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妹ですみません  作者: 九重 木春
-波乱の腐女子編-
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25 妹の心願

 二月の夜の空気に歯がガタガタと震えた。バイトを終え、裏口から外に出た私は商店街にある噴水に向かっている。

 というのもつい先程、バイト先のおばちゃんからハピネスさんの手紙を受け取ったからだ。


『十分位前に悠子ちゃんのお友達ってコが来てね、悠子ちゃんと直接話したいかと思って声は掛けたんだけど手紙を渡してくれるだけでいいんです、って出てっちゃったのよ』

 お友達、と言われて真っ先に思い浮かんだのは麻紀ちゃんと仲島だった。だけど麻紀ちゃんはこの店に来たことがないし、来るなら偶に総菜を買いにくる仲島だろう。それに手紙、という時点でヤツのような気がした。早速、封筒の後ろに貼ってあるシールを剥がして中の手紙を開いてみた。


 悠子ちゃんへ

 お仕事お疲れさま。もうすぐブラハンのアニメ化だね!話したいことがあるので、バイトが終わったら商店街の噴水の所に来てくれませんか。待ってます。

 幸より


 まさかハピネスさんからだとは思わず名前を何度も見返してしまった。何でスマホじゃなくてわざわざ手紙を書いてくれたのか、思い当たる節がある。バイト中はスマホが見れないし、私が気付かぬまま家に帰ってしまう可能性が高い。だから手紙を書いてくれたのだろう。


 気が利くなぁ、ハピネスさんは。

 その上、ブラハンアニメの放映日を今か今かと楽しみにしている私と話したいことがあるって……喜び勇んで馳せ参じるしかないではないか!


 学年末テスト前の私に気を遣ってくれた店長が今日は三十分程早く上がらせてくれたのもツいていた。これなら兄が迎えにくる前にハピネスさんと話す時間がとれる。





 私は急ぎ足で待ち合わせ場所に向かいながら周囲を見やった。個人商店が多いのでこの時間ともなると閉まっているお店も多い。商店街の中を歩く人は、昼間に比べて断然少なく静かだ。


 噴水まで辿り着いた私はきょろきょろと左右を見渡した。商店街の突き当りにある噴水の真ん中には二人の謎のポーズをする像が建っていて、夜の所為か水は止められていた。噴水の周りを囲うコンクリートの上に腰を掛けている人影を見付けてハピネスさんかと思って近づいてみる。


 そして、途中でそこにいるのは会いたくない人物だと気付き、足が止まってしまった。ハピネスさんのバイト先の喫茶店で会ったウエイトレス、小野さんが座っていたからだ。兄を彼氏にすると意気込んでいた美少女だ。私としては苦手意識が強くあまり近寄りたくない。


 こんな時間に一人でいるなんて、偶然にも待ち合わせ場所が被ってしまったようだ……。

 足音を立てないように距離を取ろうすると気配を察した小野さんと目が合ってしまった。


「こ、こんばんわ、小野さん。偶然だね」

「偶然じゃないです! 私が悠子さんを呼び出したんですよ」

「え、だって手紙にはハピじゃなくて、幸さんの名前があってそれに」

 ブラハンの話だって……。

 私は見るからに今時女子である彼女にブラハンの話をした覚えはない。


「知ってますよ。『禁断のブラッディーハンター』今、一部の女子に人気みたいですね。幸先輩が最近ハマってる漫画で――悠子さんが一風変わった趣味を持ってることもね」

 小野さんは立ち上がって、財布しか入らなそうな小さなハンドバックからスマホを取り出し、画面を私に見せた。

 目にした瞬間、見る目を疑った。何とそこに映っていたのは、私がアリアにコスプレをしてハピネスさんと一緒に《神様同盟》の新刊を持っている写真だったのだ! ……確か、ハピネスさんのファンの人にお願いされて撮ったものだ。どうやってその写真を入手したのか。恐怖で唇がわなわなと震えた。


