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妹ですみません  作者: 九重 木春
-波乱の腐女子編-
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3 妹の童心

 年末の帰省ラッシュの渋滞にはまってしまい、夜の十時近くに母の実家である北城家に到着した。遅い時間に訪問するのは、祖父の家とはいえ気が引ける。


「寒いから先に中に入って待ってて。荷物は俺たちに任せてさ」

 と父は兄と駐車場に車を停めに行き、私と豊を抱いた母は先に玄関の前で下ろされる。磨り硝子の扉の向こう側にある土間には、堂々と立つ大きな人影が映し出されていた。


 ……きっと、起きて待ってくれているんだろうと思っていたけど予想通り過ぎて溜息を吐きたくなった。


「ほら、悠子開けて」

「う、うん」

 母は豊をだっこしているし、当然の要求だ。しかし私はいつもこの瞬間になると緊張してしまう。その上、今日は三年ぶりなのだ。その反動がどんな形になって返ってくるか、考えるだけでも恐ろしい。


 扉の前で開けるのを躊躇っていると後ろでクチュンと豊がくしゃみをした。ここまで来て豊が風邪を引いたら大変だ。私は覚悟を決めて扉に手を掛けた。


 私も高校生になったし祖父も少しは変わっている筈だ! と期待して扉を開けた瞬間、

「おかえり悠子! 待ちくたびれたぞ」

 颯爽と祖父は私の足下にしゃがみ込み、私を抱き上げていた。


「わ、わっ」

 祖父の身長は190センチ、高くなった視界に恐怖を覚えて慌てて祖父の首に手を回した。


「お、おじいちゃん、危ないから!!」

「そんな私に気を遣わなくとも大丈夫だ。悠子の一人や二人軽く持ち上げられるからな」

 三年経っても、祖父は変わっていなかった。

 昔から祖父の抱っこは高過ぎて怖いと言ってるのに祖父は嬉々として私を抱き上げて頬ずりしてきた。流石に小学生の高学年になった頃には恥ずかしくなってだっこは止めて欲しいお願いしても暖簾に腕押し。パシパシと祖父の背中を叩いて「下ろして」と訴えても無視され、その間に祖父は片手で器用に私の靴を脱がしていった。


「ただいま、お父さん。相変わらずね」

「おぉ、妃もよく帰ってきた。豊も更に可愛くなったんじゃないか。あとで一緒にご飯食べようなぁ――で、お前を放ってあの男はどうしたんだね」

「あの男、じゃなくて正輝さんでしょう。今、和泉君と一緒に荷物を持って来てくれるわよ」

 そう話している内にガラリと扉が開く音がした。父と兄が入ってきたのだろう。


 ……終わった。


 兄には、祖父に抱き上げられてる姿を見られなかった。

 高校生にもなってありえん……。


 私は恥ずかしさのあまり、振り返ることも出来ず祖父の肩に顎を乗せて顔を隠した。


「お久しぶりです、お義父さん」

「ふん、三年も悠子を独り占めしおって、来るのが遅すぎるわ」

「すみません、これからは毎年家族で伺います。あと紹介が遅くなりましたが、ウチの息子の和泉です」

「はじめまして、冴草和泉と申します」

 背後では兄の自己紹介が始まっている。


 誰も私が祖父に抱き上げられていることをツッコんでくれない……。

 何で当然のように受け入れてるの?

 おじいちゃんもこういう時は、空気を察して下ろして欲しい。


「あなた、悠子が恥ずかしがってますから下ろしてあげて」

「おばあちゃん!!」

 奥の方から顔を出した割烹着姿の祖母は、まさに救世主だった。


「そうだったか。そんなに私と二人きりになりたかったか、悠子」

 誰もそんなこと言ってない。祖父はいつもこんな調子だ。


「じゃあ居間に言って話をしよう。積もる話もあるからな。妃、和泉君ゆっくりしていってくれ」

 マイペースな祖父は私を抱いたまま、すたすたと居間へと歩き始めた。引き留める声もしない。私はドナドナと連れて行かれる子牛のような気分だった。





 祖父の家の居間の真ん中には、大きな堀りこたつが鎮座している。ここが私のこたつ好きになった原点だ。ようやく祖父が床に下ろしてくれたので私は一直線、こたつにもぐり込んだ。この灰の匂いが何とも懐かしい。


