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妹ですみません  作者: 九重 木春
ー腐女子街道編ー
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番外編3 兄の休日 後編

 三人でプールに出掛ける前日、俺はリビングで明日の準備をしていた。絨毯の上に並ぶのは三つの鞄。


 俺が持つのは一番大きなボストンバッグとクーラーボックス、豊はその隣のカラフルなリュックサック、最後のトートバッグは悠子ちゃんので軽い物だけ詰めておいた。ごそごそ物を追加していると、ストンと俺の隣に座った悠子ちゃんが自分のバッグを覗いて中身を確認し始めた。


「これ何ですか?」

「テント、開くのもワンタッチだから簡単だよ」

「私達、明日はプールに行くんですよね!?」


 悠子ちゃんの驚きも解らなくはない。だが下調べしてみたら、最近は持って行くのが主流のようだ。ネットでプール施設の写真をチェックしてみると、プールの周囲はまるで登山のキャンプ場かというくらい、沢山のテントが張られていた。


「大丈夫、今は一般的みたいだから」

「そうなんですね……いつの間にか時代が移り変わっている。それにしても和泉さんの持って行く物多くないですか。少し減らしましょうよ」


「じゃあ、足りない物があったら、あっちに行ってから調達する?」

「それはやめておきます。きっと割高でしょうし。ならせめてその荷物の中身をもう少し私に分けて下さい。このバッグ、テントしか入ってませんよ」


「いいのいいの、他の荷物は俺と豊に任せて。悠子ちゃんはしっかり寝て、体調を万全にしておいてね」


 悠子ちゃんが行けなくなったら俺の楽しみは消えてなくなる。悠子ちゃんは、渋りながらもトートバッグを持って「あんまり無理はしないで下さいよ」と言って階段を上っていった。


 あとは豊のリュックだ。俺はダイニングテーブルでポータブルゲームをしている豊の前にドスンと荷物を置いた。


「明日はこれを背負って出掛けるように。浮き輪は明日の朝に俺が空気を入れておくからお前が持つんだぞ」

 タイムボタンを押した豊は一旦ゲーム機を机に置いて、両手でリュックを持ちあげた。


「お兄ちゃん、重いよ、これ」

「我慢しろ、プールに行きたいと言い出したのはお前なんだからな。それとも行くのやめるか」


 俺は豊が居なくても悠子ちゃんが居れば問題ない。

 ……悠子ちゃんは、豊がいないと落ち込みそうだけど。


「行く!」

「だろ、なら持てるな」


 俺が豊の頭をポンと撫でると豊は小さく頷いた。それでこそ男だ。俺は元気のいい返事に満足して、大荷物を持って自分の部屋に向かった。







 今日行く国営公園のプールは周囲の駐車場がすぐに満車になってしまうらしい。あっちに行って右往左往するのも嫌なので、電車に乗って行くことにした。


 目的地に着くと、ちょうど開園時間で中に入った俺はすぐに日影がある目当てのポジションにテントを張った。貴重品のロッカーもなくなってしまう前に、悠子ちゃんと自分のスマホや携帯、財布を持って一緒に入れて置いた。施設内は小銭入れがあれば事足りる。


 テントに戻った俺は中を覗いて、豊に向かって手招きした。トタトタとやってきた豊に小銭入れを握らせる。


「これで好きなの買ってこい、ゆっくり選んできていいからな」

「やった! じゃあアイス買ってくる。あとコーラも飲みたいし、本当に何でも買っていいの?」

「あぁ、いいぞ」


 頷いてやると豊は満面の笑みを浮かべて、売店に走っていった。豊の顔立ちは悠子ちゃんに似ているから、こういう時は素直に可愛いと思える。普段は悠子ちゃんの愛情を一心に受けて憎らしい時もあるが。


 中からテントの入り口を閉めて奥に進む。その先ではボーダーの水着姿の悠子ちゃんが片手でうちわを扇ぎながらペタンと座っていた。


 今日悠子ちゃんが着ているのは白と紺の可愛いボーダーの水着だ。上はタンクトップになっていて布の面積も広いし悠子ちゃんの谷間も隠れるだろうと踏んでいたが……予想の上をいっていた。見えるぞ。下はキュロットになっていてぴったりしていないからお尻の形も見えなくて安全! ……なはずなのに、俺の目にはとても短いミニスカートを履いているようにも映った。