「これ、冴草さんも知ってるんですか?」

 ニヤリと笑った小野に嫌な予感を覚えた。


「それは、言わないで欲しい」

 写真の私はグレアムの首輪と繋がった鎖を攻めのルナールが引き寄せている表紙の同人誌を手にしている。決定的瞬間を撮られてどう言い逃れが出来よう……兄に知られたら、軽蔑されるかもしれない。寒い筈なのに背筋に汗が流れた。


「勿論いいですよ、代わりに冴草さんとの仲を取り持って貰えるのでしたら」

 紛れもない脅迫だった。小野さんの脅しに従えば、兄にバラさないでいてくれるらしい。


「本当は頼りたくないんですけどね。冴草さんをそそのかした悠子さんには」

「そそのかしたって、何を言ってるの小野さん」

 まるで私が兄を悪の道に誘導したみたいな言い草だ。


「妹だっていうのに兄である冴草さんを誘惑してるじゃないですか。私の前で手を繋いで自慢するような真似までして!」

「私、小野さんの前で和泉さんと手繋いだ記憶はないんだけど……」

「しましたよ! 近所のスーパーに行く時、いちゃいちゃしてました! あそこには本来私がいるべきなのに。悠子さんが冴草さんに私のあることないこと吹き込んだに決まってる。私が家まで届けに行ったお菓子も食べてくれないし、迷惑とまで言われて……おかしいんですよ。私と冴草さんは喫茶店でお互いに一目惚れしてたんだから。悠子さんが邪魔しなければ私と付き合ってくれてたんです」


 私は兄に小野さんのことを話したこともなければ、自慢した記憶もない。もしかして小野さんはずっと私と兄が出掛ける所をどこかから観察していた?


 それにウチまでお菓子を届けにきたって、それを兄が嫌がっているのであれば小野さんのしていることって……。


「えっと、小野さんは和泉さんのストーカーなのかな」

「違います!」

「だとしても迷惑って言われたら食べ物を贈るのは止めるべきだよ。わかってるんじゃないの?」

 こうして嫌いな私に仲介を頼んでくる時点で相当追いつめられている。好きな人の妹を脅迫するという反則技をしてまで付き合いたいなんて普通の精神状態ではない。


「私にはこれしか方法がありません。もう友達には冴草さんのこと彼氏だって自慢しちゃったし、私このままじゃブロックされて一人になっちゃうんです!」

「――つまり、友達に捨てられたくないから、和泉さんを彼氏として紹介したいってこと? 和泉さんは人の注目を浴びる為のアクセサリーじゃないんだよ!」

「そうじゃありません。私は初めて冴草さんを見た時からこんな素敵な人と付き合えたら幸せになれるだろうって……そう思って」

「小野さん、幸せにはなれるんじゃない。自分で努力をしてなりな。友達のこととか、私のこととか関係ない」

「けどもう私には後がないんです」

 前向きなようで実はとても後ろ向きな性格をしているようだ。喫茶店では両思い間近なんて話してたのにあれは強がりだったのかもしれない。


「あるよ、沢山出来ることはあるでしょ。あなたはそれをやろうとしないだけ。迷惑かけたなら謝ればいい。友達にも本当のこと話して、頑張り直すことだって出来る。私にだって友達に嫌われたくない気持ちはわかるけど、嘘ばかりついてたらそれはもう自分じゃない」

「え、偉そうに。お説教は止めてください」

 ぶるぶると唇を震わして、顔を真っ赤にした小野さんがキッと私を睨んだ。


「そうやって余裕ぶって、私が写真のことバラしてもいいんですか」

「余裕なんてないし、勿論言わないで欲しい。でも小野さんに協力するくらいなら――いいよ。言っても」


 もしかしたら兄に小野さんと付き合うように必死にお願いしたら、兄はそれを叶えようとしてくれるかもしれない。けどそれはきっと私が頼み込んだからであって両思いなわけじゃない。


