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妹ですみません  作者: 九重 木春
-波乱の腐女子編-
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7 妹の憧憬

 週末を迎え、ハピネスさんと会う日がやってきた。ただでさえ初対面だから緊張しているのに、この前の仲島の忠告のせいで会うのが怖くなってきた。


 ……大分年上で肥満体型で清潔感のない男の人が来たらどうしよう。引き出しから以前兄から貰った防犯ブザーを出して鞄に忍ばせておく。


 ハピネスさんのことを疑ってるみたいで会う前から罪悪感が押し寄せるが自分の身は自分で守るしかない。私は覚悟を決めて、待ち合わせ場所である舞台会場を目指した。






 電車を降りて駅を出るとそこにはファンシーな世界が広がっていた。ネズミの耳をつけた女の子たちが噴水の前できゃっきゃとはしゃいでいる。


 場違いな所に来てしまった感が満載だ。しかし地図を信じて歩くしかない。スマホ片手にまるで迷路のような建物の中に通り抜けていくとようやく外に出た。そこにはホームページで見た大きな建物が見えてほっと胸を撫で下ろした。辿り着くまで周囲にいる人々がリア充にしか見えないし、迷子になったかと思った……。



 ハピネスさんとはお互い鞄に推しキャラアイテムである十字架のバッジを鞄につけていこうと話したので、ちらちらと皆の鞄を見てしまう。待ち合わせ時間まではあと十分、もう連絡するべきかと悩んでいるとメッセージが届いた。


『着きました! もしかして、紺色のコートに赤いマフラーを巻いてたりしない?』


 早っ、既にハピネスさんは私を見つけているようだ。左右を見渡してもそれらしい女性は見あたらない。


「ここだよ。はじめまして、ゆたんぽさん」


 後ろからポンと肩を叩かれて体が飛び跳ねた。振り返った先にいたのは、黒髪に赤いメッシュ、右耳には黒いのピアス、細身のパンツルックがお似合いの中性的な人だった。マフラーの巻き方とか服装もお洒落で尻込みしてしまう。


「は、は、ははじめましてハピネスさん、今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ、ゆたんぽさんに会えるのが楽しみでよく寝れなかったよ」

 鼻筋の通った端正な顔立ちで片目が髪で少し隠れているから謎めいて見えた。身長は聖君くらいあるし、男性のようにも見えるけど声の高さは女性、だと思う。


「私もです!」

 これで話し方までクールな人だったら完全に怖じ気付いてたけどフレンドリーな人で良かった。睡眠不足なのが自分だけじゃなかったんだと思うと余計に嬉しい。


 待ち合わせ時間は舞台開演の二時間前だ。待ち合わせが早いのは舞台が始まる前に一時間前からグッズ販売があるからだ。私とハピネスさんは早速会場の入り口から続く物販の列の後ろに並んだ。





 ハピネスさんは気さくな人で並んでいる間も退屈しなかった。舞台初心者の私に丁寧にルールを説明してくれてたり、パンフレットとグッズを入手した後、席に行ってみれば正面から役者さんが見れる特等席だった。気が利くなんて一言では済まされない。


 まさかこんな格好良くて、面倒見のいい人だったとは。出かける時に想像していたハピネスさん像は消え、より輝かしいものへと変換された。




 公演時間が近づき、ざわざわしていた会場内が静かになり照明が暗くなっていく。


 今日の舞台は原作者である栗原みかど先生が手掛けていて、主人公のアベルがオークションに自動人形研究の第一人者であるウィルフレッドの研究書が出品されるという噂を聞きつけて侵入する所から始まる。


 吸血鬼であるアベルは機械人形の妹、アリアの修理をする為に必要な研究書を探し続けているのだ。しかしアベルは吸血鬼ハンターである聖に狙われている為、表立っては動けない。だから様々な人間に変装したり、狼、猫、蝙蝠のいずれかに変身をして吸血鬼ハンターの目を欺くのだ。


