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妹ですみません  作者: 九重 木春
ー腐女子街道編ー
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番外編3 妹の休日 (※番外編2 弟の胸中の続き)

悠子23歳 和泉26歳 豊6歳のお話です。

 先日、我が弟である豊の希望により、二週間後に和泉さんと豊と私の三人でプールに出掛けることになった。


 プールに入るなんて、高校生の授業以来だよ……。


 当時のスクール水着はまだあるが、きっとサイズも合わなくなっているし、着る勇気もない。つまり、新しい水着を買いに行かなければならないのだ。家族で出掛けるのは楽しみだ。けれど、水着のことを考えると気が重かった。


 ああいうお店は綺麗な販売員のお姉さんが寄ってきて、あれやこれやと勧めてくるからなぁ……。正直苦手だ。でも昨日の兄の様子からして、早く自分で購入しないと買ってきてしまうだろう。私が部屋で考え倦ねていると、トントンとドアがノックされた。


 立ち上がって扉を開ければ、そこにはニコニコ顔の兄が立っていた。

 そして、その手には――パステルカラーの可愛い紙袋。


「それ、もしかして……」

「うん、買ってきたから着てみて」


 私は兄の行動力に度肝を抜かれた。

 だって昨日の今日だよ!  いくらなんでも早すぎる。


「お金のことは気にしないでね。遠慮しないで受け取ってくれると嬉しいな」


 うん……普段、服をプレゼントしてくれる時もそう言ってくれますけどね。兄はお金の使い所を間違えている。アイドル級に可愛い妹ならわかるような気がしなくもないけど、着るのがもさい私じゃなぁ。


「あの、私は今日自分で買いに行こうと思っていた次第で」

「そうなの? じゃ一緒に行こうか、他にも気になるのがあったんだ」


 そういうことじゃないんですよ!! 


 こういう時、兄は言葉が通じないと実感する。私が小さく溜息をつくと、兄にぎゅっと両手を掴まれて紙袋を握らされた。


「この水着、絶対悠子ちゃんに似合うから。俺の前で着て見せて」


 いつもより言葉に力が入ってる気がするのは気のせいだろうか。

 別に兄のセンスは疑ったことないけど……。


 ただでさえ数年ぶりのプールで、生まれてこの方スクール水着オンリー。同僚がプールに行ってナンパされたという話を聞いてリア充満喫してるんだな、と他人事のように思っていたこの私に!! 


 ――兄の買ってきた水着を着ろと。


「ね、お願い」


 兄は眉を寄せて、下から私の顔を覗くように懇願する。

 うぅ、そういう風に兄に頼まれると私はめっぽう弱い。


 どの道プールに行くのは決定事項で必要になるものなのだ。ここは開き直りも必要か。私は兄を安心させるために笑顔で紙袋を受け取った。


 「ありがとうございます。じゃあ二週間後にこの水着を着て行きますね」

 「今着るのはダメ?」

 

 「無理です。現実的に不可能なことを仰らないで下さい」

 私の身体は身綺麗にしてからでないと、他人の前にさらせるような代物ではない。いつでも準備万端のリア充とは違うのですよ。


「今が無理なら今夜、悠子ちゃんの部屋に行くからその時に着て見せて。サイズも合ってるか心配だし、何より俺が一番最初に見たいから」

「~~っ」


 臆面もなく、よくそういうことが言えるよ……。


 顔を真っ赤にして口をパクパクさせていると、兄は「楽しみにしてるね」と私の耳元に囁いて自室に戻っていった。







 すっかり外の日は落ちて暗くなった。昼間の内にオタクグッズはクローゼットの中に隠しておいた。水着姿を見せる時間は一瞬だろうけど、腐の領域に兄が足を踏み入れるのだ。危険なことには違いない。


 兄を迎える準備が出来た私は水着を着て、ベッドの上に正座をしていた。水着だけだと心許ないので薄い布団を体に巻く。


 何コレ、まるでシャワーから出てくる彼氏を待つような心境だ。


 ベッドに転がって身悶えたい――というのも、兄から貰った水着は下着より露出度が高かったのだ。普段あれだけ私に足を見せるな、鎖骨を晒すなと口五月蠅い兄がくれたものとは思えない。


 サテンのような少し光沢のある生地で、光の加減によって水色にもエメラルドグリーンにも見える優しい雰囲気だ。上はホルターネックで、下は横の紐で結ぶようになっている。どこかにひっかけようものなら大惨事になるだろう。


 紙袋から出した時は、本気で下着かと思い愕然とした。でもよく見てみればちゃんと仕様は水着として作られているし、他にも専用のサポーターまで入っていた。本当に気か効き過ぎて……逃げ場がない。


 しかも、なんと驚くべきことに、着てみたらサイズぴったりだったのだ!


