3 妹の友達
先日、私たち母子は冴草父子が暮らす一軒屋にお引っ越しと相成った。
この引っ越しを機に漫画と薄い本も売りに行ったのだが、売った分だけまた買ってしまったので減った気がしない。元の木阿弥とはまさにこの事。
そんな私に朗報である。
この家にあの美兄はいない!
スタンディングオベーション!
と言うのも兄は、同じ県内ではあるものの人里離れた男子校に通っており、家からは登校に時間が掛かる為に寮に入っておられるのだ。
素晴らしいですね。
主に私の精神面において。
そして、どんなに美味しい設定でも完全二次元派の私は三次元に興味はない。たとえ兄が非現実的な世界観に身を置いた女性嫌いの美形であっても私の範囲外なのである。
「ね、兄スゴいでしょ。一つ屋根の下じゃなくて、私は心から安堵している」
「それは、攻なの?」
「ちょ、麻紀ちゃん話聞いてる?」
「それとも受?」
「いや、誰もそんなこと言ってないよね」
「写真はないの。メルアドは交換した?してるなら連絡取って会わせてよ。直々に判断するから。ちなみに私はリバでもありだと思っている」
このゴーイングマイウェイな女子は私と同じく漫画アニメ研究部に属する越田麻紀ちゃんである。もさい私とは違い、一般女子に紛れる術を身に付けており、恐らくこの部に入らなければ社交辞令の会話しかしなかっただろう。
「なんてそそる設定のお兄様なの。白飯だけで三杯はいける。山奥の全寮制は乙女の浪漫。かの緑林寮は存在したのね。制服はミッションスクール系がいい。美少年には美青年がよく似合う。けど美中年の教師も捨てがたい。どうすればいいと思う、かむちゃん」
今日も麻紀ちゃんは絶好調だ。麻紀ちゃんは三次元から二次元、幅広く造詣が深い本格派腐女子である。萌え過ぎた麻紀ちゃんは机に突っ伏して手をパンパンしている。
「何もしないのが最善だと思うよ。兄の写真は持ってないし、メルアドも知らないから。会わせるつもりもない。Because、私が会いたくないから」
「……そんなんで大丈夫なの?母親もかむちゃんの人見知りっぷりを心配してるんじゃない?」
「してるけどね、兄滅多に家に帰って来ないし。その代わりと言ってはなんだけどお父さんとは仲イイよ!写真家でね、インドネシアのジャングルの写真も凄かったんだから。あと、ほらコレが貰ったお土産」
と私は携帯を開いて、父から貰ったお土産の仮面の写真を麻紀ちゃんに見せた。
「何それ」
「バリ島の聖獣バロン様です」
神話をパソコンで調べてみたらなかなか面白い話だった。生贄の王子とか死神や魔女が出てくるあたり興味深く読める。
「可愛くない」
「媚びてない感じがいいんだよー!麻紀ちゃん。今度父さんと鎌倉に行く約束したから何かお土産買ってくるね」
「父より先に兄を攻略しろよ!」
お土産予告には反応ひとつ示さず、麻紀ちゃんは食って掛かってくる。
ひどい。私にとって現実であってゲームじゃないのに!欲望に忠実過ぎる!
「ない、その選択肢はないわ」
「むしろ私には義兄ルートしか存在しないんだけど」
「期待には沿えないよ」
「長期戦を覚悟する」
私にはないそのアグレッシブな精神には最早脱帽である。もし万が一、麻紀ちゃんを兄に紹介するような日が来たら美術部と偽るべきか、悩みどころだ。
戸籍上、冴草に変わったけど学校の許可を貰って、学校では賀村(旧姓)のままで通してます。
こういうケースは結構多いようです。
高校入学時に新姓にする予定。