれない。


 そんな予感が頭を過ぎった。心の準備はしていた筈だったのに本当は準備なんか何も出来ていなかった。未練がましいにも程がある。妃さんと連絡先のひとつ交換していない現実に激しく後悔した。


 そんな時、呆然とするオレの背中をアナンがドンッと叩いた。


「行けよ、マサキ」

「いや、きっともう間に合わないよ」

 オレは俯きながら首を振った。ひとづてに聞いた彼女が飛行機に乗る時間まであと二時間もない。今からでは絶対に間に合わないのだ。


「間に合わせろよ! キサキみたいないい女はな、必死にならないと手に入らないんだよ。この根性なしが!」

 アナンは問答無用でオレを車に乗せて空港までハイスピードで駆け抜けていった。車に乗っている間、オレはもう一度彼女に会いたいとその思いで胸がいっぱいだった。


 こんなに急に別れが訪れるなんて思いもしなかった。

 会えたら何を言おう。「好きです、つき合って下さい」なんて告白、学生時代だって吐いたことがない。そもそも彼女には日本に恋人がいるかもしれないのだ。そうしたら、交際をお願いするのは迷惑でしかない。


 けどせめてこの思いだけでも伝えたい。オレに愛を教えてくれてありがとうって妃さんの目を見て言いたい。 妃さんに伝えたい言葉は沢山あった。車が空港に泊まって、走ってロビーに向かったらそこには奇跡的に妃さんの姿があった。


 飛行機の点検作業があってフライトが遅れているがようやく出発可能になったと放送が流れていた。

 保安検査場の傍にいる妃さんになりふりかまわず手を振って名前を呼んだ。


「妃さん!!」

「正輝さん、見送りに来てくれたんですか」

「待って下さい、オレまだ妃さんに伝えてないことがあって……」

 傍まで駆け寄って言い募ったが彼女は首を横に振った。


「すみません、もう行かないと。誰より大切な娘が待ってるんです! See you again!」

 笑顔で手を振る彼女に一瞬見惚れてハッとした。

 次に会う具体的な約束なんて自分たちの間には存在しない。

 言うなら今しかなかった、一生後悔し続けるくらいなら。


「娘さんと一緒に幸せにしますから俺と結婚してください!!」

 妃さんは呆気にとられた顔をしてオレを見ていた。日本語で話しているから周囲の人間にはオレと妃さんの会話の内容は解らない。けれど間違いなく注目を浴びていた。


「ほ、本気で仰ってます?」

「本気です。だから今飛行機に乗るのは考え直して下さい。代わりのチケット代も全部オレが出します。一生のお願いです。このまま終わりにしたくないんです」

 オレは九十度直角に頭を下げて懇願した。


「私が既婚者だったらどうするんですか…」

「えっ、それは妃さんは魅力的ですから……そう、ですよね……。む、娘さんがいらっしゃるんですね。とても可愛いんでしょうね、オレも一度、見てみたかったです…」

 自分で言いながら落ち込んだ。そうか、妃さん旦那さんがいたのか。そりゃこんな素敵な女性が傍にいたら男は口説かずにいられないだろう。

 何でそれが自分じゃなかったか…悔しくて堪らなくなって瞼に涙が滲んだ。


 はぁ、と大きな溜息が聞こえて恐る恐る顔を顔を上げたら妃さんはくしゃりと笑っていた。


「正輝さんって優しすぎますよ……気付いてましたけどね」

 妃さんはキャリーを転がしながらひき返してくれた。嬉しかった。同情だったとしても彼女といられる時間が一分一秒でも引き延ばせるならどんなにみっともなくても構わなかった。