 目の前で繰り広げられる聖君とアベルの演技から目が離せない。一応オペラグラスも持ってきてたけど、そんなものは必要なかった。


『どなたか存じ上げませんが手を離してくださる?』

 オークションに参加する客を装い、女装したアベルが聖君に腕を掴まれる。もう完璧に女性にしか見えない。


『その前にどうか名前を教えて頂けませんか、マドモワゼル』

 ……アベルだと知らずに聖君が手の甲にキスをした所で意識が飛びそうになった。

 アベルが目を見開き、微かに頬を赤く染めている。


 私を殺す気か。


 途中で研究書が何者かに盗まれて、手を取り合って走ったり、アベルの正体がバレた時の戦闘シーンで聖君の燕尾服が翻る所とかかっこ良すぎて出来るものならあの瞬間、一時停止ボタンを押したかった。


 結局、その研究書は偽物でアベルの取り越し苦労で終わってしまい、アベルは二階の窓から姿を消して行った。聖君はアベルが落とした薔薇の花を拾って月を見上げる。まるで手の届かない人を恋しく思うように。



 そこで静かに証明が下ろされていき――舞台は終演した。


 私は椅子の上で放心状態だった。出来ることならいつまでもこの余韻に浸っていたい。



「すごい、迫力でした」

「でしょう、私も初めて見た時そう思ったよ。百聞は一見にしかず!」

 ハピネスさんの手に引かれて私は立ち上がった。現実は想像を超えていた。この感動を伝えたくて、頭の中でぐるぐると言葉が回っていた。




 ハピネスさんと一緒にオムレツ屋さんに入り、そこで先程見た舞台についての感想が雪崩のようにこぼれていった。

「聖君がアベルを追いつめるシーンがあんなに妖しげな雰囲気になるとは」

「もう目の前で繰り広げられてることが恥ずかしくて目を逸らしたくなるけど逸らせない! 私達はもう何を見せつけられてるのかって叫びたくなったよね」

「そうなんです。目にも耳にも焼き付いて……改めて今日の舞台に乾杯」

 アイスティーのグラスを持ち上げるとハピネスさんもグラスを私の方へ傾けてくれた。カチンとグラスがぶつかりあった音に心まで重なり合ったように感じる。


「私きっとハピネスさんが誘って下さらなかったら舞台を見に来れなかったと思います。ありがとうございます」

「そう言って貰えて嬉しいな。私の趣味に付き合わせちゃったような気もしてたから」

「ハピネスさんの萌ポイントは私ともろかぶりですから心配いりませんよ! ハピネスさんの書く小説は全部好きで繰り返し読んでます」

 実はハピネスさんとはフラバタの前ジャンルであるバスケ漫画と不良漫画でも同じカップリングが好きだったりする。


「いつも小説の感想くれてありがとう。あまり更新出来なくてごめんね」

「い、いえ! 待つ楽しみもあるので。ハピネスさんのペースで書いて下さい」

「バイトが忙しくってさ、書く時間が持てなくて」

 ファミレスに喫茶店に服の販売、ハピネスさんは三つのバイトを掛け持ちしているらしい。私はお金が欲しくてもバイトひとつで手一杯だ。


「扶養内ぎりぎりまで働いてるよ。もうめっちゃ趣味にお金が掛かっちゃって。化粧品に服に、ウィッグに聖の剣も作りたいしスタジオにも行きたい上に舞台と同人誌でしょ。お金も時間もいくらあっても足りない……」

 スタジオに、ウィッグに聖君の剣まで作ってるってことはつまり……。


「ハピネスさんはコスプレを嗜まれているんですね」

 ごめん、ヒいた? とハピネスさんは不安げな顔で私に尋ねた。


「まさか、それはハピネスさんの個性ですから。むしろ納得しちゃいましたよ。会った瞬間も身長が聖君くらいあるなぁって」

「私もゆたんぽさんを見た時、アリアと同じサイズだなって思ったよ」

「サイズって! そりゃ私はちっちゃいですけど」

「私は羨ましいな。女の子は、小さい方が可愛いよ」

 相手は女性なのに、まるで口説かれてるみたいで照れ臭くなってしまう。ハピネスさんは私が座ろうとした時も椅子をひいてくれたりして、それがまた様になっているのだ。思わず見惚れているとハピネスさんが左右を見渡した。


