4 兄の友人
「冴草くん、親御さんからよ」
部屋で寛いでいると、寮母から一枚の葉書を手渡された。
差出人には父の名前が書かれている。メールを書くのも面倒臭がって電話を掛けてくる人なのに、結婚して浮かれているんだろうか。裏返してみると、夕陽に染まった海の写真が印刷されている。
「お、なんだ、それポストカードか?」
同室の佐藤貴士が後ろから俺の手元を覗き込んでくる。
「あぁ、これは父さんが作ったやつ」
「クオリティ高いな、そういや和泉の親父ってフォトグラファーだっけ」
「そう、と言っても俺も葉書貰うのなんてはじめてだけど。楽しかったから自慢したいみたい」
海と一緒に映るのはひとりの少女。波打ち際でしゃがんで貝を探しているようだ。長い髪を下ろしている為、顔が隠れて表情は解らないがそこがまたいい演出になっている。
「じゃあ、このコは近所の小学生とかか。今は肖像権厳しいからなぁ。やっぱ撮る前に許可とか貰ってんのかね」
「許可も何も、このコは妹。父が再婚した相手の娘さんだよ。今年で中学二年生」
「中学二年には見えないなってお前!!女苦手なのに!?妹!?いつもみたいに冷たくあしらってんだろ……。俺にも妹いるけど女を敵に回すといいことないからな。そこんとこ、忘れんなよ」
「酷い言い草だな。貴士に言われなくても優しくしてるよ」
「信用ならん、お前ギャルの前とかだと人変わってんもん。怖い怖い」
「それは去年の文化祭の話か。多人数に囲まれバシャバシャ写真撮られた挙げ句に電話番号教えろだの、文化祭一緒に回ろうと腕を引っ張られ、強引にスマホ奪われかけた俺に非があるとでも?味方が大勢いれば何してもいいとか嘗めたこと考えてんだよ、あいつらは。警備員に追い出して貰って正解だった」
「あそこまでモテると考えもんだよな……。男子校だからあまり意識してなかったけど、あれは異常」
貴士の同情に俺は溜め息を吐いた。それは正しく俺の長年の悩みだったからだ。
「そうなんだよ、昔からな。今は身を守る術があるからいいけど子供の頃は悲惨だった…。女が鬼か悪魔か変質者か誘拐犯にしか映らなかった」
だから俺は、もし妹が俺の天敵とするタイプの女だったら、極力家には帰らないつもりだった。
「それで妹とか、平気なのか」
「あぁ、妹はそういうコじゃないから」
「女嫌いのお前にしては妹の株、高いな」
そうなのだ。自分でも不思議な程、妹に関しては寛容でいられる。それは妹の根本に悪意がないからだろう。同時に好意も感じられないのだけれど。
母子家庭で育ったから男性が苦手なのかな、と思っていたのだが早速父とは仲良くなっているようだ。
……面白くない。
「夏休みは家に帰ろうかな……」
「去年は帰らなかったのに?」
「あんまり帰らないと他人扱いされちゃうからね」
折角家族になったのに、たまに来る親戚のようなもてなしは受けたくない。
妹に自分を兄だと認識させる必要があった。
「妹、どんなコなのよ」
貴士が面妖な表情で俺を訝しんでいる。
一言で言い表せたら苦労はない。
俺さえその答えを見い出せないでいるのだから。