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妹ですみません  作者: 九重 木春
-波乱の腐女子編-
56/97

1 妹の幸福


「あぁ、幸せ……」

 十二月末日、先日の冬コミで手に入れた新刊を読みながら、私はこたつで幸せに浸っていた。両親は豊を連れておせちを買いに行き、兄は同窓会へ出掛けていった。家族の帰りは皆、十八時以降。つまりそれまでの時間は私だけのパラダイスなのだ!


 母が再婚するまでは家で一人でいる時間なんて山のようにあったのだが、家族が増えてからというもの、一人でいられる時間が少ない少ない。


 バイトは金策として必須なので仕方ない。

 愛しい弟の豊と遊ぶ時間も勿論必要。

 だが、それ以上に兄に割く時間が長すぎるのだ。


 部屋でネットしている時も、扉をノックされるのは一度や二度ではない。夕飯の相談だったり、おやつのお誘いだったり、次の休日の予定を聞かれたり……少しは放っておいてはくれないものか。


 兄と過ごす時間が嫌いなわけではない。ただ、やりたいことが出来ないと言う日々のストレスが溜まっていくだけで……。


 その拘束から放たれた今、私に迷いはなかった。朝、出掛けていく家族を見送り、忘れ物などして戻ってこないことを確信した後、こたつの上に同人誌を詰み、折り曲げた座布団を枕にしてにやにやしながら本を読んでいるのである。


(ひじり)君、かっこよすぎる。アベルの盾になるとかさぁ、腐女子の心狙い撃ちしにきてる……」


 これまでスポーツ漫画にはまり続けた私が吸血鬼漫画にハマるなんて思いもしなかった。きっと麻紀ちゃんに薦められなければ読みもしなかっただろう。ありがとう麻紀ちゃん……!!


 舞台は英国ロンドン。脳を自動人形(オートマタ)に移植した妹、アリアを動かし続ける為に吸血鬼として生を歩む主人公アベルとその命を狙う吸血鬼ハンター(ひじり)の戦いを描くミステリーロマン。


 この『禁断のブラッディーハンター』は、予想を裏切らない人気で、アニメ化だけでなく舞台化も決まっている。私としてはまだ原作六巻までしか進んでないのに、アニメ化していいのかという不安と期待が入り混じっているが録画は確実だ。


「もう何これ、続き読みたい。もしや本当にこれで終わりなのかな? ぜひ続き書いて下さい、ハピネスさん」

 私はフラバタの頃からハピネスさんの大ファンでこの人の小説が出る度に買っている。主にネットで活動していて滅多に本は出さないから、私は一日千秋の思いで新刊を待ちこがれている。


 はぁぁ、と新刊の切なさの余韻とときめきのサンドイッチになっているとガチャリと扉の開く音が聞こえた。慌てて起きあがり時計を見上げる。


 まだ十五時、早すぎる!!

 ベビーカーを畳む音がしない、ということは兄が帰ってきたんだ。

 机の上の物をどうにかしなければ……!!


 部屋に戻しに行く時間などある訳がない。私は咄嗟に本をかき集めてこたつの中に本を突っ込んだ。


「ただいま、悠子ちゃん」


(ひぃぃぃぃ!!)

 背後から首に兄の吐息がかかり、声にならない悲鳴が上がる。

 瞬間移動かと思うような速度でリビングまでやってきた兄は、そんな私の動揺を知る筈もなく後ろからぎゅっと抱き締めてきた。


「悠子ちゃんの温もり、あったかい……」

 寒いならこたつの中に入って下さい!! と言うに言えない。

 それはこたつの中には秘密が詰まっているから……。


「は、離してくださいっ」

 背後の兄からは何やらフローラルな匂いが漂ってくる。

 香水かな、はじめて嗅ぐ香りだった。


 え~、と言う兄の手をつねると兄は渋々体に回った手を外してくれた。

 はらはらとドキドキが止まらない方の身にもなって欲しい。


「帰りに焼き芋買ってきたから一緒に食べよう」

「いただきます!」

「じゃあ、ちょっと部屋で着替えてくるね」

「はい、全然ゆっくりでいいんで」


 本当に兄は私の好物を心得ている。兄の突然の帰宅に下がりかけていた心が再び持ち直し始めた――が、兄と焼き芋タイムに入る前にやらねばならぬことがひとつ。


 がばっと着ている半纏を脱ぎ、こたつの中の危険物を集めて半纏で包む。それを胸の中に抱きしめて、階段を駆け上がりすばやく自分の部屋に入った。


「ハァハァッ、とりあえず避難が出来ればこっちのもの」

 兄とすれ違わなくて良かった。本棚のカーテンをめくり、まとめて同人誌をしまう。証拠隠滅完了。再び半纏を身にまとい私はリビングへ戻っていった。






 こたつの上には、急須と湯飲みがふたつ、そしてほっくほくの焼き芋がお皿に乗っていた。完璧じゃないですか。


「お茶も入れてくれたんですね。ありがとうございます」

「飲むだろうなぁって思ってね」


 ふたつの湯飲みにお茶を入れて、ひとつを私に差し出してくれた。甘くてあたたかい焼き芋を頂きながら、お茶を飲む。美味しくて頬を緩ませると目の前の兄が笑っていて、だから断れないんだよなぁと思い知る。


