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妹ですみません  作者: 九重 木春
-波乱の腐女子編-
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12 兄の災難 前編


 月曜の講義は二限目からなので、普段なら時間だけでなく心にも余裕を持って出掛けられる。しかし、今日に限っては別だ。俺は電車に揺られながら悶々としていた。


 悠子ちゃんが間違いメールに気付く前に俺に出来ることはないのだろうか。


 出来るだけショックを和らげてあげたいが解決策が皆目見当つかない。


 例えば『その小説、俺も読んでみたよ。面白かったね。他にもいい作品があったら教えて』と返信しても……きっと悠子ちゃんは嬉しくないんだろうな。


 俺としては現実の男を追いかけられるより、漫画の世界に夢中でいてくれる方が何万倍も嬉しいから男同士の恋愛漫画であっても関係ないんだけど悠子ちゃんとしては伏せておきたい秘密なのだ。


 ……俺と絶交した時も隠し通したのだから、口が裂けても言いたくないってことだ。


 ならば何としても俺は悠子ちゃんの秘密を守り通したい。

 悠子ちゃんと口がきけないとか……つらすぎる。もう二度とあんな思いごめんだ。


 電車を下りて階段を上っていくと前にいる人がスマホを落とした。目の前に落ちたので拾って渡すとスーツ姿の女性に何度も頭を下げて感謝された。「いえ、大したことしてませんから」と言ってその場をすぐに離れてハッと思いついた。


 スマホを落として壊れたことにすれば、悠子ちゃんのメールを見なかったことにするのも可能なんじゃないか?


 スマホ本体は一括で払ったから支払いは済んでるし、今から携帯ショップでバックアップをとってどこかでスマホを破壊する。それでメールは見れなかったと伝えれば悠子ちゃんもホッとするはずだ!


 名案を思い付いた俺はすぐさま駅の携帯ショップへ走って行った。





 携帯ショップでバックアップを取り、俺は大学へと向かった。本当は講義の前にスマホを壊しておきたかったが時間がなくて荒い息を吐きながら教室へ飛び込んだ。


 講義を終えて俺は人目のつかない場所へ移動した。トイレで水没させるのと悩んだが、駅で落として故障したことにしたいので出来るだけそれを再現したい。


 スマホを手に持ち、階段の踊り場で床に叩きつけようとした瞬間、背後から来た人間に止められた。


「何しようとしてんだよ! はやまるな、和泉」

「――貴士」


 必死の形相の貴士が振り上げた俺の腕を握っている。運動部だけあって力が強い。


「手を離せ。俺は正気だ」

「どこがだ? スマホを床に叩きつけるなんてどう考えたって正気じゃないだろ!」

「俺は至って冷静だ」

「目に立派な隈つけた人間に言われてもな……ひとまずこの手を下ろして理由を話せ。お前が冷静かどうか判断してやる」

 悠子ちゃんに気付かれる前に俺は早く証拠隠滅を図りたいんだが……恨みがましい目で貴士を見ても手を離す気配はない。俺は溜息を吐いて手から力を抜いた。ポロっと落ちたスマホを貴士が慌ててキャッチする。


「手短にしか話せないぞ」

「構わない、納得出来たらこのスマホは返してやる」


 仕方がないので俺は貴士に悠子ちゃんの趣味について詳しいことは伏せて、事情を話し始めた。






「お前、馬鹿だろ」

 話し終わって一言、貴士は言い放った。


「悠子ちゃんの秘密を守り抜く為なら俺は何でもする」

「お前のその心意気にはある意味脱帽だけどよ……。スマホを壊す必要はない。壊れたことにすればいいんだよ」

 意味が解らず首を傾げれば、貴士は詳しく説明を付け足してくれた。


「スマホの電源は切って繋がらないようにしておけ。その状態で俺のスマホから妹ちゃんに自分のスマホが壊れたからショップに修理に出しててメールも見れない状況にあるって言っておけばいい」

「でもそうなるとショップで代替機を渡されるよな。同じ番号やアドレスも使えるだろうし悠子ちゃんが不安に思うんじゃないか」

「その間違いメールを受信してるのは修理に出したことにした方のスマホなんだから関係ない。代替機の方は真っ新な状態でくるぞ」

 異様に貴士の判断力が早くて驚いてしまう。言われてみればそうだ。


「実際、俺は修理に出したことがあるからな。確かだ」

 まさか経験者だったとは。ならば疑う余地もない。


「けどなぁ、本当にメールが届いてないか、本体にしろ代替機にしろ悠子ちゃんは俺より先に自分の目で確かめたいと思う」

「つまり、和泉より妹ちゃんが先に代替機を見れる隙を作ればいいってことだな」

 ということは、今日ショップで代替機を受け取る案はボツだ。

 タイミング的には俺と悠子ちゃんが一緒にいる時に代替機が届かなければならない。 


「――配送ってことにしよう。明日は悠子ちゃんのバイトがないし、配達時間を夜にして俺が悠子ちゃんに先に中を見て貰えるように仕向ければ問題ない」

「配送か、なるほど。その手があったな。よし、じゃあ早く妹ちゃんに電話して安心させてやろうぜ」


 貴士がポケットから出したスマホを受け取り、数コールして悠子ちゃんが電話に出た。


『え、どうして佐藤さんのスマホから?』

「俺のスマホ、駅で落とした時に故障しちゃってさ、貴士に借りたんだ。携帯ショップで修理に出したんだけど数日掛かるみたいでさ。同じ機種の代替機がなかったから明日の夜に配送で家に送ってくれるって。届いたら今まで通り連絡がとれるようになるから。それだけでも悠子ちゃんに知らせておきたくて」

