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妹ですみません  作者: 九重 木春
ー腐女子街道編ー
39/97

11 妹の仲間

 月曜日を迎え、私はお弁当と紙袋を持ちながら階段を上っていた。今日は屋上で昼食だから晴れて良かった。扉を開けると仲島が「オッス」と片手を上げてフェンス際に座っていた。


「持ってきたよ! 仲島に言われた小説本」


 私の中での最高の穂×飛小説――それは難航を極める作業だった。ベストスリーまで絞った所で、悩んでは読み、読んでは悩む、それを繰り返して辿り着いた未来設定本。高校を卒業して六年後に実家の病院で医師になった穂積君と再会する野球選手の飛人。この実際にあり得そうな設定が原作を重視の私の心をくすぐり、涙を誘った。


「逆カプ本読みたいなんてどういう風の吹き回し? 批判は受け付けないよ」

仲島の前に座り、同人誌が入った紙袋を手渡す。


「いや、休みの間ずっと色んな穂×飛小説を読み漁ってたんだけどさ……」

 弁当箱を開けて唐揚げを箸で摘まむと仲島が真剣な眼差しで語り始めた。


「――オレは、リバでもいけるかもしれない」

 突然のカミングアウトに、雷に打たれたような衝撃を受けた。

 ころころと箸から唐揚げが落ちて転がっていく。


 リバーシブル、それは私にとって逆カプより理解し難い存在だった。それはつまり受けと攻めどちらでも構わないということ。心が狭いと言われようと、そこに拘りがある私は簡単に認められなかった。


「仲島の飛×穂に対する愛はそんなもんだったの。男なら貫き通しなさいよ!」

 箸を握った手でドンッと地面を叩いた。


「違う、リバなら何でもいい訳じゃない。お前と話す内にオレは漢らしい飛人ならどちらでも読めるかもしれないという事実に気付いたんだ」

「私の、穂×飛愛の所為で……?」

「オレは世に蔓延る可愛い過ぎる飛人に以前から疑問を感じていた。原作から離れすぎると、最早飛人ではない。だから穂×飛自体を全否定していたわけだけど、お前の飛人はそうじゃない。漢気溢れる飛人だからこそ受けにもなれるという境地に辿り着いた」


 逆カプだった人間からすれば確かにそれは境地だろう。

 私にとっては常識の話であっても。


「漫画だとすぐ読み終わるからな、だから冴草に内容が濃く長く楽しめる小説本を頼んだんだ。お前の持ってきてくれた本は袋の上からでもわかるぞ。この厚み、二百五十頁弱あるな」

 仲島は嬉しそうに紙袋を手に取り、片目を眇め本の厚みを確かめた。厚みで頁数を把握しているなんて。その特異な認知能力に感嘆の息を飲んだ。


「仲島がそこまで言うなら……今度読み終わったら感想を聞かせて。それで仲島の本気を確かめるよ」

「ありがとう冴草。長編小説、心して読ませて貰うぜ」

 仲島はお詫びに自分の唐揚げを私に分けてくれた。


「次は夏コミだけど仲島は行くの?」

「モチのロンよ。神輿背負わず同人誌を背負う、それが夏の祭りの過ごし方だ」

「だよね。夏が待ち遠しい。この前原稿のお手伝いしてきたんだけど、私の友達でサークル参加するコがいるんだよ。冬コミは抽選に落ちてたから夏は受かって良かった」

「お前、他に友達いたのか……廊下でいつも一人で歩いてるからいないものかと」


 その無神経極まりない内容に一瞬、言葉に詰まった。

 普通はそう思っても言わないものだ。


「っいるよ!!」

 この学校には仲島しかいないけど、私には中学の頃からの友人である麻紀ちゃんがいる。ちゃんと三次元で存在することを伝える為に、以前に携帯で撮った麻紀ちゃんとのツーショット写真を仲島に見せてやる。


「ほらっ、友達の麻紀ちゃん。可愛いでしょう! その上、絵も上手いんだから」

 ついでに以前麻紀ちゃんが描いてくれた穂積君と飛人のイラストの写真も見せてあげる。いつ見てもイイ……ケンカップルは最高だよ。


「オレにも紹介しろ」

「え、やだよ」


 麻紀ちゃんに惚れたのか? 

