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妹ですみません  作者: 九重 木春
ー腐女子街道編ー
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16 兄の撃沈

仲島と悠子ちゃんの会話を聞いた俺はしばらくの間、扉の前で放心していた。

女の子の成長、早すぎやしませんか、妃さん……。


 一度頭の中を整理したい。会話の内容の破壊力があり過ぎて今何をしでかすかわからなかった。自室の扉を閉め、ベッドに体を投げて天井を仰ぐ。暗い部屋の中、溜まらず深い溜息が洩れた。


 仲島新――二ヶ月程前に悠子ちゃんにラブレターを出した男だ。あの手紙の後、悠子ちゃんの口からは仲島の名前が出ることはなく、手紙の呼び出しに応じなかったことで告白を断ったのだと安心していたが、違っていたようだ。


 男が苦手で人と壁を作りがちな悠子ちゃんが、自分からラブコールをするなんて思いもしなかった。電話だけじゃない、お互いの携帯の電話番号を知っているのならメールアドレスだって知っているはず。


 近頃、頻繁に打っているのには気づいていた。瞳を輝かせながら、頬を紅潮させてメールに夢中になっている悠子ちゃんに相手が誰かと聞いた時、悠子ちゃんは新しい友達だと話していた。


 ショートカットで可愛いコだって言ってたからてっきり女友達だと思っていたのに現実は違った。

 相手は男で悠子ちゃんに好意を抱いている相手だった。

 日に日に可愛くなっているのは俺の気のせいではなかった。

 全部、仲島に恋をしていたからだったんだ。


『かむちゃんに近づくもの、何でもかんでも排除して孤立させたりしないで下さいね』


 越田の台詞が脳裏に浮かぶ。悠子ちゃんは、越田の家に行った日に仲島のことを相談していたんだろう。そうでなければ、いつもふざけた様子の越田が真剣な話を持ちかけてきたりはしなかった。


 悠子ちゃんが男と付き合っている。

 将来結婚して家を出て行ってしまうかもしれない。

 二人の楽しそうな会話を思い出す度、胸が締め付けられるように痛かった。


『妹の幸せを祈るのもお兄様の役目なんじゃないですか』


 越田の言うように悠子ちゃんを他の男に託すことが、兄の務めだとは思いたくない。


 走馬燈のように悠子ちゃんとの思い出が頭の中を駆け巡る。豊をだっこしてにこにこ顔の上機嫌の悠子ちゃん、俺の為にお弁当を作ってくれたり、一緒にスーパーに出掛けたり、普通の生活の幸せを教えてくれた、たった一人の妹。


 せっかく出会えたのに、まだ三年しか経っていないのに、俺の安寧は彼女の傍にしかないのに……!

 そう簡単に手放せない。認められるわけがなかった。


 明日悠子ちゃんと話そう。真剣に話せばわかってもらえるはずだ。

 小刻みな震えを押さえるように自分の体を抱きしめて眠りに就いた。








 衝撃の夜が明けて、俺は悠子ちゃんの部屋の前で待ち伏せをしていた。きっとまだ子供らしさの抜けきらない彼女は恋に恋をしているだけで何もわかっていない状態なのだ。


 部屋から出てきた眠そうな悠子ちゃんは、目が合うとぎょっとして後ろ手に扉を閉めた。部屋の中に戻ってしまわなくて良かった。


「真面目な話があるんだけど……」

「はい、なんでしょう?」


 昨夜の仲島との会話などなかったかのように悠子ちゃんは、きょとんと首を傾げた。いつもの俺なら子リスのようで愛らしいなんて考えていられたけど昨日から俺の中では、大雨洪水警報が発令されている。


「悠子ちゃん俺はね、高校生の恋愛は一過性のものに過ぎないと思ってる。今の若者は不純異性交遊の危険性をまったく理解していないよ。だから簡単に相手の家に泊まりたいとか結婚したいとか口に出来るんだと思わない……? 悠子ちゃん」