 それが一番怖かった。勿論兄が私の胸に触った記憶もなければ、私と母の下着類は普段私の部屋で干しているからサイズは知らない筈。


 パッ見るだけでサイズが解るというイケメン力なのか?

 だとしたら恐ろし過ぎる能力だ。






 朝、兄に試着をお願いされた後に私が昼食の用意をしている時も、兄が鼻歌でも歌い出しそうなくらいご機嫌なものだから豊がリビングで首を傾げていた。


「お兄ちゃん、何かいいことがあったの?」

 と尋ねる豊に兄は、私の方を向いてニコっと視線を投げて寄越した。


 わわわわ、わかってますよ、着ますから、逃げませんから! 


 という意味を込めて、私はキッチンで頬を火照らせて小さく頷くしかなかった。豊は幼いながらも兄と私のやりとりで何かを察したのか「ふーん」と言って追及はしてこなかった。ありがとう、心優しい弟よ。


 あれだけ期待されて、今更やっぱり見せませんとは言えない。夕食を終えたら「一時間後に行くからね」まで予告された。今まさにその時間が迫っている。


 緊張しすぎて、口から心臓が飛び出しそうだ。一人で深呼吸を繰り返していると、ドアがノックされ私は息を止めた。


「入っていい?」

「ど、どうぞ」


 この格好で扉の前まで歩いていく勇気はない。兄は部屋に入ると後ろ手に鍵を閉めて、ベッドの上に座る私に近づいてきた。


「随分とかわいいおばけだね」

 全身を布団で隠し、その隙間から顔を覗かす私に兄は忍び笑いを漏らした。


 わ、わかっているくせに。

 私が堂々と水着姿を異性にさらせる性格だと思っているのか!?


「布団取っちゃうよ」

「ぎゃっ」


 返事をする前に兄は私の身体を守っていたバリアを取り去った。布団を取り返そうにも遠くに追いやられてしまい、私はあわあわとベッドの上の自分の枕を抱きしめて身体を隠した。


 ――しかし、予想に反して兄が何も言ってこない。


 自分のことに一生懸命だった私は、そこでようやく兄の顔を見上げた。


 すると、兄は両手で顔を隠して後ろを向いているではないか。

 な、何故に? つまり、私の身体は見るに堪えないと!


「そ、想像以上だった……」


 兄の小さな呟きを拾って、私は撃沈した。

 私もダイエットが必要だとは思ったけど!!


「い、和泉さん、もういいですよねっ!?」

 これ以上は本当に罰ゲームですよ! 私の乙女心を少しは労ってやって欲しい。


「え、それは駄目。はぁ――ふぅ――、よし、心の準備が出来た」


 そこまでして見る必要ありませんから。自分で言い出したことだから引くに引けなくなっているのだろう。兄は振り返ってベッドの上の私を見下ろした。


「ね、ねぇ、悠子ちゃんは何で枕を持ってるの?」

「……お見せ出来るような身体じゃありませんから隠してるんです」


「じゃ、じゃあ、どうしてベッドの上に座ってるの?」

「恥ずかしいから、布団の中で隠れてたんですっ!! わざわざ聞かないでくださいよっ」


 よっぽど小さな紳士である豊の方が察してくれるわっ!

 私はベッドの上に突っ伏して泣きたくなった。


 何だ、私の太った身体をチェックする為にわざわざ水着姿にしたんか。決死の覚悟で大胆な水着を着たのに泣けてくる。こんな事なら兄の前で体重計に乗る方が何倍もマシだった。


「もう着替えてもいいですか」

 水着なんか着なくても、プールには行ける!

