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妹ですみません  作者: 九重 木春
-ひとつ屋根の下にて-
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3 妹の安眠

 発明した人は本当に天才だと思う。私はこたつの中で漫画を読みながら幸せに浸っていた。私が長年欲しかった物のひとつ、それがこたつだった。母は私がこたつに対して憧れを抱いていたのは知っていたが、寒がりの私がたちまちこたつの虜になるのは目に見えていたのだろう。買ってくれなかった。


 しかし先日、父がホームセンターで物欲しそうにこたつを見る私に気付いて買ってくれました!自分で言うのもなんだが兄に限らず父も私に甘いと思う。宿題もリビングのこたつでやっていたら兄が喜々として手伝ってくれた為、新学期まで勉強する必要もない。こたつの上には山積みの漫画とお茶と柿ピーが君臨している。見事なユートピアを作り上げた。うむ、母の言うことは的を射ていた。


 もう兄には漫画好きだとリークされているようなので、私は潔く諦めてこの冬休みから兄の前での漫画、アニメを解禁することにした。兄からばんばんその手の話題を振ってくるしね。もう誤魔化しようがなかった。薄い本やBL本だけは部屋で読む。この趣味だけはバレないように何としても死守したい。冬コミ?少し遅れて友達とクリスマスパーティーをやるって出掛けましたよ。朝早かったんで少し怪しまれたけど……どうにか納得してもらった。次の夏コミはどんな言い訳をすればいいのか、早くも悩み所である。

 


 今、兄は夕飯の洗い物をしてくれている。

「いつも食事は悠子ちゃんが作ってくれてるから、俺は洗い物係でもいいかな」

 と伝家の宝刀、《笑顔のごり押し》を繰り出した。断らせない空気を発する兄に挑まれている気がして私は思わず怯んでしまった。


「もしダメなら皿洗いの後に悠子ちゃんの手にハンドクリームを塗る係になるけど?」


 ってそんな係聞いたことないよ!!


 でも怖いことに冗談を言うような声じゃなかったので私はこくこくと首を上下に振った。上手いこと手のひらで踊らされてる感じがして釈然としないけど。特に皿洗いが大好きという訳でもないので今後は兄に任せる。


「母さん大丈夫かなぁ」


 両親は今、父の実家に新年の挨拶に行っている。二人は結婚式を挙げなかったので母は父の親戚とは初の顔合わせだ。私も一緒に行った方がいいのではと申し出たのだが父の実家は遠く、父は短い冬休みを満喫してくれと母を連れて家を出た。


 兄とふたりっきりの冬休み。


 夏休みと同じパターンに初めこそ肩を落としたが、私も夏に比べ兄に対する耐性がついてきた。人柄も少しずつ解ってきた。兄は私がちょっとオタクっぽい妹であっても見下してきたりしないし冷やかしたりもしない。いつ馬鹿にされるかも解らないと内心びくびくしていたが杞憂だった。


 私が相手がリア充代表だからって邪推し過ぎたのだ。夏休みから兄と共に過ごすようになって私は少しずつ考えを改めていった。寮から帰ってくる度にお菓子を買ってきてくれたり、私にも話しやすいような学校の話や漫画の話をしてくれたり、買い物に行くときはいつも荷物持ちをしてくれる。


 私の髪が寝癖で爆発してても「おはよう、可愛いね」って挨拶してくる兄を見て、兄バカだなぁって笑い流せる位には相手のことが解るようになってきた。最初の頃の私なら絶対お世辞だと決めて掛かっただろう。実際冬休み前の自分はそうだった。はいはい、そうですかって流さないと恥ずかしくて堪らなかった。


 でも兄は諦めなかった。本気で言っていると私に信じさせる為に言葉も努力も惜しまなかった。もしかしなくても寮を出たのは家族の時間を増やす為だからだろうし、実際私の傍にいることが多い。母と二人暮らしの時は寂しいなんて思わなかったけど、今思えばそれはただの強がりだった。寂しくないと思わなければならなかった。


 母を困らせることだけはしたくなかった。足手まといにはなりたくなくて、図書館で色んな本を読んで家事を覚えた。失敗した料理は自分で食べきって、雨に濡れた洗濯物は母が帰ってくる前に扇風機で頑張って乾かしたり、微熱があっても何事もないように振る舞った。何でも一人でしなくちゃと思っていた。


 人に頼ったら迷惑を掛ける、と思いこんでいた。その思い込みを取り払ってくれたのが兄だった。兄はどんな事でも私に頼って欲しいのだ。私がどれだけ手伝いを断っても兄はめげなかった。兄曰く私のすることを取り上げたい訳ではなく、一緒に何かをしたいしもっと甘えて欲しいらしい。


「悠子ちゃんだって妃さんが困っている時、同じ家にいるのに相談もされずに一人で解決されたら寂しいでしょう?大切だから互いに必要とされたいんだよ」


 それを聞いた時、納得したと同時にこの人も寂しいひとだったんだなって解った。こんなに容姿に恵まれて、優秀で色んな人に求められていそうなのに私と一緒だったんだと仲間意識が生まれた。時間が経つごとに兄がいる家が当たり前になっていく。孤独を理解してしまった私はそれが少し怖かった。