「あの、つまり何が言いたいんでしょうか」

 俺に、それを言わせるのか……!? 胸がじくじくと痛んだ。


「悠子ちゃんは昨日、新しいお友達と日帰りで旅行に行ってきたんだよね?」

 確認すると悠子ちゃんは慌てて首を振った。


「事実無根です!! 仲島はあくまで友達であってそういう仲じゃありません」

 ……やっぱり、友達は仲島のことだったんだ。わざと仲島のことを隠していたのは確実だ。俺は何度かお友達がどんな子か確認していたのだから。


「でも普通、お友達と好きとか結婚して欲しいとか部屋に泊まりたいなんて話す? 昨日引いてたカートには、旅行グッズとか入れてたんじゃないの」

 最初は何かわからないような顔をしていたけれど、心当たりを見つけてその顔を真っ赤に染め上げて大声を上げた。


「もしかして、和泉さん。昨日の仲島との会話を盗み聞きしてたんじゃないですか!?」

「興奮した様子で話してたね。――声、外まで聞こえてたよ」

 無言のまま答えようとしない悠子ちゃんに詰め寄った。


「お願いだから、俺の質問に答えて」

 仲島と話していた内容を否定して欲しい。

 あのカートの中身は別の物が入っていたのだと教えて欲しかった。


 悠子ちゃんの背中にある扉にトンと手をつけて寄りかかると、驚き眼で俺を見上げた。腕の中にすっぽり収まってしまうような小さな体。


 二人の仲はどこまで進んでいるのだろう。

 腕を掴んでいた手を離し、悠子ちゃんの頬に手を触れて、尋ねた。


「ねぇ、あいつにはどこまで許したの……?」

 ふっくらとしたまろやかな頬に触れていた手を徐々に下の方へ滑らせていく。細い首筋に無防備な鎖骨、なだらかな肩を撫でて腕の素肌を辿り、指の先まで撫でていき、俺は悠子ちゃんの背中に手をまわして、自分の体に引き寄せた。戸惑った顔で俺を見る悠子ちゃんの顎を掴んで、くいっと持ち上げる。


「ここにも、仲島は触れた?」

 自分の親指を悠子ちゃんの赤い唇に押し当てると、悠子ちゃんの顔に熱が灯った。

 それはどちらの意味? 黒い炎で身の内から焼かれてしまいそうだった。


「なっ、仲島とこんなこと出来るはずがないじゃないですか、友達なんですよ」

「男と女の間に、友情が成り立つの?」

 自分自身、十九年間生きてきて女の友達など存在しない。俺を手に入れようと女達は、様々な醜い手を使ってきた。ストーカーに誘拐、盗撮、脅迫、逆セクハラと挙げれば切りがない。


 気味の悪い手紙を受け取り困っている時「大丈夫、私が何とかしてあげるね」と励ましてきた隣の席の女は、わざと俺に近づく為に他の女に手紙を出せば好きになって貰えるよ、とけしかけていたり。ストーカーから逃げてる所を助けてくれた同級生は、助けたお礼に私とつき合って、と言い出したり。友情なんて生まれようがなかった。


「成り立ちます。だから私は和泉さんに何を言われようと仲島との友達付きあいはやめませんし一緒に出掛けたりもします」

「じゃあ、その時は俺もついてってもいい? この目で見ないと不安で……」


 その温もりに縋るように抱きしめようとした時、突然悠子ちゃんが飛び上がって俺の顎に頭突きをした。予想していなかった反抗に驚いていると足がもつれて反対側の壁に大きな音を立ててぶつかった。


 何で、と悠子ちゃんを見上げると眉を吊り上げ憤然とした顔で叫んだ。


「私の言葉、ちゃんと聞いて下さいっ。傷ついてるのは和泉さんだけじゃないんですよ」

「でもっ」

 悠子ちゃんは俺に仲島と付き合いを隠していたのは事実だ。


「でももだっても聞きません。和泉さんとは絶交です! もう口もききませんから」

「え」


 絶交――? 

 口をぽかんと開けたまま、俺の思考は絶交の二文字に支配された。


 悠子、ちゃんに嫌われた? 嘘だろう。

 壁に寄りかかった体がずりずりと下がっていく。

 しかも、口もきかないって……。悠子ちゃんにだけには、言われたくなかった。


「おい、しっかりしろ和泉」

 親父に肩を揺すられ我に返ると、いつの間にか両親が俺の傍に来て座り込んでいた。悠子ちゃんを見上げると、怒った表情で何かを言おうとしていた。これ以上悠子ちゃんに何かを言われるのが怖くて、自分の耳を塞ぎたくなった。


