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妹ですみません  作者: 九重 木春
-波乱の腐女子編-
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15 妹の応援


 喫茶店から歩いて麻紀ちゃんちの前まで辿り着いた私は、インターフォンを押した。

 するとすぐに中からバタバタと玄関へ下りてくる音が聞こえてきた。

 締め切り間際で死にそうになっているかもしれないと心配していたが思いの他、元気そうな足音だ。


「いらっしゃい、かむちゃん!」

 ガチャっと扉を開けてくれた麻紀ちゃんは満面の笑みを浮かべて出迎えてくれた。しかしいつもの可愛い私服とは違い、グレーに白い線が入ったスウェット姿で髪は簡単にお団子にまとめられている。服は所々、トーンや墨で汚れており、麻紀ちゃんは原稿の締め切りと戦う戦士と化していた……。


 中が戦場ならば、私も気合いを入れねばならない。

 私は麻紀ちゃんのやる気メーターが上がるよう救援物資を手渡した。


「はい、差し入れのチーズケーキと栄養ドリンク」

「天使! かむちゃんマジ天使!! さすが私の嫁だよ!」


 麻紀ちゃんは差し入れを両手で受け取り、わっしょいわっしょいとケーキを冷蔵庫にしまいに行った。先に部屋に入ってていいよ、と言われたので階段を上って麻紀ちゃんの部屋の扉を開ける。


 覚悟はしていたが目を逸らしたくなるような惨状に現実逃避したくなった。部屋には参考資料と言う名の単行本や雑誌が広げられ、机の上にはペン入れ前の原稿が積んである。足元には思考錯誤が窺えるプロットが散乱しており、避けながら歩いているとペン先が二、三個まきびしの如く落ちていてヒヤッとした。


 これ、踏んでたら血が出てたんじゃ……危ない危ない。

 誤って麻紀ちゃんが踏んだら大変だ。

 とりあえずペン先を回収し、机の上に置いておく。


 指定席である座布団の上に座り、私は早速乾いている原稿の消しゴムかけを始めた。時は一刻を争っている。限られた時間の中で自分に出来る仕事をこなすのが最優先だ。


 その後すぐに部屋に入ってきた麻紀ちゃんは、私の前に座ってコトンと何かを机の端に置いた。


「ありがとう、かむちゃん。私の為にグレアムのプロマイドまで入手してくれたなんて……泣ける」

 そう、私はチーズケーキの箱が入った紙袋の中にハピネスさんと出掛けた時に交換したプロマイドを入れておいたのだ。麻紀ちゃんはフォトスタンドに挟んだグレアムのプロマイドを両手を擦りながら拝んでいる。


「喜んで貰えて良かったよ」

「だってこれ舞台に行かないと買えないヤツじゃん! 18種類あってランダムじゃ当てるの大変だったでしょう」

「ううん、実はそれ私が引いたんじゃなくて、舞台に一緒に行ったハピネスさんと交換してもらったんだ。他にもグッズ買って楽しかった~」

「めっちゃその話聞きたい! けどまずは原稿やるわ……グレアムが見守ってくれてるし、かっこわるい所は見せられない」


 ペンを手にした麻紀ちゃんは手を動かし始めた。

 サラサラっと描き出される美麗絵に思わず目を奪われる。


 しかも麻紀ちゃんの描くBLは、綺麗なだけではなく山もあってオチもあって意味もあるのだ。だからこそファンの心を惹きつけて止まない。漫画を読んでいるのに、まるで小説を読んだかのような読み応えなんて最高じゃないか!


 麻紀ちゃんは大抵どのジャンルでもマイナーカプにハマるので王道派の私とはかぶらないのだが、それでも楽しいと思える。


 敵役でマザコン中年親父のグレアムを受けにする時点で相当コアなんだけど……。

 何と末恐ろしい才能だ。



 

 そして、しばらく集中して原稿を向き合っていると麻紀ちゃんの手が動く音がしなくなった。

 何か考え事でもしてるのかな、と様子を窺ってみたら何と麻紀ちゃんは机に片肘を付いた状態で眠っていた。

 まともに寝ていないだろう。これは一度休憩をとった方が良さそうだ。

 

「麻紀ちゃん、下で買ってきたチーズケーキ食べよう」

 驚かさないようにそっと語り掛けると麻紀ちゃんはパッと目を開けた。


「へ、はっ……ウソ。私、今寝てた?」

「うん、寝てた。私紅茶入れて準備しておくから十分だけでも仮眠してなよ」


「いつもはこんなことないんだけど……手伝いに来て貰ってるのにごめん! 申し訳ないけど、お言葉に甘えてちょっと寝るわ。その方が効率良さそうだし。おやすみ、マイワイフ」

