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妹ですみません  作者: 九重 木春
-ひとつ屋根の下にて-
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12 兄の目標

 高校卒業まで一年を切り、俺は大学受験と車の免許取得に向けて日々勉強に励んでいる。二年前の自分には目標も何もなかったけれど、今の自分には明確なビジョンが定まった為モチベーションがあがり、捗っている。


 自分のことより、心配なのは悠子ちゃんのことだった。

 我が家は今年、俺が高校三年で悠子ちゃんが中学三年のW受験の年なのだ。


 俺は机の上に高校のパンフレットを並べて頭を悩ませていた。悠子ちゃんに合う高校の条件を考え出すと切りがない。家からの距離や制服、校風に評判。狼の群れに悠子ちゃんを送り出すなど以ての外だ。俺は候補の高校のパンフレットを持って悠子ちゃんの部屋の扉を叩いた。





「ダメです」

「どうして?」

「これ全部、女子校じゃないですか!しかも私立!」


 倹約家の悠子ちゃんには私立はネックだったか。しかし女子校というのは大抵が私立校になってしまう。俺がかすかに眉を顰めると悠子ちゃんは困ったように笑った。


「私の為を思って選んでくれたとは思うんですけど、私は公立で共学の普通高校に通うことしか考えてません。諦めて下さい」

悠子ちゃんはきっぱりと断って、受験予定の高校を教えてくれた。家から十五分の普通高校だった。


「だって学校の半分は男なんだよ?」

「それ、世界にだって当てはまりますよ。今通ってる中学だって同様ですけど、私は男子と挨拶はしても会話はしませんし、異性に好かれる方だとも思ってません」

「でも……」

「人の心配より自分の心配をしてくださいよ!」


「俺は絶対に受かる自信も実力もあるからいいんだよ。そういえば悠子ちゃんは塾とか考えてるの」

「友達は結構通ってるコ多いんですよね。どうせあと一年なら塾より家庭教師を頼んだ方がいいかなぁ」

「密室で他人と二人きりとか危なくない?」


 おそらく家庭教師が来たら今の俺と悠子ちゃんのように、床に置いた小さな机の前で向かい合いながら指導するのだろう。互いが前のめりになれば顔はくっつきそうになる位近くなるし、机の下からは足だって触れる。


「和泉さんってそればっかりですよね……。女性の方を指名すればいいだけでしょう」

それはそれで俺が嫌だ。大学生の女家庭教師が俺に色目を使ってくる姿が頭にありありと浮かんで見えた。俺の考えていることが解ったのだろう。悠子ちゃんは遂に溜息を吐いた。


「男も、女もダメってどうすればいいんですか」

「俺が悠子ちゃん専属の家庭教師になる」

むしろその一択しかない。


「妃さんにはOK貰ってるから。俺ならお金も取らないし、誰より親身になるし、解らない問題があったらいつでも教えてあげられるでしょ」

「もう決定事項なら塾の話、必要なかったですよね」

 悠子ちゃんの怒りが言葉の端々に感じられるが、俺は敢えてそれを無視してにっこり笑った。


「うん。一応(・・)聞いてみたんだ」

「――私はですね、何となく和泉さんがこういう事を言い出すんじゃないかって予感はしてたんです。ひしひしと!だけど和泉さんはまず、自分のこと集中して下さい。万が一、私のせいで和泉さんがお、落ちたりしたら私は切腹したくなります。わかりますか?私のこの気持ちが!」

 泣きそうな顔で訴える悠子ちゃんには悪いけど、俺は嬉しくてたまらなくなった。俺が悠子ちゃんのことを考えている間、悠子ちゃんも俺の心配をしてくれていたのだ。


「俺たち、両思いだね」

「もう、いやだ、この兄」

 悠子ちゃんは上半身を机に突っ伏せて顔を隠した。耳まで真っ赤になっている。こんなに可愛いんじゃ相手が男でも女でも危ないだろう。


 俺は前から悠子ちゃんが無防備だと思っていたけれど、最近は特にそう思うようになった。

俺の肩に頭を預けて眠ったり、抱き締めても抵抗されないし、この前は頬に口づけても責められなかった。俺以外の男にもこんな姿を見せているんじゃないかという不安と俺だけに甘えて心を許してくれているのかもという期待が入り交じる。


 俺は顔を隠したままの悠子ちゃんの髪ゴムを抜き取った。机の上にさらりと長い黒髪が広がる。艶やかな黒髪を手に取って弄っていると悠子ちゃんがちらりと視線を覗かせた。俺は彼女に見せつけるように髪に口づける。すると悠子ちゃんは再び顔を隠して言葉にならない言葉を発していた。


 予想通りの反応に俺はくすくすと笑った。

 ここにはあたたかい時間が流れている。


 俺はそれを永遠にするために息をして、失ったときに時を止めるのだろうと漠然と確信めいたものを感じていた。




今回はお話が短くなってしまったので、おまけとして活動報告に小話を載せました。

よろしければご覧ください。

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