 可愛いからわかるけど、大事な麻紀ちゃんに男を紹介したくない。


「だってこの絵、《神様同盟》のバッカス様だろ」

 それは麻紀ちゃんのサークル名とペンネーム!!

 こいつ、麻紀ちゃんの最愛BLゲーム《神は万人を愛せない》にまで手を出していたとは、なかなかディープな腐男子だ。


「バッカス様、前から尊敬してるんだ。作風は勿論、絵も巧いし、何と言っても神愛に対する熱きパッション、迸るパトス――何度バッカス様の本でマジ泣きしたか……頼む冴草、一生のお願いだから紹介してくれ」

 普段ふてぶてしい仲島に九十度の最敬礼で頭を下げられた。


「頭上げてよ」

「イヤだ! 冴草が頷くまで上げないし教室にも戻らない」


 駄々を捏ねるな。私も読み専だから好きなサークルさんを尊敬する気持ちはわかる。しかし、この麻紀ちゃんの熱狂的なファンである仲島を引き合わせてもいいものか。幾分考えて、私は結論を出した。


「……麻紀ちゃんがいいって言ったらいいよ」

「よっしゃー、バッカス様に会える! 何の話しようか、の前に身なりを整えてだな。神への供物も差し上げねば。定番の葡萄酒は、規制に引っかかるから無理か。おい冴草、バッカス様は食べ物は何がお好きなんだ」


 まだ会えると確定した訳じゃないんだけど。いくら何でも気が早い。興奮する仲島を横目に私は小さな溜息を吐いた。冴え渡る青空の下、屋上には昼休憩が終わるチャイムが響いていた。





 放課後、仲島の件で麻紀ちゃんに電話するとなんとOKが貰えてしまった。断ってくれても全然良かったのに、麻紀ちゃん優しすぎる。


 一応、どんな人間なのか仲島の前情報を麻紀ちゃんに話すと、思った以上に麻紀ちゃんが話に食いついてくる。もしやの両思いカップル誕生!? と寂しく思っていたら早合点だった。


『かむちゃんに近づいていい男なのか、見極めてやらないと』


 そういう意味で仲島とは仲がいいわけじゃないんだけど……。

 麻紀ちゃんの私を心配してくれる気持ちは嬉しかった。


 麻紀ちゃんが夏コミにサークル参加する日は、私と仲島も一般参加する日だったので、アフターで会うことになった。


 仲島に了解を貰えたとメールする。速攻で返ってきたメールには狂喜乱舞の顔文字の羅列。このハイテンション、怖すぎる。実際に麻紀ちゃんと会ったらどうなるのか。しっかりストッパーとして仲島を止めてやらねば。ひとり気合い入れながら、携帯を見下ろした。




                 ◇◇◇◇




 夏休みに入り、私は外で降り続けている八月の恵みの雨をバイト先である総菜屋の店頭で眺めていた。


 いつもは裏のキッチンで仕事をしているが、今日はいつも接客してくれているおばちゃんが熱を出してダウン、早退してしまった。接客は苦手だけど、一日中雨の予報でお客さんも少ない。おばちゃんにはこの前ジャガイモを貰った恩もあり、自ら店頭に立つと申し出たのだ。