「趣味のことがバレても、和泉さんを犠牲にするよりはずっといい」

 兄は家族の為に我慢してしまう人だ。私自身が兄を苦しめる存在にはなりたくない。


「何で、悠子さんも、冴草さんもそこまでしてっ、変ですよ! 血の繋がった兄妹じゃないですかっ」

「……? 私と和泉さんは親が再婚して兄妹になったから血の繋がりはないけど」

 私と兄を実の兄妹だと思っているとはストーカーとして調査能力が甘いんじゃないだろうか。


「え、でも冴草さんに言った時は、否定されませんでした」

「和泉さんにとってはどちらでも構わなかったんじゃない?」

 たぶん兄なら本当の兄妹の間違われた方が嬉しいだろう。だから敢えて小野さんに言わなかったのかもしれない。


「そ、そんなのって」

 小野さんは、耳まで赤く染めてもごもごと口ごもった。何か言い返したいのに、何も言い返せないようだ。かなり動揺しているのが伝わってくる。


「……小野さんには知っていて欲しいんだけど、私は意地悪で協力しないんじゃないよ。和泉さんに心から好きな人が出来たら反対はしない」

 疑り深い目で小野さんが私を見ている。小野さんのお願いに対して協力する姿勢を欠片も見せない私が言っても信用ならないのかもしれないけど。


「和泉さんが純粋に誰かを愛せるようになったら、それはとても幸せなことだと思うから」

 兄の中に芽生えた気持ちを大切にして育てて欲しい。


「誰かを好きになるなんて、簡単なことじゃないですか」

「簡単だって、言えない人もいるんだよ……」

 兄は心に多くの傷を負っている。これまでの経験上、女性に裏切られる可能性や傷つけられる懸念を常に抱いている。だから男女の友情も信じ難いし、恋愛感情に対してもいいイメージを持っていないように感じるのだ。

 例え私の思いに蓋をすることになっても、兄が心の重い枷を外して愛せる人が現れたら背中をそっと押してあげたい。きっとその人は兄を大事にしてくれる、そんな人だと私は信じている。


「最もその前に、もっと努力をするけど」

「何の話ですか?」

「ううん、こっちの話。ねぇ、小野さん、そろそろ戻ってもいいかな?」

「あぁ、冴草さんが悠子さんがバイトを終える時間になると裏口で待ってるんですよね」

 否定してたけどやっぱりストーカーだよね……? 兄の行動を把握している時点で認めているようなものだ。


「小野さんって残念だね」

 これでストーカーの自覚がないとは。いくら可愛いくても、なぁ。


「何ですか、その目は。……はぁ、悠子さんと話してると疲れます。もう戻りたいなら戻ってもいいですよ。悠子さんがこんな頑固な性格だとは思いませんでした。それに血が繋がってないんだったら最初から言って下さい! 帰って作戦を練り直します」

「え、じゃあ写真の件は考え直してくれるの……?」

 往生際が悪いのは解っているけどそこだけはどうしても気になる。でないと私はいつ兄にバラされるのか不安な日々が始まるのだ。


「さぁ? 私は暴露しても構いませんけど、冴草さんと付き合えないなら意味がありませんし……。いつでも協力したくなったら言って下さいね。お待ちしてます」

「しないよ。それは和泉さんの為にも、小野さんの為にもならない。だから写真は削除しておいてくれると助かるな。それじゃあ、戻るね。帰り気をつけなよ。最近は物騒だから」

 夜道を一人で歩く美少女がいたら危険極まりない。何かあったら後味が悪すぎるので本気で警戒して欲しい。


「余計なお世話です。さっさと行ってください!」


 しっしと小野さんに手を振られて私は踵を返した。鞄からスマホを取り出すと九時を過ぎていた。

 兄からの着信履歴が残っている。小野さんと話していたから気付かなかった。夜遅い時間に連絡は取れない、居場所が分からないとなれば、警察に連絡でもされかねない。


 早く総菜屋に戻って兄を安心させねば。

 私は急いで来た道を走って戻っていった。












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