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妹ですみません  作者: 九重 木春
-同居に到るまで-
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2 兄の不安

 高校二年に進級する前の春休み 、父が突然再婚すると言い出した。俺に反対する気は微塵もなかった。父親がいなくて寂しいという歳でもない。


 しかし、詳しく話を聞いてみると相手の女性には十四歳の娘さんがいるというではないか。それには流石に臆さずにはいられなかった。


 俺は女性が苦手だ。歳が離れていれば然程ではないのだが、歳が近ければ近い程苦手意識は高くなる。相手の娘さんは思春期の盛り。


――一目惚れでもされたら気まず過ぎる。


 これはナルキッソス的な冗談ではなく、経験に基く心配だった。

 さりげなく見えた鏡に映った自分を目視して、俺は溜め息を吐いた。

 祖母から遺伝した亜麻色の髪に白い肌、母親譲りの無駄に長い睫毛と二重の瞳、すらりとした肢体は父親の若い頃にそっくりだと言われた。奇跡的な容姿に恵まれた俺は、幼稚園、小学校と周囲で女の争いが絶えず辟易していた。いつでも女の子が会話に割り込んできて、同性の友人さえまともに作れなかった。更に言えば同性にはこの見た目のせいで妬まれることの方が多かった。


「どんなコなの」

 父に問う、その口調は自然と固くなっていた。


「真面目な娘さんらしいよ。毎朝自分でお弁当作って、授業の予習復習は欠かさずやるみたいだし、夜の十時には必ず寝るらしい」


 それは今時の中学生にしては真面目過ぎるのではないだろうか。女性を苦手としている俺に悪い印象を与えない為に、父は嘘をついているのではないか?疑いの眼差しで問い質した。


「本当に?」

「本当本当。(きさき)さんはこういう事で嘘つく人じゃないから!その娘さんには俺も会ったことないんだよね。あっ、今度の日曜会いに行くことになってるから、和泉(いずみ)も一緒に来いよ」


「……行きたくない」

「あ、そういう事言っちゃう?来ないんなら俺が勝手に退寮させちゃうもんね。和泉の隣の部屋、娘さんの部屋にする予定だから覚悟しておけよ」


 女に付きまとわれたくない為にわざわざ辺鄙な場所にある男子校を選んで寮にも入った。もし退寮させられたら、この家から通い、毎朝毎晩休みの日も義妹に付きまとわれる可能性が出てくる。それは何としても阻止しなければならない。


「行きます」

「そう言うと思ったよ。賢い息子を持って良かった良かった」


 父は笑いながら俺の肩を叩いたが俺に笑う気力はなかった。







 陰鬱とした気持ちを抱えたまま、日曜日を迎えた。


「賀村悠子です。よろしくお願い致します」


 結論から言えば、父は嘘をついていなかった。直角に頭を下げた義妹は長い髪の毛を一本に結び、黒縁の眼鏡を掛けていた。服は中学校の制服でスカートは膝下丈。完璧だ。


 このコなら大丈夫そうだ、不思議と確信めいたものが働いた。


 妹の眼鏡が床に落ちた瞬間、俺はそれをすかさず拾って割れていないかを確かめた。ひびは入っていない。安全を確認してから妹の耳に眼鏡を掛けてあげた。


「うっかりさんなんだね。はい、メガネ」


 隣にいる父が驚愕の表情でこちらを見ているのを無視して俺は妹に笑い掛ける。妹は顔を赤く染めることもなく、俺に礼を言う。作り笑顔も作れない不器用な妹の硬い表情が返ってきて俺には好ましく映った。




 俺の義母となる妃さんはやけに悠子ちゃんの話を僕に振ってきた。自分の話をするより妹の話をする方が楽しく、俺は(こころよ)くその話に乗っかった。


「このきんぴら、妃さんが作ったんですか」

「いいえ、悠子が作ったのよ」

「とても美味しいよ、悠子ちゃん」

「アリガトウゴザイマス」


「悠子ちゃんの髪は真っ黒で綺麗だね。俺の髪は色素が薄いから羨ましいな」

「アリガトウゴザイマス」


 緑の黒髪とは悠子ちゃんのような髪の事を言うのだろう。

 悠子ちゃんは俺がお世辞を言ってると思っているのか、お礼は言うものの反応が薄い。

 本当だよ、と念押ししたいだったが、きっと彼女の猜疑心を煽るだけだと思ってやめた。


「こらこら、和泉。じろじろ見るのも失礼だぞ。セクハラだぞ。悠子ちゃんもゴメンね。こいついつもはこうじゃないんだけど」


 出来ればその結んだ髪を解いて触ってみたい。それと一緒に確かめてみたいことがあった。父は俺のしようとすることを瞬時に読み取ったのか急に「少しだけ席を外しますね」と俺の腕を引っ張って廊下に出た。


「おい、和泉。お前変だぞ。やけに悠子ちゃんに好意的じゃないか」

 何故席を立ったのかと思えば、その疑問を解決する為だったようだ。父の疑問がわからないでもない俺は正直に質問に答えた。


「悠子ちゃん、隠してたけど食事中、二回あくびしてた。今日の顔合わせが不安で寝付けなかったんだよ。人見知りするタイプだね。俺が緊張解してあげないと可哀想でしょ。今日私服じゃなくて制服着てたのだって悩み抜いた末、冠婚葬祭オールマイティな制服に辿り着いたんじゃないかなぁ。何せ二週間も前から食事の下準備をしてくれるようなコだから。そういう葛藤とか伝わってくると優しくしたくなっちゃうんだよね」


「お前あの短時間でよくそこまで深読みしたな。俺もあまり嘘つけるコじゃないなぁ、とは思ったけど」


 悠子ちゃんは思ったことが顔に出るの典型とも言える。外面のいい父と俺にはそれは長所と取れた。狐の化かしあいをしないで済むからだ。


 こんな妹がいるのならたまには家に帰ってきてもいいかもしれない。

 窓の外の桜を見上げて、俺は清々しい気持ちでいっぱいだった。

















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