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妹ですみません  作者: 九重 木春
-波乱の腐女子編-
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9 妹の回想


ハピネスさんと出掛けた翌朝、私はベッドに寝そべりながら麻紀ちゃんに電話で昨日の感動を伝えていた。


「もしかしてハピネスさんってコスプレイヤーの?」

「え、麻紀ちゃん知ってるの」

「かむちゃんはあんまり興味ないから知らなかっただろうけど、ブラハンでは相当有名なレイヤーさんだよ! そんな素敵な人と会えたなんて羨ましい」


 コスプレ界ではそんなに有名な人だったのか。二次創作の投稿サイトの方でハピネスさんはコスプレの話をしていなかったから知らなかった。


「うん、正直コスプレしてなくても素でかっこいい人だった」

「お兄様より?」

「そ、それは好みの問題じゃないかな」


 急な変化球の質問に顔に熱が集まってくる。電話の向こうで麻紀ちゃんのクスクス笑う声がする。そんなの聞かなくたってわかっているだろうに、からかうとは意地が悪い。


「お兄様にはハピネスさんとのことは何も言われなかったの?」

「大丈夫、女性だって伝えたし! 和泉さんも以前に比べれば心が広くなったんだよ」

「ヤキモチ妬きのお兄様が? 意外だね」

「あれは、嫉妬とかじゃなくて妹の身を案じてるだけだって」


 私のことを小学生と勘違いしてるのではないかと思う程の心配症だ。まるで私がお菓子につられて知らないおじさんについていくような幼児のように……。兄はきっと三年前に私の独断で安里さんのお父さんを勝手に家に上げたことを今も忘れずに覚えているに違いない。

 

「そうかなぁ、私には確信しかないけど」

 励ましてくれてありがとう、麻紀ちゃん……。けど過大な期待は禁物だ。

 私はこの数年間でそれを学んだ。


「それより、麻紀ちゃんブラハンの新刊読んだ?」

「バイブルのことね。暇さえあれば読んでるよ」

「だと思ってた! カバー裏のおまけ漫画がさ、聖アベ過ぎて」


 私が語り出すと麻紀ちゃんは見事な相づちを打って話に付き合ってくれた。

 十五分程麻紀ちゃんと話した後、お礼を言って電話を切った。麻紀ちゃんは締め切り間際で相当切羽詰まっている状況らしい。忙しい時に電話をしてしまって申し訳なかった。


 来週末に手伝いに行こうかと聞いてみたら「明日か明後日に来て欲しい」とお願いされたのでバイトがない明後日にさせて貰った。





 時計を見ると約束の時間が迫っていて、慌ててパジャマから私服に着替えた。今日は兄と近所のスーパーまでチラシの特売品を買いに行く日なのだ。トートバックを持って部屋を出ると偶然兄も隣の部屋の扉から出てくる所だった。


「おはよう、悠子ちゃん。本当に今日は車じゃなくていいの?」

「おはようございます。いいんです、ちょっとは運動しないと」


 車の方が楽なのだが、冬は寒いから運動不足になりがちだ。祖父の家から帰って来た後に体重計に乗ったら、案の定数キロ増えていた。おせちにお餅にデザートに、出されるがままに食べ続けてしまった結果だ。


「……昨日も結構歩いたのに?」

「え、和泉さん、今何か言いましたか」

 ぼそりと呟いた兄の声が聞こえなくて、聞き返すとゆるゆると兄は首を振った。



 二人で軽く朝食を食べて、外に出ると空は曇り空だった。肌寒い空気に思わず首をすぼめてポケットに手を入れると左のポケットにもうひとつ手が侵入してきた。


「……私のじゃなくて自分のポケットを使って下さい」

「でもポケットより俺と手を繋いだ方が温かいと思わない?」

 兄の大きな手が私の手をぎゅっと包んできた。確かに温かいけどそういう問題じゃない。


「少しは人の目とか気にして下さいよ!」

「俺は見せつけたいの」

 とポケットから手を出して指の間に長い指が入り込んでくる。瞬間技の恋人繋ぎだ。ぶんぶん手を振っても兄が離す気配はない。怒る私に対して兄はニコニコ笑みを浮かべて嬉しそうにしながら歩いている。そんな顔を見ていると少しずつ抵抗する気が失せていって大人しく手を繋ぐことにした。スーパーまでの我慢だ。手袋の代わりだと思って耐えよう。


 住宅街を歩く人は少なく、足下の落ち葉が冷たい風で舞った。以前もこうして兄と手を繋いで歩いたことを思い出す。


 二人でフラバタの映画を見た帰り道、仲直りをして手を繋いで帰ったのだ。兄と喧嘩をするようになるなんて随分と家族らしくなったものだ。


「不思議ですね」

 思わず、言わずにはいられなかった。


「偶にね、思うんです。数年前の自分には考えられませんでした」

 母が再婚を決めた時、勿論反対するつもりはなかった。でも就職したら母を支えて二人で生きていくつもりだった私にとっては晴天の霹靂だった。あの時の私は、兄が出来ても表面上の付き合いで終わらせる気でいた。


「俺も悠子ちゃんに会うまでは、こんな幸せがあるなんて思いもしなかったなぁ」


 微笑を浮かべる兄も昔を思い出しているのかもしれない。

 母が再婚して私の生活は一変した。自分と母だけだった世界が広がって、人を好きになることを知った。愛とか恋なんて自分からは一番程遠い感情だと思っていたのに。本当に不思議なものだ。


「豊が大きくなっても和泉さんは同じこと言ってそうですね」

「言うよ、いつまでだって。俺のどんな未来にも悠子ちゃんはいるんだ。だから笑っていられるんだよ」

 目を細めて語る兄にどくんと胸が跳ね上がった。


「ずっと俺の妹でいてね」

 ……この一言さえなければ。一瞬でも喜んでしまった自分が悔しい。


「和泉さんは、ずるいです」

 私の言葉の意味もわからずに、兄は困った顔で笑っていた。





 兄とスーパーで買い物を済ませて帰宅した後は、家事をしている内に時間はたちまち過ぎていった。最近どれだけ兄に甘えていたのか思い知らされる。バイトがあるとはいえ、もう少し家のことも気にするようにしよう。


 夕飯の洗い物を終えて部屋に戻った私は、すぐさまスマホを手にしてネットに繋いだ。現実の仕事を終え、余ったこの時間が日々の疲れを癒すお楽しみタイムなのだ。


 朝、麻紀ちゃんがハピネスさんがかなり有名なコスプレイヤーだと話していたので気になって検索してみるとすぐにハピネスさんのSNSがヒットした。


 フォロワーが万超えしてる……。


 中には聖君そっくりのハピネスさんの写真が投稿されていて思わず見入ってしまった。

 こんな天上人と友達になれたんだから、奇跡だ。私は早くも今年の運を使い切ったんじゃないだろうか。


 無性にハピネスさんの小説が読みたくなってブクマから飛ぶと新作が更新されていた。あらすじを読んですぐ昨日話したヤツだとわかった。


 忙しいって話してたのに書いてくれたんだ。

 嬉し過ぎるよ……ハピネスさん。


 なら私のやるべきことはひとつだ。早速感想文を送らせて頂こう。何度も感想を文字を入力しては消してを繰り返して読み返す。そんなことをしている内に深夜になってしまった。 


 明日は学校だ。寝坊しない為にもう寝なければ。


 睡魔と戦いながら送信ボタンを押し、私はようやく重い目蓋を伏せた。




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