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妹ですみません  作者: 九重 木春
ー腐女子街道編ー
33/97

5 妹の手紙


 兄が持つ手紙を見て、私は目を丸くした。仲島からの手紙が何故兄の手に……さっき私の鞄からお弁当箱を出す時に見つけたのかもしれない。兄にお弁当を出してと頼んだ私が不用心だった。


「それはただの手紙です」

 兄の絶対零度の瞳に身体が震え上がる。私は胸の中の豊をぎゅっと抱きしめた。この場からいち早く逃げ出したい。


「見れば解るよ。具体的に言おうか? 男からのラブレターだよね、って俺は聞いてるんだけど」

「ラ、ララブレター!? 何を仰ってるんですか」


 あの内容でラブも何もない。むしろあれは脅迫文と言っていいだろう。けれど兄は中も見ていないのに、その手紙がラブレターだと思い込んでいるようだった。


「じゃあ何て書いてあるの」

「それを言うのは相手にも失礼でしょう……」

 手紙には一人で来るようにと書かれていたし、他言して欲しくないに違いない。


「ふぅん、その男のこと庇うんだ」

「え、いや、そうではないですけど」

「なら言ってもいいよね。悠子ちゃんがその男を守る義理なんかこれっぽちもない。教えてくれるつもりがないなら、俺が悠子ちゃんの高校まで行って手紙の男に直接内容を聞きに行ってもいいんだよ」


 聞きに行くって――私は高校ではモブとして平穏な生活を送っているのだ。美形の兄が来たら学校中の注目の的、後日私の元には女子生徒が続々と押し寄せ質問攻めにあうこと間違いなしだ。


 仲島だって、突然兄に突撃されても混乱するだけだろうし、何よりあの手紙の一文目には、はっきり《腐女子冴草悠子に告ぐ》と明記されていた。あれを兄に問い質されて話されたりしたら途轍もなく困る。


 それだけは何とか避けたい。心の中で仲島に謝りながら口を開いた。


「明日の昼休み校舎裏にて待つって……」

 私は手紙の内容を大分端折って兄に伝えた。


「絶対告白されるよ。行ったら襲われるからやめておこうね」

 ない、それだけないわ。同じ襲われるでも意味が違う。私が立てたリンチ説の線が濃厚だろう。


「そもそも私は初めから行く気はありませんよ」

「ほ、本当に?」


「行きません」

「っ良かったぁ」


 ふわっと兄の腕が私の背中に回り抱きしめられた。私は豊をだっこしている為、抵抗できない。一応、豊を気遣って力加減がされている為、苦しいから放せとも言えなかった。


「和泉さん、大袈裟です」

「悠子ちゃんは彼氏なんか作らなくていいよ、ずっとウチにいてね」

 これが兄としてじゃなくて、そういう意味だったら嬉しいんだけどなぁ。一生独身でいろと言う風にしか聞こえなかった。大きな体に包まれながら、妹らしくない私は自分の早い鼓動が兄に聞こえないように祈った。










 翌日、外は風が吹き荒れていた。家を出ようとした時、制服のスカートが捲れるのを兄に心配されて、一度部屋に戻って下に短パンを履く羽目になり、危うく遅刻するところだった。


 昼休みになっても、私は例の手紙の場所には向かわずに一人で黙々とお弁当を食べていた。窓際の席から外を見下せばと強風で砂埃が舞っている。いつもは校庭でサッカーをしている生徒達も今日は雲行きが怪しいせいか人っ子ひとりいない。


 こんな中、仲島は校舎裏で私を待っていると思うと少し心が痛む。けど私はノートより自分の身が一番可愛いのだ。許してくれ、仲島。


 外を眺めていたら机に置いおいた携帯が震えた。確認してみると兄からのお弁当メールだった。「ごちそうさま、今日も美味しかったよ」のメールと完食したお弁当箱の写真。これを学校のある日は毎日送ってくる。最初は来る度に落ち着かなかったけど、今は流石に慣れた。本当にマメな人だよ。私は携帯を閉じてお弁当のおかずを摘んだ。