 おかしい、こっちの水着でも悠子ちゃんの魅力は隠しきれていない。


 それでも二週間前に見せて貰った悠子ちゃんのエメラルドグリーンの水着姿に比べればこっちの水着の方が布地が多い分、安心感はあるのだ……。周りの男の精神衛生上、極力肌を隠した方がいい。テントから出る時はパーカー必須だ。


「和泉さん、暑いです。もう出てもいいですか?」

「ごめんね、待たせちゃって。じゃあ、外に出る前にそこにうつ伏せになって寝てくれる?」


 このテントは大人が三人から四人入れる大きめサイズなので、余裕で悠子ちゃんが寝そべることが可能だ。俺がバッグの中から日焼け止めのボトルを出すと悠子ちゃんは思いきり顔を顰めた。


「日焼け止めはもう塗りましたよ」

「自分の背中も完璧に?」

「背中くらい別に……、そうだ! ゆた君に塗って貰いますよ」


 悠子ちゃんがそう言い出すことも想定内だ。

 だから豊にお金を渡して買い物に行かせたのだ。


「豊はアイスを買いに行ったよ。あとで背中の皮が剥けたりしたらお風呂に入る時も痛い思いをするから、今の内に塗っておこうねー」

「いやいや、そこは自分で何とかしますから」

「うんうん、解ったからそこに寝ようか?」


 しばらく互いに一歩も譲らず同じような会話を繰り返していたが、先に根負けしたのは悠子ちゃんだった。文句を言いながらもタオルを枕にし、うつ伏せになって寝てくれた。


 シミひとつない綺麗な背中や腰にしばし見惚れる。今日の悠子ちゃんはポニーテールにしていて、覗く項にドキッとした。


 悠子ちゃんの隣に座り、俺は何食わぬ顔で自分の手に日焼け止めを垂らして悠子ちゃんの肩を包むように日焼け止めを塗り始めた。首筋や、腕、背中、腰、どんどん塗る位置を下げていく。吸いつくような、なめらかな肌。ずっと触っていたくなる。


 両方の太股を掴むようにして、上下に往復しながら日焼け止めを塗ると悠子ちゃんの腰がビクビクと跳ね上がった。俺にバレないように必死に耐えても、バレバレだよ。敏感な悠子ちゃんにくすりと笑いながら、必要もないのに足の裏まで日焼け止めを塗り込んだ。


「もういいよ、悠子ちゃん」

「あ、ありがとうございました……」


 お礼を言った悠子ちゃんは、ぐったりとうつ伏せのまま起き上がろうとしない。恥ずかしくて顔を上げられなのだろう。そこがまた可愛い。


「お兄ちゃん、テント開けて」

 テントの外から豊の声がする。俺は少し残念な気持ちを覚えつつ、テントの入り口を開けた。豊の両手にはアイスとかき氷が握られていた。


「僕は食べてきたから、これはお姉ちゃんとお兄ちゃんに! って、お姉ちゃん大丈夫? 具合悪いの?」

 豊の声に反応した悠子ちゃんは慌てて起き上がった。


「だ、大丈夫よ! 元気、元気!」

 悠子ちゃんは胸の前で手を振って大丈夫だよとアピールしている。その慌てように、手で口を押さえて笑った。


「くっ、俺はアイスとかき氷どっちでもいいから、悠子ちゃんは好きな方選びなよ」

 ジト目の悠子ちゃんはムスっとした顔で「かき氷にします」と答えた。


 どうやら俺の所為でご機嫌ななめのようらしい……。


 「ごめんね」と謝ると悠子ちゃんは仕返しに俺の腕を指でつねった。その仕返しがあまりにも愛らしくて「もっと強くしていいよ」と言うと、悠子ちゃんはヒイていた。何で? 首を傾げると、隣の豊が小学生らしからぬ蔑んだ目で俺を見ていた。






 準備体操を終えて、豊と悠子ちゃんがプールの中に入っていこうとする。俺は悠子ちゃんがパーカーを脱いだ所で、ラッシュガードを渡した。


 これでプールの中でも悠子ちゃんの上半身は守られる。悠子ちゃんも身体を晒すことに抵抗があるようで、嬉しそうに受け取ってくれた。


「和泉さんって女子力高いですよね…」

 これって女子力なのかな?