 祖父は私の隣に座り、机に肩肘をついて私を見ていた。祖父のおかげで恥ずかしい思いをしたので怒りたいのに、目尻を下げた優しい顔をされると私は怒れなくなる。机の上の木の器に積んであるみかんを剥き始めると、祖父が中身だけ手渡してくれた。

「……ありがとう、おじいちゃん」

「いいコだな、悠子は」

 昔から祖父の私への態度は一貫している。極限まで私を甘やかそうとするのだ。


 本当は一人娘の母を祖父は可愛がりたかったのだと思う。けれど過保護な祖父と自立心旺盛な母は相性が悪く、祖母曰く二人は喧嘩ばかりしていたらしい。けど祖父からすれば愛情を持って接していたし誰よりも可愛い娘だった。にも関わらず母は大学在学中に結婚して卒業と同時に都会へ行ってしまい、祖父はかなり意気消沈したそうだ。


 そんな寂しい思いをしていた祖父を励ましたのが孫である私の存在だった。祖父の干渉を嫌い、実家に帰ろうとしなかった母に父が「悠子とも会いたいはずだよ」と橋渡しをしてくれて夏と冬の二回は帰るようになったのだ。


 その話をしてくれたのは祖母で、「だから悠子は遠慮しないで甘えてやってね。それがあの人の生き甲斐だから」とまで言われている。けど私にはその祖父の優しさがむず痒くて、あまり甘えてあげられないのが現状だった。


「なぁ、悠子、正輝君が父親になって何か困ってることはないか? 和泉君にいじめられたりもしてないな?」 

「いつも電話で言ってるけどお父さんも和泉さんも優しいよ。お父さんはよく豊の面倒を見てくれるし、和泉さんは家事を手伝ってくれるから私は前より自由時間が出来たし。おじいちゃんは心配しすぎ」

「心配にもなるだろ。その自由時間だって悠子のことだからバイトに使ってるんじゃないか。お金も大切だがな、お前の体は一つしかないんだぞ。それより大切なものなんてないんだ。無理だけはしないでくれ」

「うん……気をつけるよ」

 たぶんバイトの時間を減らして欲しいのは、祖父の家に来る機会が減る原因のひとつにもなっているからだろう。でも腐女子は同人誌にグッズに交通費とそれなりにお金がかかる。家にいるだけではお金は逃げていく一方、だから高校生になってからはバイトに励んでいたが反省せねばならない。


「悠子がもう一七歳なんてなぁ。お前は妃のように早く結婚しないでいいからな。あと二十年ぐらいは」

 祖父が誰かさんと似たようなことを言っている。人をいかず後家にする気満々の発言だ。


「はぁ、大丈夫だよ。私に交際を申し込む人なんている訳ないじゃない」

今の私にとっては二次元が第一なのだ。そんな典型的な腐女子を誰が恋人にしたいと思うのか。一緒にいても楽しくないだろう。

「どこが大丈夫なんだ。お前が知らないだけで絶対に男に目をつけられている。都会は物騒だしな……危険だ。ボディーガードを雇うか」

「ボ、ボディガード!? い、いらないからね。そんな人がいたらバイトも学校行けなくなっちゃうよ」

「いい案だと思ったんだが駄目か……」

 落ち込む祖父に同情してはならない。ここで否定しておかないと祖父は本気で実行するだろう。祖父といい、兄といい恐ろしい程の家族の欲目を発揮している。



 こたつに入りながら祖父と近況を話していると、祖母が兄と一緒に居間にやってきた。

「悠子、悪いんだけどね、年越し蕎麦の準備を手伝ってくれないかしら?」

「勿論、いいよ」

 返事をすると祖父が不満げな顔をした。とてもわかりやすい。


「あなたは和泉君と話しながら待ってて頂戴な」

「え、和泉さんとおじいちゃんと一緒に……?」

 いきなり初対面の二人を残して行っていいものだろうか。

 そうでなくとも祖父は兄を警戒している。


「悠子ちゃん、心配しないで平気だから。光子さんのお手伝いしてきて」

 兄は私の心配を察して安心させるように笑った。たぶん祖父が購入した私の振り袖の話とかもするんだろう。祖父も兄もこだわりのあるタイプだから意見がぶつかる可能性もある。