「悠子ちゃん、これ以上はやめてやって」

「言い過ぎよ、悠子」

 両親は俺の心を察して、悠子ちゃんに声を掛けてくれる。すると、悠子ちゃんは泣きそうな顔をして下唇を噛んだ。


 その表情にズキッと胸が痛む。自分が彼女にこんな苦しげな顔をさせてしまっているんだ。悠子ちゃんは、何も言わずに踵を返して部屋の中へと入っていった。


「おい和泉、悠子ちゃんと何があったんだ。あの優しい悠子ちゃんをあそこまで怒らせるなんて、何をやらかした」

 親父は険しい目つきで俺を問い質した。


「――悠子ちゃんが俺に隠れて、男と付き合ってたんだ。悠子ちゃんは友達だって言ってたけど、友達でしかも男相手に結婚して欲しいとか言わないよな?」

「うん……お前が何か勘違いしているのは、わかった。妃さん、ここはオレに任せて下さい」

 親父の言葉に、妃さんは微かに頷いて部屋に戻っていく。親父は俺の前に膝を付いて座り込んだまま溜息をはいた。


「オレに、話したいだけ話せ。今なら、悠子ちゃんのも妃さんも聞いていない」

 俺も親父も悠子ちゃんと妃さんの前では、良い家族であるよう心掛けている。これから俺達が話すことは二人には聞かれたくない、その為の人払いだったのだろう。


「ずっと、違和感は抱いてたんだ。高校生になって悠子ちゃんは一人でお出かけをすることが増えた。行き先も言わずに家を出て満足気な顔をして帰ってくる。新しい友達が増えて名前を教えてくれないのは不思議だったけどそれでも悠子ちゃんが楽しいのならいいかなって思ってた。なのにその友達は男で、昨日電話で熱烈的な愛の言葉を交わしていて……」

「それ、どこで聞いたんだ? 電話だけじゃ相手が男だってわからないだろ」


「悠子ちゃんの部屋の前。仲島って名前が聞こえて、そいつ前に悠子ちゃんにラブレターを出してたんだ」

 俺の言葉に親父は頭を抱え始めた。


「勝手に、電話の内容を聞いたのか。それは悠子ちゃんだって怒るだろう。それに悠子ちゃんが友達だって言ってるなら信じてやれ。それともお前は友達でも嫌だって言うのか」

「――友達? 異性相手に友達なんてあり得ないだろ」

 小首を傾げる俺に親父は瞠目した。


「俺に近づいてくる女なんて皆、禄なもんじゃなかった。人の意志を無視して搾取するような奴らに友情? 親父だってわかってるだろ。あの悠子ちゃんを傍にして何もせずにいられると? それはむしろ男なのか?」

「確かにお前が言うように悠子ちゃんは可愛い。その見え方は、他の誰とも異なっているような気がするが、まぁいい。問題は、その異性間の友情が信じられないお前の心だ」


「どこが? どこもおかしくない」

「ちがう、ちゃんと異性が相手でも友人にはなれるんだ」

「俺の考えは普通だろ? 俺はもう普通の家族の一員になったんだから」


 変なことを言う親父だ。そんな俺に親父は息を飲んで苦々しげに顔を歪めた。親父と俺の意見は平行線だ。これ以上何を言っても無駄だろう。


 親父を置いて、扉を開けて部屋の中に入っていった。一刻も早く悠子ちゃんと仲直りがしたい。どうすれば許して貰えるだろう。仲島との仲を認める? それはしたくない。でも心を込めて謝れば許して貰えるかもしれない。


 思い立った俺はすぐに部屋を出た。そこに親父の姿はなくて安心する。悠子ちゃんの部屋の前へ行き扉を叩こうとすると、中から啜り泣くような声が聞こえてきた。


「悠子ちゃん、泣いてるの?」

「泣いてまへんっ」

 聞こえてきた声は鼻が詰まったような声で、泣いてるのを認めたようなものだった。


「さっき、私は口を利きませんって言いました! もう私には構わないで下さいっ」

 俺が言い募ろうとすると続けて、

「今後はバイトのお迎えもしなくていいです。私がどこに出掛けて、誰と友達になろうが私の勝手でしょうっ。普通の兄だったら、妹の私生活にまで口出ししませんよ」


 と更に痛烈な言葉が俺の胸を突き刺した。話しかけるのも、お迎えも無し……?

 その上、普通の兄ではないと悠子ちゃん自身に否定されてしまった。


「そんな……お願い悠子ちゃん、俺を許して……」

 悠子ちゃんの返事はない。

 俺はどうしても、仲直りしたくて様々な言葉で謝罪を繰り返した。


 しかし何度も扉の前で頭を下げて、何時間言葉を連ねても、その日悠子ちゃんから答えが返ってくることはなかった。








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