 悠子ちゃんの考えてることは、時々難しい。


「そう? ほら早く着て。危険だから」

「危険ですか……、はぁ……」

 何か勘違いされてる気がするけど、長年の経験からきっと無自覚な悠子ちゃんには説明しても解って貰えない。俺は中々着ようとしない悠子ちゃんの腕に袖を通して、キュッと首元までチャックを持ち上げた。


「これでヨシ」

 俺が大きく頷くと悠子ちゃんは顔を真っ赤にして、バチャンとプールに逃げ込んでいく。俺は顔に掛かった水を手で払った。


 悠子ちゃんの姿を目で追うと、先に入っていた豊が悠子ちゃんに浮き輪を渡して頭に被せていた。微笑ましい光景に胸があたたかくなる。


 沢山の人が溢れる中、二人を見失ったら大変だ。パーカーを脱いだ俺は流れるプールの中に入り、水をかきながらはしゃぐ二人の元へ駆け寄った。










 数時間後、遊び疲れた俺達はプールから上がった。そろそろ昼食の時間だ。テントに置いてきた保冷剤たっぷりのクーラーボックスの中には悠子ちゃんお手製のサンドイッチが入っている。豊もそれを知っているから早くテントに戻りたいようだった。


「和泉さん、私ちょっとお手洗い行ってきますね」

「うん、ここで待ってる。いってらっしゃい」



 ――それから、数分後。悠子ちゃんが戻ってこない。



 スマホがないから時間が解らないが、結構経っている気がする。


「お姉ちゃん、遅いね」

「だよな」


 悠子ちゃん欠乏症による俺の気のせいではないようだ。悠子ちゃんが入っていったトイレは、入り口が二つあるから逆側から出て行ってしまったのかもしれない。


 俺と悠子ちゃんのスマホは貴重品のロッカーに入れてあり、連絡が取れない。ここは豊と二手に分かれて悠子ちゃんを捜した方が効率が良さそうだ。


「もしも悠子ちゃんが戻ってきた時の為に俺はここにいるから、豊はテントの中を見に行ってくれないか? 場所はわかるな?」

「あの黄緑色のテントでしょ」


 豊が指をさしたのは間違いなく俺達のテントだった。俺は安心して「そうだ」と頷いた。これで豊まで迷子になってしまったら目も当てられない。


「テントに悠子ちゃんがいてもいなくても、確認したら戻ってくるように。勿論、悠子ちゃんがいれば一緒にだぞ」

「わかった、行ってくるね!」


 豊がテントに向かって走っていく。

 どうかテントに戻ってますように、と祈りながら豊の帰りを待つ。


 すると、豊がいなくなった途端に周りに女が四方八方から寄ってきた。


 悠子ちゃんと豊が来た時の為に俺はここからは離れられない。

 ……どんな拷問だ。


「お兄さんいい身体してますね! 私達と一緒に泳ぎませんか?」

「アンタ達、何言ってんの。この人はあたしの方が先に目をつけてたんだからどっかいってくれない」


 周囲に寄ってきた女達が勝手に喧嘩をし始めた。最悪だ。

 鳥肌を立てながら、まとわりついてくる女の手を振り払う。


「貴女みたいな貧乳、相手にされるわけないでしょ!」

「はぁぁぁ? 胸は大きさじゃなくて感度だっつーの。お子ちゃまでちゅねー」

「そんな下品なこと人前で言う女が好かれると思ってるんですかー、年増の言うことは負け犬の遠吠えにしか聞こえませんー」


 女達の口喧嘩の応酬がどんどんヒートアップしていく。こんなのの間に挟まれるとは。地獄絵図だ。俺は女達を無視しながら、ひたすら悠子ちゃんと豊の帰りを待った。






 いくら振り払っても寄ってくる女達に堪忍袋の緒が切れそうになったその時、豊が悠子ちゃんと手を繋いで走ってきた。


 おかえり、俺の天使!!

 俺は悠子ちゃんに駆け寄って抱き締めた。


「無事で良かった……!! 心配で死ぬかと思った」

 トイレで知らない男達に襲われているのではないかと、最悪の想像までしてしまった。そんな奴がいたら、息の根を止めてやりたい。


「大げさですよ……」

 悠子ちゃんは、俺を安心させるように俺の背中に手を回してぽんぽんと叩いた。少しして落ち着いてきた俺は、悠子ちゃんから腕を離してぎゅっと手を繋いだ。


「豊、悠子ちゃんはどこにいたんだ」

「テントの近くで男の人に声をかけてたよ」

「ど、どどどういうこと悠子ちゃん!?」


 悠子ちゃん自ら男を誘ってたってこと!?