 それでこの手紙のことは一件落着のように思えた――が、放課後になってそれは覆された。


 教室の掃除を終え扉をガラリと開けた瞬間、男子生徒に肩を叩かれた。誰だと顔を上げてみれば相手は腐男子、仲島。もう片方の手には、私のノートを持っていた。


「何で今日来なかったんだ」

 手紙を無視されたら聞きたくもなるだろう。行かなかった罪悪感もある。しかし行く方の身にもなって欲しい。呼び出しの用件が書かれていない手紙に応じるのも勇気がいるのだ。


「えっと、身の危険を感じまして……」

「女には暴力は振るうヤツがあるか!」


 口調は怖いけど仲島は意外と紳士な男のようだった。眉を潜めて対応に困っていると、私はクラスメート達が開いた扉から興味津々といった顔でこちらを見ているのに気付いた。


「行かなかったのは申し訳ありませんでした。でもノート返しに来てくれたんですよね、ありがとうございます」

 私が礼を言うと、仲島は目を伏せて緩やかに首を振った。ここまで来て返してくれないのか、何の嫌がらせだ。


「俺の心にホームラン、気付けばお前にスリーアウト」

 仲島がいきなり口ずさみ始めた歌を聞いて私は固まった。


「走る校庭、沈む夕焼け、お前に夢中の千本ノック」

 そのメロディーはフラバタファンなら誰もが知っているオープニングだけれども。


「わ、わかった、話を聞くからこれ以上歌わないで下さい。お願いします!」

 その歌詞の内容に私はこの場で泣きそうなくらいの羞恥に襲われた。


「お前の軟膏、効き目最高。これは傑作だろう。冴草、作詞家になれるんじゃないか」

 仲島はどや顔でトントンと私のノートを指差した。そう先程の仲島が歌っていた歌詞は私が授業中に戯れに考えたフラバタオープニングの替え歌だったのだ。ノリにノって二番の歌詞まで長々と書き連ねているから、私がどのカップリングかなんて見る人が見れば一目瞭然だろう。


「場所を変えましょう」

「だな!」


 にかっと仲島はとてもいい笑顔で笑ったけど私は果てしなく憂鬱だ。

 私は仲島と二人で誰もいない教室を探しに歩き始めるのだった。








 私が仲島と入ったのは、無人の視聴覚室だった。ここなら校舎の端にあるから誰も近寄ってこないだろう。私が先に入っていくと、後ろで仲島が鍵を閉めていた。


「ちょっと、何で鍵まで閉めるの」

「秘密の話だからな」


 唇の前で人差し指を立てて、仲島はずいっと私の傍に寄ってきた。いきなり、何だ。その距離の近さに私は両手を前に出して仰け反った。


「昨日からずっと聞きたかったんだけどさ、お前昨日のオンリーイベントにいたよな?」

「いたけどそれが何か」


 もうここまで来たら開き直るしかない。あの替え歌まで見られた後では誤魔化しようがなかった。


「何で言わなかったんだよ、お前のノート見なきゃオレの気の所為かと思ったぜ」

「いや、あまり言われても嬉しいもんじゃないでしょ。もしかして腐男子ってことオープンにしてる?」


「するわけないだろ」

「私も同じ理由。たとえ腐の仲間と言えども、皆にバレる可能性は減らしたかったんだよ。それにノートの中身も見られたって知られたくないと思ったから、私は素知らぬふりして行ったのに怒鳴られるし……怖くて私は自分のノートを取りに行けなかったよ」