 豊とは一緒に泳げないけど、我慢して貰うしかない。


「そんなこと言わないで。あの、よく……似合ってるよ」


 不自然極まりない、しどろもどろな口調。

 無理矢理誉めた感が否めない。


 困り眉の兄に私は溜息を飲み込んだ。


 何かなぁ。この人は天然な上、残酷で優しすぎる。

 ちょっと、そのフォローが遅すぎたけど。


「えぇ、ありがとうございます。気持ちだけは受け取りました」

「そ、それって、もう着てくれな」

「大切にしまっておきますね!」


 私は兄の言葉を遮って言い切った。貰った水着はタンスの奥にしまっておこう。もう着ることはないだろうけど思い出としてとっておく。兄が部屋から出ていくのを待っていると、しばらくしても出て行こうとしない。


「もう目的は果たしましたよね?」

「ううん、まだ」


 そう言って兄はベッドに乗り上げて、私の前で正座をした。じぃっと私の頭から足までを熱い視線が何度も往復する。いたたまれない空気に、ぎゅっと枕を抱きしめてそこに顔を埋めた。


「悠子ちゃん、その枕はなして」

「……イヤです」

「そのままだと水着が隠れてまったく見えないよ。見せてくれるって約束したでしょ」


 そんな責めるように言われましても。もう十分見せたつもりだ。

 これは私の最後の砦、簡単には手放せない。


「俺、悠子ちゃん相手に無理矢理とかしたくないな……」

 聞こえるぎりぎりの音量で吐かれた低い声に背筋がぞくっと震えた。


「そ、そういう脅しはやめましょうよ」

「はい、俺が優しくしてあげられる内に枕を貸して」


 兄が怖いくらいの笑顔で私に両手を差し出してきた。そこに、枕を乗っけろと。


 力の差は歴然としていて、ここで渡さなければ兄の言うとおり無理矢理奪われるだけだろう。これ以上兄を怒らせても窮地に追いやられるだけだと判断した私は、震える手で兄の両手に枕を乗せた。


「ありがとう」

 受け取った兄はぺいっと枕を投げ捨てて、私の身体を凝視している。

 コンプレックスだらけの身体だからあまり見ないで欲しい。

 特に、胸とか。


 小学生の頃、男子達が「賀村の胸はでかい」と話している猥談を偶然耳にしてしまったことがあり、私は通常サイズの人に憧れを抱いている。あの時のことは今でも思い出すとつらい。


「先月偶然、ショッピングセンターでこの水着を見つけた時ね、これは悠子ちゃんの為の水着だと思ったんだ。大人っぽいデザインだから着て貰えるか心配してたけど……ありがとう。本当に、想像以上に似合ってて……びっくりした」


 せ、先月ってまだプールの話も出ていない内からチェックしてたのか。

 気が早い。


「そ、そうだったんですね。てっきり私が太っているから顔を逸らされたのかと」

「悠子ちゃんは太っていません。平均より少し軽い位です。だからもっと太ってもいいと思います」


 そこで何故敬語。それに少なくとも私は痩せ型ではない。

 もうどこからどうツッコめばいいのかわからない。


「でも似合いすぎて心配だから、その水着は俺の前専用にして欲しい。もう一枚、水着は買ってあるから豊と行く時はそっちの水着を着ようね」


 は? もう一枚用意してあると?

 意味が分からない。


「な、何故わざわざ二枚も?」

「うん、ちょっと待ってて」


 兄はベッドから降りて部屋を出ていった。すぐに戻ってきた兄は先程とは違うお店の紙袋を手に持っていて、それを私に手渡す。


「開けてみて」

 兄に促されるまま、紙袋を開けて薄紙に包まれた水着を取り出すとそこから出てきたのはザ・水着だった。


 上は白と紺色の細かいボーダーでタンクトップ風、下はキュロットのようになっておりワンポイントで(いかり)マークがついている。お尻の形が隠せるから嬉しい。


 まさに私が今朝買いに行こうと思い描いていた水着だ。

 最初からこちらをプレゼントしてくれれば良かったのに……!!


「たぶん悠子ちゃんはこういう水着が欲しかったんでしょう? でも俺はどうしても今着てる水着を身につけた悠子ちゃん見てみたくて……けど危険過ぎたね。俺はそれを心の底から思い知った。悠子ちゃんはどこも悪くない! だから再来週はこっちのボーダーの水着を着てプールに行こう」


 危険すぎたって、どういう意味だ。やはり体重のことを言われているようにしか聞こえない。いや、似合っていると言ってくれているのだから、気にしないようにしなければ……。


 それに、二枚目の水着を着ていくのは大賛成だ。

 なんと言っても防御力が格段に上がっている!!


「はい、そうさせて頂きます」


 今後、兄曰く大人っぽいデザインの水着を着る日はやってこないだろう。


 脱いで洗濯したら、タンスに封印する。私は兄のお願いに気軽に頷くと自分の首を締めるだけだと身をもって思い知るのだった。















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