 悠子ちゃんの両肩を掴み、ガクガクと前後に身体を揺すって問い質した。


「ま、迷子センターがあるか聞いてたんですよ。放送をかけて貰えれば気づいてもらえるかもしれないと思って!!」

「な、なんだ、そういうことか」


 ホッとした俺は、再び悠子ちゃんを抱き締めて心を落ち着けた。この柔らかい体を抱き締めてると不安が薄れていくのがわかる。悠子ちゃんのぬくもりに癒されていると、先程まで五月蠅くしていた女達が懲りずに話しかけてきた。


「あの、妹さんですよね? 良かったら一緒に」

「違います、妻です。そしてこれが息子の豊、そうだな?」


 俺は豊と視線だけで会話した。

 コイツは年の割に察しがいいから俺の言いたいことが解るはずだ。

 目が合った豊は俺の期待を裏切らず、こくんと頷いた。


「へっ!?」

 何も解っていない悠子ちゃんは目を白黒させている。


「うん!! お父さんはお母さんが大好きなので、お姉さん達は近寄らないで下さい、バイバーイ」

 とわざとらしいくらい大きく手を振る。こんな無邪気に子供にバイバイされたら立ち去らないわけには行かないだろう。女達はすごすごと立ち去っていく。


「こ、これはどういうことでしょうか……」

「驚かせちゃってごめんね、悠子ちゃん。アレすっごいしつこくて困ってたんだ」

「あの人たち、小さな声でお姉ちゃんの悪口言ってたよ。絶対許せない」


 俺達が嘘を吐いた理由を聞いて悠子ちゃんは、「もう同じことはしないで下さいね」と両眉を寄せて泣きそうな顔をした。


 俺と夫婦に見られるのが嫌だったのかな……。

 そう思うと何だか少し胸が痛くなった。









 地元の駅に着き、電車を降りると強い西日に襲われた。眩しい程の夕日に目を細める。


 俺と悠子ちゃんは豊を中心に手を繋ぎ、豊の速度に合わせてゆっくり歩いていく。遊び疲れた豊は電車の中ではぐっすり眠っていた。駅に着いた時に起こしたが完全には目覚めておらず、その足元はえっちらおっちら心許ない。


 ……大丈夫か? 


 荷物がなければ背負ってやれるがそうも行かない。


 静かな住宅街を歩きながら、三人の伸びる影に気付いた。それが何だか印象的で、思わずポケットからスマホを取り出して影の写真を撮る。


「かげおくりとか、懐かしいですねぇ」

 悠子ちゃんの呟きに俺は首を傾げて尋ねた。


「……かげおくりって何?」

「子供の遊びですよ」

「それはやったことない、と思う」


 そんな遊び初めて知った。幼い頃、友達がいなかった俺は普段からそういうことが結構多い。昔流行ってたゲームも、手遊びも、皆が当然のように知っている遊びも知らない。


 けど豊が生まれてからは、少しずつ覚えていった。ダウトもグリコもぶたのしっぽも、俺が知らないことは、みんな悠子ちゃんが丁寧に教えてくれた。


「じゃあ、一緒にやってみましょうか。まずは影を見つめながら十数えるんです。その間は、瞬きしないでくださいね。いーち、にぃ」


 悠子ちゃんの言葉通り、ジッと影を見つめた。こういう時、俺は子供の頃からもう一度人生をやりなおしているような気持ちになる。悠子ちゃんから新しいことを学ぶ度、自分の事をより好きになれた。


「はーち、きゅう、じゅう! はい、空を見てください」


 悠子ちゃんと一緒に空を見上げると、三人の影が夕焼けの空に映し出された。俺はその影をただ茫然と見つめる。


 影だけ見れば完璧に親子にしか見えない。

 幸せそうな家族の肖像のようだった。


 自分がこんな未来を歩めるとは思ってもみなかった。

 孤独な少年時代が蘇る。未来に何の期待も抱いていなかったあの頃。瞼が熱くなり、懐古的な気持ちに襲われた。


「和泉さんの目には、どんな風に映りましたか?」

「……幸せそうだなって、思えたよ」


 俺がそう答えると、悠子ちゃんが目を細めて笑う。

 じわじわ溢れてきた感情に心臓が震えた。


 もう一度空を見上げると、そこにあった俺達の影は既に消えていた。

 でも形には残っていなくても、この光景を一生忘れないだろう。


 豊の小さな手を握り、俺は眦の涙を飲みこんで家路を目指した。














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