「私の負担にならないように気を遣ってくれてるんですよね」

「いえ、オレの本心です」

 妃さんは愛されるべき人いつも笑っていて欲しい。親としても男としても情けない自分が願うことさえおこがましいのかもしれないけれど。


「妃さんには幸せでいて欲しいんです」

 勝手なわがままだと解っていても祈らずにいられなかった。

 拳をぎゅっと握って床を見つめた。


 妃さんはおもむろにポケットからスマホを出して、オレに一枚の写真を見せた。

 眼鏡を掛けた黒髪の少女の前には食事が並び、少女は箸を手にして照れ笑いを浮かべていた。


「可愛いですね……」

 妃さんの娘さんだとすぐに解った。瞳の色や鼻の形、顔の所々が妃さんに似ている。それに何よりカメラに向ける少女の愛しげな視線が物語っていた。


「正輝さんは、娘に似てます」

「そ、そうですか?」

 小学生くらいの女の子に似ている所がこのオレにあるだろうか?

 可愛げのないおじさんと比べられたら娘さんが可哀想だ。


「だから、放っておけないんですよね」

 妃さんはスマホをしまい、オレの手をとった。オレは何事かと目を白黒させながら顔を真っ赤にしてしまった。私、独身ですから安心して下さい、と付け足された言葉にオレが多大なる希望を抱いて再度プロポーズしていた。







 妃さんから結婚の承諾を得て、真っ先に抱いた懸念事項は息子のことだった。息子の和泉とは何年も関係が冷めきっている。


 けれど再婚するにあたって和泉と妃さん、妃さんの娘の悠子ちゃんと一度は家族皆で顔を合わせる必要があった。妃さんに「どうしても一度は和泉君と会っておきたい」とお願いされたのだ。


 オレは久々に和泉に電話を掛けて、強引に話を進めた。


「来ないならこの電話を切った後、すぐに学校に掛けて退寮手続きをしてやろう。和泉の隣の部屋は悠子ちゃんの部屋にする予定だから、覚悟しておくんだな」


 そう言えば寮生活を望む息子が頷くのは理解していた。そして、予想通り和泉は渋々、顔合わせに顔を出すことを了承したのでオレは電話を切った。傍に置いておいたコップを手にして渇ききった喉を潤す。


 スマホをタップしてこの前、妃さんと悠子ちゃんとオレの三人で撮った写真を見て心を落ち着けた。


 先週、妃さんと悠子ちゃんの三人で会った。悠子ちゃんは妃さんとは真逆のタイプの大人しい女の子だった。内気で小柄で真面目なコ。初めは固かった表情も妃さんの話をする内に緊張が解けたのか笑ってくれるようになって可愛かった。

 最初は不安もあったが悠子ちゃんとはこれからも上手くやっていけそうだなと今は安心している。


 ネックなのは和泉だ……。


 悠子ちゃんは同年代の異性を苦手としているようだったが、和泉はそれ以上で女性に恐怖心を抱き、女性と関わりを持ちたくがない為に男子校で寮生活を送っているのだ。


 だから和泉は一度顔合わせにくれば、高確率で今後実家に帰ってくることはない。嫌な記憶しかない義母という存在に、年頃の女の子、極めつけに大嫌いな父親がいる家に和泉が寄りつく筈がない。


 妃さんには前もって和泉と自分の事情は話しておいた。


 和泉は幼い頃から容姿が整っていてそれで苦労してきたにも関わらずオレは救いの手を差し出すことが出来ず仕事にばかり逃げていた。いつしか和泉はオレに責めるような視線ばかり向けるようになって罪悪感の塊になったオレはますます家に帰るのが嫌になった。


 和泉のことを考えて何度も結婚もしたがそれも全て逆効果だった。


 最初は子供が出来たから責任を取ってモデルの女性と結婚した。家事がまったく出来ず、育児は実家の両親に預けて遊び惚けていた。久しぶりに家に帰ってみれば他の男と懇ろになっている所を目撃して離婚した。


 次に結婚した女性はオレ出した写真集は全部持ってます! 大ファンです。と出版関係者を通じて紹介された女性だった。積極的で尽くしてくれる明るい人で「和泉君とも仲良くなりたいです」とオレがバツ一でも気にしていなかった。こんな人なら和泉とも上手く関係を築けてくれるかもしれない、と期待して結婚した。けれど結婚してみるととても嫉妬深い女性だとわかった。一日に何度も彼女から電話が来たし、職場に突然顔を出してオレが浮気していないかチェックしに来たりした。