 麻紀ちゃんはスマホでタイマーをセットしてベッドへ寝転んだ。私はその間にケーキと紅茶を用意する為に部屋を出て行った。




「今日はアッサムティーにしよう」

 普段はアールグレイ派だけど、チーズケーキの風味を生かすならアッサムの方が合いそうだ。

 戸棚から紅茶の缶を取り出してダイニングテーブルに置く。何度も来ている内に、麻紀ちゃんの家の台所の物の位置を私は覚えてしまった。流石に麻紀ちゃんの家族がいる時は遠慮するが、麻紀ちゃんしかいない時は使わせて貰っている。


 水を入れたやかんを火にかけ、その間に冷蔵庫からチーズケーキを出してお皿の上に乗せた。レンジで温めたティーポットにティーパックを入れて、やかんで沸かした熱湯を注ぐ。あとは三分程待てば出来上がりだ。


 ――紅茶のいい匂いが漂ってくる。

 私は椅子に座って紅茶の匂いを嗅ぎながら、のんびり麻紀ちゃんが起きてくるのを待った。







「あぁ、何ていい朝だ。魅惑のチーズケーキと香り高い紅茶、早速頂こうじゃないか」

「麻紀ちゃん、もう夕方だよ」

 仮眠をとり部屋から出てきたテンションの高い麻紀ちゃんに私は冷静にツッコんだ。


「一睡もしていなかった私にとって、今がまさに朝に等しい。ここはもしや天国か」

「まだ地獄のラストスパートが待ってるからね、麻紀ちゃん」

 麻紀ちゃんに椅子に座るように促してから、ベイクドチーズケーキにフォークをさした。口に入れると濃厚なクリームリーズが舌の上で溶けて広がっていく。クッキー生地の塩気がチーズの甘みを引き立てていて、ケーキを食べる手が止まらない。


「かむちゃん、このチーズケーキとっても美味しいんだけど、どこのケーキ屋さんで買ったの?」

「実はね、ケーキ屋さんじゃなくて私のバイト先の前にある喫茶店で買ったの。おばちゃん達がそこのチーズケーキが美味しいらしいって話してたから買ってみたんだけど正解だったね!」

「これは他のケーキも試してみないといけませんな。今度、一緒に行こうよ。私が奢るからさ」

 気持ち的にはぜひとも行きたい。でも小野さんの存在が問題だった。会えばまた兄のことで色々話しかけられる気がする。


 私はつい麻紀ちゃんに喫茶店であった出来事を愚痴ってしまった。ハピネスさんと偶然会えたのは嬉しい驚きだったけど、その後輩の小野さんが曲者だったこと。


 小野さんと兄は合コンで会い、イイ雰囲気になっていて更に二人のラブラブの写真を見せられて落ち込んでいること、兄との交際に協力して欲しいと頼まれて断ったこと。あの店にいた時間は短時間のことなのに言葉にすると大容量になってしまった。


「何、その非常識女子は。私、そういう他人頼みな子って嫌い。可愛いからって調子に乗ってるんじゃないの。初対面でずうずうしいよ。そんなの断って当然。かむちゃんよくやった!」

「けどあのコ、あとひと押しだって言ってたんだよ。ラブラブ写真見せられたし」

「かむちゃん、それ信じてるの?」

 うっ、そりゃ私もアヤシイとは思ってるけど物的証拠まで見せられると。


「今時スマホでアプリ使って写真を加工するなんて当たり前だからね。ちょっと肌を綺麗にするだけなら可愛いもんだけど、そのコは違うね。どうせお兄様の盗み撮りした写真をいじって都合がいいようにくっつけただけ。騙されちゃ駄目だよ! 私がいたら小野嬢の言い分を論破してやったのになぁ」

「その気持ちだけで充分だよ。それにまずは原稿終わらせないと、イベント今週末なんでしょう。麻紀ちゃんの新刊楽しみにしている人達がいるんだから」

「そうなの、今週末……まであと五日。明日の朝に速達で出せば間に合う」

 一昨日電話でも聞いたけど本当にぎりぎりすぎる予定だ。しかしそれ以上に印刷を頼んでイベントまでのこの短期間で同人誌が出来ることに驚きだ。


「表紙のカラー原稿は出したから大丈夫。時間ないからネット入稿も考えたんだけど、アナログ原稿だと高確率でトーンにモアレが出るからさ。出すからには、妥協はしたくない。時間が勿体ない……早く戻らないと。ごちそうさま、かむちゃん」

 ぐびっと紅茶を飲みきった麻紀ちゃんは、自分の部屋に戻っていく。私がここにいられるのもあと二時間程しかない。私も急いでケーキを食べ、後片づけを済ませてから麻紀ちゃんを手伝いに行った。










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