 不安が拭いきれないが兄が平気だと言う以上、兄のコミュニケーション能力の高さに期待するしかない。私は二人が喧嘩しないことを祈りながら祖母と共に居間を出て行った。






 祖母に渡された割烹着を身につけ、何から手伝えばいいか聞いてみると「ほとんど準備は終えているのよ」と祖母は椅子に座った。

「え、どういうこと?」

「ああでも言わないとあの人、悠子のことを離さないでしょう。忠義さんも和泉君とは話したいことがあるみたいだったしね。あと十分くらいしたらお蕎麦をゆで始めましょう」

 祖父とは違い、祖母は場の雰囲気を読むのが上手な人だ。だから母と祖父が言い争いになりそうになると、先回りして話の方向を変えていく。自分も祖母のようになりたいものだが、空気を察しても口が上手くないのが最大の欠点だった。


「それにしても和泉君はかっこいいコねぇ」

 祖母は瞳を輝かせてうっとりしている。兄の端正な顔立ちは高齢の祖母にも通用する美しさだったようだ。

「私もそれは認めるけど、和泉さんの良さはもっと他の所にあるんだよ」

「わかってるわ。だから和泉君には親近感が湧くのよ」

「……おばあちゃん、和泉さんと何か話をしたの」

 秘密、と祖母はフフっと愉しげに笑みを漏らす。短時間の間に兄はどのようにして祖母の信頼を得られたのか。私には出来ない所業だ。


「良かったわね、優しいお兄ちゃんが出来て」

「頼もしいお父さんと可愛い弟もいるからね」

「ええ、もう寂しくないわね。悠子」

 微笑む祖母に涙が出そうになった。祖母は母と二人暮らしだった時の私の気持ちに気付いてくれていたのだと思う。母を困らせたくなくて寂しくても寂しいなんて口に出来なかった。


「妃も悠子も頑張り屋だからあまり弱音を口にしないでしょう。私にはそれがもどかしくて、いい人が現れてくれないものかしらと気を揉んでいたのよ」

「母さん一人ならいくらでもチャンスがあったんだろうけどね」

 母は仕事熱心で活動的な人だ。さばさばしていても決してクールではなく人情に厚い、それで綺麗で若々しいとなったら男の人は惹かれずにいられないだろう。けどコブ付きとなれば二の足を踏む男性も多かったに違いない。思春期の扱いづらい年頃の娘がいる母に結婚を申し込んでくれた父には感謝をしなければならない。


「違うわよ、悠子がいるから妃は誰かを愛することが出来たの」

「そうかな」

「ええ、だから自分を卑下し過ぎるのはよしなさい。妃は誰よりあなたを愛してるのだからそんなこと言われたら絶対に怒り狂うわよ」

 穏やかな祖母が珍しく厳しい顔をして言うので私はこくこくと頷いた。

「悠子はもっと自分を好きになること。それが強くなる秘訣よ」

「おばあちゃん、私は強くなって誰かに勝ちたいなんて思ってないよ」

 私は少年漫画の主人公じゃないのだ。そんなことを言われても困る。

「思うようになるわ。敵が誰かわかるようになればね」

 恋のライバル的な……? 兄が誰かに恋をしたら自分はどうなってしまうのか。応援とか、してしまうのだろうか。そうする自信がない。考え込む私に祖母がパンと手を叩いた。

「さぁ、そろそろ手を動かして貰おうかしら。お蕎麦を冷蔵庫から出して頂戴な」

 その音にハッとして私は本来の目的を思い出した。私は祖母の指示に従い冷蔵庫の扉を開けた。冷蔵庫の中はパンパンで、お蕎麦の他にもおせち料理や祖父母が普段食べないであろうデザートが詰めてあった。


 母と二人で帰って来てた時とは比にならない量の多さに驚いてしまう。お蕎麦を取り出して振り返ると祖母は「作り過ぎかしら」恥ずかしそうに鼻を掻いて笑っていた。

 