 なんだかんだ言いながら私は、兄と過ごす時間も好きなのだ。一日が三十六時間くらいあればいいのに。

 そうすれば趣味と家族の時間が両立出来るような気がする。

 

「和泉さん、帰り早かったですね。同窓会楽しくなかったんですか」

「ん、あぁ、あんまり仲のいい奴らがいなくて退屈だったからさ、早めに抜けてきたんだ」

「へぇ、そうだったんですね」

 私は同窓会なんてあっても絶対に行かないから、兄は社交性があるなぁ。学校の人間というのは、悲しいことに会いたい人間より会いたくない人間の方が多いのだ。


「その、同窓会でさ、成人式の話になったんだけど」

「そういえば今年ですよね、和泉さん」

「うん、俺自身のは興味はないんだけど。悠子ちゃんはどうするのか気になって」

「どうするのって三年後の話ですよ。ちょっと気が早くないですか!」

「三年なんてあっと言う間だよ。着物とか決めてるの?」


 正直、着物も着たくなければ成人式にも行きたくない……。

 だが着物だけは既に購入済みだったりする。


「振り袖は、実はもうあるんですけど……」

「え! そうなんだ。なら見てみたいな、どこにしまってるの」

「おじいちゃんちに大切に保管されているかと」


 中学の入学祝いだと言っておじいちゃんが買っていたのだ。その時振袖の写真を見せてくれたとは思うんだけど赤だったか青だったか、何色かだったかさえ覚えていない。


「そっか、じゃあ見れるのは三年後かぁ」

 兄はさっき自分であっという間だと言ってたのに残念そうにしている。三年後の振り袖を着た自分が兄と父にカメラを向けられている未来が簡単に予想出来てしまった。





 そうやってこたつで兄とのんびりしていると「ただいまー、悠子いるー?」と母親の帰ってきた声が玄関の方から聞こえてきた。母の呼ぶ声に私は立ち上がり玄関へ向かった。


 兄だけでなく、母達も予定より早い時間の帰宅だ。

 しかもその手にはおせちの箱がない。


「母さん、おせち買ってくるんじゃなかったの?」

「それどころじゃなくなったわ。これから出掛ける用意をして。あ、良かったわ和泉君も帰ってきてたのね」


 出掛ける用意って……?? 帰ってきて早々意味が分からない。

 これからお賽銭を投げに神社にでも行くのか?

 母はそういう行列に並ぶのは嫌いなタイプなのに。


「妃さん、それじゃあ説明が足りないよ。実家に帰るんでしょ」

「そう、これから行くわよ。さっき母から電話があってね。父さんが豊の為にベビーベッドやら玩具やら離乳食まで買って待ってるってね。母も母で私たちの為に沢山おせちを作って、子供達にお年玉も用意してるからねってあそこまで言われたら帰らない訳に行かないじゃないの」


 母の実家はそう簡単に帰れる距離ではない。東北の上の方まで行かねばならないのだ。寒いのが苦手な私にとってはちょっと行き難かったりする。


「豊と私は夏に行ったけど、悠子は三年も帰ってないのよ。和泉君に至っては、私の両親に一度も顔を合わせたこともないの。そのことを母にも責められてね……。ごめんなさい、和泉君、貴方にとってのおじいちゃんとおばあちゃんでもあるのに」

「いえ、そんな気にしないでください。これから祖父母に会えるのはとても楽しみです」

「い、和泉君、いい子……!!」


 母は兄の対応に感動しているようだ。兄はもう行く気満々みたいだし「夏休みに行こうよ」と言いたいけど言える雰囲気ではなかった。うん、ここは悪足掻きはせずに、おじいちゃんちに行こう。せっかく料理上手のおばあちゃんがおせちを沢山作って待ってくれているのだ。


 おじいちゃんは、偶に電話を掛けてきて話すので久しぶりという感じがしないけど! 今年は豊がいるからおじいちゃんも豊に夢中の筈だ。


「今から行けば年越しに間に合うから。皆準備して。一時間後にリビングに集合よ!」

 母の声と共に皆わさわさと支度を始めに部屋へ向かう。前を歩く兄の足取りは軽く、何だか楽しそうだ。

きっとおじいちゃんに振袖を見せて貰うつもりなんだろう。あとはたぶん私の子供の頃のアルバムも……。


「和泉さん、あっちは寒いですからちゃんと防寒した方がいいですよ」

「へぇ、そんなに?」

「雪、雪、雪との戦いです」

「それじゃあ、俺より寒がりの悠子ちゃんの方が大変だ。荷物が増えても俺が持つから気にしないようにね」


 もしも一人で持てない量になってしまったら、その時は兄に頼ろう。

 兄の親切な申し出に小さく頷いた。














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