 店頭に立ってからというもの、お客さんが誰一人として入ってこない。このザーザーぶりじゃ当然だ。私もバイトでなかったらこの雨の中、外には出なかっただろう。


 けど今こそが学生にとっての稼ぎ時だ。

 円滑な腐女子ライフの為には働くしかない。


 ガラガラと入り口の扉が開き、背筋をピンと伸ばした。


「いらっしゃいませーって……仲島?」

「冴草じゃん、お前ここでバイトしてんだな」

「いつもは裏にいるんだけどね、今日はピンチヒッター」


 私服姿の仲島は新鮮、と言っても黒いTシャツにジーパンというシンプルかつ親近感の湧く服装だ。普通の高校生はこんな感じだよ。仲島を観察しながらうんうんと頷いた。


 仲島に売れ線の総菜を勧めながら話していると仲島は今、母親が単身赴任の父親の元へ行っているらしく食生活が乱れているようだった。食べ盛りの高校生が毎日カップ麺かレトルトカレーって……レパートリーが少なすぎる。


「体調整えて置かないと夏コミで倒れるよ」

「あぁ、気をつけないとな。つい家でネットしてると外に出るのが億劫になちゃってさぁ」


 それは激しく同意するが不健康すぎる。私はレジの脇にあるメモ帳に簡単な料理のメモを書いて、会計の時に仲島に手渡した。


「サービスのいい店員だな」

「戦友なんだから生き残って貰わないとこっちも困るんだよ! しっかり食事はするようにね」

「お前は俺のお袋か。まぁ、また気が向いたら来るわ」

「コミケの待ち合わせ時間と場所が決まったらメールするから」


 ラジャーと仲島は手を振って店を出ていった。

 その後もお客さんはぽつぽつしか来店せず、私は推しカプの妄想をすることでやり過ごした。






 遅くなるにつれ、本降りだった雨は小降りになっていった。店の裏口で傘を差して外に出ると兄の方からこちらまで歩いてきてくれた。


「雨の中、お待たせしちゃってすみません」

「さっき来たばかりだから。雨、なかなか止みそうにないね」


 兄は私の隣に立って歩き始めた。兄の歩きは身長に対してゆっくりで、最近私に歩幅を合わせてくれていることに気づいた。学校で仲島と歩いていると差が付いてしまうことが多く「遅い」と言われた時にハッとしたのだ。仲島より兄の方が十センチ以上背が高いのに、兄と一緒に歩いていても一度もおいて行かれたことはなかった。


「暇過ぎて何度あくびを耐えたか。今日はめずらしく店頭に立ってたんです。慣れない仕事でしたけど何とかなるもんですね」

「悠子ちゃんが接客してくれるなら買いに行ったのにな」

「買うより作った方が安上がりですよ。和泉さんは自分で料理が出来るんですから。今日店に来た友達なんかは全く料理をしてないみたいで、大丈夫かな」


 夏コミ本番で体調不良で倒れたりしたら一番困るのは自分だろうに。


「友達ってこの前、車で言ってたコ?」

「……はい、偶然うちの店に来たんですよ」

 男だとは話さぬよう慎重に答えねば、高確率で強制縁切りコースだ。


「趣味が合うって話してたよね」

 いきなりそこから切り込んでくるか! 私は動揺を隠しながら答えた。


「よ、読んでる小説の系統が似てるんです」

「どんな小説なの、有名なベストセラーとかだったら俺も聞けばわかるかも」

「恋愛物で一概にどんなものとは言えなくて……発行部数が少ないですし和泉さんは知らないかと」


 ラブコメもあればシリアスもあり、ほのぼのもあれば女体化もある。

 発行部数に関しては言わずもがなだ。


「男の俺が読んでも面白いかな?」

「か、完全に女性向けの内容なので、男の人はあまり読まないと思いますよ」


 女性向けって銘打って売ってますから! 

 仲島が男であることを隠しつつ、腐の内容も隠す。ひやひやする会話に心臓がバクバクした。


「そっか、ちょっと読んでみたかったんだけどな。その友達、近々俺にも紹介してね。どんなコか気になるからさ」

「……はい、その内」


 兄が仲島に対して何もしないという安全確認がとれてから紹介したい。

 そんな日が来て欲しいと、淡い期待を抱きながら降り続ける雨の中を歩いた。













活動報告に『腐女子な妹ですみません』二巻の書影アップしました◎

夏らしく爽やかなイラストとなっております。やっぱり照れてる悠子はカワイイ。

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