「私に出来ることある?」

 祖母と共に年越し蕎麦の準備を終える頃、母が台所に顔を出した。


「妃、ちょうどいいわ。お蕎麦をお盆に乗っけて持って行ってくれる?」

 祖母は、五年前に腰を悪くしているので重い物は持たないようにしている。その為、私が何度か往復して持って行く気満々だったが母が来てくれたおかげで時間が短縮出来る。本当にいいタイミングだった。

 母と私は二人分のお蕎麦を乗せたお盆を持ち、祖母と一緒に居間へ続く廊下を歩いた。


「ねぇ、母さん、今和泉さんとおじいちゃんが二人で話してるんだけど喧嘩とかしてないかな」

「父さんと正輝さんを二人にするならその心配もわかるけどね。和泉君なら平気でしょ。あの二人、嫌になるくらい似てるもの」

 だからつい和泉君を叱っちゃうのよねぇと漏らした母の呟きに祖母が苦笑した。

「あなたを思って言ってるのよ、お父さんも」

「今も昔も過干渉で嫌になるわ。もう子供じゃないのに」

 母の気持ちがとても良くわかるので私はうんうんと頷いた。


 居間の前に着くと中から兄と祖父の話し合っている声が聞こえる。ちらりと母を見れば「どうせくだらないことよ」と余裕の表情だ。


 両手が塞がっている私と母の代わりに祖母が襖を開けてくれた。すると兄がずんずんと私のすぐ傍まで近づいてきて私の手から兄はお盆ごとお蕎麦を奪って机の上に置いた。呆然としていると兄はすぐに戻ってきて、私の手を引き兄と祖父の間にある座布団の上に座らされた。


「好きな男なんて、いないよね?」

「どうなんだ、悠子?」

 真剣な顔の兄と祖父にサンドされた状態で問いつめられ動揺してしまう。


「い、いきなりなんなんですか!!」

 祖父と話していて、こんな質問になったのか経緯がわからないが、何にせよ皆の前で答えられるような質問ではないのは確かだった。


「教えません」

「いるのか、いないのかだけでもいいんだよ」

「言いません! 和泉さんはもっとデリカシーを学んで下さい!」

 好きな人がいるって答えれば、それは誰だって話になって、それは兄だって答えられるわけないだろう!  いないと言えば兄が安心するのは承知しているが、そう答えるのも癪なのが複雑な乙女心なのだ。


「悠子も年頃だからね。ほら、お蕎麦が冷めてしまうわ。はい、和泉くん、良ければ皆にお茶を入れてくれないかしら」

「は、はい、すみません」

 兄は祖母に恐縮しながらお茶を湯飲みに注いで、皆の前に置いていった。そうしている内に泣いている豊を抱く父が居間に入ってきた。


「頑張ったけど無理だった……ごめんね、妃さん」

「いいの、いいの。豊、車の中でずっと寝てたからこっちでは起きちゃう気がしてたのよ」

 父が母に豊を渡すと、ぐずっていた豊は大人しく母の胸で丸くなった。その豊の愛らしさに居間の空気が和む。赤ちゃんの癒しの効果は偉大だ。私が生まれた時もそうだったのかもしれないと思わずにいられなかった。




 時計の針が零時を回り祖父が新年の挨拶を終えた時、外から除夜の鐘の音が聞こえてきた。これを聞くと田舎に来たなぁって気がする。我が家からじゃ除夜の鐘の音なんて聞こえてこない。

 眼鏡にお蕎麦の汁が飛び、ティッシュで拭いていると隣に座っている兄が声を掛けてきた。


「悠子ちゃん、いきなり変なこと聞いてごめんね。……俺のこと嫌いになった?」

 恐る恐るといった表情で兄は私の顔を覗き込んでいる。


「嫌いになんてなってませんよ。和泉さん、全然お蕎麦減ってないじゃないですか。お蕎麦伸びちゃいますよ」

 和泉さんは、ほっとした顔で箸を手に握ってお蕎麦を食べ始めた。私が怒ってると思ってずっと声を掛けるのを躊躇っていたのかもしれない。このくらいのことで兄を嫌いになったりしないのに何故そのような極論に達するのか。私は自分から兄を好きだとアピールしているつもりだし、麻紀ちゃんにもバレてしまったように顔にも出ているみたいなんだけど兄には伝わっていない。だから少しだけ尋ねてみたくなった。