「何か、人の視線を感じて」

「あの、私が見過ぎてました……すみません」

「いや、ゆたんぽさんじゃなくて。一瞬背中がぞくってきたから。気の所為かな」

 いえいえ、ハピネスさんはかっこいい人だから人の目を惹いて当然ですよ。私以外の女の子たちもハピネスさんを見ていたからそれが気になったのかもしれない。


「あ、買ったプロマイドまだ開けてなかったね。一緒に中見てみない?」

 グッズを買った時、あとの楽しみとっておいたんだった。会話に夢中で忘れていた。グッズが入った手提げからカードを取り出そうとした時、鞄のスマホが震えているのに気付いた。画面を覗くと兄からのメッセージだった。


『今はおやつの時間かな? 何時頃に家に着きそう? 夕飯はクリームシチューとアスパラと鶏肉のハニーマスタード焼き、準備しておくね』

 嬉しいことに今日の夕飯は私の好物だ。不慣れな手で文字を打ち『女性の友人と遅い昼ご飯を食べてる所です。六時頃には帰れるかと。夕飯ありがとうございます』と送信する。


「すみません、お話中にいじっちゃって。兄から何時に帰れるかって聞かれて」

「へぇ、お兄さんから。私も兄がいるけど、帰る時間とか聞かれたことないなぁ」

「うちの兄、心配性なんで」

 たぶん一般的な兄に比べて妹に送るメールは多い方だと思われる。でも電話が来るよりはまだメールの方が心の準備が出来るからいい。兄もそれを学んでくれたようで急ぎの用事以外はメールにしてくれるようになった。


 手提げからプロマイドを取り出し、袋を破って開けてみる。出てきたのはアリアの写真だ。アベルの妹で黒いゴシックロリータのドレスを着ている男性人気の高いキャラだ。……せめて男キャラのプロマイドが欲しかった。


 私がハピネスさんにアリアの写真を見せると、ハピネスさんのも見せてくれた。悪の親玉であるグレアムだった。中年親父のマザコンキャラなので人気がない。


「アリアなんて引きがいいね、それに比べて私はなぁ」

 いつもこんな感じのが当たるんだよ、とハピネスさんは残念そうにしている。


「あの、良かったら交換しませんか」

「ゆたんぽさん、グレアムだよ? いいの?」

「友達がルナ×グレ好きなんです」

 聖君が所属している吸血鬼ハンター協会【ガーネットクロス】の影の司令塔ルナール×親玉グレアムが麻紀ちゃんの一押しカップリングなのだ。相変わらずマイナー街道一直線である。


「じゃあ、ありがたくアリア貰っちゃうよ?」

 どうぞ、どうぞと私はアリアを譲り、グレアムを手に入れた! 麻紀ちゃんは二次元から三次元まで何でもござれだから二、五次元のプロマイドも喜んでくれるだろう。


 食事を終えた後、私とハピネスさんはケーキ屋に場所を移してフラバタやブラハンの萌について語り合った。その間、ハピネスさんはいいネタが思いつく度にスマホに文字を打ち込んで保存していた。自分がハピネスさんの小説に関われるなんて……次の更新が楽しみだ。





 窓の外の夕日が落ちていき、暗くなりはじめた。そろそろ電車に乗らないと兄に伝えた時間までに家に帰れない。せっかく兄が好物を作って待ってくれているのだ。冷めてしまう前に帰りたい。私達はケーキ屋を出て駅へ歩き始めた。ハピネスさんの最寄りの駅はどこか聞いてみれば、なんとひとつ隣の駅だった。


「あのさ、出来ればゆたんぽさんとまた会いたいな。もっと話したいことがたくさんあるし、こんなに話が合う友達は初めてだから戸惑ってるんだけど……今日で終わらせたくない。イベントとか何の機会でもいいんだけど、誘ったらこんな風に会ってくれる?」

「は、はい」


 改札の前で向き合う私とハピネスさんの間には甘酸っぱい空気が流れていた。スマホでメールアドレスを交換し、名残惜しい気持ちで改札を出て行くハピネスさんに手を振る。

 少し離れた所から見たハピネスさんが聖君と重なってどきりとする。


 これは、現実だよね?


 憧れの作家さんと舞台を見に行ったのに、まるで初デートを終えた男女のような気分だった。




















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