『え、そうだったんですね。じゃ、じゃあ、メールとかって』

 うん、うん、心配なのはそこだよね、と俺は心の中で頷いた。


「送ってくれたの? 見れてないや、ごめんね」

 悠子ちゃんの為に俺はさらっと嘘を吐いた。すると傍から男の小さな声が耳に届いた。

 

『おい、安心するのはまだ早いぞ。調べたら代替機でも同じ番号とアドレスを使えるみたいだ、見られる可能性がある』

 仲島の声だ! 恐らく先程より声が小さいのは悠子ちゃんが口元のマイクを塞いでいるからだろう。


 でもそのスマホは下だけじゃなくて上にもマイクがついてるんだよ、悠子ちゃん……。


 しかし、そのおかげで仲島と悠子ちゃんのやりとりが聞こえるからあとの会話の予想が立てやすい。俺は咄嗟に貴士の手から自分のスマホを奪い、電源を入れてメッセージアプリを開いた。


『どうすればいい!?』

 悠子ちゃんが困っている声がする!

 俺は素早く仲島にメッセージを打って対処方法を送った。


《悠子ちゃんに見られないように画面を隠せ。代替機は明日の夜に届く、

 ということにしてあるから悠子ちゃんには俺より先にスマホを確認するように

 アドバイスしてくれ》


《これが送れるってことは本当は隊長のスマホ壊れてないんですね!

 ……つまり、冴草のメールを見てなかったことにする為に一芝居

 うってると。お疲れ様です、了解しました》


 良かった、仲島はすぐに気付いて返信してくれた。


『スマホが兄貴の手に渡る前にお前がメールを消せばいい――諦めないで頼んでみろ!』

 と仲島が悠子ちゃんを応援する声まで聞こえてくる。

 そうだ、その調子だと俺は脳内で仲島に声援を送った。


『あの、和泉さん! 明日、スマホが届いたら私に一番に受信ボックスを確認させて貰ってもよろしいでしょうか』

「別にいいけど……そんなに見たいの?」

 簡単に見せても怪しまれるかもしれないので少しだけ躊躇いを見せておく。


『どうしても見たいです』

「俺、悠子ちゃん以外の女の子と連絡取り合ったりしてないよ?」

 この前、悠子ちゃんには合コンで楽しんできたと誤解されたようなのでこれを機にもう一度否定しておいた。あれは酷い罠だった。俺が女嫌いだと知っている仲間に裏切られるとは思ってもいなかったのだ。 

『けど、一応確かめたいので……』

「うん、わかった。それで悠子ちゃんが信じてくれるなら。じゃあ、授業始まるからまた後でね」

『はい、連絡ありがとうございました』


 通話を切って俺はホッと胸を撫で下ろした。急ごしらえの作戦だったけど上手くいった気がする。


「聞いてる俺の方がドキドキしたわ?! 何、最後の方でアドリブなんか入れてんだよ」

「いや、悠子ちゃんが俺にスマホの中を見せて貰えるのか不安そうにしてたから。そう振る舞った方が自然かなって思って」

 悠子ちゃんが相手だから迷いはないけど、他の人間だったら自分のスマホを簡単に渡して中を見せるなんてことは出来ない。


「一瞬でそれを判断したのか……恐ろしい。お前は浮気してもバレないタイプだな」

「そもそも浮気なんてしない。はい、スマホ貸してくれてありがとうな、助かった。貴士の知恵がなかったら今頃俺のスマホは死んでた」

 スマホを返すと「力になれて良かったよ」と貴士は指で鼻の上を掻いた。


 昼休み、二人だけの階段の踊り場で和やかな空気が流れ始めた時、スマホの音が鳴った。壊れたことになっているから早く電源を切らなければならないのだが……メッセージを見て固まってしまった。


《冴草は隊長にバレなくて良かったと喜んでます!

 あと冴草に近づく男について報告があります。

 なんとハピネスは、かっこよくて話し上手で食事の時に

 椅子も引いてくれるような紳士だった模様。要警戒です》


 やっぱりアイツ男だったのか……!!


 というか悠子ちゃんのハピネスに対する評価高すぎる。椅子くらい俺だって引けるし。 なんだったら俺の膝を貸して椅子にだってなってあげるし!

 

 悔しがっていると貴士が俺のスマホを覗いてきて呆れたように笑った。


「頑張れ、隊長」


 励ましてくれてるんだろうが、面白がっているようにしか見えない。

 ムッとする俺に貴士は笑みを深めるだけだった。







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