「も、もしもですよ、私に好きな人がいたら和泉さんはどうしますか」

 ちらっと兄の顔を窺ってみると兄は箸を持ったまま固まっていた。つるんと兄の箸から蕎麦が滑り落ちた。

「……どうしてくれようか」

 兄の人を殺してしまいそうな程鋭い目つきにぞくりと身を震わしていると、

「私も協力する」

 と隣に座る祖父が地を這うような低い声で頷いた。


「悠子ちゃんはどうして欲しい?」

 兄と祖父が左右からじぃっと私を見ている。私の質問は完全に失言だったと悟った。

「暴力で解決するのは良くないと思います」

 兄は絶対に自分だって気付いてない。前途多難な片思いに頭を抱えたくなった私を母は呆れた顔で見ていた。





 年越しを終えて目覚めた朝、私は祖父母の家の隅にある物置場を漁っていた。

 祖父母の家では基本、私の腐的な活動は停止される。というのも私は携帯ではネットをしないし、荷物になるからここまで漫画を持ってきたりしない。けれども祖父母は私が退屈しないようにと、沢山のボードゲームやカードゲームや遊具などを用意してくれているのだ。

 それは孫が一人だけでごめんなさいと言いたくなるような量なのだが、今年は父と兄もいるから更に楽しめるだろう。


「どこにいるかと思ったら、こんな所にいたんだ」

「あ、和泉さん、おはようございます」

「おはよう、ここで何してるの?」

「日中出来ればこれで遊びたいな、と思いまして」

 私が選んだのは、花札と人生ゲームにかるたもあったので出してみた。お正月らしいチョイスではなかろうか。


「へぇ、これ花札? 俺、やったことないや。かるたは、確か百人一首みたいなヤツだよね。あ、これも面白そうだね」

 兄は人生ゲームの箱を裏返してルールを読んでいる。


「和泉さんは子供の頃は何して遊んだんですか?」

「あんまり、遊ばなかったかな。親父の実家にはなるべく行きたくなかったし」

 その話を聞いて兄の従姉である安里さんのことを思い出した。子供の頃から我が儘娘だったであろう従姉に兄が振り回されたのは想像に難くない。それでいて普通の遊びも知らないって……今すぐタイムスリップして子供の頃の兄に会いに行きたくなった。


「和泉さん、これからはこっちが和泉さんにとっての田舎です。ここにあるゲームのルールは私が網羅してますから何でも聞いて下さいね」

 自信を持って言い放つと兄は眉を潜めて、笑みを漏らした。


「頼りにしてるね、悠子ちゃん」

 その笑みが何だか泣きそう見えて、胸が締め付けられた。こんなことでいいならいくらだって手を貸すし、一緒にゲームをしたい。私は早速ゲームの箱を手に持ち、兄と共に祖父がいるだろう居間へ向かった。




 祖父母の家にいる間、私は童心に帰って楽しんだ。ゲームの他にも、祖父と兄が協力して庭にかまくらを作ってくれたり、こたつで祖母が作ってくれた甘酒を飲みながらしんしんと積もる雪を眺めたり。父は私と一緒に作成した家族アルバムを祖父にプレゼントして少し祖父と距離が縮まったことを喜んでいた。


 しかし、それ以上に祖父と兄はスマホで連絡先を交換しあう程仲良くなっていたのだが……。


 祖父と兄が似た者同士だと言い当てた母の勘は当たっていた。兄は祖父を尊敬していて、祖父も自分を慕ってくれる孫が出来て嬉しいようだ。年齢の差を越えて生まれた二人の絆を見ていると羨ましくもあった。


 これからはもっとマメに祖父母に家に来たい。兄は父の実家で嫌な思いをすることも多かっただろう。そんな記憶もここで新しく塗り替えて欲しい。


次に祖父母の家に行くのは春休みになるだろう。その時は、また楽しい思い出が兄の中にも増えるに違いない。家に帰る準備をしながら、暖かな春に思いを馳せた。

 

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