 和泉に対しても同様の態度で和泉に友達が出来るのを許さず、幼稚園以外の時間は家に閉じこめていた。言うことを聞かなければ体罰までしていた。それも児童相談所の女性に虐待の可能性があると報告を受けて知った。多少ヒステリックな所はあったが和泉に対しては普通に可愛がっているように見えた。けれどそれは演技に過ぎなかったのだ。真実を知ってすぐに離婚に踏み切った。


 三度目の結婚は和泉が小学生高学年の時だった。その頃の和泉は人間不信気味で常に人を警戒していた。それまでに和泉は元妻に誘拐されたり、看護士に襲われたり、クラスメートにストーカーされたり、平穏とは程遠い生活を送っていた。オレも仕事から家に戻れば学校、警察、病院と様々な所から呼び出されて心が疲弊しきっていた。


 そしてどんどん荒れていく家の中を見て、家政婦を雇うことにした。それが三番目の妻となる女性との出会いだった。二十代前半にしては、たおやかで落ちつきのある人だった。にこやかで優しい彼女のおかげで家は快適になり、和泉との口論は減り、家族らしい形が整うようになっていた。


 一年目は通いで、二年目からは住み込みで働いてもらい、人柄や能力を見て慎重に判断した結果《いい母親》として申し分ない人だと結婚を申し込んだ。実際最初の内は上手くいっていたように思う。けれどオレの仕事が忙しくなるにつれて、亀裂が生じ始めていた。


 彼女は結婚して一年経った頃からオレに子供が欲しいと言うようになっていた。対してオレはあまり子供が欲しいとは思っていなかった。

 息子である和泉を見ていると父親としての子供を幸せにしてやる自信がなかったのだ。理由を話した時、彼女は納得したように見えた。


「なら仕方ありませんね。私達にはもう和泉君がいますしね」と少し残念そうにしながら笑っていた。だから諦めたと思った。


 でも実際は違った。夫であるオレがいない時、彼女が目をつけたのは、和泉だった。クリスマスの晩、オレが海外で家を留守にしている時、彼女は小学生の和泉を襲おうとしたのだ。

 魔の手から逃げた和泉から電話でその話を聞いた時、オレは言葉を失った。


「あんたが好きな写真を撮って綺麗な世界に浸っている間、俺が何をされていると思う? 俺の世界は汚いもので埋め尽くされてるよ。希望なんかどこにもないんだ」

 和泉が淡々と言い放って電話を切った後、涙がこぼれた。


 オレは息子に何を言わせているんだろう。

 死にたいと言っているも同然の台詞を吐かせて。


 自分が息子の為を思ってやっていたことは全て逆効果だった。

 いや、それも偽善で和泉のことを思ってしたことではない。

 全部自己満足に過ぎなかった。


 オレはいつだって見てくれだけ繕って何の努力もしてこなかった。

 家事が出来ない妻の為に手伝おうともしなかったし、仕事を言い訳に自ら連絡も取ろうとしなかった。子供の話だって結婚する前に話し合っておけば良かった。都合の悪い所に目を逸らしてばかりいた結果、その被害を被ったのは子供の和泉だった。


 妃さんに幻滅される覚悟で全てを話した。誰にも打ち明けてこなかった心の内をさらけ出すのは勇気がいったが、妃さんには正直に話したかった。


「妃さんが思っているような優しい男じゃなくて……すみません」

「いいんですよ、よく話してくれました」


 その言葉に涙が出て、妃さんはオレを抱きしめて背中をさすってくれた。目を閉じてこんなこと母親にもされたことなかったなぁと幼い頃のことを思い出したりした。


 和泉もきっと寂しかっただろうに何もしてやれなかった。


 果たしてこんなオレがいい父親になれるんだろうか。


 来週に会う予定の息子を思い出して憂鬱にならずにはいられなかった。
















次から明るくなる予定です。

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