「あっっついっ」

 いつの間にかこたつで寝てしまったようだ。時計を見れば夜の九時。早くしないとお風呂に入る時間がなくなってしまう。私はのっそり起き上がる。こたつに後ろ髪を引かれながら私は自室に向かった。


 タンスからパジャマや下着を取り出して階段を下りる。足下がおぼつかない。正直もう寝たい。でも背中に掻いた汗が気持ち悪い。脱衣場の扉を引いて顔を上げる。



「え」


「え?」



 一気に目が覚めた。目に飛び込んできたのは一糸纏わぬ兄の姿だった。上気した肌に、伏し目がちの瞳にかかる濡れた髪、晒された無防備な鎖骨に筋肉の付いた上半身より下は……見えた、見えてしまった。


(こんなアンラッキースケベは誰も望んでない!!)


 慌てて扉を閉めようとすると兄の手に止められる。


「悠子ちゃん、熱があるんじゃない?」

 熱くなるに決まってる!誰のせいだと思ってるんだ。貴方のせいだ。責めたいのに言えないのは明らかに私に非があるからだ。兄はぴったりと自分の額を私のおでこにつける。まさかこんな漫画みたいな熱の計り方をされるとは予想出来なかった。貴方は素っ裸なんだからこんなことしてる場合じゃないだろうっ。


「うぅぅっ」

 悔しさと恥ずかしさで呻き声しか出せない。


「ねぇやっぱり」

 兄の形のいい唇が何か伝えようとしているのが解る。目を開けているのに目の前が真っ白になっていく。そこで私の記憶はぷっつりと途絶えてしまった。






 あれ?私はこたつの中にいたんじゃなかったっけ?真っ暗な中、自室のベットで目が覚めた私は不思議に思った。布団の中なのに心持ち寒い。寝返りを打てば頭が重く感じた。

「起きたんだね。熱があるから無理をしないで」

 誰もいないと思っていた部屋で声を掛けられてびっくりする。もう母は仕事から帰ってきてたのか。不甲斐ない自分が申し訳ない。


「っめんね、かぁさ」

 話すと喉が痛いし息も熱く感じる。そこでようやく自分でも風邪を引いたなと解った。

「……謝らないで。少し起きあがれる?薬を飲むためにアイスを買ってきたから」

「おきる」

 即答した。風邪を引くと母は決まって同じアイスを買ってきてくれる。いつもは高級で買わないアイスの王者だ。起きあがって母からアイスを受け取る。手に持った冷たさが気持ちいい。大好きな抹茶味をちびちび味わいながら食べていく。


「母さんコレどこで買ったの?」

 返事がない。さてはサボって近所のコンビニで買ってきたな。

「いつも言ってるでしょう?駅横のスーパーならいつでも四割引だからそこで買ってねって」

「ごめん、急いで買いに行ったから」

 そうやって母はいつも謝る。知ってる。仕事から帰ってきて私が熱を出して倒れてたら慌てるよね。なのに私は言わずにはいられない。

「ポイントカードもちゃんと持ってってね。袋も有料だからエコバックも必須だよ。忘れて袋買う位なら手で持って帰ってきていいから」

「クスっ、アイスが溶けちゃうでしょう」

「少し溶けたくらいが丁度いいからいいの!」

 母とおしゃべりしながらアイスを食べる。風邪を引いてるのに幸せだなぁって思う私は不謹慎なのかもしれない。母と一緒に過ごす時間は貴重だ。食べ終わると母はアイスの入れ物を下げて薬と水を手渡してくれた。


「ごめんね、母さん」

「ここはありがとうって言って」


「うん、ありがとう」


 いつもは照れくさくても言えないけど、するっと口から出てきた。大好きなんだよ、母さん。いつもありがとうって言いたいんだよ。でも言いたい時、母さんが家にいないだけ。通訳の仕事が好きな母さんの邪魔はしたくないの。誇らしいのよ。わがまま言ってごめんね。風邪を引いたときアイスが食べたいのはね、アイスを食べてる間はずっと傍にいてくれるでしょう。プリンを頼んだときはすぐに部屋に戻っちゃったから。


「っほんと、まいったなぁ」

 母の大きな手が頭を撫でてくれる。その心地よさに眠気が戻ってきた。布団をかぶって寝るとおでこに柔らかな感触が落ちてきた。


「外国のホームドラマみたいだね」

 私がくすくす笑うと母は言った。


「みたいじゃないよ。おやすみ、悠子ちゃん」

 優しい声に包まれながら私は眠りについた。



















こたつへの憧れは家族団欒の象徴として悠子の目に映っているのも理由のひとつ。

悠子も和泉も理想の家族像をこじらせていて、その理想が高すぎる為に二の足を踏んでました。これから少しずつ素の自分を出せるようになっていったらいいな。


ちなみに母の名前が(きさき)で、父が正輝まさきです。

偶然にも発音が似ている。

登場人物紹介がないのでここに書いてみました。


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