「そ、そんな怖がらせたつもりはなかったんだけど悪かった! お前のノートもハイ、返す」


 仲島を顔の前で両手を合わせてぺこぺこと頭を下げた。あの時は怖いと感じたけど、仲間意識が生まれたせいか昨日よりは話しやすく感じた。


「オレ、お前のノート見た時友達になりたいと思って呼び出したんだんだ。飛×穂に対してこんな熱いソウルを持ったヤツがこの学校にいるなんて、奇跡だと思ってな」


 聞き捨てならない台詞を耳にして、私は思わず聞き返した。


「私が飛×穂……?」

「だろ、だってあの歌詞はどう見たって飛人と穂積のことを」


「違うっ、私は穂積×飛人! 逆カップリングの溝は、マリアナ海溝の溝よりも深いんだよ。どう考えても飛×穂の方がマイナーでしょ。勘違いして貰っちゃ困る」

「マイナーで何が悪い。王道って言うけどな、周りに流されてるだけなんじゃねぇの。もっと原作を深読みしろよ!!」


 流石の私もカチンと来た。私の穂×飛愛を馬鹿にしたな。相手が男だと思って大人しくしてたけど、ここまでボロクソに言われたら黙っちゃいられない。


「してるよ、むしろ深読みしかしてない。私の中で二人は三年後には海外で結婚式挙げてるんだから。っその夢も、今週のアヤカのせいで危うくなってるけど」

 くっと私は悔しさで歯噛みした。何、あのノーマルカプ。アヤカが飛人を抱きしめるとか本誌を読んで泣きたかったよ。しかも、そこで飛人の胸がドキンって……。


「オレもアヤカには思う所がある。アイツには穂積に対する悪意しか感じない。二人はこれから進展していく予定だったのに、あの女が出てきたが為にっ」

 私は仲島の言葉に強く頷いた。それは正しく私がこの前から頭の中で沸々と抱いていた怒りそのものだった。


「そうなんだよ。いや、少年漫画だからこれまでヒロインが出て来なかったのがオカシイのかもしれないよ? でもさ、アレはないよね。明らかに飛人狙いで入部してきてるでしょ」

「しかも入部早々、飛人が真剣にスランプで悩んでる所につけこむ精神が気に食わない」

「わかる!」


 私達はその後もフラバタについて論議を交わした。今のフラバタがこれからどう展開していくのか、もしやアヤカとの恋愛路線になってしまうのか、甲子園どころではなくなってしまうから飛人の目を覚まさせてやりたい、本誌のアンケートで訴えるべきか、と私と仲島は様々な悩みや鬱憤を弾けさせた。


「ちょ、ちょっと休憩しよう、喉が渇いた」

「同じく」

 ずっと立ちながら喋っていた私達は、長机に並ぶ椅子にひとつ席を空けて座った。鞄から水筒を出すと、仲島はペットボトルでお茶を飲んでいる。私は鞄の下の方からお菓子を出して仲島の前に置いてやった。


「甘納豆、渋いな。ありがたく頂く」

 渋いセンスなのはバイト先のおばちゃんの影響だ。この甘納豆はバイト先で貰ったら美味しかったので、売ってるお店を聞いて購入しておいたのだ。お気に召したようで何よりだ。


「話し合ってたらヒートアップしちゃったね」

「あぁ、やっぱり俺の目に狂いはなかった。お前は逆カプだけど、話せる奴だ」


 にっと笑った口から八重歯が覗いた。まるで小学生のような笑顔に警戒心が解ける。実は私も仲島と同じようなことを思っていたのだ。


「お前はこの学校で唯一の戦友であり同志。お前にはその証としてこれを授ける」

 すすっと突然アドレスを書いた紙を渡されて私は首を傾げた。


「わ、わたしに?」

「友達になりたいってさっきも言っただろ。疚しい気持ちは一切ないから安心していいぞ。フラバタの話さえ出来ればそれでいい」


 ここまで率直に言われるといっそ清々しい。……もしかしたら仲島は私が異性に対して苦手意識を持ってることを察して、友情を強調してくれたのかもしれない。


 私は、仲島に返してもらったノートの真っ白ページに自分の携帯電話のメールアドレスを書き、びりっと破いて差し出した。


「はい、私のメールアドレス。飛×穂は無理だけどそれでもよければ仲良くしよう」

「それでも構わねぇ! 打倒アヤカは同じだろ」


 仲島は渡した紙を折りたたんで胸ポケットに入れた。

 まさか、高校に入って初めてメールアドレスを交換する相手が男になるとは。


 ――結局、仲島からの手紙は、不幸の手紙でも脅迫文でも兄が言うようなラブレターでもなかった。


 男だからって警戒し過ぎて悪かったな。私は新しく出来た同志のメールアドレスの書かれた紙を無くさないよう、大切に鞄にしまった。












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