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妹ですみません  作者: 九重 木春
ー腐女子街道編ー
35/97

7 妹の労働


「悠子ちゃんは手際がいいわねぇ、普段から料理はしてるの?」

「あ、はい、学校のある日は毎日お弁当作ってます」


 煮物の匂いが充満しているキッチンで、私は大鍋に盛られたおかずをひたすらお弁当に詰めていた。夕方から夜にかけて週に三日、私は総菜屋でバイトをしている。


 去年までは週五で働いてたけど、弟の豊が生まれてからは母の育児も手伝いたかったし減らした。 バイト先の総菜屋には、いつも三、四人のおばちゃんがいて口下手な私にも良くしてくれている。このバイトにして本当に良かった。


「じゃあ、いつも迎えに来てくれてる彼氏さんにも作ってあげてるのね。青春だわぁ」

「なっ、何度もお話してますが彼氏じゃなくて、兄ですから! お弁当は、確かに作ってますけど……」

「もう照れないの、そんな風に言われたらあのかっこいい彼氏さんが可哀想でしょ」


 ち、違うのに。バイトのおばちゃん達には何度説明しても兄だと理解して貰えず、彼氏だと勘違いされている。


 夜遅い時間に帰るのを心配した兄が、バイトが終わると迎えに来てくれるのだが、どうもその時の兄の私への接し方が誤解に繋がっているようなのだ。


 冬に総菜屋の裏で兄が私の首にマフラーを巻いた時は、おばちゃん達が女子高生のようにキャーキャー興奮している声が聞こえたし、兄が私の手を握れば「甘酸っぱいわぁ」とうんうん頷きあっている様子が裏口の扉の隙間から見えた。


 悪い人達じゃないんだけどなぁ、思いこみが激しいのには少し困っている。






 最後の皿洗いを終えた私はタイムレコーダーに壁の袋に差してある自分のタイムシートを入れて印字した。休憩室の奥にあるロッカーでマスクを外して仕事着を脱いでいると、隣にいたおばちゃんから声を掛けられた。


「悠子ちゃんこれ、良かったら持って帰って」

 そのおばちゃんの手には紙袋。中には沢山のジャガイモが入っていた。


「そんな悪いですよっ」

「ウチ、旦那と二人きりだから減らなくてねぇ。実家から送られて来たんだけどウチに置いといても腐らせるだけだし、私を助けると思って貰ってくれないかしら」


「そ、そうなんですね。ではありがたく頂戴いたします」


 私はおばちゃんにペコペコ頭を下げてお礼を告げた後、紙袋と学校鞄を持って店の裏口の扉から外へ出た。昼間に吹いていた強風はすっかりおさまったが、湿気が残って蒸し暑い。


 店の裏側で兄はガードレールに腰を掛けて私を待っていた。月夜に照らされた兄は一段と美しさが増している気がする。柔らかな亜麻色の髪にすっと通った理知的な眉、吸い込まれるような琥珀色の瞳は私と目が合うと弓なりに弧を描いて唇の両端を持ち上げた。ふわりと零れた微笑に恥ずかしくなってくる。


 こんな顔するから、バイトのおばちゃん達にも恋人だって勘違いされるんだよ。


 私は暗闇で火照った顔がばれないように願いながら兄に近づいて行った。兄の足元にはお洒落なショップの不織布のペーパーバッグが置いてある。この袋を見るとつい、オンリーイベントで貰ったバッグを思い出してしまう。


「――昼休み、行かなかったよね」

 第一声がそれか。きっと昨日から気にしていたに違いない。


「行きませんでしたよ」

 一緒に視聴覚室には行ったけど……。私の予想通りラブレターではなかったのだから仲島と何があったかは話さない方がいいだろう。兄は私に近づく異性に対して過敏に反応する。それが父親であったとしてもだ。


「本当に? 悠子ちゃんは押しに弱いからなぁ」

 ぎくっ、私の心を読んだような兄の鋭い指摘に私は思わず生唾を飲み込んだ。呼び出しに応じなかったら、教室まで来られてごりごり押された。でもマイ替え歌を歌われたらさ、無視なんか出来なかった。兄の名推理に私は不自然に顔を背けた。


「……アヤシい」

「だ、大丈夫ですよ。私みたいなの狙う奴はいません」


 ジィッと疑いの眼差しの兄に、私はすぱっと否定した。兄が何と言おうとこれは間違っていないと断言できる。私相手に可愛いって言うのは、お父さんと和泉さんしかいませんから。


「これだからなぁ」

 そんな私を兄は呆れたような目で見ている。本気で言ってるらしいけど、完全に家族の欲目だ。

 本当に可愛かったら、兄に近づこうとする女性に見下された目で見られたりしない。今だって兄と一緒に歩いているとお洒落な女性達がちらちらとこちらを見て話し合っている。


 兄妹にしては似ていない、恋人にしては釣り合わない。美青年の兄と底辺の私じゃね……どんな風に見られているかなんて百も承知だ。


 私は気を取り直して紙袋の中身を兄に見せた。


「今日はバイト先のおばちゃんにジャガイモもらったんで明日は沢山じゃがバタ作りますね」

 思わぬ大収穫だ。おばちゃん達はいつも私の喜ぶツボを突いた物をくれる。私が弾んだ声で報告すると兄は眉を寄せて小さく微笑んだ。


 二人で暗い夜道の中を歩き出すと、湿った空気が纏わりつく。涼しかった夜もじわじわと気温が上がり始めて、夏の訪れを感じた。


「ねぇ、悠子ちゃん、日曜日俺と一緒に出掛けない?」

 で、出掛けるって貴方様と私で何処に……? しかもその日は麻紀ちゃんと会う予定が入っている。どちらを優先するかなんて決まりきっていた。


「その日は先約がありまして……」

 ごにょごにょと誘いを私は断る方向へ持って行った。


「もしかして、最近俺の事を避けてる?」

 そんなつもりは一切ない。毎日一緒に食事もしてるし、顔も合わせているのに、兄は意気消沈した暗い表情で私を見ていた。こんな顔をさせてしまっている自分に罪悪感が湧いた。


「そ、そんなことないですよ! 土曜日でもいいですか」

「勿論! 公園でピクニックと映画だったらどっちがいい?」


 先程とは一転して華やいだ表情になった兄に息を飲んだ。久々に兄の背中に薔薇のトーンが浮かんで見えた。


「ピクニックとか、いいですね」

 学校行事では行ったことがあっても家族でピクニックに行ったことはないし、せっかく行くなら、街に出掛けるより兄と公園でまったりしたい。


「じゃ、決まり、約束だよ」

 兄はジャガイモの入った袋を私の手からさらって行き、代わりに小指を絡めて上下に振った。


 これってもしやゆびきりげんまんですか……。


 返事を言葉に出来なくて頷くと、兄は耳まで赤く染めた私をにこやかに眺めていた。










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